Glory of battery   作:グレイスターリング

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第十九話 夏の終わり、次のステージへ…

 長いようで短かった合同合宿も無事終え、それぞれが自分達の学校へ戻っていつも通りの練習に明け暮れていた頃、甲子園では──

 日本一の選手層を誇り、眉村や千石、榎本を順当に県予選でも他を寄せ付けない強さで勝ち上がった神奈川県代表、海堂学園高校。

 多くのメディアで話題を集めた十六歳の若きエース、『猪狩守』率いる高校野球史上最強と名高い埼玉県代表、あかつき大付属高校。

 

 最強の二校が八月十八日、阪神甲子園球場で衝突するのだ。

 

 二校の強みは誰が見ても一目瞭然──投手力。

 海堂は眉村と榎本のダブルエースを皮切りに完全なマニュアル野球で勝ちをもぎ取り、あかつきは本格派の猪狩とプロ注目のエースナンバー、一ノ瀬塔哉による完封劇で甲子園をいかんなく湧かした。

 特に眉村と猪狩へ注目すると、二人はまだ甲子園で自責点をしたことがなく、奪三振数も四十二・四十七と文句なしの成績だ。

 

『決勝は一年生対決!?超新星ピッチャーが頂点を賭けて投げ合う!』

『怪物対怪物 深紅の旗はどちらの手に!?』

 

 どこの新聞社も、恰も二人が投げ合うのでは?と既に決めつけていて、世間側もこの対決を大きく待ち望んでいる声の方が多数存在している。

 スカウト間ではまだ高校一年生の二人を二年後のドラフト会議で一位指名する方針を立てているほど実力も認められ、その中にはあの影山修三もいた。

 

 

 

(七回裏が終わって0対0か…私が予想していた通りの展開だな)

 

 誰の入れ知恵か──なんと先発は猪狩と眉村なのだ。

 そして熱く日照り続くこの球場で、決勝戦も大詰めを迎えようとしている。

 

 

 ──完全なる投手戦。

 

 

 猪狩の被安打は千石のツーベースヒット以外には一本も打たれておらず、眉村は三安打ながらも奪三振数は十六個。猪狩の十一個と五つも差を広げている。

 

『完璧!正しくこの二人に相応しい言葉でしょう!八回の表を迎え、どちらも未だ自責点は0!これは怪物の襲来か!?止まりません!猪狩守、そして眉村健一!!』

 

 

 この日、若き怪物二人の投げ合いを見に甲子園球場に訪れたのはおよそ八万五千人強。

 文字通り、この数字は歴代の甲子園大会過去最大動員誇り、日本がこの怪物に接見するのも時間の問題だった。

 

『二番ショート、大島君』

『八回の表。この回の攻撃は二番の大島から。二年生ながらも榎本や千石と同じくレギュラーに抜擢された注目選手です!確実性の高いヒッティングに多才の小技を持ち合わせる曲者バッターですが、今のところ二打数無安打一三振と良いところがありません。ここで猪狩に一矢報いることができるのか!?』

 

 表が海堂で裏があかつきの攻撃で行われる今日の試合。

 マウンド上、猪狩がグローブ越しで冷ややかにサインへ頷くと、ガバアッ!と大きく足を上げてボールが放り込まれた。

 初球からバットを振るもボールに当たらす、とても百球を超えたピッチャーが投げるストレートとは思えないほどの球威で二宮のミットに収まる。

 

『ストーライッ!!』

『早い!八回を過ぎても一切の衰えを見せません!!なんと球速は自己タイ記録に並ぶ百四十九キロ!!これには大島も当てれません!』

 

 この“百四十九キロ”には、猪狩にしかできない驚くべき凄さがあった。

 本来、ピッチャーは初回から徐々に調子を上げていき、四十球を過ぎた辺りに差し掛かってから自身のMAXスピードを出せるのだ。その後は疲労によって段々と球威やキレが落ち、最終的に完封するのは非常に難しい事である。

 

 

 ──が、時々世界ではその常識を覆す者もいる。

 

 

 

 野球の最高峰『メジャーリーグ』で四十セーブを挙げる守護神や、アメリカの英雄──『ジョー・ギフソン』のように毎年二十勝するピッチャーには投球術以外の所でもトッププロの芸当を魅せるのだ。

 

 

 それは驚異的な尻上がり──

 

 

 簡単に言えば後半に縺れれば縺れてくほど球の球威や切れ味が増してく力で、超一流と呼ばれるピッチャーなら当たり前のように発揮する技でもある。

 が、疲れが出る後半から球威を上げるのはかなり困難な事なのだ。投手の生命線である下半身の踏ん張りを百球以上もキープ、ましてや九回まで投げきるのは近年の野球ではクレイジーと解釈されてしまうのだから。

 その点、眉村と猪狩はどうだろうか?

 腕の振り、腰の回し、脚の支え、リリースポイント、軸のブレ等々……

 どこを重視して評価しても粗さは全く見つからない。寧ろ欠点を述べるのが難しいぐらいだ。

 

『あーっと!?外角低めのスライダーを振らされ、またもや空振り三振です!!どこにこんな力が隠されているのか予測がつきません!!!』

 

 このタイミングを外すスライダー・カーブ・フォークも大きな武器としてピッチングを組み立てている。

ストレートとの緩急差が大きい分、効果は絶大に誇る。

 

『三番レフト、小磯君』

 

 小磯明。

 今年のドラフト会議で指名リストの候補として挙がっている選手だ。

 チャンスに強い典型的なクラッチヒッター。ランナーが得点圏に出ていると打率は五割をマークする恐ろしいまでの勝負師である。

 その彼に対する初球は──インコースのストレート。

 ズドォォンッ!!と豪快な捕球音が響き、主審が右手を上げた。

 

『ストーライッ!!』

 

(ふぅ。速すぎだっつうの……)

 

 バットを肩に掛け、深々と溜め息をつく。

 呼吸を整えて打席に戻ると、間髪入れずに猪狩は自分のリズムで投げ始める。

 クククッと鋭い弧を描き、ドンピシャリでアウトローギリギリにカーブが決まった。

 三球目と四球目は変化球で二度外し、五球目──

 

 

「はあっ!!」

 

 唸り声を上げながら神速の如く左腕が空を切り裂く。

 小磯はストレートだと山を張って打つが、ボールは嘲笑うかのように“ストン”と──

 

『ストラックアウトォ!!!』

 

 選んだ球種は百二十キロのフォークボール。

 結局小磯も歯が立たずに倒れ、速足でベンチへ戻った。

 これで2アウト。

 次のバッターは海堂史上最も最強と呼ばれるスラッガー、千石真人──

 

 

「あまり調子に乗るなよ。一年坊主」

 

 海堂側からすれば猪狩から点を取れるのは千石しかいない。もし彼がいなかったらこの試合の完全試合は免れなかったからだ。

 

「わりぃな千石。お前らのマニュアル野球はここまでだ」

「…なに?」

「今の猪狩はもう……誰にも止めれねぇからな」

 

 バシン!とミットを叩きながら二宮はほくそ笑む。

 女房である自分は誰よりも猪狩のボールをこの左手で捕ってきた。たった数ヵ月ながらも何百、何千とキャッチングをしたからこそ分かる。

 

 

 ──猪狩守から得点を取れる奴はいない、と。

 

 

 

 

 

(…大地。テレビで見ているか?僕は君とこの舞台で戦うその日まで無失点を必ず貫く。だから絶対這い上がれ。“真”の栄光はその時に決めよう)

 

 美しい青空を見上げ、ボールを強く握りしめる。

 旧友であり一番のライバルに向けたメッセージと共に、自己最速記録を塗り返す93マイル(百五十キロ)が放たれた──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みも終わり、各地の高校がまたいつもの学校生活へと戻った。

 現在八月二十六日。実は秋期大会へのエントリー期限まで一週間を切っていた忙しい時期なのだが、聖タチバナはある一大決心をしていた。

 

「本当に…良いんですか?」

「はい。皆と話し合った上で決めましたし、それに……あんな試合を見せられては猪狩や眉村に申し訳ないですから」

 

 聖名子先生が残念そうに肩を下ろす。

 話の流れから分かるかもしれないが、その決心とは──秋期大会の出場を辞退することだ。

 ……迷ったよ。少なくとも合宿中までは出場する方向でいた。決めてとなったのは甲子園大会決勝、猪狩と眉村の対決が俺の迷った心を決心させてくれた。

 

「聖タチバナ野球部が復活して約四ヶ月。ここまで皆よく頑張ったと思います。初心者だっている中で海堂二軍と健闘して…合宿でもそれぞれの力は著しいほど伸びてきます。」

 

 これはお世辞じゃなく本心だ。

 ぶっちゃけ、今海堂の二軍とやったら勝つ可能性だって充分ある。パワフル高校や帝王、更には海堂高校にだって余裕勝ちとまではいかないが、それでも良い試合に持ち込めるだろう。

 

「──目覚ましく成長している最中だからこそ、より力を高めたいんですよ。ここで試合に出て今の実力を試すのも悪くはありません。だけど……あくまで僕はこの仲間と一緒に甲子園の舞台で胴上げがしたい!!三年間の間で一度でも良い……この秋冬でじっくり体を作り、チーム力を極限まで高められた時、その時が聖タチバナの初陣なんですから。自分達が挑戦しても良いだろうと本当に納得」

「…つまり、一ノ瀬君はまだ納得してないってことですか?」

「はい。今は悔しいけど…そこさえ乗り切れば来年は海堂の連中に一泡吹かせられるかもしれない。そう信じて今回は辞退という形で決めました」

 

 するとさっきまで疑問に満ちていた聖名子先生の顔が緩んだ。

 あおいちゃんと同じおさげ髪を跳ねさせながら立ち上がった。

 

「分かりました。高野連には私が連絡しておきます。皆の覚悟、確かに受け取りますよ」

「…はい!ありがとうございます!!」 

 

 深々とお辞儀をし、聖名子先生は教室を出てった。

 黄昏時の教室には俺一人のみ。自分の席へ座り、机に肘をついた体制になって改めて物思いにふけてみた。

 敵だってのに熱くさせられたよ、猪狩。

 眉村相手と一歩も譲らない勝負をして、最後は何だかんだで勝っちまうんだからな。延長十一回に七井のサヨナラホームランが飛び出さなかったから、勝敗はまだ分からなかった。眉村は十回途中に交代してたから敗戦投手じゃないし、色んな意味でお前ら化け物だよ。

 

「……負けてらんねーな。俺達も」

 

 なに微々ってんだ俺。その化け物を倒すために聖タチバナに入ったんだろーがよ。

 まだ勝負は始まったばかりだ。来年夏までは心の中だけであかつきを応援してやる。その猶予が消えた瞬間、俺は今度こそ頂点まで登ってやるからな!!首を洗って待ってろよ!!!!

 

 

 

  Continued on the next stage……

 

 

 

 

 

 


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