Glory of battery   作:グレイスターリング

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第十六話 祈り、そして夏へ…

 六月に入り、いよいよ夏の高校野球神奈川予選まで残こすとこあと二週間、抽選会までなら一週間と時期が迫ってきていた。

 

『三番キャッチャー、田代君』

「田代君!ここで大きいのを一本頼むでヤンスよー!」

 

 眼鏡の野球部員が声援を送り、打席に向かう田代も苦笑いしながらそれに応える。

 そんな余裕を見せる赤紫色のユニフォームに対し、相手ピッチャーは苦悶の顔で満ちていた。キャッチャーや内野が声を掛けてもその表情は一行に消えず、それは投げるボールにも伝染した──

 

 

 ッカァンッ!!

 

 

 

 鈍い木製バットの打音が響き、ボールは一切衰えることなくフェンスを越えてホームランとなった。

 おおーっ!、とフェンス越しで多くの記者達が感嘆の声をあげてざわつく。

 

「あの田代ってキャッチャーも良いね。一番の矢部や二番の小山といい、他にも主砲の葛西君や早川選手も非常に魅力的だな」

「帝仁相手にもう十点差をつけたか。この回で一点でも返さなきゃまたしてもコールドで恋恋高校の勝利だぜ。こりゃスカウトリストの見直しもあり得るな」

 

 

  恋恋 3 1 3  1 2

 

  帝仁 0 0 0  0

 

 

 

 取材に来てた報道陣、少数のスカウト陣達は驚きを隠せなかった。

 帝仁と言えば神奈川県で毎年ベスト8に入る強豪校で、特に四番バッターの相沢は高校通算四十一本塁打を放つプロからも一目置かれる程のスラッガー。間違いなく今年のドラフトでも上位に入る天才なのだが…

 

 

「おいどういうことだ!!ウチがまだ二安打しか打ってないぞ!」

「そんなこと言ったって…あの女結構やりますよ。ただでさえアンダースローなんて手こずるのに、切れ味の良いカーブやシンカーも投げるとなれば俺じゃ無理っスよ」

「ちっ!あの相沢でさえポテンヒットで出るのが精一杯とは…このままでは情けない姿が全国に渡って──ってあああっ!?」

 

 帝仁の監督が興奮している間に四番だった葛西も本塁打で追加点を奪い、これで11対0と恋恋が攻撃の手を緩めない。

 

「ナイバッチ!さっすがハルだ!」

「ハルは期待裏切んねーから安心できるぜ!」

「よくやったでヤンス!まぁハル君なら余裕でヤンスね」

「ハル君はやっぱり頼りになるよね。さすが恋恋のキャプテン!」

「皆さー…そのあだ名はやめてくれないかな…」

「良いじゃない。固いことは言わないの♪」

 

 “ハル”とは葛西春見の呼び名で、名前の春をそのまま『はる』と呼んだのがキッカケらしい。チームメイトはその愛称を使うのが好きらしいのだが、当の本人はやや遠慮気味のようである。

 

「よし!それじゃあ最後の守備もきっちり行こう!!」

『おー!!!!』

 

 勢い切らさず恋恋ナインがそのまま守備へと就く。

 帝人の攻撃はラストバッターの大沼から始まる。

 

(このバッターはインハイの変化球に滅法弱い。ここは内角に高速シンカーだ)

 

 不安も怖さも無い。

 今の早川は純粋に野球と言うスポーツを楽しんで投げているだろう。

 女性の壁をぶっ壊す──

 一人のベースボールプレーヤーとして、その姿に男も女も関係ない。その思いを多くの人々に伝える為、早川は意を決してマウンドへ上ったのだ。

 

 

『ストーライッ!』

 

 

 そんな熱い気持ちの籠ったボールはそう容易に打てるわけがない。

 大沼は三球三振、続く一番にはストレートのみで三振を奪い、二番の国府田が打席へ立つ。

 

「頼む国府田ーっ!!フォアでも良いからとにかく出塁しろー!!」

 

 この回で最低でも二点を返さなければ自動的に帝仁のコールドが決まってしまう。

 そもそもコールド制を設けたのは帝仁側。提案したチームがこの様では次の日の新聞で自分達の醜態が明らかになって評判もガタ落ちだ。

 焦りは最高潮に達し、雰囲気も悪くなる一方。

 

「あおいちゃん!最後まで油断せず行こう!!」

 

 光と影のコントラストは両陣営、ギャラリーから見て一目瞭然。

 これが恋恋高校の野球なのか?

 審判がゲームセットを発するまで一度も切らさない驚異の集中力と闘争心。

 エース早川とキャプテン葛西を軸に投打の均衡が保たれるそのバランス。

 ──そして高校野球界を真っ向から変えてやろうとする熱い姿勢。

 もう帝仁にはその気迫を跳ね返す力など残って無かった。

 

 その一分後。外角低めへのカーブが素晴らしいコントロールで決まり、三者連続三振で帝仁との練習試合が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ!こりゃまたデカデカと掲載されてますねぇー」

 

 ある日の練習終わり。

 部室で皆(女の子三人は別室)制服に着替えてた時、今宮が突然大声を出した。

 

「んだよ今宮。またなんかやらかしたのか…?」

「ちげーよ!とにかくこの記事読んでみろよ」

 

 友沢に新聞紙を渡し、その回りに皆が集まってその記事を読む。

 今宮が驚く時って大抵がくだらない事やどうでもいい事だからなぁ。あんま期待せずに見るか。

 

「何々?『恋恋高校、またもや強豪を打ち破る。大会目前に高野連へ猛烈アピール』……」

「恋恋?またどっかと試合を申し込んだのか…?」

「それだげじゃねぇ。相手は昨年秋にベスト8まで残ったあの帝仁高校で、完封コールドの完全勝利で恋恋が勝ったらしい」

「あー!俺この高校知ってるぞ!?」

「本当か岩本?」

「ああ。ここって部活動へ特に力を入れてる高校として知名度が高くてさ、ここからオリンピック選手やプロ選手も多く輩出してる超エリートな学校なんだ。俺はスポーツ科学部って学科に入りたくてそこへ受験したんだけど倍率が凄くて結局落ちちゃって…それで滑り込みで受けたタチバナに合格して入ってたんだ」

「ん、ちょっと待て。スポーツ科学部って県内一倍率の高い学科じゃなかったか?お前そんなに頭良かったのか…」

「あんまり自慢はしたくなかったけど一応そうだね。ほら、能ある鷹は爪を隠すっていうか、皆に知れたくなかったんだよ」

 

 そんな頭良かったとは逆に野球部誘って申し訳ないな。

 岩本にそんな一面があったとは全然知らなかった。

 

「でも俺は野球部に入ったこと全然後悔してないよ。こうして馬鹿みたいに騒げる仲間ができたのは生まれて初めてだからさ…やってみると面白んだよ、野球って」

 

 隣で笠原もうんうんと頷く。

 その様子からして笠原と岩本はほぼ同じような生い立ちってことか。

 俺は英語とかが苦手だからそれほど勉強は好きじゃないけど、岩本や笠原はそれでも野球をする道を選んでくれたのかと思うと、俺なんかより何倍もメンタルが強いな。

 

「ありがとな、二人とも」

「おいおい止せよ。別に俺がしたくてやってる事なんだからさ」

「そうそう。それよりも高野連の返事はどうなってんだよ?」

「うん…高野連は県予選の抽選に合わせて今週中までには決定するって昨日の夜に聖名子先生からそう電話が掛かった」

「…今週中か。しかし手柄はほとんど恋恋が持ってったから俺達はダメでもとやかく言えないな」

 

 友沢の仰る通り、海堂二軍と試合をしてからの一ヶ月はほとんど練習に費やしてしまい、たった一日しかゲームは組んでないのだ。

 まぁ試合をしたには変わりないけど…相手がバス停前高校だった上に記者達が全然集まらなかったからほとんど無意味に近かった。

 ようするにアピールができなかったんですよ、はい。

 

「大したことやってないが、俺達だってやれる範囲でやったんだ。後は神頼みに任せよう」

 

 タチバナがバス停前と海堂二軍。

 恋恋は帝王二軍と帝仁、そしてパワフル高校の一年編成チームと戦ってどれも善戦している。

 ここまでやって高野連が却下してきたらまた別の手を考えるしかないけど、今や女性選手の出場権利は雑誌やテレビで騒がれまくってる一種の社会問題にまで発展している。この前だって高野連のお偉いさんがインタビューを受けてたのをニュースで見たし、これから高校野球が始まれば更に熱は高まってくる。

 チャンスは今が一番。

 どうか涼子や聖ちゃん、みずきちゃん達が高校野球の舞台に立てますよう──

 七夕まで一ヶ月も前の時期だが、俺は心の中でそう強く願った。

 

 

 

 

 

 

 

「そんじゃお疲れー」

「うん。皆また明日ー!」

 

 女の子三人も制服に着替え、キャプテンの俺が部室の戸締まりをしたところで各自解散となった。

 友沢は自主練がしたいらしく三十分だけ居残りをすると言い、それ以外のメンバーはスタスタと帰っていく。

 さて。今日は夏に向けての練習メニューを立てなきゃならないから自主練は無理そうだ。となればとっとと帰らねばな…。

 

「大地。もしよかったら私と帰らないか?」

 

 ふと背中から声を掛けられ、すっと後ろを振り向くとそこにいたのは聖ちゃんだった。

 学生鞄を両手でぶら下げて持ち、赤のネクタイとオレンジ色のブレザーを着た聖ちゃんはとても可愛く、一瞬胸がドキッとした。

 

「駅までだったら全然良いよ。それじゃ行こっか」

「ああ」

 

 涼子は用事で先に帰り、みずきちゃんはこれから生徒会の仕事を手伝いにいくのでまだ帰れない。

 俺も特に断る理由など無いので、駅までの約一キロを聖ちゃんと帰ることにした。

 

「その…なんだ。最近大地はよく涼子と帰るから仲良さそうに見えるのだが…二人はどんな仲なんだ?」

「俺と涼子の仲?」

 

 野球の事以上に返しにくい質問だな。

 何となく監督の家へ訪れた日から意識してるって気はあるけど、向こうはそんな様子を全く見せないから分かんないんだよね…。

 

「大事なバッテリーであり、良き相棒って所かな?でもどうして聖ちゃんがこんな事を聞くの?」

「っ──い、いや!!私だってキャッチャーなのだからチームメイトの友好関係もデータとしてインプットし、それを踏まえてプレーしなければと考えただけだ!!」

「お…おお、そうなんだ…」

 

 聖ちゃん、かなり荒ぶってるけど大丈夫か?

 顔も赤らめてるしちょっと不安になってきてたぞ。

 落ち着かせる為にも少し話題を変えてみよう。

 

「まだ聖ちゃん達には言ってなかったんだけどね、例の問題の返事が今週中に来るらしいんだ」

「む…そうなのか……」

「うん。俺達以上に恋恋だって頑張ってくれたんだ。きっと良い結果が返ってくるよ」

「でももし…私達のせいで大地や皆が出れなかったら……」

「ううん。もはやこれは女性だけに課せられる問題じゃない。野球をやってる者、全員が真剣に考えなければならない問題なんだ。だから聖ちゃん達はこれっぽっちも悪くないんだよ」

「大地…ふふっ、ありがとな」

 

 うおっ!?その笑顔は反則だろ!

 月の光と組み合わさって余計美しさが際立ってるよ。

 無意識の本能で顔がにやけてる自分がいて最悪だ…。

 

「あ、もう駅に着いちゃったね」

「なーっ!?いつの間に到着してしまったのか…無念だ」

「だいじょーぶ。また明日会えるじゃん。そこでまた話しよーぜ」

「あ、ああ…絶対お話するぞ!約束だからな!!」

「分かった分かった。約束するよ」

 

 頭に血が昇ってまた荒ぶっちゃったな。

 顔も益々赤が強くなってきてるし、明日風邪で休まなきゃ良いけど…。

 

「じゃあね聖ちゃん。また明日」

「ああ…お休みなさいだ」

 

 階段を昇ってホームに入ったのを確認し、俺も帰路へとつく。

 クールで冷静沈着な聖ちゃんも、野球以外になれば女の子の顔ってやつになるよな。

 初めてリトルで会った頃よりも背は若干伸び、幼さも消えかかっていてすっかり大人って感じがする。涼子とも時折衝突気味にぶつかり合ったりしてるけもど、何だかんだであの二人って仲良しだから、キャプテンとしては微笑ましい限りだぜ。

 

「家着いたら無事帰ったか連絡しとかないと…」

 

 あんな可愛い高校生が夜道を歩いてたらそれこそ危険だ。

 最寄り駅の目の前にお寺が…西満涙寺と言ったか?多分近くだから大丈夫だとは思うけど一応念には念をね…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山門を入って屋敷に帰った時はもう八時を過ぎていた。

 帰りはいつもこれぐらいになるのだが、私は夜を過ごすのが少し憂鬱だ──

 

「ただいま…お父さんは帰ってきてるか…?」

 

 真っ先に向かう場所は私の父、六道滝蔵(たきぞう)の部屋だ。

 鞄を座敷に置き、部屋の襖を開ける。

 約八畳もの広さで、一人で過ごすには少々広いかもしれない。机と仏に関する本、そして所々に飾られた古い絵や像などの置物しかない簡素な部屋だ。

 部屋を見渡してもお父さんの姿は無く、代わりに机の上に『聖へ』、と始まる書き置きが置いてある。

 

 『聖すまない。今日は檀家さんの家を回るからまた帰りが遅くなる。ご飯は居間に用意してあるからそれを食べてていいよ。父より──』

 

「………………」

 

 今日もお父さんは帰りが遅いのか…。

 仕方のない事だが…お父さんは最近帰りが遅くなる日が増えている。

 夜中の二時や三時頃に屋敷へ帰り、私が学校へ行く時間になって目を覚ます。そして家へ帰ればまたどこかの家へ行ってて帰りは遅い。ほぼ毎日この繰り返しだ。

 

「ご飯を食べるか…」

 

 お母さんは私が中学に上がったと同時に病気で亡くし、家族と呼べる人はお父さんだけ。兄弟やみずきのようなお爺さんも寺や屋敷には誰もいないので、お父さんが留守だと私は一人だ。

 

「いただきます」

 

 箸を手に取り、白米から口に入れる。

 表面は水で冷たくなってるが、中はまだ僅かに温かい。作ってからまだそれほど時間はたってなさそうだ。

 

(………………)

 

 何の会話もない静まり返った居間。

 聞こえるのは外から鳴いてる蛙の声、それと何年も前から古く存在している時計の針が動く音。

 私はこれから先も夜を一人で寂しく過ごさねばならないのだろうが……

 学校に行けば大地やみずき達が待っててくれる居場所がある。あの野球部のグラウンドと部室は私にとって唯一の生かしてくれる場所なのだ。

 ──だが家ではどうだ?

 お父さんもお母さんも…どうして私を残していなくなるんだ?

 私が嫌いだからか?それとも私の事など子供とは所詮思ってないからか?

 そんなに住職を優先にしたければ家になんて帰らなくていいのに…

 

「…駄目だ。泣くな私……」

 

 気付けば目からポタッと一滴の雫が落ちていた。

 お母さんと死ぬ間際に誓ったのだ。

 どんなに辛くても絶対泣かない強い子になる、と。

 そうすれば成仏したお母さんも天から優しく見守ってくれてるだろう。

 ただの気休めかもしれないが、家で孤独な私にとってはこれで充分だ。

 

「さて…片付けて風呂に入ろう」

 

 右手で目を擦り、私は食べ終わった食器を台所へ行って洗う。数はそれほどなかったので直ぐに片付き、そのまま浴場へ向かった。

 

 

 

 三十分ほど湯船に浸かって座敷に戻る。

 鞄から今日の出された課題をやろうと整理していると、携帯がブルルと震えた。

 

「みずきか?」

 

 時間帯関係なく私に送ってくる相手はみずきがほとんどだ。

 問題集を床に置いて携帯の電源を入れると、送信者はみずきでなく彼だった──

 

 

「大地っ!?」

 

 

 しまった、嬉しくてつい大声を上げてしまったぞ…

 らいんと言ったメールみたいなものを送る時はいつも私からだったから大地が嫌じゃないかと思ってたが、今日は向こう側から振ってきてくれたので話がしやすいな。

 

『練習お疲れさん!家には無事帰れた?』

 

 そうか、私を心配して送ったのか。

 優しいな…大地は。

 不馴れな手つきながらも一文字一文字丁寧に考えながら打ち、何度も読み直してから送った。

 

『私なら大丈夫だ。心配してくれてありがとう( ´∀`)』

 

 絵文字と言うものも使ってみたが…大地は変に思わないだろうか?

 十回くらい読み直したのにどうして送ってからこんなに後悔するのだ!?段々不安になりながらも返事を待ち、二分ぐらいしてまた携帯が揺れだした。

 

『それなら良かった~!もし聖ちゃんに何かあったら俺、みずきちゃんに殺されるからさ(笑)』

 

 ふふっ、みずきならあり得なくもないな。

 そんなことになっても私が霊になってでもみずきを止めてやるぞ。

 

『あり得るかもな。ところで大地。もし良かったら明日一緒に自主練をしないか?キャッチングやフィールディングについて相談したい事があるから』

 

 話が突然変わってしまうが明日の自主練を誘ってみることにした。

 忙しいのは承知しての上だ。だが大地が自主練する時の相手って大抵が涼子なのだ。帰りに二人仲良く投球練習をしている所を見るとやはり涼子が羨ましい…。

 断られても文句は言えないが頼む仏よ…!

 

 

 

『ああ良いよー!丁度やろうと思ってたからさΣd(゚д゚*)』

 

 

「いいのか!?やった…!」

 

 最高の返事が来て思わず襖に携帯を投げつけそうになるが直ぐ様制御して止めた。

 二人きりになるのに抵抗感は無さそうで良かった。

 大地はそういうの断らない人だから無理にならなきゃ良いが…。

 

『すまないな。あまり時間を取らせないからよろしく頼む』

『うん!任せてって!それじゃお休みーzzz』

『ああ。お休みなさいだ』

 

 十分しかやり取りができなかったがそれでも私は大満足だ。

 大地はお父さんの何倍も私を気にかけてくれるし、家へ帰るよりもグラウンドに居た方がずっとましだ。

 メールを終えると急に私の心が冷めてく気がしてならないが、明日も大地や皆と会えるって考えればそんな孤独感も徐々に消えてく。

 明日も頑張ろう──って、そんな気持ちにさせてくれるのだな。

 もし大地がいなかったら今頃私はどうなっていたんだろうか……

 いや、考えるのはよそう。そんな私情よりも女性選手の出場が認められるかを祈るんだ。

 あおいや雅、矢部がマスコミの記事のネタになってまであんなことをしてくれたんだ。きっと高野連も分かってくれるはずだ。

 

「きっと大丈夫だ。私は信じるぞ…」

 

 手をあてて祈りをしたその五日後。

 聖タチバナ宛に一本の電話が届いた──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こんばんわ、パワフルスポーツの時間です。まずは明明後日から全国一斉に開幕する夏の高校野球選手権大会、その様子を頑張バワフルズ不動の一塁手として活躍した古葉良己さんの解説と共にお送りいたします。古葉さん、今日はよろしくお願いします』

『はい、こちらこそよろしくお願いします』

『古葉さんも学生時代は甲子園に二度も出場したという経歴をお持ちですが、夏の大会とはどういった思いで望みましたか?』

『そうですね…やっぱり三年生にとっては“最後”の公式戦ですからね、とにかく一勝でも多く勝ち上がって甲子園優勝を目指しましたよ』

『その思いが通じたのか、当時古葉さんが所属していたパワフル高校は圧倒的な強さで地区予選を勝ち上がり、なんと甲子園初優勝の快挙を達成したと聞きましたが…大変素晴らしい結果でしたね』

『いえいえ。現カイザーズとパワフルズの監督をしている神下と橋森の頑張りもあってあのような満足いく結果が出たんですよ。彼らがパワフル高校にいなかったら優勝なんて夢のまた夢ですよ』

『そうですか……そしてパワフル高校と言えば神奈川県で話題を集めたあの高校との対決もありましたね』

『大変話題になりましたね~。私も長年野球に携わりましだが、あれほど腰を抜かした日はないですよ』

『さて、古葉さんがビックリしたその話題とは一体何か?まずはこちらをどうぞ』

 

 画面が切り替わり、ある高校の試合風景が映し出された。

 恋恋高校対パワフル高校の練習試合。

 この日もどうやって集めたかは知らないが、スタンドには多くのマスコミが溜まっていた。流れる映像はこの試合を偶然撮影したとされる新聞記者から提供された物らしい。

 

『試合は七対八でパワフル高校が勝ちましたが、キャプテンの葛西選手は全打席でヒットを放ち、ホームラン二本と大活躍。そして女性選手として注目を受けてた小山選手も三安打猛打賞でバットでも存在感をアピール。更にサブマリン投手として人気急上昇中の早川あおい選手は八失点の大乱調で思うようなピッチングができないものの、九回までこの強力打線を投げきり、底力を見せつけました』

『彼らはまだ高校球児にも拘わらず、プロ並みの注目を受けてますね。確かに葛西君は私から見ても遜色無いハイレベルなユーティリティープレーヤーだと思いますし、早川さんや小山さんにいたっては……ははっ、可愛いですよね』

『男性からも非常に人気のある二人ですからね~。これも今年の春問題になりましたルールブック改正の影響が大きかったんでしょう。高校野球連盟もこれには追及の矢面に立たされました』

 

 またもや画面が替わり、今度はパシャパシャとフラッシュを浴びながらインタビューに答える人がズームで映る。

 画面下に字幕で“日本高校学校野球連盟会長”と書かれている。

 

 

 Q.今回の女性選手出場問題についてどうお考えでしたか?

『昔から重要視されてた問題でもあり、これは我々一同真剣に向き合って検討しなければならない問題だと考えていました』

 

 Q.検討を重ね、ついに考えが決定したと噂されてましたが、女性選手出場は認めるんでしょうか?

『正直、我々もギリギリまで悩みました。体力的にも技術的にも不利な女性が、男子と交えてこの長く険しい夏を戦うのはどうかと…

 

 

  ──ただ、彼女達の野球に対する熱い思いは野球好きの私も感慨深いものがありました。野球が好きなのに男子も女子も関係ないと…いつしか私らが教えられてたんだと…そう感じました。

 

 

 

 

 そこで厳正なる審議の結果、十月初頭から行われる秋季大会から女子の公式戦出場を全面的に認めることを決定いたしました』

 

 シャッター音が雑音に感じるほど大きくなり、マスコミからも驚きの声があちらこちらで飛び交った。

 

 

  ──百年の歴史が変わった瞬間だ。

 

 

『これから高校野球が更なる発展を遂げてくれると願い、ルールブック改正へ踏み切りました。いきなり夏から始めるのはどうかと、そんな意見も多く寄せられましたので残念ながら夏は出場不能のままですが、恋恋高校…それと同様の問題を掲げた私立校からは既に了承を得てます。何かしらの不祥事が万が一起きたらまた審議せざるをえないかもしれませんが、今は主役である高校球児達の夢を優先にしてこうと思います』

 

 

 

『……とこのような決断をしましたが、古葉さん。球児達の夢とは甲子園の事を指してるんでしょうか…?』

『それも一理あると私も思いましたが、一番は彼女らも野球が大好きなんでしょう。限られた三年間の中で大事なチームメイトと戦えるチャンスってのは指で数える程度しかありません。人生においてこの瞬間の喜びは後に大人になってからも大きな財産として残りますし、それが一種の夢なんじゃないんでしょうか』

『なるほど…短いからこそ喜びや嬉しさは大きいんですね。古葉さん、今日はありがとうございました』

『いえいえ。こちらこそ』

『もうすぐ熱い高校球児達の夢の舞台、全国高校野球選手権大会まであと三日。今年も全国各地で繰り広げられる戦いに期待しましょう!以上、パワフルスポーツをお伝えしました!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの衝撃的な報道から数日──

 季節も完全に夏へと移り変わり、四十七都道府県で夏の高校野球が始まった。

 俺達は試合に出たい気持ちも強かったが、高野連側の事情やチーム状況を考えてみれば大会出場はまだ時期早々であると感じ、大会期間中は体力作りや基礎練習を中心に、秋からでも戦えるよう体を作り直すことに決めた。

 八木沼はストレート打ちを苦手とするし、聖ちゃんはパワー不足と鈍足さがやはり否めない。今宮は打撃にムラが残るから確実性のあるバッティングへ磨きをかけ、友沢はブランク明けで筋力や体力が落ちてるからそれの強化を徹底してやる。岩下と笠原も野球に慣れはじめてきてはいるが、海堂や帝王と互角に戦うにはまだまだ努力が必要だ。生徒会の三人も持ち味を出してて悪くはないけど…直す点はしっかり見つめ直さないとな。

 ピッチャーの二人は共通してスタミナ不足が深刻だからひたすら走り込みやインターバルで体力強化をさせ、後半の制球を安定させる為にも下半身、主に足腰の強化も忘れないで鍛える。

 そして俺はと言うと……

 

 

「さんびゃくじゅうさん……さんびゃくじゅう…しぃ…」

 

 七月からこうして朝早くグラウンドに顔を出し、毎日五百回素振りをするようにしている。

 長打と単打の両方を自在に打ち分けられる高いバッティング力を付けるのと、みずきちゃんの新球『クレッセントムーン』の捕球練習、それにインサイドワークも煮詰めなきゃならない。

 やるべき課題は明確になっている。

 残すはそれをどれだけ早く消していくかだ──

 

 

「こんな朝早くから、精が出るな」

「………友沢か」

「右肩が少し開いてるぞ。それじゃあ打球に力が入らなくて凡打になる」

「ふぅ…マジか」

 

 そういや、フリーバッティングでも最近快音が少なくなってきたからどこかフォームが違ってるとは薄々感じてたが……さすが友沢だ。

 

「お前も朝練か?」

「ああ。五キロほど走ったら俺も素振りをするつもりだ」

「そうか…怪我するなよ」

「分かってる。お前もあまり無理はするなよ。キャプテンが離脱したらシャレにならんからな」

「おいおい、縁起でもないこと言うなよ…」

 

 ふ、と鼻で笑い、友沢はグラウンドを出て走りに行った。

 アイツはこのランニングを入部してからは毎日欠かさずやってるらしいから、野球に対する意気込みは相当なもんかもしれねーな。

 あの怪我さえしなければ順当に帝王実業の一年生レギュラーとして試合に出てかもしれないのに…まぁその甲斐あってこんな天才が入ってくれたんだからマジ感謝してるぜ。友沢が敵か味方かってかなり違うからな。敵だったら絶対やりたくない相手だっつーの。

 

「…明日から七百に増やすか」

 

 激戦区である神奈川を制するには俺が点を取れるだけの力と、どんな相手でも0点で抑える程のリードを身に付けなきゃならないんだ。

 いつか樫本監督が言ってたように、

 

 

 

  『お前はチームの救世主になれ』

 

 

 

 攻守で引っ張れる人間に俺がなって、チーム力をより向上させる。

 それが上手くいけば必ず海堂や帝王、それにあかつきにだって一矢報いれるはずだ。

 この夏は辛抱し、秋から本格始動して全国に聖タチバナ学園の名を轟かせてやるから覚悟しろよ!

 

 

 


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