Glory of battery   作:グレイスターリング

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第十三話 チーム結成

「すっかり遅くなっちまった…」

 

 次の日の放課後、この日も四時から練習をする予定でいたのだが、事務職員に部費の事で呼ばれてしまい、俺だけが大きく遅れてしまった。

 

「急がないと…皆揃ってるはずだからな…」

 

 しっかし相変わらず遠いんだよな、この道。

 ただでさえここのキャンパスは広いって言うのに、校舎から第三グラウンドが一番遠い。届いたボールとかネットを運ぶのも大変ったらありゃしないぜ。

 と、文句を垂らしながらも網の扉を開け、グラウンド内へ入る。

 

「ん?妙に部室が騒がしいな…」

 

 グラウンドには誰もいないけど、部室からは誰かの話し声が漏れて聞こえるぞ。

 女子特有の微量に高い声と明るく元気な笑い声。普段クールな聖ちゃんはそんな声量で会話をしないので、考えられるのは涼子だけだろう。

 よし、「ぷっ、そんなにはしゃいでお前もまだまだ子供だな。」と、少しからかってやるか。涼子って人に色々言われると突っ込むタイプだから意外に面白い所あるんだよね。

 そんな事を考えながらゆっくりとノブに手を掛けて部室のドアを開ける。

 

「あー!遅いよキャプテン!」

「何が遅いよ、だ。小学生みたいに騒い………ってええええっー!!?みずきちゃん!?」

「ちょっと!私がここにいるだけでそんなに驚く!?それに小学生ってどういう意味よ!!」

「いやぁ~…てっきり涼子かと思ったからつい…」

 

 今日も生徒会で来れないと一週間も前から連絡を受けていたのにそれを逆らって来るとは…。

 

(しかも涼子がこっちを睨んできてるし…)

 

 涼子なら──って部分に気を障ったちゃったのかな?だってリトル時代からこういう悪ふざけはよくやってて日常化してたが、十代後半の少女に対してとなればデリカシーの無い発言だったか。

 

「ごめん涼子」

「…別に。どうせ大地君は私の事なんてそれっぽっちにしか考えてないって分かったから」

「それは嘘だって。俺はお前の大切な女房だろ?」

「にょ、女房だとっ!!?」

 

 ぐおっ!無関係の聖ちゃんがいきなり食い付いてきた!?

 

「なななななに言ってるのよっ!!それを言うなら私が女房で大地君は亭主でしょ……」(本気なのかしら…)

「いやいや。別にそういう意味じゃなくて、お互いバッテリー関係なんだからキャッチャーの俺は女房って言うだろ?」

「…………………」

 

 あれ?友沢と今宮がさっきから笑ってるけど今俺、何か間違えた事言ったか??

 バッテリーなんだから俺が女房で涼子が亭主的な立場だろ?だから…

 

「一ノ瀬…お前鈍すぎ」

「はぁ?どういう意味だよ!?」

「知らん。お前は頭良いんだから自分でそれくらい答えを出せ」

「八木沼っ……!」

 

 更に涼子は怒り、聖ちゃんは安堵の表情しとるし。

 もう全国大会決勝戦で戦った海堂付属中のリードよりも難しい問題だよ…。

 

「まぁそろそろ茶番はこれくらいにして、大地君にも今までの経緯を話すわね」

「ん……頼みますわ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、海堂高校野球部二軍グラウンド──。

 

 

「おい、聞いたかよ」

「ああ。まさかウチに電話交渉で試合を申し込む変な高校がいたんだろ?」

 

 ロッカールームで話をしているのは渡嘉敷と阿久津。

 彼等はまだ一年生なのだが、海堂のチーフスカウトに特別目を向けられた選手はこのように特待生として入学が認められ、セレクションや三軍行きを免除されるのだ。

 それは待遇も大きく影響され、一軍・二軍は立派な野球場で高品質な設備を使って日頃鍛えている。

 

「どこだっけな……何とかバナ高校だっけ?」

「ああ?聞いたかとねーな、そんな無名校。この阿久津様の“伝家の宝刀”で身の程を知らせてやるか」

「ばーか。お前は体力無いんだから先発はないだろ?そんな大口叩く暇があったらランニングでもしてこいよ」

「うるせぇよ!今行こうと考えたわ!!」

 

 そう言いながら阿久津は勢いよく部室を出ていった。

 

「また阿久津にちょっかい出してんのかよ」

「おー、薬師寺じゃん」

 

 彼の名前は薬師寺祐介。

 巻き毛と切れ目が特徴の右投げ左打ちの三塁手。

 無論、薬師寺も特待生枠で入学した凄腕の選手だ。

 

「さっきの話、もしかするとただの無名校じゃないらしいぜ」

「え、でも何とかバナ高校なんて過去一度も甲子園に出てない学校じゃん。そんな弱小校じゃウチに五十点差くらいつけてコールドだよ」

「それがそうとも限らないんだ。あくまで噂なんだが、中学時代にあの猪狩守と肩を並べる程の天才が主将をやってるって市原が教えてくれたんだ」

「へぇ~…猪狩守と同等ならそれは強いね。それでも総合的に判断すれば誰もがウチの勝利を予想するよ。どっちにしろ俺達の敵じゃないね」

 

 海堂高校は同じ県に属す『帝王実業高校』と春夏の甲子園出場権利を巡って毎年のように決勝で争っている。

 近年は海堂がやや勝ち越しているが、帝王は山口・猛田・蛇島・香取・唐澤など、猪狩や一ノ瀬のライバルとして相応しい面子が揃って入学し、今年はかなりの戦力補給をしたと言える。

 それに対する海堂も負けておらず、眉村を始めとする薬師寺・渡嘉敷・米倉・市原・阿久津、更に三軍で可能性を秘めた選手も多数在籍すると、選手層の厚さは国内No.1と名高い評価を受けている。

 この二強の次点に入るのは、パワフル高校・極久悪高校・久里山高校などが名を連ねる。どの高校も共通点は、

 

 

 

  今年の一年生が未知数のPotential(潜在能力)を秘めている点だ──。

 

 

 

「帝王に勝つためにも二軍とは言えコケる訳にはいかない。あくまで俺達はマニュアル通りに…」

「分かってるさ。それがチームに勝利をもたらす一番の正解だからな」

 

 どんな相手にも圧倒的な才能と選手層でねじ伏せ、敗北の二文字を精神的にも肉体的にも刻み込ませる。それが海堂の野球であり、プレイスタイルだ。

 たとえ全国区の選手がいようと、マニュアルによって作られた勝利の方程式はここ十年以上、誰にも壊されない最強の鉄則である──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みずきちゃんの事情も耳に入り、これで仮な形となるが、本当の意味で部員が9人揃った。

 大京や原、宇津の三人も野球経験者らしく、入部はしてくれるらしいが生徒会を疎かにはできないらしく、今日は来ていない。みずきちゃんが言うには当番をローテーションで回し、練習試合までの間は二手に割れて業務をするらしい。

 そして要望通り顧問も来てくれたのだが──

 

 

「この度野球部の顧問になりました『橘聖名子』です。聖ちゃんを始め、妹のみずきがお世話になってます」

 

 楽しみにしとけって……顧問がみずきちゃんのお姉さんってどういうことだよ!!

 いやいや、この人が嫌いって事じゃないけどさ!どちらかと言えば美人で優しい模範的な先生(と言っても今年入ってきたばかりの新任)だから思わず見とれる所もあるけど……

 

「聖名子さん、野球のルールや采配は理解した上で顧問を引き受けたのか?私には貴方が野球初心者に見えてしまうが…」

 

 思った事そのままを聖ちゃんが代弁してくれた。

 みずきちゃん以外の皆もうんうんと頷きながら共感した。

 

「みずきや聖ちゃんがリトルに所属してた頃から野球はよく観戦してたので、ルールはほぼ分かってるつもりです。采配もみずきが薦めた雑誌を読んで勉強中なので試合までには最低限のラインをできるよう努力はしてみます」

 

 んー、ルールが分かるだけまだ良いか。

 できれば経験者が監督に就いてくれれば理想だったが、贅沢は言えないな。本人も意気込みはヤル気満々なんだからそれに答えなきゃならないしね。

 

「それと、五月第一週目に予定された練習試合の相手も決まりました」

「おおっ!マジっすか!!それでどこなんですか!?強いんですか!?弱いんですか!?それとも──ゴハッ!!?」

「今宮、少し黙ってろ」

 

 友沢の右フックが炸裂し、派手に転んだ。

 聖ちゃんと八木沼は呆れ顔、涼子と聖名子先生は苦笑い。

 角度が良かったのか、今宮は白目を向いて気絶している。

 友沢…もう少し加減をしてやれよ。

 

「えっと……対戦高校なんですが、皆さんご存知かもしれませんが、

 

 

 

 

  海堂学園高等学校の準二軍に決まりました」

 

 

 

(!?海堂、高校か………!)

「うえっ!?」

「うわ~…マジかよ…」

 

 

 みずきちゃんの入部許可を賭けて戦う相手がよりによって海堂とはな。

 準二軍って点が引っ掛かるが、随分強気なマッチメイクをしてくれたもんだ。見てみろ、笠原と岩本なんてあんぐり顔で石化したかのように動かないぞ。

 

「ふ…面白くなってきたぜ!ここで活躍すれば女子からモテモテ間違いなしだっ!!」

「お前いつのまに…!面倒だからずっと伸びてて良かったのに…」

「八木沼~!心の声がだだ漏れだ!せめて聞こえないようにぼやけ!!」

「でも普段おちゃらけてる今宮の言ってることは一理ある。このチームが発足して初の試合なんだ。ワクワクや面白さを感じて挑まなきゃ、もったいないかもしれないな。」

「私も試合が決まって心がウズウズしてきわ。フフッ、体が早く投げたいって言ってるかもしれないわね」

「やるからには絶対勝つ!聖タチバナ学園高校野球部の将来を占う大事な一戦だからな」

「そう聞くと俺達も…」

「何か燃えてきたって感じがする…!」

 

 全員良い顔になってきたな。

 チーム全体が一つの目標に向かってるから良い傾向だぜ。

 

 

「皆、海堂は確かに強い。でもそこで諦めたら二年半、この世代は甲子園の土を踏むことはできないんだ」

 

 だからこそ弱小なら弱小らしく食らい付くまでだ。

 ゲームセットのコールが鳴り響くまで諦めず、粘るんだ。

 

 

 

「勝とう!海堂に!!そして行こう、甲子園へ!!!」

 

『オォーッ!!!!!!』

 

 

 待ってろ猪狩!

 今は名も知れ渡らないただのチームかもしれない。

 でも二年後、神奈川県の王者になってお前の最強伝説を崩してやるからな、覚悟しとけよ!

 試合まであと三週間──。

 まずは基礎を徹底して強化し、その上で練習試合を組んで経験値を上げてってやるぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「周防監督。話があります」

 

 海堂高校から何十キロも離れたとある孤島。別名を夢島──。

 そこはただの島ではなく、海堂野球部三軍の練習所になっているのだ。

 多く茂る木々を何時間も歩いた先に選手食事や寝泊まりをする寮が置かれているが、古さは一目瞭然。おんぼろの木々に大した道具もなく、部屋も簡素な造りである。

 

「なんだ乾。俺はポジション適正テストの考案をしてたところなんだ。悪いが後で──」

「“茂野吾郎”についてお話があるんですが」

「む……用件はなんだ?」

「奴のポテンシャルと身体機能、練習に対する意欲は他の者と比べても群を抜いています。あの心臓破りの坂を初日で攻略し、大文字や丘人魚も難なく攻略しています」

「なっ…あの坂を初日でクリアしただと!?」

「はい。もう奴なら二軍へ…いや、もしかしたら一軍のベンチにも入れる器です。どうでしょうか?茂野を昇格させてみては?」

「ふむ………」

 

 だがあの坂を初日でクリアしたとは言え、それだけでは海堂のレギュラーにはなれない。

 いくら才能に恵まれてたとしても、奴は“ウチの”欲している野球選手と大きくかけ離れている性格。

 それを修正しない限り、上へは行けんな、茂野吾郎よ。

 

 

 

 

 


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