Glory of battery   作:グレイスターリング

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更新がまた遅れてしまい、申し訳ありません。
その分、今回は長めの話になっています。
それではどうぞ!


第十二話 人を頼ること

 入学式から早くも一週間が経ち、新入生もようやく落ち着き始めた頃だ。

 勧誘のポスターを貼ったり休み時間を利用して教室を回るなど手は打ってるものの、集まってくれたのはたった三人のみ。しかもその内の二人は未経験者だった。

 

「ん~これが現実、か…」

 

 現在いる人数を確認すると俺、涼子、八木沼、聖ちゃん、何故か姿を余り見せないみずきちゃん。

 勧誘で入部してくれたのは帝王中出身の今宮、初心者組の岩本と笠原の三人の合計八人。

 それをポジション別で分けると、

 

 

 ピッチャー 川瀬・橘

 キャッチャー 一ノ瀬

 ファースト 六道

 センター 八木沼

 セカンド 今宮

 ライトorレフト 岩本・笠原

 

 

 現時点で俺が考えるポジションはこんな感じ。

 聖ちゃんがキャッチャーをする場合、俺はファーストかサードのどちらか空いているポジションをやる。

 初心者組も外野を引き受けてくれ、バックは全て埋まった。

  しかし──

 

 

 

「ショートがなぁ、いないんだよね…」

 

 

 

 サードは別として、ショートを任せられる人がこの八人にいないのだ。

 初めは今宮にコンパートさせようか悩んだのだが、聞いた話では中学時代からずっとセカンド一筋で通ってきたらしいから、それを急遽移動させるのは負担もあるので却下となった。

 機動力のある八木沼をショートにするのはどうかとそんな意見も出たけど、慣れない内野をやらせる不安定さが試しのノックで出てしまった為、これも不採用に。

 

「あともう一人、強い経験者が入って来てくれれば大きかったのになぁ…」

 

 仮入部期間も残すはあと一週間。

 この間で最低でもあと一人、理想は二人以上入部してもらえれば試合の負担も大幅カットされ、夏や秋でも戦えるチームになる。

 望みは薄いが、まだ誘ってない人を片っ端から見つけて誘うしか方法はないな……

 

 

 

  ガチャ

 

 

「一ノ瀬大丈夫か?何だか深刻そうな顔してるけど」

「……今宮か。そっちはどうだった?」

「まるっきり空振りだよ。やけくそで女子も誘ってみたらドン引きで断られた…」

「ドン引きって…お前何やらかしたんだよ」

「別に厭らしいことなんてこれっぽっちもしてないぞ!ただ『俺と野球でラブラブ青春しないか?』ってカッコ良く決めながら勧誘しただけなのに…」

「はぁ…お前バカか。そんなの引かれて当たり前だ。普通に誘ってダメだったらダメで良いんだよ」

「え?そうなのか??」

「普通はそうだって!」

 

 こりゃ帝王実業からも誘われないわけだよ。

 プレーはそれなりにイイ線行ってるのに性格が天然っつうかアホって言うか……。

 やっぱり勧誘係は涼子達にやらせよう。うん、これ以上誤解を招いてイメージダウンされたら顧問さえ誰も引き受けてくれないし。

 

 

「でもさ、一人ショートに心当たりがいるにはいるんだよ」

「えっ?いるのか?!」

「ああ。名前を言えばお前も必ず知ってる選手だ。しかもカッコ良くて野球もめちゃくちゃ上手い。でも何度誘っても俺じゃあ相手にもされなくてな…もうどうにもならないんだよ」

(それは誘う側に問題があったからじゃないのか…)

 

 この際どうでもいいか。

 とにかくそいつの元へ直接行って説得させるまでだ。

 

「今宮、その選手の所へ案内してくれ」

「りょーかい」

 

 

 俺と今宮の二人は部室を出て、校舎屋上へと向かう。

 こんな場所に野球経験者がいるのか?と疑問に思ってたが、扉を開けて奥の隅に金髪の男が手を組んで寝ていた。

 

(おいちょっと待て!アイツって…)

(“友沢亮”。帝王中で四番とピッチャーやってた野球の天才で──)

(そんなの小学生の頃から知ってるわ!俺が聞きたいのはどうして友沢が帝王実業じゃなく、ウチに在籍してるかだよ!)

 

 “帝王実業”と口に出した瞬間、今宮は難しい顔をしながら下を向いた。

 この表情…中学時代に何かあったのは間違いないな。

 再び問い詰めようとするが、先に喋ったのは今宮だ。

 

 

 

(──実は中二の秋に肩を壊したんだ。勝ちに一番拘ってた友沢はスライダーを多投するようになってな、徐々に肩へ違和感を覚えるようになった。そして一昨年の秋、練習中に倒れて…)

(右肩を…壊したって訳か……)

(そう言うことだな)

 

 友沢がこんなに苦しんでいたとは全然知らなかった。

 投手の生命線である肩を故障するのは確かに辛い。考えてみれば、友沢のスライダーは切れ味抜群に曲がってたがスライダー自体、肩や肘への負担は大きい。誰かに相談とかしてれば投手再起不能の大事故なんて回避できたかもしれない。

 ゆっくりと友沢の側へ寄り、真上から声を掛けた。

 

 

 

「友沢、だよな?」

「!…一ノ瀬…。どうしてお前がここに…」

「お前に用があるからに決まってんだろ。放課後なのにそんな所で寝やがって」

「…野球部への誘いなら断る」

(っ!?コイツっ…鋭いな…)

 

 どうやら今宮の話は本当のようだ。

 しっかしあの友沢が肩をやっちまうとは驚きだな。スライダーが負担の多い変化球だとしても、友沢なら腕の健康管理はできるはず。

 肩が壊れるまで投げ続けたとなると、何やら深い事情があるかもしれんな…。

 

「そんなに重症なのか?」

「ああ。もう投手として試合に出ることは一生できない程だからな」

「なるほど……で、これからお前はどうするんだ?」

「…さあな」

 

 突然ぶつけた質問に友沢は一瞬怯んだ。

 様子からして宛はない、てとこか。ふーん、だったら尚更断ってもらっちゃ困るぜ。目の前にいる野球の天才を野放しにしておくなんて、野球好きの俺からしたら酷い話だからな。

 

 

「──友沢。ピッチャーがダメならショートはどうだ?」

「ショート?」

「そ。お前の高い打撃力と鉄壁の守備、おまけに状況判断力もあって足も速ければ肩だって良いんだ。まさしくショートに相応しい選手だよ。是非俺達からすればクリーンナップを担ってもらいつつ、守備てもポジションの中枢として頑張ってほしいんだ。どうだ、やってもらえるか?」

「……俺は約二年も野球を離れた人間だ。ブランクだってあるし、皆の足を引っ張るかもしれない。それでも俺が入って良いのか?」

「当たり前だ。お前みたいに野球が大好きな奴をほっとけるかよ。皆で歓迎するぜ」

 

 

「───変わってないな一ノ瀬。いつまでも野球に対し真っ直ぐに向かうその姿勢は。ふ、分かった。俺も入部しよう」

「本当か!?」

「ああ。聖タチバナのショートは俺に任せておけ」

「ありがとな友沢。これからよろしく頼むぜ!」

「俺も頼むな!」

「なんだ今宮。お前いたのか」

「おい!俺はさっきからずっと居たわ!!ったく失礼だな…」

 

 よしっ!何はともあれ、友沢が入ってくたのは大きいぞ。

 守備として難易度の高いショートを守ってくれる上にクリーンナップの一角として打点力アップへ大いに貢献してくれるはずだ。その並外れた野球センスがチームメイトに刺激を加え、より良い方向へ引っ張ってくれる。

 何たって負けず嫌いが集まった向上心の塊のような選手達だ。そうなってくれると俺は信じてる。

 

「ほら行くぞ」

「えっ、どこに?」

「部員を探しにだよ。まだ人数足りないんだろ?俺も野球部員なんだからこれからは一人で背負うな。大変な時は人を頼れ」

「…おう。お前もな」

 

 友沢からそんな意外な台詞を吐くとは面を喰らったぜ。

 怪我の経緯とかは詳しく知らないけど、その出来事を境にアイツなりに教訓にしたんだな。

 辛いときこそ全員で乗りきらないとな。俺もその心得は忘れないようにしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさま」

 

 部室へ戻ると、これまで勧誘をしていた涼子達も戻って来ていた。

 タイミングが良かったので全員に友沢を紹介することにした。

 

「あの友沢君と一緒にプレーてきるなんて私は嬉しいよ!」

「一ノ瀬以外に中軸を打てる長距離ヒッターが生まれ、打撃にもより厚みが生まれたな」

「うむ。私も内野を兼任する時、これからは友沢を頼るとするか」

 

 皆の反応は各々だが、喜んでいるのは同じだ。

 なんとかこれで9人揃った──。

 となればやるべき事もあと二つになったな。

 

「ああっ!まだ誰がキャプテンか決めてないよ!!」

「む?そう言えばそうだな…すっかり忘れてた」

「──そんなの一ノ瀬で良いんじゃないか?てか一ノ瀬かとずっと思ってた」

「俺も賛成ー!」

「俺、野球とか詳しく知らないけど、あかつき中の一ノ瀬ならウザいほどテレビとかで聞いてたから俺も賛成で」

「ウザくて悪かったな!別に俺がやっても構わないけどよ…」

「じゃあ決まりだな。二年半の短い間だがよろしくな」

「私が言うのは変だけどよろしくね♪」

「頼むぜ要。お前が頼りだからな」

「大地。私達は同じポジションだが正捕手の座は渡さないならな!でも分からないところとかは協力し合い、切磋琢磨しよう、な……」

(六道さん顔真っ赤で可愛い……くそっ)

(一ノ瀬が羨ましい…くそっ)

 

 ん…今、岩本と笠原から殺気を感じたんだが気のせいか?うん、気のせいだな。

 キャプテンはやっても良いかな。小6のリトルとあかつき中でキャプテンは任された経験あるし、皆をまとめあげる役割も嫌いじゃないし。メンバーも殆どが知ってる人で初対面の奴等も心は真面目人間だからなんとかなりそうだしね。

 

 

「あかつき中の一ノ瀬大地。ポジションはキャッチャーで聖タチバナ野球部のキャプテンにこの度なった。約二年半の付き合いになるけどこのチームを甲子園へ、そして日本一のチームに俺はするつもりだ。改めてこれからよろしく頼むな」

 

『おーっ!!』

 

「ん、良い返事だ。残る女性選手の出場権利もその気合いがあれば必ずなんとかなる!その気持ちを切らすなよ。それと俺が不在の事態を配慮して副キャプテンも一応決めておこうと思うが…俺は八木沼が適任だと考えるが良いか?」

「ちょっと待て、どうして俺に副を任せるんだよ。俺よりも友沢とかの方が実力はあるし引っ張る力だって持ってるだろ?」

「確かにそう思っちまうのも無理ないな。でも友沢は二年ぶりの野球復帰でブランクだって残ってるはず。そこへ副キャプテンなんて重要な役目を与えちまったら皆より倍の負担がかかっちまう。それを配慮して考えた結果、八木沼に任せたいんだけど…やってくれるか?」

 

 八木沼を指名したのにだって理由はある。

 俺が理想とする副キャプテンは『正キャプテンと全く違う視点で物事を見れる者』だ。

 端から聞けば意見が対立したりして逆効果ではと考えがちだが、俺一人のチームじゃないんだからそんなやつが俺の横でサポートしてくれればなお良い方向へ導いてくれるだろう。

 八木沼はそれを持っている。クールなわりに自分の意見を堂々と言える度胸と判断センス──。ある意味強い選手に欠かせない精神的な強みだ。

 

 

「分かったよ。俺がやってやる」

 

 そう言うと思ってたぜ。

 役割も決まり、これで人数的な問題も一応解決したってわけか。それでも9人ギリギリだから他にも野球部に入ってこれそうな見込みがある奴を誘う必要性はあるな。試合ができるのは良いけどこのままだとピッチャーがサードをやる始末になるから大会には体力面で出れないし。

 他には愛好会から正式に部として更新しないとダメだし、まだ顧問を引き受けてくれる先生も見つかっていない。

 一つ山を越えてもまた登れと言わんばかりに試練を与えるから大変ったらありゃしないぜ。

 

 

「じゃあ区切りが少し付いたから各自グラウンドを使って練習してても構わないよ。但し友沢はちょっとタイムな。これから行く宛があるから」

 

 後を八木沼に任せ、俺と友沢は部室を出ててった。

 向かう場所は先生達が集う職員室……よりも権力を持つ生徒会室なのだが……

 

 

「おいおい…これはどういうことだよ?」

 

 生徒会室前の廊下には用意されたパイプ椅子に座っている体育部と文化部がまだかまだかと何かをまっていた。

 扉の前へ行こうとするが生徒会役員と思われる女子に制止された。

 

 

「只今サッカー部のご要望会議を開催中ですので並んでお待ちください」

「ご要望会議?なんだそれ??」

「部活の設備や人員等の問題を生徒会と一対一で交渉し、許可が降りればご要望を叶えてくれるという我が聖タチバナ学園の伝統的な行事です。行事と言っても不定期開催なので連日で交渉できる日もあれば、交渉させてもらえない月もありますけど、開催される日は学校放送を通して全校生徒へ流れるはずなんですけど……もしかして聞いてなかったんですか?」

「あ~…多分聞いてなかった」

 

 おそらく全員が部室にいた時に流れた可能性が高いな。学校全体に放送してるとはいえ、第三グラウンドは校舎から少し離れてるから聞き逃しても無理はない。

 

 

 

「くそ~!もう二度とこんな所に来るかよー!!」

 

 サッカー部の部長らしき人が出てきたな。変に気が荒ぶってる気がするけど大丈夫か?

 

 

「残念ながら不許可だったですね。最終決定権は生徒会長の橘みずきさんが持ってますから彼女の気分次第で結果は大きく左右されます」

「まるでワガママな総理大臣だな……」

「そうかもしれませんね。では以上で説明は終わりましたので一番後ろの椅子に付いてお待ちください」

 

 ご親切な説明が終わり、役員の女子は奥の受付へ戻っていった。

 たかだかお願いの一つにここまで大々的に催しするのもどうかと俺は思うが…

 

「仕方ない。癪に触るがここは根気よく待つか」

 

 扉の向かい側には長蛇の列が生まれている。

 指で数える限り、だいたい十一もの部活がこれからとなると…まぁ一時間近くはかかるな。

 座りながら戻ってくる部長やキャプテンの様子をチェックしてみると、許可か不許可の確率はほぼ半々となった。

 どうして分かるかって?そりゃ、嬉しそうに廊下を歩く人もいれば、吐き捨てながら帰る人と別れてるからな。何となく雰囲気で分かる。

 

「ありがとうございました!」

 

 俺等の前に並んでいた美術部が満面の笑みで出てった。

 どうやら成功したらしいな。スキップしながら廊下を歩いてるぞ。

 

 

「次は野球…愛好会の部長さん。どうぞこちらへ」

 

 さてと……んじゃ入るとするか。

 

 

 

  ──コンコン

 

「どうぞ」

 

 中からみずきちゃんの声が聞こえたのを確認して入室する。

 

「失礼します」

「!……大地君ね。そこに座って」

 

 若干顔が驚いていたが気にせず意見席へ座った。

 

「要望を聞く前に自己紹介をしておくわね。書記担当の宇津久志君、会計担当の原啓太君、そして副会長の大京均君よ」

「よろしゅうな」

「よろしくね」

「よろしくお願いします」

 

 前から気になってたけど随分個性的なメンバーだな。関西弁、バラ、筋肉マッチョと異質な組合せだ。

 

 

「今日の用件は何?」

 

 俺達の用件は“二つ”。でも先ずは優先度が高い要望から行くか。

 

 

 

「実は今日で野球愛好会の人数が9人揃った。そこで正式に一つの部として許可を下ろして欲しいのと、まだ引率してもらえる顧問の先生がいないからその確保をお願いしたいんだけど…」

「えっ?もう9人集まったの?」

「あ、うん。一応初心者も何人かいるけど見込みある奴等だからやってけるよ」

「そう、なのね…」

 

 あれ?折角人数が集まったってのにあまり嬉しそうじゃないな。

 野球部だけにひいきできないとは言え、少しぐらい反応してくれても良いのに。

 

「私は賛成ですがみずきさんはどうですか?」

 

 副会長の大京は好反応だが、みずきちゃんは未だに深く悩んでいる。

 いやいや待てよ。これ断られたらマジでシャレにならないからな。て言うか不許可の理由なんてみずきちゃんには無いはずだぞ?

 

 

「分かった。許可するよ」

「うん、ありがとね!」

「顧問は明後日頃に到着する予定だから楽しみに待っててね」

「事が早くて助かるよ。それじゃあ俺も練習に戻るけど、みずきちゃんも生徒会の仕事が終わったら新メンバーを紹介するから来てね」

「あ…ごめん。今日も遅くまでかかりそうだから多分来れないかも…」

「そっか。じゃあ来れる日で良いからまた後日にするよ」

「ごめんね。また練習に参加できなくて…」

「しょうがないって。じゃっ、失礼しました」

 

 そう言って部屋を出た。

 不安もあったが、許可が下りて一先ず安心したぜ。

 これでみずきちゃんも集まれば完璧だったが…ま、焦っても仕方ない。やむを得ない事情だし、ここは本人のペースにも合わせてあげよう。

 

「……………」

「どうした友沢?」

「いや……何でもない。そろそろ行こう、皆待ってるはずだ」

「ああ。そうだな」

 

 ジーっと生徒会室の扉を見詰めてたから気になったが、何ともなさそうだな。

 特に触れることもなく、俺達は皆の待つグラウンドへ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今学期初めてのご要望会議が終わったのは午後6時過ぎ。そこから許可した部活の要望に対する作業の目処が付いたのは8時を回った頃だ。

 

「では野球部の顧問はみずきさんが紹介した方で…」

「うん。明日その人が学園に来てくれるからその時に嫌でも了承してもらうわ」

「分かりましたわ。……ってもうこんな時間かいな!?

「残念ながらいつもの練習はできませんね…」

「そうね。今日はここで解散していいわよ。疲れが残らないうちに急いで帰ってゆっくり休んでちょうだい」

「ではお言葉に甘えてお先に失礼しますね」

「ワイもここで帰りますわ。みずきさん、さいなら」

「明日頑張りましょう。それではさようなら」

「うん。バイバイ皆」

 

 玄関を出た所で各々の帰路を進み、私も校門前に停めてある迎えの車に乗って帰ろうとしたその時──

 

 

 

 

 

「橘」

「っえっ!?」

 

 ギリギリ校内とは言え、こんな遅くにいきなり名前を呼ばれれば誰でもビックリする。

 ちょっと怖くなりながらも声の主へ視線を移す。するとそこに立っていたのは…

 

 

 

 

「なんだ友沢か…驚かさないでよ」

「なんだ、じゃないだろ。ったく…」

「私に何か用?いくら私が可愛いからってデートの誘いならお断りだからね」

「んなわけ無いだろ!誰がお前みたいなじゃじゃ馬とデートに行くかよ」

「はぁ!?あんたにそんなこと言われる筋合い無いんだけど!そっちだって目付きの悪いチンピラじゃん!」

「地毛だって“昔”から何度言わせれば気が済むんだ!!」

「さあね。あんたが坊主にしたらやめるわ」

「チッ、とにかく来い!!お前に話がある!」

「ちょっと!無理矢理腕を取らないでよ!!」

 

 強引に私の腕を掴んだ友沢は選択の余地を与える隙も無いまま、近くのファミレスに無理矢理連れ込んだ。

 始めはもちろん抵抗したが、「大事な話がある」って言葉に乗せられたしまい、結局付いて来てしまった。

 

「よし…ここなら大丈夫だな」

「どこが大丈夫なのよ!私じゃなかったら絶対警察に連行されてたからね」

「悪かったって。その代わりに千円以内の奢りで手を打ってくれ」

「はいはい。じゃあ私はハンバーグセットとプリン一つとそれに…」

「お前っ…容赦ないな」

 

 店員を呼んでメニューを次々と頼む。

 ちなみに友沢はセット大にライス大盛りのビックサイズを頼んでいた。

 

 

 

「で、話って何よ」

「一ノ瀬から話は聞いた。お前最近練習や勧誘に出てないらしいな」

「…仕方ないわよ。私だって行きたいけど生徒会の仕事が忙しくて中々顔を出せないの」

「生徒会か……」

 

 水を一杯飲んで友沢は続けた。

 

 

 

「本当にそれが理由で来れないのか?」

「……どういう意味よ」

「本当は他にも訳があるんじゃないのか?俺はあまり人の事情とかに顔を突っ込みたくなかったが同じ部員になった以上、ほっとくわけにはいかないんだよ」

 

 真剣な眼差しでこちらを見詰める友沢。

 いつか感付かれてしまうとは思っていたが、まさかそれに気付いたのが友沢だったのは予想外だ。

 そうとなればもう逃げられないわね……

 

 

「──分かったわ。洗いざらい全て話すわよ。その代わり一ノ瀬君達には内緒にしておいてくれる?」

「…ああ。約束する」

 

 

 私は今自分が置かれている状況について全て話した。

 生徒会に入った真の理由──。

 お爺ちゃんが野球を認めてくれない事──。

 長い時間ずっと喋り続ける私に対し、友沢は嫌な顔一つもせず、ちゃんと顔を見て話を聞いてくれた。いつも苦なお爺ちゃんの話題も、そのお陰あってスラスラと話すことができた。

 

 

「──という訳なの」

「…それが理由か?」

「うん…」

 

 友沢の口調はやや怒り気味。

 当然だよね。こんな理由で部員に迷惑をかけたんだから。

 バレる前に自分で問題を片付けてしまえばいい──。

 そんな安直な考えの結果がこのザマだ。

 強豪校からの誘いを蹴ってまでタチバナに入学してくれた皆に、私はなんて無責任なのだろう。

 

 

「どうしてももっと早くに言わなかったんだ?今日入部したばっかの俺は別として、一ノ瀬や今宮、他にも相談できる仲間がいただろ?なのになぜ…」

「それは皆に迷惑をかけたくなかったから…私情を部全体に持ち込みたくなかったのよ。だから……」

 

 

 

 

「──それは違うっ!!」

 

(!?)

 

 

「迷惑をかけたくないって…そんなのただ言い訳して逃げてるだけだろ!例え周りに関係のない事だとしても、俺達はこれから三年間戦う仲間なんだ!辛い時、苦しい時はもう少し人を頼れ!あの時のお前を思い出せよ!!」

「あの時の……私…」

 

 

 

『肩壊したって本当なの?』

『お前に関係ないだろ。邪魔だ、帰ってくれ』

『関係ないはおかしいでしょ!これでも幼馴染みなんだから頼りなさいよ!!どんなにギザで憎たらしい奴でも助けるときは助けるわよ!』

『俺がお前を頼るだと……ふっ、笑わせるなよ』

『もう何よっ!!』

 

 

 

 そうだ。

 

 

 

『なら聖タチバナに来たら?私達歓迎するわよ』

『知るか。来ても絶対野球はしないからな』

『やれやれ。どうせ泣きながら頼むくせに。』

『入んないって言ったら入らねーよ。俺は嘘つかない人間だからな』

 

 

 

 “人を頼れ”って教えたの……私だ。それなのに焦りだけが募り、いつしか忘れてた。

 友沢が私にそんなセリフを吐くなんて、いつの間にか立場が逆転してたのね。

 その温かい思い、確かに受け取ったわよ。

 

「ありがとう友沢。私忘れてた…」

「ん。それじゃあ飯食ったら早く出るぞ」

「え、なんで?」

「決まってんだろ。お前の爺を説得させにだよ」

「はぁ!?そんなのできるわけないでしょ!ふざけないでよ馬鹿!」

「何とでも言え。行かなきゃ一生野球できないんだぞ。それでもいいのか?」

「それは…嫌よ」

「じゃあ決まりだ。早く食えよ」

「う……この鬼っ!」

 

 折角見直したって言うのに人を地獄へ叩き落とすんだからこいつは!

 はぁ…ここまで言われれば行くしかないわよね…。

 私が唯一苦手とするお爺ちゃんの元へ──。

 その一分後に頼んだメニューが届くも、食事はイマイチ喉を通らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一年A組の友沢亮です。夜遅くにすいません、どうしても話したい事がありまして…」

 

 食事を終えて真っ先に向かったのは私の家だ。

 自慢ではないが、お爺ちゃんは『橘財閥』の社長を皮切りに、何社もの会社を手広く持ち合わせ、おまけに聖タチバナの学園長まで任されている有力者。当然、お金で困ったことなど一度もない。

 

「わしに用じゃと?」

「はい。こいつ……みずきさんの事についてお話がしたいんです」

「ふん、言ってみろ」

 

 私の霊が乗り移ったかのように、友沢は言いたいことをとにかく話した。内心は思ったことを全部話せてスッキリできたほどだ。

 お爺ちゃんは目を瞑ってピクリとも動かないまま話を聞く。その姿が目に入ると、スッキリからまたモヤモヤに変わってしまう。

 早く平和的に終わってほしい……ただひたすらそう願った。

 

「つまり勉強よりお前の言う野球とやらが将来大人として生きるために必要な事だと説くのだな?」

「そんな大それたことじゃありません。ただ彼女は心から野球がしたいんです。それなら自分の孫に好きなことをさせ、見守ってあげるのが家族の役目ではないでしょうか?そうだよなみずき?」

「ふえっ!?あ、え……」

「どうなんだみずき。それはお前の本心か?」

「私は……」

 

 

 

 

「──皆と野球がやりたい!お爺ちゃんがダメって言われても絶対やるから!」

 

 

 ああ……とうとう言っちゃったな…

 出てけ!とか言われたら友沢を一生恨むからね。覚悟しなさいよ。

 

「クックック……お前がそんなに偉くなったとは驚いたわい。」

「違うわ!ただ私は野球がしたいだけっ…それだけなの…」

「面白い!確か友沢と言ったな?それならお前達と一つ賭けをやらんか?」

「「賭け???」」

 

 

「わしは野球が将来の価値に値するとはまだ納得しとらん。そこで練習試合を組み、その結果や内容を見た判断でもし、価値のある活動だと分かればみずきの野球部入部を許可してやろう。ただしあまりにも無様な試合をすれば二度とこの件に口出しをするな。どうじゃ、これなら分かりやすくていいだろ?」

「試合…ですか…」

「なんだ、この期に及んで今更怖じ気付いたのか?ならみずきは諦め──」

 

「いえ。その賭け、乗りますよ」

「友沢!?」

「クックック…面白い男じゃ。相手はお前達で決めていい。しかし弱小校を呼んでそこに勝っても認めんからな。あくまで価値を見出だせる試合ができる相手にするんだぞ。日にちはそうじゃな…五月第一週目の土曜日。場所は我が学園のグラウンド。どうだ?」

「分かりました。約束を果たしたら、この件から手を引いてくださいよ」

「約束は破らん。そちらもな」

 

 もう何が何だか分からないわ……

 一言も喋らないで見てたら突然試合をやるってどういうことよ!キャプテンでもないこいつが勝手に決めて…ったくもう!

 粗方お爺ちゃんと話を付けた友沢は、一礼して玄関を出てった。

 

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

「あ?何だよ」

「勝手に色々決めないでよ!試合の許可だってまだしてないんだよ!?それを無視してどんどん突っ走るんだならあんたは…」

「うるせーな。この際許可なんてどうでも良いわ。とにかくお前は明日部活に顔出して皆に謝罪でもするんだな。俺にできることはここまでだ」

「はいはい!どうもありがとうございました!!」

 

 いちいち痛い所を突くから嫌なのよね。

 ま、ありがと。少しだけカッコよく見えたわよ──。

 

「じゃーな。弟達が待ってるから俺は帰る」

「ちょっ…ちょっと待って!」

 

 走ろうとする友沢の肩を反射的に掴んだものの、そこから両者の時間は動かない。

 こういう場合…どうすれば良いのよ!?

 

 

「あの……今日は色々とお世話になったわ。ありがと…ただそれだけよ!」

「痛ってーな!お礼言うのに頭叩くかよ!もう二度と助けないからな!!」

「いいよーだ!とっとと帰れ!」

 

 鞄をしょい直し、友沢は走って夜の道へと消えていった。

 助けなくていいなんて言っちゃったけど、正直改めて思えば心のどこか痛い気持ちになってる自分がいる。

 なんだろう?この初めて感じる痛さは──。

 その正体を知ったのはまだまだ先の未来になってからだった…

 

 

 

 

 







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