第十 . 五話 進路
『ゲームセットオォォォッ!!!あかつき大付属中、春夏続き二連覇達成!!なんと海堂学院付属中相手に完封勝利をやってのけました!!!』
八月十九日───
世間ではお盆休みが終わってUターンラッシュの真っ最中、プロ野球では折り返しとなる後半戦が真っ只中だ。
その話題に負けじと、あるスタジアムで大記録を成し遂げたチームがいた……
☆
「やっぱすげーよな。猪狩先輩は」
「だよなー。俺はあの人に憧れてあかつき中に頑張って入ったからなぁ」
夕暮れの第二グラウンドでは、練習を終えた野球部員達がトンボやブラシをかけて整備を始めていた。
無論、この二人も整備をやってたと言えばやっているのだが…
「でもさー、正捕手の一ノ瀬先輩だっていいよなー」
「確かにね。大地さんがいなかったらあかつきの四番って感じがしないもんな!」
「後は三番を張ってた葛西先輩!」
「大地さんとの三四番コンビが絶妙だったな。しかも俺なんて前にノック受けてたときに春見さん直々に守備を教わったんだぜ!?もうあの日は忘れられな──」
「三島と田中!喋ってる暇があったら早く整備を終わらせて!!」
「げげっ!?進じゃん!」
「やべ~っ、話し過ぎた!」
なにやら話で盛り上がっていた時、一向にグラウンド整備を進めない二人を見て『進』と言う名の少年が注意を促した。
帽子を逆さに被り、顔には練習で作ってしまったと思われる絆創膏を頬に付けているのが彼の特徴だ。
「全く。僕達の代になってこの姿じゃ兄さんや一ノ瀬先輩、葛西先輩に顔向けできないよ。もう少し二人はケジメをつけようね?」
「…悪かった。次は気を付けるよ」
「ごめんな」
ばつが悪くなった二人が整備に戻ったのを確認し、進は部室へと戻った。
三島と田中も野球は上手いんだげれど、最近三年生が引退してからは気の緩みが多くなってきている。
僕がキャプテンとして頼りないからかなぁ……。
ふとネガティブに考えてしまい、ロッカー前の長椅子に腰を掛けた。
(一ノ瀬先輩。どうして僕を指名したんですか?)
周りからの信頼もあり、実力も折り紙付き。しかも兄は一つ年上のエース『猪狩守』だからそれだけでよく話のネタになっていた。
でも優しすぎるが故、チームメイトはそんな進につい甘えることがある。
その甘えは普段の練習や生活で知らず知らずの間に身に付いてしまい、最悪は試合でそれがボロとして出てしまう。
チャンスの場面で打てない。決めたい時に決めきれない。そうなっては手遅れなのだ。
進もそんな雰囲気を変えたいと思ってはいるが、中々皆は理解してくれない。
どうすればいい──?行き着く先は悩みしか残らなかった。
「進先輩。ちょっといいですか?」
「ん、どうしたの?」
「一ノ瀬先輩が来てて…進に用があるとのことです」
「先輩が僕に用?」
なんだろう?と思いながら指定された場所まで移動すると、制服姿の先輩が立っていた。
「先輩」
「おっ、悪いな。これから自主練するところだっただろ」
「いえ、全然構いませんよ。それで僕に何の用ですか?」
「ああ…ちょっとな……別れの挨拶がてらお前に、ね」
「別れって、もう引退したじゃないですか。また挨拶に来るなんて何か変ですよ?」
「違う違う。今日であかつき中を転校するからその意味でってこと」
「……本当にいなくなるんですか?」
「おう」
兄さんから事前に聞かされていた。
一ノ瀬先輩が夏の全国を期にあかつき中から消えることを──。
それが今日だってことを知らなかった僕は想定外に驚く。そういえば寮だって妙に部屋が片付いていたし、ロッカールームの私物だって不思議なほど整理されていた。思い当たる節はあったけど、余りにもいきなり過ぎる。
「監督や春見、猪狩とはもう話を済ませてきた。それで俺が残す言葉はな……まぁその…頑張れよ」
「ふふっ。そこまで言って頑張れだけはないですよ」
「うるせー。いざ喋ろうとすると思いつかないもんなんだよ。とにかく、キャプテンとして引っ張れよ。どうして俺がお前を指名したか分かるよな?」
「………」
分からない。
非力で威厳もない僕がキャプテンなんて。
どうして──問いかけようとした瞬間、笑いながら先輩は続けた。
「チームの柱に必要なものを進は持っているからだ。舐められたってめげずにチームを良くしようとする心掛け。それさえあれば何とかなるってもんだよ。いくらあかつきっつっても明日急に変われるわけないんだから。進は進の目指すチームを作れよ」
僕が目指すチーム。
自分は一ノ瀬先輩みたいになれなきゃダメだと思った。
キャッチャーという大変なポジションでいつもメンバーに気が配れ、苦しい場面でも兄さんを励まして乗り越えてきたあの後ろ姿を──。
でもそれは間違いだった。
自分の作るものは自分だけの世界観や価値観しかないのだからいくら真似したところで、本物には勝てっこない。
ならばやることは一つ、
「作ります。そして三連覇、四連覇と勝ち続けますよ!いつかあなたを超えてやるんだ……」
「そうそうその調子だ。それならもう俺が来る用は無いな」
「あ、先輩!最後に一つ聞いてもいいですか?」
「ああ?なんだ」
「高校はどうするんですか?あかつき以外と言えば海堂高校とか帝王実業、西強高校がありますけど勿論そういった場所でやるんですよね?」
「いや、断った。特待生枠での誘いはあったんだけど昨日まとめて全部拒否した」
「ええっ!?どうしてですか!!一ノ瀬先輩ならどんな強豪校に行ったって必ず通用しますよ!それなのに全て断るって………」
「自分の事じゃないんだから落ち込むなよ。それにノープランで出てくほど俺は無計画じゃないからな」
何か策や計画があるにしろ、海堂や帝王等の特待生枠を断るなんて前代未聞の行動だ。
神奈川県ではこの二校による優勝争いが毎年のように起き、その影響もあって例年多くの受験者が限られた権利を巡って挑戦するが、何百人が容赦なく落とされるのだ。
それを無条件で特待生として招待されるということは大変凄く、ましてやあらゆる高校からその話が来るとなると、もうごく限られた選手にしか与えられない特権である。
「──まぁ見てろって。強豪に行かなくても甲子園へ出て優勝できるんだぜって世間や進にも証明してやるからよ」
「…そうですか。なら僕も負けませんからね!次会うときは容赦しない!!」
冷静に返すつもりが熱くなりすぎてついタメ口になってしまった。
大地はその言葉に安心して笑って手を差し出した。
「こっちの台詞なんだよ進」
互いに強く握手をし、一ノ瀬先輩はグラウンドを出ていった。
握った手は努力で潰れたマメが何個も作られていた。
一ノ瀬大地という人は大きく変わった──
後は選んだ高校でどのような日々を過ごすのか。
これからは敵なのに、僕は心で「頑張ってください」と人の事が言えないけれど簡単に応援を送った。
☆
十月に入り、深緑が生い茂っていた大木も色とりどりの紅葉になりかかっていたある日。
「聞いたか?」
「え、何が?」
「転校生だよ転校生。今日から来るって噂になってたぞ」
「へぇ~今日だったんだ。私全然知らなかったわ」
「おいおい……」
少女の情報網の薄さに、問いかけた少年は呆れて頭をポリポリがじった。
「だいたい隼人君は誰から聞いたのよー?私はそんな話聞いてないわよ」
「川瀬…お前って野球は冷静なのに世間的な話は無関心なんだな…」
「もう悪かったわね!私はどうせ無知ですよー……」
隼人のちょっと意地悪な言い方に、川瀬は机へ伏して膨れっ面をした。
少年の名前は八木沼隼人──
彼は川瀬凉子と同じ横浜シニアでセンターをやっていた選手の一人で、変化球にも対応できるミート力と一番打者として活躍したその俊足と好守は、地味ながら非常に器用で巧い。
二人は学校も偶然同じだったので、こうして休み時間は一緒にいることがやや多かった。
「皆席に着けー」
「おい、そこ俺の席だって」
「もうっ…分かってるわよ」
渋々と元の席に戻り(左隣)朝のホームルームが始まる。
「今日は喜べよ。なんとここのクラスに転校生が来ることになった!」
おぉーっ!と教室に歓喜の声が上がる。
転校生が入るとなれば嫌でも気になるのだが、凉子の場合はどうやら違った。
(もう誰でもいいわよ。今さら三年の秋に入ってくるなんて何を考えてるのかしら…)
転校生のせいで隼人に茶化されたので、不機嫌そうに視線を反らした。
「よしっ。それじゃあ入ってきていいぞー」
ガラガラッと教室の扉をゆっくりと開け、噂されてた少年が入ってきた。
百七五センチは悠に越えてるであろう長身に、肩周りや筋肉はそれなりに鍛えられていたので体格はかなり良い。
顔も結構整っており、左肩には使い古したエナメルバックを掛けている。
どうして?──この人、どこかで見たことある気がする。
「君、背が大きいね。それじゃあ自己紹介してくれ」
「──あかつき中から転校しました。一ノ瀬大地と言います。好きなことは野球です。短い間になりますが、これからよろしくお願いします」
「だっ!?大地君っ!!?」
「……あ。涼子」
にっこりと笑顔を見せて手を振る大地に対し、凉子は取り乱しながら見つめている。
そのやり取りに教室内は当然疑問になり、気になった担任が問いかけた。
「なんだ。お前達知り合いだったのか?」
「はい。一応小学校が同じだったんですよ」
「そうか、それなら話は早い。皆!卒業まで半年もないが仲良くやってくれ!」
大雑把に挨拶が終わり、大地も自分の席に着く。
場所は小学校時代と同じ窓側で、隣は涼子だ。
「…久しぶり」
「久しぶり、じゃないわよ。いきなり居なくなってはまた現れるんだから。携帯持ってるんならあらかじめ連絡の一つでも入れてよ。もう、心配したんだから……」
「ごめんごめん。まぁでもさ、涼子も元気そうでなりよりだ。シニアでもエースとして活躍してたって話だし」
「えっ?どこでその話を……」
小学校を別れてからはたまに携帯で連絡を取り合っていたのだが、中学二年に進級したのを境に突然電話をしなくなったのだ。
初めは涼子も気長に連絡を待ってたが、大地は一行に連絡の一つもぜず、こちらから掛けても応答しない。
日が過ぎていくにつれて不安と心配はどんどん大きくなり、酷いときは五日連続で練習を休んだらしい。
「そして隣の人は八木沼……だよな?」
「おいおい、俺の事も知ってるのかよ」
「ちょっとある人から情報は仕入れてるからな。それよりさ、八木沼は高校決めた?」
「いや…まだ決めかねてるがそれがどうした?」
「ふーん…それなら良いな。二人にちょっと話があるんだ」
「「俺(私)達?」」
「うん。あまり時間は取らないから放課後一緒に来てくれないか?」
「私は全然構わないわよ」
「俺も予定は無いからいいが、何をするんだ?」
「来れば分かる。少なくともお前ら二人にとって悪い話じゃないからな」
シニアも夏をもって引退しているので比較的放課後の時間は残っている。
適当に授業を受け、ようやく放課後になった。
「よし。それじゃあ行くぞー」
「ええ」
「了解」
学校を出て大通り沿いへ二十分、東の方角へ歩く。
表の道へ出るとお洒落な雑貨屋や書店、大企業のビルが立ち並ぶなど横浜でも有数のストリートだ。
しかも現役プロ球団『ジャイニングバスターズ』の本拠地でもあるので野球熱が意外に高い。
そこを裏に出て直ぐの場所、五つの遊具が置いてある公園に入った。
「一ノ瀬。こんな場所に何の用だ?」
「待ってろって。あともう少しで来るからよ」
ブランコに座って暫し待つ。
すると数分も経たない内に女の子二人組がやって来た。
「お待たせ~!遅くなっちゃった」
「すまない大地。授業が長引いてしまってな」
「ううん全然。俺達だって今ここに着いたばかりだからな」
「えっ?あの……お二人ってもしかして…」
「元おてんばピンキーズの選手で『橘みずき』ちゃんに『六道聖』ちゃん。中学では『お元気ボンバーズ』って言うシニアでバッテリーを…」
「やっぱりー!みずきちゃんに聖ちゃんだ!久しぶり~」
「あらあら。涼子ったら見ない間に随分と可愛くなったわね」
「うむ。久しぶりだ!」
あれれ?この三人は友達だったのか。
もしかするとシニアとかの試合で友達になってたりしてたのかな。
聖ちゃんは前々からだが、みずきちゃんとは中学三年に上がったと同時に聖ちゃんの仲介を得て紹介してもらった。涼子や八木沼の事、神奈川県のライバル事情は全てみずきちゃんを通して耳に入っている。
どちらにせよ、仲良しの方がこちらとしても都合が良い。
「おい。この人達は誰なんだよ?聞いてないぞ」
「ちゃんと説明するから焦るなよ。まずはここで立ち話もなんだから場所を変えるか」
“場所を変える”という名目で訪れたのは神奈川県で一番の人気を誇ると言われる『パワフル堂』(略してパワ堂)だ。
和菓子は団子・饅頭・どら焼き・きんつばなどの計八十種類、洋菓子はケーキ・アイスクリーム・プリンなど計百種類を扱うとても規模の大きいお店である。品質や味も老若男女に百二十年もの長い年月の間で愛され続け、その知名度は計り知れない。
「ほらほら入って!私が予約したから特等席でくつろげるわよ」
グイグイとみずきちゃんが背中を押し、見晴らしの良いのテーブル席へと座った。
「私はプリン三つで!」
「…きんつばを五つとお茶」
「俺は苺大福とシュークリームをお願いします」
「私はチョコムースケーキと飲み物でオレンジジュースを」
「俺は……抹茶アイスでいいです」
「はい。かしこまりました」
皆が自分の食べたいものを注文し、ようやく一段落ついた。
「──で、話ってなんだよ」
「おう。よく聞いてくれたな」
「もうここへ来るまで何度とも聞いた気がするけれど…」
涼子のツッコミは聞かなかったことにする。
「単刀直入に言うと、涼子と八木沼に…
──聖タチバナ学園へ入ってほしい」
「……………へ?」
「聖タチバナ…ああ!あの県内No.1の進学率を誇るお金持ちの人が通う私立校だろ?意味が分からないな。そんな所に行って東大でも目指せと?」
「んな訳ねーよ。そこで野球を頑張って、甲子園で優勝する為だよ」
「……本気なの?」
「俺は本気だ。だから海堂や帝王の特待生枠を蹴ってまで戻ってきた。そんな強豪校で優勝したって、そんなのつまんないだろ?俺は一から野球部を作り直してこの皆と戦いたいんだ!!一見無謀な挑戦に見えるかもしれない。それでも俺はこの道でやりたい!だってこっちの方が何か面白いだろ?」
猪狩に一喝を入れられて以来、自分でも大きく成長したと思う。
チームをまとめるのにどんな要素が必要か。キャッチャーはどのように振舞い、どのように有るべきなのか。猪狩や春見、進達と朱に交わったお陰で少しながら理解ができた。
そしてなによりも勝ちたいんだ──。
リトルで勝てなかった『帝王実業高校』とのリベンジ。
あかつき大付属高校と肩を並べる名門『海堂学園高校』。
そんな並みいる強い奴等を自分達の手で倒してこそ、本当に俺が強くなったと言えるんだ。
「気持ちは分かるけど、どうしてタチバナなの?強豪じゃない学校なんていくらでもあるじゃない。そこまでして大地君はその高校でやりたいの?」
「聖タチバナなら俺や二人をスポーツ推薦枠で簡単に入ることが可能なんだ。二年前まで野球部は存在してたらしいんだけど、今は人数不足で休部状態が続いて部員は誰もいない。お金持ちってことは環境や設備だって充実してる。だから一から始めるにはうってつけの条件だったんだ」
みずきちゃんと聖ちゃんもタチバナに入ることは約束してくれた。(と言うか、この学園の理事長がみずきちゃんのお爺さんであり、色々権限とかあるらしい)
元を辿ればこの二人が俺を誘ってくれなかったらこんな話をしていなかった。
感謝してるぜ、二人には。
「──お前の熱い気持ちに負けたよ」
「八木沼…じゃあ!?」
「高校でも野球はするつもりだったからな。これからよろしく頼むぜ、一ノ瀬」
「ああ!ありがとよ!!」
よっし!八木沼が入ってくれたのは大きいぞ。
残るは涼子だけだがもう言うまでもなく、
「約束…ありがとう」
その呟きだけでOKってことは分かった。
まだ覚えてくれてたんだな…。凄く嬉しいぜ。
「皆ありがとう!今日は俺の奢りだ!!思う存分食べてくれ!」
「やったぁー!じゃあ私はプリンを更に五個追加するわ!」
「みずき食べ過ぎだぞ!大地のことも考えてやってくれ」
「いいっていいって。聖ちゃんも好きなだけ食べていいからな。きんつば…好きだろ?」
「…すまない。恩に着るぞ」
あらら。こりゃ、樋口さんが一枚飛ぶかもな。
でも俺のワガママに付き合ってくれるならそんなの遥かに安いもんだぜ。
頼んだ商品が届くなり、みずきちゃんは大好物のプリンをどんどん平らげていく。聖ちゃんは最初遠慮しがちだったが、きんつばが届くと目が変わったように食べていく。そのギャップが面白くて、なんだか可愛いく見えた。
で、結局十五時半まで長く居座り、俺が最後に栗饅頭を食べ終わって解散となった。
「…………」
「………………」
(……何か気まずい…)
みずきちゃんは八木沼と家の方角が同じという理由で一緒に帰宅することにした。
そこまでは良いんだけれどこの状況は…
「あのさぁ、そんなにくっつかれると周りの目線が…」
「あ…ごめんなさい…」
「む…すまない…」
少し名残惜しそうだったが離れてくれた。
仲良しなのは良いことだけど、こんなにベタベタしてると周りが誤解するからな。
「私は大地と一緒の高校に入れて良かった」
「え?」
「活躍は雑誌でチェックしていた。同世代での通算本塁打は二位、打点は一位を記録。打率も五割台をキープし、リードやスローイングも繊細且つ力強い。バッテリーを組んでいた猪狩守とは中学二年の夏から黄金バッテリーを結成し、完全試合を四度とノーヒットノーランを三度して全国大会を二連覇させた……こんなところだな」
「…よくそこまではチェックしたね」
「だって大地の情報だからな。気になって仕方なかった」
そう言うと顔を赤らめて俺と目線を反らした。
くっそ…今のは反則だろ……。可愛すぎるっつーの。
「っ!?大地君!!私との約束は覚えてる?!ほら、高校では一緒にバッテリーを組んでくれるって言うさ!」
「ん、あれか。だけどまだ果たしてないだろ?」
「どうして?」
「──聖ちゃんや涼子、それにみずきちゃんがまだ試合に出れないだろ。それを完全に解決して、約束は果たされるんだ。自分で追加とか言っといて忘れたのかよ」
試合に勝つには女子の力も必要になってくる。
だけど高野連は女性の高校野球出場を百年経った今でも認めていない。
このままでは試合へ出れたとしても必然的に三人が出ることは無い。
「何度も言うけどさ、俺はこのメンバーで勝ち上がりたいんだ。だから一人でも欠ける訳にはいかねーんだよ。」
「…本当に、ありがとう……」
「私もだ。これから迷惑何度も迷惑掛をけるかもしれないが、よろしく頼む」
「そんなことないって!それは俺の方なんだから。こちらこそ改めてよろしくね」
「ちょっと!私も忘れないでよ!」
「はいはい。分かってるって」
「む……!」
「ん…!」
気のせいか?聖ちゃんと涼子がずっと張り合ってるような…。
まだ高校野球は始まってないのになんだこのライバル視は?俺は空気扱いかよ。
何はともあれ、入学前に五人集められたのは収穫だ。
それにしても、誰が入学してくれるのか楽しみだぜ。
経験者、そうでない人なんて関係ない。
共に困難を乗り越え、自分に打ち勝てばどんな下手くそでも名門相手にやり合えるんだからな。
挫折して……壁にぶち当たって……悔しい思いをして……
辛いことはリトルや中学で嫌になるほど受けてきた。
その経験した苦しさをバネに、今度は俺達が一泡ふかせてやるんだ。
───待ってろよ。猪狩、春見……