ある昼下がり、竜歴院の集会所にあるいつものチーム【正義の光】専用席にていつもの二人――アルティノとカミン――がグッタリ机に伏せていた。
「あー……久々にハンターらしい仕事したらどっと疲れたわー」
「そりゃあねー。あんた急に『俺、リゾート制覇に行ってくる!』とか叫んで休暇取ってどっか行っちゃったしねー」
「それはすまないと思っているところもなくはない」
この世界はすべての地域がモンスターの危機に怯えているわけではない。
ごくごく普通の獣たちがいる地域や、人間同士で主に争う地域もあり、そこでは未だに重火器などと言った近代兵器が使われている。
モンスターはその強大さ、強靭さ故にそんじょそこらの近代重火器がほぼ一切通用しない。
そのためハンター業にどっぷりとつかった人間は近代重火器の知識がほとんどなく、そういった場所へ休暇に行ったことで命を落とすというケースも少なくはない。
人間をやめたような身体能力を持ったハンターでも、重火器の前ではあまりにも無力なのだろう。
アルティノはつい二週間ほど前までそんな近代兵器有りな地域、その中でも南のリゾート島だと言われている地区までわざわざ休暇を取って飛んでいったのだ。
その実は昔なじみの仲間である【アティク】という人物から、そういう地域へのパーティの招待状が届いたというもの。
しかし、当のアルティノは残念極まった方向音痴をやらかし、間違った場所へ飛んでしまったのだ。
そうして飛び立っていたバカが帰ってきたために、カミンは久々に彼と腕戻しの狩りを行っていたのである。
ちなみにその相手は古龍【シャガルマガラ】、はっきり言って腕戻しの相手として挑むものじゃないのだが、そんなことは彼らのような異常者の前では通用しない。
きっちり数体狩って帰ってくるあたり本当にアルティノにブランクがあるのかが疑わしい。
「――んで、どうだったわけ? そのバカンスの感想」
「初めて対人スナイパーライフルとか使ったけど結構いいもんだなアレ。モンスターに通じないのが悔やまれるけど」
「アンタ一体どんなバカンス送ってきたわけ!?」
「どんなって……バカンスしに行った先で海賊に捕まって身ぐるみはがされかけて、何とか逃げ出した先で何か島の先住民から戦士として認識されたからさ、持ち物取り返すついでに海賊の親玉に仕返しする目的で奴らをせん滅して、さらにオマケって言ってはあれだけどふっつーの獣と重火器でやり合ってきた。一番手ごわかったのは蛇だな……死角からの攻撃はキツイ」
「それバカンスって言えんの……?」
カミンの疑問とはもっともである。
しかし事実、アルティノの肌は異様なまでに日焼けしており、身体にはハンター業をしている限り基本は縁がない近代重火器による銃創などがついているのだから、バカンスとは言えないバカンスを送っていたことには違いないようだ。
ハンター業をしている人間はことごとく近代重火器に対して警戒心が薄いという致命的な弱点があったのだが、こうして帰ってくるあたりアルティノの適応力はなかなかのものかもしれない。
そんなアルティノの左腕に刻まれた、動物の模様をしたタトゥーをみてカミンは息を漏らす。
神聖に見えるのだがまがまがしく、血塗られた証のはずなのにどこか綺麗で、そんな不思議なタトゥーを見つめるカミンヘアルティノが説明をする。
「このタトゥーさ、島にいるときはめっちゃ人間やめた感じを得られたんだけどこっち来た時にはもう何にも感じなくなっちまってさ、要らねぇんだけどどうにかならねーかなって」
「んー、諦めたら? てかアンタ自分が人間やめてないっていつから思ってたのよ」
「俺まだ人間だからー! なんか向こうの島で獣たち従えちゃってたけどまだ人間の範疇だからー!」
ギャースカ騒ぐアルティノを置き去りにし、カミンはクエストカウンターへと向かう。
その道中ふと彼女は思案した。
――なんかバカンスから帰ってきてからアイツちょっと変にワイルドじゃない?
さっきの狩りもなんか乗りがいまいちというか……いつものアルらしくないっていうか……
勘を取り戻すまで結構かかりそうだなぁこれは。
でも対人経験ってホントなんなんだろう、バカンスって対人経験詰んでくるためのもの……つまりバカンスとは戦争に行くこと……休みっていうのは休暇って意味ではない!?
正義の光所属ハンターカミン、久々に会う相方に現在進行形で絶賛困惑中である。
ちなみに当のアルティノは最終的には重火器よりもナイフ一本で海賊のせん滅を成し遂げたあたりやはり生粋のハンター。
初めて触ったライフルなどに興奮はしたものの、いざ戦闘となるとナイフ一本で大立ち回りしてしまうのだから、真のハンターの脅威を知らないということは人間にとっても恐ろしいものである。
***
「うっへぇ……さっむいわぁ」
「はぁ……なんでアンタの方が寒がるのよ。オレの方が寒そうな格好してるっていうのにさ」
「そうはいってもなぁ……南の方の気候に慣れちまったからなのかもなぁ……」
「ほんっと、アルさんってどんなサバイバル生活してたのか具体的に知りたいですね」
「やめとこうマタネ、きっとアルのことだもん、ろくなサバイバルじゃないよ」
「オイテメェら、なんでサバイバル前提なんだ」
アルティノとカミン、そしてマタネとシロネのチーム【正義の光】一行は氷に囲まれた地――【氷海】に訪れていた。
何故ここにきているのか……狩りだからだと言えば簡単な答えになるが、もう少し具体的に語ると、カミンがアルティノへ振ったある話が原因になったのだ――――
『ねぇアル、シロネがボロックソにやられたって話はもう聞いた?』
『いや、まったく。シロネがやられるってどんな奴にだよ』
『【ガムート】』
『……は?』
『だからガムート。あのマンモス』
ガムートというのは牙獣種に属するモンスターである。
牙獣種というのは基本的に初心者の登竜門であるという認識が強い。
【ラージャン】という例外はあるものの、基本的に中級者に成るほど赤子の手をひねるが如く狩るものである。
しかしそんな牙獣種の中で近年発見された凍土地特有の超大型個体がこのガムート。
その咆哮は遠くまで響き、足踏みはその周りに地震を引き起こし、巻き上げる風は雪と共に強く打ち付けるといった、なかなかにパワフルなモンスターである。
――しかし、シロネとて彼ら異常戦闘力者が集うチーム正義の光の一員。
並のガムート程度にやられるようなそんな柔な戦い方をしていない。
では一体、どういうことなのだろうか?
『シロネがただのガムートに負けるわけがないんだよなぁ……大方味方が足引っ張った――は、アイツの周り的になさそうだよなぁ』
『そんなアルに良い話。今氷海で異常個体のガムートが発見されてて、オレらに討伐依頼が来てるわけ』
『……それってもしかして』
『そ、シロネが惨敗したガムートかもしれないよ?』
単純に敵が強かった、それだけのことだ。
モンスターだって生物だ、異常生態が誕生することもないわけではない。
過去にも大小さまざまな個体のモンスターが生まれたこともあり、その中ではギルドから限定狩猟として発行されているものもあった。
つまり、シロネが苦戦するほどの個体――自分たちも苦戦するであろう個体がいる。
そう結論付けたアルティノは意気揚々とカミンとマタネ、そして絶賛トラウマ継続中のシロネの三人を引き連れて氷海へとやってきたのだ。
「でさ、カミン。そのガムートの特徴とかって書いてないの?」
「うーんとね、『どこから攻撃をされたかわからないけれども受けた攻撃の特徴は間違いなくガムート』って書いてあったよ」
「なんじゃあそら……だけど妙だな。ガムートと言えばでっかいから攻撃されりゃあわかるだろうに」
「うーん、シロネの戦ったガムートってそんな感じだった?」
「いや、それはないかなぁ……すごくわかるよ、普通のより大きかったから……だめ辛い、帰りたい」
悪寒に身体を震わせ、下を向いて『かーえりたーい、かーえりたーい』とリズムに乗った願望を口ずさみながらもシロネは歩みを一切止めない。
結局彼女もどこかでリベンジを望んでいるのだから、ハンターとしての宿命は恐ろしいものだ。
そんなシロネがアルティノに激突し、その歩みを止めた。
ぶつかられた方のアルティノは神妙な顔で周りを見渡す、隣にいるマタネも同じように顔を動かしていた。
「……止まって」
「どうしたの身分」
「……聞こえますよ」
「……ああ、こいつぁ……しかし妙だな」
「アルもマタネも、どうしたの?」
――轟!
途端、何者かの鳴き声があたりに響く。
否、鳴き声と言うよりも【咆哮】が正しい表現。
アルティノたちはそろって武器を構える。
……しかし、その咆哮の主はどこにも見当たらない。
「……やはり妙だな」
「そうだね、今の咆哮は間違いなく【ガムート】のだったんだけど……」
「今ぐらいの大きさで聞こえる咆哮なら、とっくに姿は視認できてるはずなんだよね……でもオレには見えないよ」
「同じくです、一体どこに――!?」
「まずいっ! 散開しろ!」
アルティノの合図でチームが四方へと散る。
――瞬間、彼らがいた場所に雪の巨球が、爆音とともに叩きつけられた。
カミンは雪球がきた方向に目を向けるがなにもいない……いや、勘で【いる】と感じた。
「行って!」
握った長めの棒を振るうと、アルティノ曰く【戦闘機みたい】な虫がその方向へと飛んでゆく。
虫が何かに攻撃を仕掛けた音が聞こえたことで、飛んだ方向にいる何かがいて、虫はそれと接触したと、確信したカミンは再びその棒を振るい、虫を呼び戻す。
カミンが携えた武器は【操蟲棍】。
棒の方端にセットされた特殊な音波装置と昆虫フェロモンによって、棒専用に調教した虫を操るもの。
この武器の大きな特徴は――
「赤のエキス……なるほど、コイツに気付かれたからアレはこっちを向いてるってことね!」
――虫を飛ばし、相手のモンスターから体液を取り、それを棒に内蔵されている専用のビンに詰め、虫ごとに存在する専用の蜜と配合させることでハンターを強化する全四種の【エキス】を生成できることである。
制作できるエキスは体液を採取するモンスターの部位ごとに異なっており、四種あるエキスの中で赤、橙、白のエキスを一定時間ないにすべて服用すると連鎖効果のごとく急激な強化がハンターに宿る。
しかしこれはハンターの操蟲技術が問われる武器であり、これを使いこなせないハンターはその棒の長さとしなやかさを利用した【跳ね攻撃】ばかり行われているために、【バッタ】と呼ばれ忌み嫌われている。
カミンは赤のエキスを抽出したことで、敵がこっちを向いていると判断し即座に移動。
その判断は正しく、雪塊が背後に墜ちる音を彼女は聞いた。
極寒の地で冷や汗を垂らしながら、彼女は他のメンバーの下へと急いだ。
「シロネ、大丈夫?」
「あっはは……情けないことに雪だるまだよ……」
「まったく、ほら消散剤かけてあげるからじっとして」
雪に埋まりかけて雪だるま状態なシロネに呆れながら、カミンはアイテムポーチより【消散剤】と呼ばれるものを取り出す。
中身の液体をシロネの身体に当たらないように振りかけていると、パリンという音と共に雪が崩れた。
「ありがとカミン。マタネとアルは?」
「雪球はあいつらの避けた方向から飛んできてる、きっとすでに交戦中」
「そっか、それじゃあ行こう!」
アルティノとマタネの避けた方向へと走り出す二人、そこで見たのはその二人がギクシャクしながらナニカと戦っている姿だった。
「アルさん! これで何度目!?」
「悪いって! でも仕方ねぇって、的が!」
「女の心を汚してそんなに楽しいんですか! 雪のように白い私の心をアルさん色に染め上げてそんなに楽しいんですか!」
「お前誤解招くだけだろそれ!? 実際は俺とお前が同士討ちして血に染まりだすだけだから!」
アホみたいなやり取りをする二人の身体を互いの振るう刃がかすっていく光景。
だが、ギクシャクとした動きからみてその立ち振る舞いは意図した同士討ちを狙ったものではない。
――双剣、それが彼ら二人の振るう武器名称。
短く、鋭く、そして軽い。
その三つの特徴から成る立ち振る舞いはまさしく乱舞。
極限まで接近し、極限まで洗練し、極限まで速く振るう。
自身のボルテージを最骨頂まで高めた時、この武器の真価である【鬼人強化】状態へと至る。
問題点はただ一つ、その限界までの接近攻撃が原因で同士討ちを誘発しやすいということだ。
だが、少々おかしなところがある。
彼らは先ほどから喧嘩をしているような口を交わしているにもかかわらず、その場への攻撃をやめない。
さらに時折、何かに反応するかのように彼らはその場から待避をする。
そしてまた近づき、攻撃を仕掛ける。
そこまで見てカミンは気付いた。
否、気付かざるを得なかった。
先ほどの咆哮、異常個体、死角からの攻撃、シロネの証言との相違。
そう、こいつが、こいつこそが――
「アルさん! シロネたち来ましたよ!」
「無事ならばいい、一旦退くぞ!」
「喰らえ、閃光玉!」
***
「なるほどね、今回のクエストの討伐対象である異常個体のガムートってのは、別に獰猛化や新しい二つ名モンスターの誕生じゃなくて」
「そう、ただ【小さいだけ】だったんだ。それもくっそ厄介なことに、大きさ以外は従来の個体よりも【強力になって】な」
アルティノ達の先導によって戦線を離脱した一同はセーフエリアであるベースキャンプへと戻っていた。
そこで行われるのは作戦会議、異常個体の小さいガムートをいかにして叩くかについてだ。
「最初俺は見た時叫んだわ。『ちっさ!? うっそちっさ!』って」
「私はそのアルさんの声に反応して行ったんだけど、確かに小さかったですね」
「あんな小さい図体で俺ら二人が双剣ぶんまわしてたらマジヤバイ」
「私たち全員が近接武器担いじゃってるもんねぇ……」
そのガムートは特に小さかった。地面から背中までの高さがハンターたちの平均身長よりも小さいために、上手く攻撃を当てるような手段を考えなければならない。
このままだとただでさえ同士討ちしかねないアルティノとマタネに加え、大剣をブンブンとたたきつけるシロネの一撃に全員が吹き飛ばされかねなく、カミンの棍によって各員の身体が激しく殴打される可能性もある。
幾らハンターと言えど、幾度も幾度も強い衝撃を体に受け続ければ耐えられなくなるのは自明の理。
というよりも既にアルティノもマタネも色々と先ほどまでの交戦で傷ができている。
氷海という極寒の地である故に血が流れず傷も一時的にふさがっているが、ここが熱帯地区ではなかったことを不幸中の幸いと喜ぶしかない。
「どうすっかなぁ……罠でも仕掛けっか?」
「その先をどうすんのよ。アイツ弱ってないどころかあんたたちの方が弱ってるじゃない」
「面目ありません……麻酔弾は役に立たないですよね……」
「だったらアルが急いで戻ってボウガンを担いだら? それまでアイツの注目を引きつつ耐えればいいんだし」
「無理だ。いや、担ぐことはできるけどたぶんやり合えない」
シロネの提案をにべもなく断るアルティノ。
理由はもちろんある、それはアルティノの保持するボウガンが爆発弾系を多く装填すること。
古代の武器である【種ヶ島】と言う、別地域であれば【火縄銃】と呼ばれていたであろう形状のこのボウガン、装填可能な弾が【拡散】という着弾時に小型の爆薬を拡散する弾と、【徹甲】という着弾直後に爆発を起こす弾に偏っているという特徴がある。
そもそも同士討ちの理由が【的が小さい】である以上、アルティノのボウガンでは爆発によって味方側の動きも制限されることになり、結果的な解決には何一つ至っていないのだ。
「じゃあカミンとアルさんの弓は?」
「それもダメよ。オレにしろアルにしろ、他のメンツが前に出てたらそれに当てないように狙いをずらしてしまいかねないもの」
「だったら全員で弓とボウガンは?」
「そういうシロネはアンタ装備作ってるの?」
「私も遠距離装備は作ってないよ……というかそこまではしなくていいと思うし」
ああでもない、こうでもないと話し合う四人。
素直に一度破棄して撤退すればいいじゃないかという言葉を挙げる者はいない。
なぜならそれは『そのガムートはそれさえどうにかすれば勝てる相手に違いない』と確信しているからである。
実際に交戦したアルとマタネから見て、確かに個体能力も強化されているのだが、全員クエストから撤退し一度装備そのものを立て直す必要性を感じない程度にしか、そのガムートのことは映っていない。
しかしその唯一の脅威が【小ささ】による同士討ちの危険性。
――その脅威も、彼らからすれば、たった一つ鍵があれば崩せるのだが。
「……そういえばさ、アル」
「なんだよ」
「アンタさ、バカンスの先で身に着けた技術はまだ衰えてないわよね?」
「……ああ」
カミンの言葉に神妙に頷くアルティノ。
――出来ることなら、二度と使いたくない技術ではあるんだが――
と、言いたい本心をこらえ、彼はカミンヘ続きを促す。
彼女はアルティノへ、自身の剥ぎ取りナイフを握らせ、提案を持ちかける。
「じゃあこれでアイツの首をやれる?」
「カミン、バカ言ってるの?」
「ちょっカミン、いくら何でも無茶だよ、アルさんが危険だって!」
「だまって二人とも」
――ここまでのこの狩りの中で一つ気付いたことがある人はいるだろうか。
そう、一度も彼らは【乗り】を行わなかった。
それは単純に敵の的が小さすぎて乗れないからだけではなく、従来の敵と比べバランスを取りづらく、乗り時のバランスを崩した場合の事故死などのリスクを可能な限り避けたからである。
カミンの提案はいわゆるその乗りを行わせ、そのままガムートの急所に致命傷を与えろと言う【命令】。
その危険性を把握しているからこそ、シロネとマタネの二人がカミンを非難するのは至極当然のことであり、断じて間違った論ではない。
この場合ではどう見てもカミンの方が間違った判断をしているはず、しかしそれを押し通そうとするということは――
「俺はハンターの誇りを棄てるわけじゃない」
「それは解ってるわ。ただ今このクエストをクリアするには、その技術が必要なだけ。アンタはその技術を使ってハンターとしての仕事を完遂する。戦士に戻れとかそんなことを要求するつもりはないわよ」
「そうか……ならやってやる」
「ちょっとアルまで!」
「アルさん正気!?」
今まで身に着けていた轟龍【ティガレックス】の防具を外し、支給品ボックスに入っていた【マフモフ】という極寒地域の民族衣装を身に纏うアルティノを、二人は必死に制止する。
――そんなことはわかっているさ――
そんな二人をさらに刺激するような言葉を飲み込み、彼はそのまま支給品から【携帯食料】、【応急薬】、そして念のための【ホットドリンク】を持ち、無言でキャンプから出発した。
「カミン!」
「聞きなよ二人とも。今回の作戦、アルだけに戦わせるわけじゃない」
「ならどうして今アルは!」
「偵察だよ。アルの今回の役目は完全な奇襲、敵の情報からほぼ真下に墜ち、そのままその勢いでナイフを抉りこませるためのスポットを探しに行った」
今回のクエストの要はアルティノだが、そのアルティノの作戦行動を援護する必要がある。
カミンはその援護として如何に立ち回れるかを考えねばならない。
彼女とて、これが無謀な作戦だと考えなくはないのだが、アルティノは【無理だ】と一言も、一度たりとも言わなかった、つまり成功できるということ。
より確実な成功へと近づくために彼女たちができるのは、彼の奇襲を完全な形で実現すること、それしかない。
「オレたちはそのスポットにガムートをおびき寄せ、限界まで動きを止めて、確実にアルの一撃を加えさせることが役目」
「……確かに、アルさんはこのチームで誰よりもモンスターについて勉強している、ガムートの急所はよくわかっている……」
「オレだってチームメンバーを死なせたくはない。でも、ここで逃げかえったらそれこそハンターとしての誇りに傷がつく、その折衷案が、アイツの技術とオレたちのチームプレイの折半ってこと」
カミンはそういうとホットドリンクを一気飲みし、キャンプを出ようとする。
何処に行くという二人の問いに、彼女はたった一言短く答えた。
「――雑魚狩り」
***
氷で覆われた極寒の大地。
小さな支配者は優越感に浸りながらゆっくりと自身のテリトリーを闊歩していた。
――弱い――
先ほど何やら二匹で挑んできたナニカも自分たちで傷つけあって、そして突然逃げ出した。
大きな音と光でしばし探知器官が動かなかったことには腹立たしさしかないが、結局は自分に勝てなかった。
――やはり自分は強い――
新たにかかってくる奴らを根こそぎ倒して有頂天だったその支配者――ガムートは、ふと異変に気付いた。
――あっちのほう、変なにおいがする――
ノシ、ノシと歩み、その場所へと向かうと、そこにいたのは三匹のナニカ。
火を囲んでいるのか、こちらに気付いた様子はない。
――自分のテリトリーで何を――
よく見ればその内の一匹は先ほど逃げ出していった変な奴。
のうのうと戻ってきて居座っていると考えたガムートは猛り狂った。
ブッ飛ばしてやると意気込んで走ったガムートを襲ったのは、痺れだった。
「第一段階突破! 時間は30秒、一撃ずつ!」
「了解、一発デカイのぶちかますよぉ!」
「続いてマタネ、行きまーす!」
ガムートがかかったのは【痺れ罠】。
ハンターの持つ二つの自動展開型トラップ、その片方である。
雷光虫の発電エネルギーを利用し、モンスターを一定時間痺れさせるこのトラップは、効果時間が短いが代表的トラップとしてハンターの必需品に加えられている。
それを仕掛けたのは当然カミン、マタネ、シロネの三人。
このエリアがガムートの徘徊ルートだと調査した彼女らは、一度合流したアルティノのベストスポットとマッチすることを把握、作戦をこのエリアで実行することと相成った。
「罠割れた! マタネ!」
「仕掛け終わってる!」
マタネの言葉に、ガムートの目の前でチクチク叩いていたカミンが大きくバックステップをする。
もはや今のガムートの目にはカミンしか映っていない、怒りに任せ、カミンの下へと走り出すが――
「ざーんねん! 続いていくよ!」
「引きずって一撃ぃ!」
突如ガムートは『地面に嵌まった』。
なんてことはない、カミンが気を引いている間にマタネがトラップの一つである【自動転削型落とし穴】を設置しただけである。
短時間で落とし穴を設置できたのは、今回は足がぎりぎり抜け出せるか抜け出せないかの塩梅な穴くらいで転削が済んだからだ。
カミンにしか目が行かなかったガムートはあっさりとそれに嵌まり、再び無防備な姿をさらす。
そこにシロネの重い一撃、首周りを狙い、仕上げへの準備を着々と積み重ねる。
「抜けたよ!」
「次!」
「割れた!」
「仕掛けてる!」
――と、言った具合に次から次へと罠にかけ、各員1~2撃ずつ与え、ガムートを誘導してゆく。
ガムートの身体には着実に傷がついており、特に首周りの損傷は甚大とも見える。
当のガムートは先ほどから変なものに掛けられ、嬲られ、おちょくられていると感じ、怒りに支配されたがごとく暴れている。
そして、作戦は最後の瞬間を迎える。
「スポット到達!」
「かかるよ――かかった!」
「よしっアル! いっけぇ!!」
ある地点で何度目かの罠にかかるガムート。しかし罠の効力が弱いのかすぐに脱される。
しかし、目的は一撃を加えることじゃない。
カミンは、ガムートが罠にかかった瞬間真上に自身の虫を飛ばした。
その合図の意味は奇襲。
崖に立ち尽くし、その瞬間を待っていたアルティノの下へカミンの虫が到達する。
直後、彼の身体は重力に任せ下方へ落下、重力によってさらに速度を重ねた彼の視界に目標が視えた時――
彼の下へかざした一本のナイフが、ガムートの首元で最も傷の深い場所に突き刺さった。
すかさず片方の足をガムートの胴体へたたきつけ、もう片方の足を先ほど突き刺したナイフの柄に叩き込んだ。
深く、深く刺さったナイフを彼は抜こうとせず、すぐさまもう一本の……カミンから受け取っていたナイフを同じ場所へと突き、抉るように左右に押し込む。
瞬間、ガムートの眼前で再び光が炸裂した、それはマタネの投げた閃光玉によるもの。
痛みによる絶叫且つ光の襲撃による戸惑いの咆哮を挙げるガムート。
アルティノが飛び降り、彼の身体を踏み台にして高く跳びあがったシロネによるたたきつけによって、間もなくその声は絶えることとなった。
***
倒れ伏す敗者を見下ろし、大きくアルティノは伸びをする。
獲物を狩った達成感による笑顔を浮かべるが、それを見たシロネとマタネは少しばかり不安な顔をする。
「クエスト完了お疲れさまー! ……ん、どうしたお前等」
「いやぁ、なんというかさ……」
「アルさん、なんか……雰囲気違うなぁって」
「ばっか、俺はいつも通りだよ。ほら、さっさとはぎ取って次はシロネのリベンジに行くんだから早くしろ」
他愛ない三人の会話、そんな中でカミンはただ一人、アルティノの異変に気付いていた。
――アルが崖から飛び降りた時、少しだけ見えた左のタトゥーが光った気がした――
彼は今ハンターであることを選んでここにいる。
それなのにタトゥーが光り、彼に力を与えたとするならば……
――まさかね。ナイフもたなきゃいつものアルだし、そこまで深刻に考えることではないか――
――それに、あいつがハンターの誇りを忘れない限り、戦士に戻ることはないでしょうし――
元々話によれば戦士の長だかに求婚されたのを断って戻ってきただとか語っていた。
心底めんどくさそうな、げんなりした顔で語る彼の顔はハンターに戻れた今の生活に安堵しているようで。
やはり生粋のハンター、彼の戦場はモンスター相手でしか成り立つことはないのだろう。
チーム【正義の光】所属ハンター、カミン。
彼女は昔なじみだからこそ、アルティノのハンターとしての誇りを信じる。
友として、そしてかけがえのない相棒として。