――塔の秘境――
ここは塔の秘境と呼ばれるギルド管理特殊許可必須の立ち入り区間。
一定周期で希少な古龍種や龍種が訪れるほか、最近ではここにギルドの捕獲したモンスターを解き放ち、制限された空間におけるハンターの狩猟を試させる場所でもある。
そんな場所で、チーム『正義の光』一同はあるモンスターと対峙していた。
「俺が足をやる! お前等は尻尾を叩け!」
「了解ッ!」
「うひぃ、毒々しいよぉ!」
「切ったら怖くない、怖くない!」
そのモンスターとは、リオレイアの二つ名『紫毒姫』のこと。
特徴は名前に在る通りに体がひたすら紫色に染まっていること、そしてその尻尾から撒き散らかされる毒がこれまでに発見されたモンスターの中でもトップクラスに危険だということである。
しかし、その尻尾が危険と言うならば叩き斬ればよいこと。
その隙を作るためにアルティノが紫毒姫に乗り、衝撃を与えて横倒しにする。
チャンスを逃さず、太刀を担いだカミン、大剣を担いだマタネとシロネが尻尾に集合、一斉にその武器を振るい始める。
紫毒姫が起きあがる直前、土壇場で放ったカミンの桜花気刃斬によってその尻尾は切断、紫毒姫の最大の凶器は失われた。
しかし尻尾を切られたとしても紫毒姫は切れた部分からも毒をまき散らすもの。
微弱と言えども、その尻尾によって攻撃を喰らったならば防具の守りをたやすくすり抜けハンターの体を蝕むのだ。
立ち上がった紫毒姫へ勇敢に立ち向かったアルティノも、いともたやすくリオレイア種共通の大技『サマーソルト』によって吹き飛ばされ、毒をその身に受けた――様に見えた。
「うっへぇ……尻尾切ってやったってのに、威力だけは強いなぁコイツ……」
「アンタが無謀にも突っ込むからでしょ。この、バカアル」
「面目次第もございませーん!」
尻尾による一撃を受けたにもかかわらず毒を受けた様子のないアルティノ。
それもそうだろう、なぜなら今の彼はその程度の毒を受けるような体ではないのだから。
――スキル『毒耐性』、このスキルを持ったものは毒、猛毒と呼ばれるランクまでの毒種を無効化する体質になるというもの。
彼はそのスキルを持つ真っ赤な防具――炎王龍『テオ・テスカトル』の素材で作られた装備を身に着けているのだ。
紫毒姫で最も恐れるべきは、その毒耐性というスキルをすり抜けて毒を浸透させてくる『激毒』と呼ぶ種類の毒を撒いてくること、そしてその毒の結晶を地面に生成するという迷惑極まりない特徴。
それを撒かせないようにするのにおいて最も重要なのが『尻尾を切り落とす』ことであり、切り落とされた今、彼らは毒を警戒する必要がない。
――後はひたすら、その命尽きるまで叩くそれだけだ。
***
「ゴメンアル、マタネ! 私ら二人とも急ぎだからここで一旦抜けるね!」
「ごめんね二人とも、黒炎王二人だけで狩れなさそうだったら流石に逃げてもいいからね!」
「バーロー、狩ってやるさ――本音いうと帰りてぇけど」
「いや、アルさん私たち二人でも行けるって。きっと、メイビー」
紫毒姫を討ち、黒炎王が訪れる瞬間までのハーフタイム。
至急ハンターズギルドに戻るよう要請されたシロネとカミンが、『モドリ玉』と呼ばれるハンターズギルド指定脱出圏内までの移動手段を使用。
二人きりとなった空間でこれから対峙する相手を想い冷や汗を流すアルティノ。
それほどまでに続けて戦う相手は強敵、難敵なのだ。
――そもそも現在受けているクエストはマタネが受けた、リオレウスの二つ名『黒炎王』特殊狩猟の最後、紫毒姫と黒炎王の連続狩猟である。
四人で戦うために強めな個体を用意されているため、ここで二人が抜けるのは心苦しいどころのレベルではない。
だがここで諦めるのは何かが違う。
本音の、帰りたい。を無理やりねじ伏せアルティノはその瞬間が訪れる前に武器を構えた。
***
――ハンターズギルド本部集会所食事処――
「……ほんとなんだったんだあのレウス」
「いやぁ……恐ろしかったねアルさん。高速移動を習得した黒炎王ってなんの悪夢かと」
「いや、かろうじて勝てたけどほんとマジなんなんだあれ――閃光の光すら感じなくなってたぞ俺」
「アルさん……それもはやアルさんの感覚になにか障害があったんじゃあ」
「……ギルドの医務室でちょっと確認してくる」
なんとか二人だけで黒炎王に勝ち、現在食事処の専用テーブルにて突っ伏して倒れこんだアルティノ。
激戦というよりも『怪戦』と言うべきか、その実情はひどいものだったのだ。
まず黒炎王が瞬間移動をしていたこと、この時点でおかしな話だった。
そのほかにも閃光玉の激しい光がアルティノには見えなかったり、マタネが彼の戦闘可能率を知ることができなかったりと、悪夢の数十分間でありまさしく怪戦であった。
マタネの言葉に大人しく従ったアルティノが医務のサービスを受けたところ、身体的精神的にはなんの以上も見られることはなかったが、ここ数日間における異常ともいえるクエスト受注回数も明らかになった。
それによってアルティノはギルドマネージャーからハンター証明書である『ギルドカード』の一定期間没収を命じられ、同時に没収機関の間で強制的な休みを申請させられるという結末を迎え、発狂しそうになったようだ。
***
――ベルナ村――
ここはハンターズギルド支部の所属がない特殊な村。
しかしここは、竜歴院の研究所がある場所でありハンターズギルドと提携を結んでいるために、所属を問わずハンターたちの療養場所、またはリハビリ施設ともなっている。
自然豊かなこの場所で、アルティノは一人の男と会っていた。
「おお! 誰かと思えば『我らの団ハンター』じゃないか! 久し振りだなぁ、元気にしたか!」
「――そろそろ俺の名前覚えてもらってもいいですかね、いやまぁいいんですけど……お久しぶりです『団長』」
紅いウエスタンスタイルの高齢な男性といつぞやぶりらしい挨拶を交わすアルティノ。
この男こそアルティノが大老院仮所属前に居た、最もの古巣である『我らの団』。その団長である。
「細かいことは気にするな! で、お前さんがこうして村に来るのは珍しいな、何かあったのか?」
「あー……いやぁ、それがですねぇ――」
「――いい!」
「……はい?」
「こういう時は再会を祝して飲むもんだ! さぁ我らの団ハンター、久々に飲み交わそうじゃないか! どんな奴と戦ってきたのか知りたいもんだ!」
「ちょっ、痛いですって団長!」
アルティノの肩を掴み、直後その肩を組んでベルナ村にある酒場へと彼を連行する団長。
その力はハンターとしてかなりの実力を持っている部類に入るアルティノすらも簡単に引っ張られるほど強く、彼がそれなりの猛者であることがうかがえる。
酒が苦手なアルティノはそれから必死に逃れようとするが、もともとハンター業休業によって精神が弱っていた分抵抗も弱い。
もうなすすべがないと諦め、彼は団長へと引きずられていった。
――我らの団団長、自称『トレジャーハンター』であり、世界各地をいろんな仲間とともに奔走し、つい数年前にはこのアルティノ含めたメンバーと共に様々な危機から人々を救い、今もなお世界を旅し続ける男である。
そんな彼との再会に嬉しくないはずもないアルティノの顔は、何かを諦めたにもかかわらず満面の笑顔を湛えているのであった。
***
少しだけ、過去の話をしよう――
その男は路頭に迷っていたところをスカウトされた。なに、別に路頭に迷っていたことに何か深い原因があったわけではない。単に彼の運が悪かった、それだけのことだ。
スカウトした男は『お前さんなら我らの団に必要なハンターになるだろう』などといったようなよくわからない理屈で彼に声をかけた。
しかし彼はそんな誘いを何か怪しく思い、断ることを選んだ。慎重とは損をする可能性もあるが最も安全策を選べるであろうものだ、故に彼の断りは間違いではない。
だがそんな彼のスカウトを男は諦めていなかった。
路頭に迷ってその場しのぎの仕事を続ける彼の帰り際に、必ず現れスカウトをする。
ただスカウトをするのではなくたまに食事に誘いながら、たまに酒を掲げながらと、手を変え品を変えて彼に声をかけ続けた。
そんな男――我らの団団長の熱心さにとうとう折れた彼は、我らの団に所属しハンターとなった。
だが、もともと路頭に迷うほど運が回らないことに定評があった彼はハンターになった後も戦績は振るわず。
採取でさえも彼が行く日だけ気候がよろしくなかったり、危険種のモンスターが確認されて立ち入り禁止と、運という名のいつも通りながらも残酷すぎる現実が彼に突き刺さり続けていた。
彼は当然悩んだ。自身がこのままハンターである意味はあるのかと。
ハンターとしての営みを一つたりとも果たせないまま、ハンターでいていいのかと彼は苦しんだ。
当然、こんな自分をスカウトした団長のことを疑い、人間不信一歩手前に落ち込みそうになったこともある。
だが、そんな彼に救いを与えたのも団長だった。
彼は自分で自信を持つことができない、だがそんな彼の事を団長はひたすら信じた。
団長から彼へ向けるのは無責任な『大丈夫』ではない、自身の勘と彼の可能性を『信じた』うえでの『大丈夫』。
そんな団長が信じるというのに、我らの団に所属したものたちが信じぬはずがない。
運を多少でも覆すために、皆は彼へ知識を、技術を、笑顔を与えた。
それはロクな知識を詰め込むこともなく路頭に迷っていた彼に『考える』ということを与えた。
それは優れた体に気付かぬまま持て余し続けた彼に『可能性』を示した。
それは今までの巡りに顔をゆがめることすら忘れた彼に『表情』を映した。
そこからめきめきと彼は力を付けることに成功した。
運によって時にあえなく撤退することはあれども今までより肩から力が抜け、それもあってか彼がクエストを達成することは遥かに増え、ハンターとしての実力も着実に身に着けていった。
相棒として選んだ大剣をひたすらに振るい、彼は知識とそれで塗り固めた技によって数々の脅威と渡り合ってきた。
そして戦い続けた彼は、天廻る災厄の龍や、最大規模の大きさを誇る天の山を作ったナニカを討ち果たすほどの存在となったのだ。
その後、彼は自身の実力と可能性をさらに高めるため、我らの団から別れを告げ、団長の伝手を借りて大老院に仮所属して数々の新種や危険種を狩り続け、心機一転で自らの可能性を広げようとして今の竜歴院に所属し、一大チームを作るほどとなった。
だが、狩り続け、狩り続け、ひたすら狩っている彼はそれでも昔を忘れたことが無い。
運がなく、知識もなく、自信もなく、全てに諦めそうになっていたあの頃のことを。
そして、そんな彼を――我らの団ハンターであるアルティノのことを、信じて共に戦ってきた大切な仲間たちのことを。
故に――アルティノはハンターを続けていることを誇りと思っている。
其れは、彼をこの道へ引きずり込んだ恩人への感謝でもあり、その人が信じた自分を信じることだから。
だからこそ彼は誰にとがめられようと結局ハンターであり続ける。
きっとそれは感覚が壊れようとも、身体がボロボロになったとしても、死ぬその一瞬まで誇りであるハンターでありたいという、彼の願いなのかもしれない。
***
――ハンターズギルド集会所――
「あれ、アルさんもう復帰したんですか!?」
「おう、ギルマネに無理言って復帰してきた。やっぱ俺の生きる場所はここだからさ」
「アルさんってこういっちゃアレですけどちょっと逝ってますね?」
「おう久々に会ったと思えばいきなり失礼だな身分め」
「だから何度も言ってますけど身分は名前に使うものじゃないです!」
ギルドマネージャーと直談判し、半強引的にギルドカードを返却してもらったアルティノはいつもの席でマタネに遭遇していた。
事の経緯を知ってるだけに、アルティノのあまりにも早い復帰をジト目で見てくるマタネ。
それを軽くあしらい、彼は食事をほおばりながら復帰前に団長に言われたことを思い出していた。
『いいか我らの団ハンター、お前さんはきっと今いる場所で絶対満足できない。なんとなく目を見てればわかるさ、もっと遠くへ狩りに行こうとかそのうち数年もしないうちに言い出しそうだしな。』
『まぁあの頃から変わらんがお前さんは臆病者だ、無謀者じゃないからこそできるお前さんの戦い方がある。俺はそんなお前さんの戦い方を見てきて、だからこそ信じているんだ。
だからまた顔を出しに来てくれ。今度は他の奴らにも顔を見せてやると良い!』
『大丈夫だ、お前さんならばこの先も何処に飛んだってイケる、イケる!』
「……俺なら行ける。そうだよな、俺は団長の信じたハンターだもんな、死ぬなんてことはしないさ」
「――あのーアルさん? ……どうしよ、アンニュイな顔がなまじかっこいいだけにムカつくんですけど」
「うるせぇぞ身分。ほら、さっさと鱗狙いでレウス狩りに行くんだよ手伝え」
アルティノは食事をさっさと終え、立ち上がりマタネの首根っこを引きずりながらクエストカウンターへと向かう。
そんな彼に文句を言おうと彼の顔を見たマタネは、クスリと笑いながら彼へ話しかける。
「だから身分って呼ばないでとあれほど――ねぇ、アルさん」
「……なんだよ」
「やっぱり少しでも、療養しててよかったみたいですね」
「――ああ、休むってのもたまには。たまには、いいもんだな」
「今一番いい笑顔してますよ、それもカッコイイ方の笑顔を」
「うるせぇ、火球の盾にすんぞ」
「どうせ受けるのはアルさんなんですし諦めたらどうです?」
「……うるせぇ」
チーム『正義の光』リーダーアルティノ、彼は常に不幸な星の下で戦う。
どんなに運に恵まれなかろうと、己の誇りと、大事な人からの信頼を背負い戦う。
それは彼が死ぬ一瞬まで、彼が生きることをあきらめるその時まで、絶対に変わることのない誓い。
そんなゆるぎない覚悟が、彼の巡りを変え続けているのだろう。