――ハンターズギルド集会所料理場――
いつも通り忍者のような見た目をした防具――白疾風装備を身に纏った女性ハンターのカミンと、彼女と似たような見た目の装備――こちらも白疾風の装備を身に纏った男ハンター、アルティノがテーブルの一角に座っていた。
適度にだけ狩りを行うマタネやシロネと違い、ハードワーカーとでも言わんばかりに常日頃から暇さえあらばすべてのモンスターを狩りつくさんとクエストに出かけるこの二人組。
ハンターズギルドもキッチンに『チーム【正義の光】専用席』を設けるレベルだといえば、どれだけ狩り続けているのかは想像に難くない。
――そんなんだからギルドカードの個別友好度と呼ばれるハンター同士の絆を示す数値が彼らだけやたらと数が高いのだ。
「いやあ……ひっさびさに獰猛化連続でやり合ったけど直前までに二つ名やりすぎて温く感じてしまったぜ……」
「ほんとねぇ、正直アイツらなんて『燼滅刃』だとか『黒炎王』だとかに比べればたいしたことはないわぁ……」
この二人、チーム『正義の光』の一員である以前から多くの狩りを行ってきたハンターである。
マタネ、シロネと正式にチームを組むまでは二人だけで多くの敵を屠ってきた経験もあるために、たかが獰猛化三体、超危険種の獰猛化でもなければ退治は容易。
それに、彼らは『燼滅刃』と呼ばれる二つ名の新種モンスター『ディノバルド』や、一人前のハンターとしての登竜門でもある空の王者、火竜『リオレウス』の二つ名『黒炎王』などを狩っている。
狩猟には特殊な許可証を発行されなければならない分、獰猛化よりも危険だとハンターたちの間で認識されている二つ名モンスターを、全種類最低一回ずつ狩っているこの二人を相手にして、たかが通常種の獰猛化など大した相手ではない。
「二つ名……『矛砕』でひーひーやってた頃が懐かしいぜ」
「今でも矛砕なんておかしいわよ。絶対今でもオレら苦戦する、間違いないわ」
「まぁなぁ……あの右鋏おかしいだろアレ……地面抉ってハメ殺してくるし……」
「起きあがった瞬間もう一回抉ってくるの巻き込まれた時は理不尽悟ったわよ?」
――無論そんな彼らにも苦手な相手はいる。
甲殻種モンスター、ダイミョウザザミの二つ名『矛砕』。右鋏が異様に肥大化したこのモンスターに、彼らは幾度となく辛酸をなめさせられた。
このころから二人はマタネ、シロネと組むようになったのだが、四人で挑んでも必ずアルティノ含め誰かは安全地帯『ベースキャンプ』に送り返される結末が待っていたのだ。
その結果ダイミョウザザミを狩るたびに、彼らはソレの右側には必ず立たないようにするとともに、矛砕の大きさ基準で考えるためどうしても普通のダイミョウザザミが小さく見えるようになってしまった。
「もうアレだけは行きたくないわ……」
「同意――そういやさぁ……この白疾風の装備って会心率が上がるじゃん?」
「うん、さらにクリティカル入ったら火力も上がるわね」
「素のクリティカル別に低くてもいい気がしてきたんだよなぁ」
ハンターは『見切り』と呼ばれるスキルや、特殊な状況、さらには特定の武器を持った場合に敵のその部位の中でも特に弱いところへ攻撃を当てられるようになることがある。
それを『クリティカルヒット』、『会心』と呼び、それを感覚的に当てやすくなる可能性を『会心率』と呼んでいる。要するに半ば直感で敵に攻撃を仕掛けるうえでの確率だ。
白疾風の装備は防具一式を纏えば、見切りスキルの発動によって三度当てれば一度は会心を決め、白疾風の武器をさらに担ぐことで大体二回に一回会心を決めることができる。
しかし、アルティノはそれを『別に重視することじゃない』と言い切った。
「じゃあ何を大事にするのよアンタのことだからどうせ切れ味も重視してないんでしょ?」
「まぁねぇ、スラッシュにしときゃはじかれることもねぇからそんなん低くたって問題ないし」
「あー、そうね、スラッシュアックスなら『エネルギーチャージ』もあるし会心は重視しなくていいわねぇ」
「だろ? だろう?」
「はいはい、そうですねー」
今現在アルティノが背負う武器――スラッシュアックスは斧と剣という二つの姿を変形して使い分けていく装備。
しかし、ここ最近開発されたハンターが扱える『技』によって、スラッシュアックスは本領と言われる剣状態を維持しながら戦うことができるようになった。
その一つの要因であるのがエネルギーチャージという技で、剣状態を維持するために必要な『ビン』と呼ばれるエネルギーカートリッジを瞬時に装填、注入する極意なのだ。
普段ならばそれは斧状態、納刀時に少しずつ充填されていくものだが、この荒業を効率よく用いることで常にエネルギーを絶やさず剣状態を振るい続けるというまさしく『暴論』を実現可能にしたのだ。
無論、技一つ使うことで一瞬の隙を作ることになるが、それだけのメリットがスラッシュアックスにはある。剣状態はエネルギーを常に武器へ纏わせるためにどんな堅い相手だろうと、強く弾かれることはない。
武器を振るううえで通るか通らないかを激しく左右する『切れ味』を重視する必要がなくなるということに他ならないのだ。
更にエネルギーチャージは、装填に慣れゆくとなぜか会心を決める直感がよく働くようになる。つまりだ、武器で劣る分を技で補えるということなのだ。
「そこで俺は重視するべきものを見つけた!」
「はいはいドヤ顔ドヤ顔。そんで、なにを見つけたの?」
「それはな、防御力だ!」
「……あー、確かにこの装備スペック防御は低いもんねぇ」
スキルがあれば多少の防御力は補える――しかし、それでも攻撃を受けた時に痛みを感じる度合いは低いにこしたことはない。
ましてやアルティノはチーム四人の中で最も器用貧乏で、もっともスキルを知りつつもその神髄を引き出すことができない残念なハンターである。
防御を上げて自身の生存力を上げるのは至極当然で、最善でしかない。
「それで、あんたが何に眼を付けたのかしんないけど、オレにいったいどうしてほしいの?」
「……『宝纏』、やるの手伝ってください」
「……あの二つ名の?」
「うん、あの二つ名の」
全身に鉱石を携えたモンスター、爆槌竜ウラガンキンの二つ名『宝纏』。
その武器は装備することで自身の防御力を上昇させられるのだ。
しかしそのモンスターは二つ名、間違ってもアルティノ一人では気楽に狩に行けるような相手ではない。
彼は故に、頭を下げてカミンへ要望する。
――俺の狩りについてきてください、と。
「ん、任せて。でもマタネとシロネが来る日までに出来るのは指定狩猟5までだからね」
「助かるっ!」
チーム『正義の光』唯一の男ハンターアルティノ。
彼は常に自身の最善をもとめ、常に生存に全力を尽くす。
模索し続ける姿勢こそが彼の最大の強みであり、同時に弱さでもある。
それでも過去に一芸特化だったからこそ、それを改め、さらに自身の可能性を探し続けるのが、この男なのだ。
そんな男が、彼女たち三人を率いているリーダーである。
***
マタネとシロネが合流する日、アルはタイツ姿の防具――魚竜種『ガノトトス』装備――のまま、正座でカミンに向かい合っていた。
タイツから見える顔は正座による苦痛などで歪み、背中がプルプルと震えている。
「――オレが少し村のほう行ってくるからって離れている間に師匠と狩ってたんだって?」
「……はい、真実です」
「しかも持ち込みなしの宝纏捕獲で失敗したんだって?」
「はい……あっさり顎にたたきつけられて俺ら二人ともぶっ飛ばされました」
「アンタ、バカァ?」
「面目次第もございません」
カミンに問いただされている内容を簡潔にまとめると
『今日【正義の光】メンバーで宝纏特殊狩猟6以降の狩猟を行う予定だったが、待ちきれなかったアルがたまたま来ていたというカミンの呼ぶ【師匠】とともに挑み、テンプレのように返り討ちにあった』
ということである。
「師匠が来てるんならオレにも一言欲しかったんだけど……」
「仕方ねーじゃん。モアイさんのほうから連絡きたときにはもうあの人集会所来てるんだし」
「むー……わかるんだけど納得いかない……」
カミンの呼ぶ『師匠』こと『サンラ=イック』。アルティノは彼と長い付き合いで、なぜか『モアイ』と呼んでいる。
アルティノとサンラは大老殿に一時所属していたころからの『狩友』で、『ゴグマジオス』と呼ばれた謎の古龍種を協力し、討ち果たしたこともある。
サンラはその『大老殿』における功績を表彰され、彼は自身の『ギルド支部』を設立し、ギルドマスターとなった今でも各地で狩を続けている。当初はアルティノもそこへ所属するよう勧められたが、彼はそれを辞退している。
何気にアルティノとカミンはそのころからの狩り付き合いでもある。
当時からサンラは剣と斧の変形武器『チャージアックス』一筋で愛用しており、カミンは彼の指導――動きをただ見て真似しただけだが――の下でチャージアックスの技術を覚えていった経歴があるのだ。
故にカミンは彼の事を師匠と呼ぶ。自身がチャージアックスを使う上での指針であり、あそこまでの実力をほかに見たことが無いからだ。
「で、師匠はすぐ帰ったの?」
「ギルマスするのも大変らしくてなぁ、書類仕事山積みだとか怒られて帰っていったよ」
「師匠ぇ……」
「しっかしいつみても綺麗な武器捌きだったわ」
「師匠チャージアックス製造規定が変わったのにすぐ使いこなしちゃったからねぇ……」
チャージアックスは最初に開発され出てきた時と比べると、多くの製造に当たっての規約が増えている。
そんな変革の中でチャージアックスから離れるハンターも多い中、サンラは今でも変わらずそれを使い続け、変化に適応した動きを見せているとのこと。
そんな姿に心打たれ、彼のギルドではチャージアックスを使う新米ハンターが増えているらしい。
「今日は遅刻しなかったよアルさん、カミン!」
「――アル、今は見逃してあげるけどまた今度聞かせてもらうからね!」
「はいはい、わーったよ畜生……」
チーム『正義の光』リーダーハンターのアルティノ。
彼の経歴は皆が思う以上に濃く、激しいものであった。
「……で、シロネはどこさ」
「んー、一緒じゃないですよ!」
「今度は身分じゃなくてシロネが遅れたのね……」
「身分ノットイコール名前ッ!」
***
「さぁて……素材足りないのはあるけどもなんとか最後だぜ……」
「というか獰猛なディノバルドの素材が足りないなんてねぇ……」
「予想外だったけどたかが普通のディノバルド獰猛化だ、この後でゆっくり仕留めても何とかなるさ」
二つ名であるウラガンキンこと宝纏、彼ら四人はそれの三つの指定狩猟を終えたばかりだというのに元気そうに伸びをしている。
――そもそも、指定狩猟とは二つ名の狩猟だけにとどまらない。同時に支給品のみでソレを狩るなどと言ったハンターとしての実力を示す場であり、それを達することでハンターズギルドから各ギルド支部への専属配属や、仮所属にしかなることの出来なかった竜歴院にも凱旋されたりなどと、ハンターズギルド本部より魅力的な援助を受けることができるもの。
接触禁忌種の狩猟でありながら、同時に本部からの試験を兼ねるという無理難題何でもござれなこの指定狩猟。
最後に至ってはこれまで捕獲した二つ名を指定の場所で解き放ち狩猟させるというむちゃくちゃな話なのだから如何にこれがギルドにとって重要なハンター選定試験かということもわかるだろう。
そんなむちゃくちゃな狩猟を三つ連続でこなしておきながら疲れを見せないこの四人もむちゃくちゃな存在だということに変わりはないのだが。
「ねぇねぇシロネ、私今日何か違うとおもわないー?」
「えぇ……わかんないよぉ……」
「もーう、シロネったらど・ん・か・んっ、なんだからぁ!」
いつも通り荒鉤爪の防具を纏うシロネに対し、普段通り大雪主の防具を纏ったマタネが普段とは違う様子で話しかける。
よくよく見ればマタネの防具の細かい配色が普段と異なっているが、そんなもの細かすぎてわかるわけがなく。
一方的に鈍感と言われたシロネは困惑を隠せない。
「……アル、あんた眼が死んでるわよ」
「……そういうお前もな」
「あっ……アルさん、カミンっ! どう? 防具の配色変えてみたんだぁ!」
「わかりづらいところ聞かれても答えられんのだが」
「アルに同じく」
「えぇ……二人ともにぶーい!」
これまたいつも通りに白疾風の防具を纏い、細長い武器――太刀を背負ったカミンと、中世の騎士のような防具――レイア種のEX防具と呼ばれる復刻されたもの――を着こみ、レイア種の二つ名『紫毒姫』で作られた槍を背負ったアルティノの二人はそんなシロネとマタネのやり取りに頬を引きつらせる。
カミンに表情を指摘されたアルティノはヘルムの前面を下げ、ゴミを見るような目元と苦虫を噛み潰したような口元をマタネに見せないようにする。
そんなアルティノの表情に当然気付かないマタネはキャイキャイとはしゃぐ中、彼は一人天を見上げ思った。
――槍じゃなくて片手剣背負ってきてもよかったかも――
***
――溶岩島――
ここは島一面が溶岩に囲まれた島。クーラードリンクというハンターの体内から常に熱を下げてゆく特殊な物質を用いなければとてもじゃないが動ける場所ではない。
過去にここで災厄とも呼ばれる『覇龍』が降臨したこともある場所で、チーム『正義の光』四人は宝纏と激戦を繰り広げていた。
「踏んでっ……」
「跳ぶぞっ!」
宝纏の足元を踏み台にし、飛び上がるシロネとアルティノ。
これはエリアルスタイルと呼ばれるモンスターを踏み台にする戦闘スタイルで、モンスターの背面に乗り上げそのまま敵の力を利用し横倒しにすることに特化している。
――二つ名の特徴はとにかく大きいことにある。
通常のモンスターでいう『ギルド記録最大全長』で普通サイズ、それの最大サイズともなればその大きさは想像に難くない。
しかし大きいならば乗ることも易くなるというのはまた摂理。故に彼らはそれを狙うのだ。
「叩いたっ!」
「カミン!」
「了解ッ!」
愛用の大剣を振り下ろすマタネ、そしてその直後に合わせるかのように宙で突きを繰り出すアルティノ。
彼の突きはこのままだと下に着地したマタネに当たるだろうが、そこは示し合わせたかのごとく動くチームメンバー。
彼のマタネに当たる寸前である宙を切った槍を、横から蹴飛ばすかのように踏み台として扱い、宝纏よりもさらに高い位置へと跳ぶカミン。
――瞬間、カミンの身体が赤く光る。
気と呼ばれるものを体内で練り上げ、それを爆発的に開放する『練気解放』という技術。
解放した気をもって太刀の刃を薄くコーティング、威力と切れ味を上げるというものである。
「貰ったぁ!」
「着地、着地だからな――よっし、ソイヤァ!」
「ナイスキャッチだよアル!」
宝纏の頭上より飛び込むように刀を振るい、袈裟斬りを行う。
着地点にはアルティノが待機、腰をかがめて右腕の盾をカミンの方向へと構える。
カミンの脚が盾に乗った瞬間、彼は反転、勢いを利用し彼女を背後の安全地帯へとほおり投げる。
直後、宝纏が鉱石の浮き出た堅い顎をアルティノに向かいたたきつける。
とっさの判断によって彼は盾で流すように受けるが、高い位置からのエネルギーを殺しきれるはずもなく。
地面にたたきつけられた顎の衝撃で彼はあえなく吹き飛ばされる。
「いってぇ!」
「見てから回避、いただきましたぁ!」
尻もちをつくアルティノの横から、シロネが愛用の大剣を地面に引きずりながら宝纏の懐へと潜り込む。
実はシロネ、先の顎による衝撃を躱し、その慣性を利用して走りこんできたのだ。
――これはブシドーという戦闘スタイル。敵の攻撃を的確にゼロコンマ一秒もズレなく躱すことで回避時の移動速度のまま敵に仕掛けることを得意とする高難易度の戦闘法。
宝纏の右足めがけて、シロネは引きずった剣を勢いよく力任せに振り上げる。
柔らかい部分に切れ味の鋭い一撃を受け、宝纏はもんどりうち横倒しになる。
その隙を狙わぬはずもない一同、各々の技術の結晶である『技』を発動し畳みかける。
「彼方へと輝き示せっ――【正義の光】ッ!!」
「爆ぜよ聖なる燐光――【正義の光】ッ!」
「わが身に宿って――【正義の光】! てやぁ!」
「上から行くよぉ――【正義の光】ィ!」
アルティノが放つは練り上げた気を槍先に乗せ、気迫の後押しによって螺旋状の衝撃を突きと共に放つ『スクリュースラスト』。
カミンが放つのは太刀特有の気を刃に乗せて切り裂く『気刃』の極意の一つ、切り裂いた相手のその部分に気を用いて時間差で追撃する『桜花気刃斬』。
シロネが用いるのは、わが身を支点とし大きく刀を振るうことにより、その斬撃中に込めた気を自らの体内に還元させる荒業『獣宿し・獅子』。
マタネが撃つのは単純な跳び斬りながらも、上空からの落下スピードを十全に利用した斬るというより、たたきつけるという言葉がふさわしい重い一撃。
四方より同時に叩き込まれた技によって弱っていた宝纏はそのまま倒れ伏し、息絶える。
その瞬間を待っていたかのごとく、途端に二体目の宝纏がその身体をどこからか車輪のようにして転がってゆく。
「散開!」
「回避ィ!」
「ウギャッ」
「ああっ、アル君が轢かれたぁ!」
カミン、マタネ、シロネの三人はその奇襲に対応し、散り散りに避けるが唯一アルティノだけはそれに失敗。
運悪くクーラードリンクの効果が切れ、急いで飲み干した直後に襲来した攻撃にあえなく轢かれ、吹き飛ばされてしまう。
いつも通りみられるアルティノの不運とともに、宝纏戦第二ラウンドが幕を開けた。
「構えて、シロネ、マタネ!」
「アルさんの敵は私たちがとります!」
「アル君、天国から見守ってね!」
「死んで……ない……まだ、まだ生き……てる……ッ!」
***
「うおぉぉっ! はっ倒したらぁ!」
「キャー! アルさんナーイス!」
「よっし行くわよぉ!」
二体目の宝纏との戦闘も終盤へと走り出した。
幾度目かのマウントポジションをとったアルティノが宝纏から飛び降りる。
其れに合わせシロネが大剣特有の行動、剣を構えた体を大きく振り絞ることで力をため、開放することで高威力の一撃を叩き込む『溜め斬り』を行う。
それによって足に激しいダメージを追った宝纏が横に倒れ、苦しみ悶える声を上げる。
そんな倒れこむ宝纏を前にして一言大きく、武器を構えたマタネは叫んだ。
「『身分』……ずれたぁぁ!」
「まじかよぉぉ!?」
マタネの言う『身分』。普段は様々な意味を以って彼らの間で用いられているが、今回は技の『震怒竜怨斬』のこと。
最初はこの技の特色である、何かしらの衝撃を受けてからその力を利用し強烈な一撃を叩き込むというものから、『ドM斬り』と呼んでいたのだが。
いつしかマタネの代名詞でもある『身分』が技の代名詞にもなり、それにとどまらずいつしか彼らの間では身分という言葉だけで会話をするようになってしまっていた。
――しかし当のマタネは、名前としての『身分』と呼ばれることだけには、激しく抵抗をしているのだが。
「あっ、あの位置なら向きかえれば当てられそう! でもこのままだと間に合わn――」
「早く行きなさいよ」
「アァァァァ! カミンありがとォォォォォ!」
遠回しに、早く私を殴って奴を斬らせてくれ。と懇願するマタネに対して、辛辣ながらも救いであるカミンからの罵倒と太刀による峰撃ちが飛ぶ。
震怒竜怨斬は何かしらの衝撃を受けることで力の解放が早まる技。
マタネはよく使う手であるが、モンスターの咆哮や震動、さらに言えば仲間からの行動支援でも力が解放され、手っ取り早く剣を振るうことができるのだ。
――このカミンからの支援によって振り下ろされたマタネの重き剣は見事、宝纏の頭蓋にクリティカルヒットをし、この一撃を以ってチーム『正義の光』による宝纏特殊狩猟はすべて終わることとなった。
――まぁそれでかっこよく決まらないのがアルティノである。
彼はクエスト達成の直後、不慮の事故で偶然マタネに吹き飛ばされ、さらに吹き飛ばされた先が宝纏の残したらしい爆発する火薬岩に囲まれた場所であり、その上その爆発に飛ばされた先に溶岩の噴出口が待ち受けていたという。
溶岩は偶然噴出しなかったが、もし噴出していたらと思うと。と、アルティノは顔を青ざめさせたままギルドへと帰還するのであった。