時は夜。闇に包まれた静かな世界で、水のせせらぎは確かな音をもって生命の神秘を示す。
木々は生い茂り、魚はその身体を強く揺らしながら泳ぎ、鳥はその声を潜め枝に隠れる。
だが、そんな神秘の瞬間はこの世界ではいともたやすく散ってゆく。
――轟っ! と鈍い音が空気中に響き渡った瞬間、白く朧げでありながらも
間一髪。その者は前に跳びこむことで避けることに成功し、そのまま何事かを行った存在へと目を向ける。
――それは
見ただけで切れ味がよさそうだと感じる腕にある刃のような何か……恐らく
ソレの頭上で揺れる細い、針のようなものが所々生えた物……
そしてソレは、低い体勢でその者を睨み、既に勝ちを確信したかのような咆哮を、そのくちばしのような
――そう、獣のような、鳥にも見えるそれは、
この世界に存在する数多くのモンスターのうち、一時期は
しかし、通常のナルガクルガは黒く、そして今その者と対峙したソレよりも二回りは
……そう、このナルガクルガは
この世界には弱肉強食の中にハンターと呼ばれる存在も含まれている。
モンスターたちは己たちの力による強弱関係だけでなく、
その戦いの中で自然と長生きし、それによって恐ろしく進化する物も存在するのは自然の摂理。
ソレらはハンターたちの間では『二つ名』と呼ばれ、出会わないように細心の注意を払わなければならぬような
狩猟する場合にも
話を戻そう。
今そのパワードスーツのようなものを着たハンターが退治しているナルガクルガこそ――その二つ名、『白疾風』という銘を背負った
対するハンターも、出会ったことを良しと考えたのか、背負っていた何かを取り出し、一振りする。
瞬間、折れ曲がっていた部分が接続され、一本の槍と化した。
持ち手には引き金がついたこの槍――銃槍、
左腕に装着してある盾を構え、腰を低く構える。
――瞬間。白きナルガクルガと、ハンターが
***
――ハンターズギルド集会場飛行艇乗り組み口前――
パワードスーツを着たハンターがふらふらと飛行艇より降りてくる。
突如その背後から、網目になった服を着た女性が
吹っ飛ばされたハンターはまるで女性の行動を
「あー……やっぱし一人じゃキッツいわぁ……」
「ほんっと、オレがついたとき既にあんなボロボロで、ようやくこの野郎はくたばったかと思ったわよ」
「いや、マジで死ぬかと思った。アレ一体だけならどうにかなったけどさ……」
「戦ってる途中に
弱くうなずくパワードスーツのハンター……声からして
よほど疲労困憊なのだろうか、身動き一つできないままに男は会話を続ける。
「なんとか一体ひっ倒したのはいいけどさぁ……倒したほうの最後っ屁に合わせてあとから来たアイツ
「うっわぁ……それはボロッボロになるわぁ……てかなんでその
「龍人様様って思わね……?」
ハンターの纏う防具は何がどうしてどうなっているのか謎であるが、どんな攻撃を受けても傷一つつかないことが
パワードスーツのような防具は、昨今主に知られるようになった
そして女性が纏う衣服――防具は
こちらは布面積も少なく、一件防御は薄いようにも思えるが、素材は強力な個体の物を使用しているために機動性だけでなく耐久性も高い。
「とりあえず助かったよ、おかげでオレも白疾風の太刀も作れちゃって万々歳なのよね」
「そうかいそうかい、そりゃあよかったわ……よっと」
「うっわほんと毎回思うけどアンタの身体どうなってんのよ」
「うっせーやい、先にアレ受けといてくれよ。武器変えてくるから」
「ハイハーイ、そろそろ二人とも来るだろうしねー」
立ち上がった男ハンターが俗に
ハンターがクエストへ向かうことにおいて常に準備万端であることを努めたエリア、ここで彼は次の戦いに適した装備へ変えるつもりなのだろう。
白疾風の女性ハンターが
先客なのだろうか? 三人の男ハンターが彼女の前に立ちはだかった。
――いや、違う。
どこの世界でも、どんな環境でも下心をよこしまな形でかなえようとする無粋なものたちはいる。そう、簡単な話、
「ねぇねえそこのハンターさん」
「……オレに何か用?」
「そんな釣れない態度取らないでよー、俺たちさぁこれから
この世界にはモンスターの中でも
それが古竜。天災とも、自然の超常現象とも考えられている存在。わかりやすく言えば
舐め回すように白疾風の女性ハンターの全身を見て誘いをかける男三人組。
対する彼女はハンター三人の防具、背負った武器を見てただ一度
そして思った。
――やっぱアイツらじゃなきゃだめだわ――と。
「見たところねーちゃん超腕立つハンターじゃぁん? 一緒に来てくんねーかなぁってさぁ」
「……ふぅうん」
この男ども、実は昨今ハンターズギルドにて問題である『寄生ハンター』の部類である。
それを上げるために高いHRのハンターに媚びたり、
――だが、この白疾風の女性ハンター、先ほどまで一緒にいたセルタス防具の男ハンターと常に一緒に組んでいる姿をよく目撃されているため、ハンターズギルドでは『カップルハンター』と揶揄されることで定評があるのだ。
それを知らないということは確実に
彼らは彼女のことを知らないからこそ、彼女が確実に断るその理由を知らなかった。
それが彼らの敗北、失態、汚点である。
「……
「はっ?」
「防具はてんでバラバラ。どれも噛みあってないというどころかそれぞれがもつスキルを殺し合うような装備をしてるし、かといって見た目にコンセプトがあるとも考えられないわ。まさしく
「なに……!?」
防具というのは無限の可能性を秘めている。
時たま自身の防具の見た目にこだわってくるハンターもいるが、残念ながらそういうハンターに限ってドにドがつく
この輩たちのような防具としての数値しか見ないでただ何も考えずに組み合わせた防具一式のことを、キメラと呼んで嗤われているのだ。
「しかも古竜探索っていうけどどれを探しに行くの? 鋼竜、炎王竜、霞竜、嵐竜だとかいろいろいるけど、あんたたちの装備見て本当に古竜を探しに行くのかって考えられないわね。古竜との戦いは常に死線、そんなカタログスペックにしかないような防御力表示に頼った無駄装備で挑もうというのがお笑い種。大方本当に探索クエストは受注をしてないんでしょうね」
「てってめ……」
「どいて、オレは先約があるのよ。あんたたちなんかよりずっと頼りになる奴らとこれから行くとこあるんだから」
そう言い放つと白疾風の女性はクエストカウンターまでさっさと向かう。
これでも彼女は既に幾度と古竜を狩ってきた存在。
古竜に挑む上でどういったハンターが生き残れるか、勝ち残れるかというのはそれなりに熟知している。
それに、ハンター業とはチーム戦のようなもの。
たった一人だけが強くとも、
それは、モンスターたちが強くあればあるほど重視されることなのだ。
「あら、
「んー、四人予約で、オレと
「ああ、いつもの四人ですね……相手は――」
「んー、最近発見されたって言われてる獰猛状態の金レイアで」
「かしこまりました。カミンさんと
白疾風のハンター――カミンから伝えられた要望を記入しながら叫ぶ受付嬢。
瞬間、クエストカウンターはその場にいるすべてのハンター、従業員たちに注目の目を向けられる。
しかし、それを要望したのが彼女だとわかった途端、
受付嬢は視線に真っ赤になりながら改めて受注を済ませる。
獰猛化―――
突如攻撃一つ一つの重さが変わったり、普段ならば生物故に疲れが存在するモンスターのはずが、この獰猛化に関しては疲れが存在しないなどと、
そしてリオレイア――通称陸の女王。尻尾に毒があり、よくしなるそれを使用して行われるサマーソルトは致命傷をたやすく与えることもでき、吐く炎はハンターをたやすく燃やし尽くすという、
それの希少種――金色に輝く、鉱物が如き鎧とより強力となった炎と毒を撒くリオレイア、それの獰猛化となれば恐ろしいことはここから判断してもらえるだろう。
そんなものを受けるとなればハンターズギルドは大騒ぎになる――のだが。大騒ぎになるはずなのだが。
――
カミン、そしてセルタス防具の男――アルティノ、そして彼女達のハンター仲間であると思われるシロネ、そしてマタネの二人。
この四人が組んで数々の強敵――古竜も希少種も二つ名も関係なく狩っていたし、何よりもハンターズギルドが緊急討伐を命じた
そんなチームで狩りに行くというのに何を恐れる必要があるのか。
いや、ない。
「それでは受注受け付けました、いつものことですが、何があるかわかりませんのでお気をつけて」
「いつもいつもお疲れ様ー」
受付嬢に手を振りつつ、カミンは集会所にあるキッチンへと行く。
ハンターの食べる料理はハンターに対して何か特殊な作用を及ぼす。
彼女が選ぶのは自身の防御力を上昇させる組み合わせ。
料理が届きモシャモシャとほおばっていると、二人の人影が近づいてきた。
「やぁカミン、ちょっと遅れてごめんね」
「遅刻とかいい身分だな、身分」
「まるで身分が名前だっていうのやめて!」
「まぁまぁ、遅れたのは悪いことなんだから、謝ればいいと思うんだよ」
「は? シロネ黙れし」
「それね。シロネ黙れ」
「ひどいっ!?」
煤汚れた見た目の大きな剣を背負う、兎のような見た目の装備――二つ名の牙獣種、『大雪主』ウルクススの防具に身を包んだ身分と呼ばれた女性、マタネ。
そしてもう一人、同じく大きな剣を背負った青色のアーマーを添えただけのような防具――こちらも二つ名の飛竜種、『荒鉤爪』ティガレックスの防具に身を包んだ涙目の女性、シロネ。
二人は食卓に座り、早速注文をしながら、マタネはカミンへ最後の一人の所在を問う。
「でー、アルさんは何処にいったの?」
「アルなら準備エリア。奴さん狩るための装備を整えるんだってさ」
「なるほどねー。さっきまでは何使ってたのアル君は」
「アイツはガンランス使ってたよ。帰還中ずっと悩んでたよね、
「まぁ何で来てもいいんだけどねー」
アルティノはこの四人の中
使用する武器が限定的であるカミン、マタネ、シロネの三人と違い、敵によってあらゆる武器を変えてゆく万能スタイル。
聞こえはいいが、それはつまり武器の扱いに長けていないということである。
そんな彼が彼女たちと狩り続け、そして成果を上げ続けている理由、それは――
「で、アル君からの情報の内容は?」
「うーん、動き自体は金レイアと大差ないけど、火力が段違いだと考えるため被弾は二つ名相手にするとき位気を付けること。そして空中閃光は有効だが、起きあがりそうになったらとにかく離れて出方を伺うことだとかそんなんだね」
「ふぅん、激毒とかそんなヤバイのが来ないだけまだましかなー」
「とりあえず吼えたらシロネが何とかしてね」
「無茶振りだけどわかったよ……もう」
――常に情報を仕入れ、常に戦いを進歩させていく
彼は最初の頃からカミンたちと組んできた。なれば彼はその一芸特化した彼女たちに追いつくために努力をするか、その差に怖れ逃げるかしかない。
だから彼は
技で勝てないならば技を生かすための条件を整え、対峙するモンスターの知識を仕入れいかにして立ち回るかを考える。
罠を仕掛ければそのタイミングで逃げられたり、閃光玉を使用した瞬間だけ敵が後ろを向いたなどと運に恵まれないアルティノだが、そんな彼の知識によって彼女たちの特化性はまた洗練された。
故に彼もまた、この四人組に欠かせない一員である。
「――わりぃ、遅れた」
「おっそーい、今度は何担いできたのよアル君」
「んー、片手剣。EXレイアでガードを強化しつつ、片手特有の刃薬でサポートしていこうかって」
「それってタバルジン? 相変わらずの見た目よねそれ。毒々しいわぁ」
「仕方ねーだろ、これしかろくなのなかったんだし」
「睡眠使ってついでに私と一緒に乗り狙ってもいいんですよアルさん?」
「えー……どうすっかなぁ……」
怒涛のやり取りにヘルムの上から頭を掻きながら武器について悩み始めるアルティノ。
そんな彼に早く食事を済ませるように勧めるシロネ。
ひとまず食事をしてから、考えることを選ばせたのだ。
***
食事後、結局睡眠より堅実にダメージを通せる毒を与える武器を選んだアルティノ。
彼特有の不運さでまたしても
アイテムボックスから自身の所持品をそろえ、クエストゲートでそろう四人。
はたから見れば女性三人に囲まれた羨ましいとも取られる男の図。
しかしそこにいるのは、実際は四人の狩人。
男女の関係がどうたらなぞ彼らは考えたことが無い。
常に最善をうち、予測し、計算して戦ってきただけのこと。
常に生きるか死ぬかの瀬戸際で戦っているだけで、それ以外に考えることはない。
その眼は鋭く、その空気は殺意を纏い、皆が担ぐのは常に己の命。
彼らは勝利を約束された存在。
ハンターズギルドの希望――チーム『
「今日の前向上どうする?」
「爆ぜよ聖なる燐光!――とかは?」
「いやいや、彼方へ輝き示せ!――でもいいじゃん?」
「そこはもう、私の身分を思い知れ!――でも」
「もうやめてお願いだから虐めないでぇぇぇぇ!」
こんなんでも、希望なのである。