黒い何かに変身したISを見た瞬間、イッチーが激昂した。とりあえず落ち着かせるために股蹴り上げた私は悪くない。
「なるほど、いわば織斑先生の模倣ということか。どうりでどっかで見たことある訳だ」
それにしても、中のラウラ少佐は大丈夫だろうか?
『非常事態発令!試合は中止!状況をレベルDと認定、鎮圧のため部隊を送り込む!来賓の方、生徒はすぐに避難する事!繰り返す!』
観客席が阿鼻叫喚でごわす。皆、落ち着け。君らの地方じゃどうかは知らないが、『おかし』を守りなさい。おさない・かけない・しゃべらないの三拍子を。
『織斑、デュノア、武田。放送は聞こえたな?お前達も避難するんだ。教師達が来るから後はそっちに任せろ』
「千冬姉、それはできない」
いや私は避難したい(切実)。
『き、危険です!』
山田先生がそう言って止めてくるが、残念ながらイッチーとデュノアさんはその気になってしまっている。私ゃ御免こうむる!でも何だか逃げられない雰囲気!ちくせう!
『はぁ……分かった、好きにしろ』
織斑先生!?そこは止めるべきでしょう!?
『5分だ。5分間だけやる。それ以上は認められん』
「ありがとう、千冬姉」
『織斑先生だ、バカ者』
ちくせう。本格的に逃げられねぇじゃねぇか。わぁったよ分かりやしたよ!やらぁいいんでしょやらぁ!
私は千景を再び鞘に納め、ぐっと腰を落とす。
「イッチー、勝負は一瞬だぞ。そこんとこ分かってるな?デュノアさんも」
「ああ、分かってるさ」
「うん、援護は任せて」
雪片弐型を構えたイッチーは零落白夜を発動させた。一撃で決まれば儲けもの。失敗すれば大打撃なコレは、正直嫌すぎる。
「私が先行しよう。イッチーはあの黒い奴の隙を付いて、零落白夜でドーンしてやれ」
「ああ、任せろ!」
「っつー訳で、デュノアさん頼んます」
「分かったよ」
今こそ古狩人の遺骨の出番だ!
IS版の古狩人の遺骨は30秒まで使用時間が伸びているらしく、使えるかもしれない。なのでまぁ、アレだ。
(実験台になってくれや黒い奴!つか、ラウラ少佐が窒息してないこと祈る!)
side:ラウラ
何もない真っ暗な世界で、私は一人歩いていた。自分が今何処にいるのか分からない。そもそも、本当に歩いているのかどうかも分からない。
この暗闇に呑まれる前に、私は声を聞いた。力が欲しいか、と。援護があったとはいえ、織斑一夏に負けた私は力を求めようとして、やめた。この力を求めたら、無関係の人間を傷付けてしまうのではないかと思った。武田正樹は力を求めた結果、無関係な者どころか、大切な者をも傷付けてしまうと言っていたのを思い出した。
それに、一瞬だが織斑一夏が教官と重なって見えたのだ。だからこそ、負けたというのに、こんなに穏やかな気持ちなのだろう。昔の私だったら、納得などせずに激昂しただろう。しかし、私は変わった。武田正樹によって。
だから私は、その声を拒絶した。拒絶したのにも関わらず、私は力に呑み込まれた。抵抗なんかできなかった。したくても、できなかったんだ。
自己嫌悪に陥りかけていると、ふと何かの光景が映し出された。それは織斑一夏と武田正樹、そしてフランスの代表候補生だった。
何度もこちらに向かって来て、刀を振る。しかし、何かに弾かれて決定打を打ち込めないでいるようだった。代表候補生もこちらを銃撃するが、刀で弾丸を弾かれるか、回避されてしまう。
…この映像に映る、ちらほら見える黒い手は私なのか?この動きはまるで、教官のような動きじゃないか。
…………。ああ、そうか。私が呑み込まれたのは、紛い物の教官の力だったのか。
「……っ!?」
映像の中で、織斑一夏が大きく体勢を崩される。その無防備な胴体を貫こうと、黒い手が刀を構えた。そして次に飛び込んで来たのは、織斑一夏を蹴り飛ばし、刀で貫かれる武田正樹の姿だった。
「ぁ……ぁ……」
やめろ……。やめてくれ……。刀は左胸に突き刺さり、深く捩じ込まれている。血が流れ、その兜の奧の顔が歪んでいるように見えた。
こんなの…こんなの、望んでない。こんな、こんな力なんて…!
更に深く捩じ込まれる刀を見て、私は…
「やめろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
side:正樹
さてどうしよう。はたから見たら心臓に雪片がぶっ刺さっているようにしか見えないが、そこは私だ。僅かに身体をずらして心臓と肺は守ってある。痛いけどね。いや、ちょ、捩じらないで。痛くて私泣きそう。
「たっ…きー?」
「ん?何イッチー」
「あれ!?軽い!?つか平気なのか!?」
「痛いだけだから安心しろい。それよりもだ」
ぐわしと雪片を掴み、逃がさないようにする。黒いのが空いている左手で殴りかかってくるが、それを受け止めて握る。
「零落白夜ぶちかませイッチー!」
「あ、ああ!」
零落白夜を起動させ、黒いのに斬りかかろうとした。が、
「イッチーやっぱタンマ!」
「いいっ!?」
ギリギリで止められた零落白夜。何だ?黒い奴の様子がおかしい。何だか苦しんでいるように見える。
「何なんだよたっきー!?」
「何か黒いのが苦しそうでよ」
「は?」
しばらくすると黒い奴が大きく仰け反り、胸から白い手が飛び出した。…げ、
「劇場版の富江だぁぁぁぁぁ!?」
「何だ富江って!?」
「人間の女性の姿をしたプラナリアみたいな奴だよ一夏」
「何で知ってんだ!?」
「昔ちょっとね。あれはトラウマものだよ……」
一昔前の漫画です。トラウマになる恐れがあるので、あまりお勧めはしない。私もトラウマになったから。つか、何で骨になっても元に戻るんだよ。ホンマもんの化物でっせありゃ。
「…ぁぁあああああ!」
「富江かと思ったらラウラ少佐だぁ!?」
何と、ラウラ少佐は自力で黒いのから脱出した。ならばやることは簡単だ。黒い奴の左手を捻り、胴体へと手を突っ込む。ラウラ少佐を抱いたあとは、雪片を離して黒い奴を蹴り飛ばす。
しっかりとラウラ少佐を抱き抱えた私は一安心し、溜め息を吐く。黒いのがこちらに手を伸ばすが、何も心配はいらない。
ドガンッ!
デュノアさんが黒い奴にショットガンを撃ち、更に距離を開けさせる。あとは…
「一夏」
「デストロイ」
「ああ」
零落白夜を黒い奴に叩き込み、トドメを刺した。おおっと、またスライムに戻った。
「っ…ぁ…!」
「ん?」
ラウラ少佐が震える手で私の左胸に触れる。肌はもはや蒼白で、全身から発汗。更には呼吸が荒い。そんな状態にも関わらず、ラウラ少佐は私の心配をしてくれているようだった。
「大丈夫ですよラウラ少佐。今はおやすみ下さい」
そう言って手を握ると、ラウラ少佐はゆっくりと目を閉じて、意識を手放した。今気が付いたのだが、ラウラ少佐ってオッドアイだったのね。
さて、衰弱してしまったラウラ少佐を早く医務室に連れて行かなくては。ついでに私も絆創膏をいっぱい貼ってもらわないと。
今思ったんだが、ここって安全って割にトラブル起きまくりじゃね?