少し前に亀山紅茶という日本の紅茶を飲む機会がありました。個人的には和紅茶(日本の紅茶)の中で一番好きです。
まだまだ和紅茶は方向や方針みたいなものを模索している最中なイメージを感じますので決めつけはよくありませんが……。
個人的に伸びてほしいジャンルではありました。
アインズが第9階層 喫茶店に訪れた時、アストリアは既に扉の前で待機しており深々と頭を下げていた。
「ご来店をお待ち申し上げました。アインズ様」
アインズはうむと頷き奥の最も良い席に案内される。
以前は四季折々の風景がみれるよう調整したこともあったが現在はスタンダードな喫茶店になっている。窓の外から様々な光景が見れればそれは一つの彩りとして申し分ない。しかし何かを主張したいという時でなければ少々煩わしいと思ってしまう、今がそんな時だろう。
傍でアストリアが直立不動のまま控える。いつの間にか手元にはおしぼりが置かれ水もメニューも用意されている。そのメニューを眺めているとなかなか賑やかになっていた。
「中々メニューが充実してきたな。以前に比べてこちらの方が私は好ましい」
「ありがとうございます、至高の御方であらせらるアインズ様にご満足頂けますようさらにサービスの向上に努めていきます」
以前にアインズメニューなるものが誕生したが*1それ以外にも当然メニューはある。一般的な喫茶店でも時季のおすすめがだいたい最初や別紙にあり、その後にはレギュラーメニューがある。
自分が気に入ったメニューを作ってくれるというのは――あまり記憶力に自信が無いアインズとしては思い出すきっかけにもなるため――とてもありがたい。しかしそればかりでは新しい発見が無い。であればどうするか、簡単だおすすめを案内してもらえばいい。
正直なところ最初はお世辞にも読みやすいメニューではなかった。……いくらなんでもあいうえお順にただ名称が並んだメニューは使いづらい辞書とさえ言えない。分からないメニューは名前からもろくに連想できない。興味本位でウィンナーコーヒーを頼んだ時少し予想外なこともあり動揺してしまった。……いや分かるはずないだろうホイップクリームが乗ったコーヒーであるなど。
ここはアストリアに任せられている。拡大解釈をしてしまえば領域守護者といってしまっても差し支えない。であれば基本的にここから出ない。常にアストリアからのサービスを受けられるのでメニューの名前さえ聞いてしまえば完璧な答えがすぐに返ってくるだろう。他のものならば……という注釈がついてしまうが。
非常に記憶力がよく相手の何手先をも読み尽くすと誤解されているアインズがごくごく一般常識のものについて聞いてしまってはシモベ達の手前恐ろしい展開になりかねない。アインズとしては紅茶を楽しんでいる時は気兼ねなく、ストレスフリーに楽しみたいのでそういう面倒な事を取っ払うためにメニューの修正を命じた。
第9階層の施設を以前から解放しているが、その推進とも言い換えられる方法だ。まぁ要は誰でも使いやすくするためにメニューをもっとわかりやすくしろそれだけの話だ。結果的に写真もつき初めて飲む人にもおすすめな種類が案内され実に良いメニューになった。
そしてメニューを眺めていると一つとても気になる文章が見つかる。
『本日のアインズ様紅茶』
「……アストリアよ、このメニューは?」
「はい、アインズ様が召しあがられた紅茶を1つピックアップさせて頂き限定メニューとして出させて頂いております!」
アインズは何かとても自分のプライバシーが流出している気がした。いや間違いなく流出だ。
「ほ、ほう……しかし私が飲んだ紅茶とわざわざ同じものを飲みたい等という者は……」
「毎日10人の限定としておりますが昼頃には無くなってしまう程です」
「…ア、ハイ」
最近精神安定化の発動が緩くなっている気がするが……冷静にはなれた。まぁ別に隠しているものでもないし中には自分が美味しいと思った紅茶も多い。であればその良さを共有出来るのであれば自分としても楽しみにはなるだろう。これがアインズからメニューに入れろと言っては間違いなくただのパワハラだが……。
自由意志で勝手に楽しんでくれている分に関しては細かい事はとやかく言わないでもいいだろうと匙を投げる。
「そうか……まぁやりすぎないように」
そう言うアインズによくわからないといった表情を見せながらアストリアが元気よく返事をする。……大丈夫だろうか。
とはいえここに来たのはただの気分転換でもあり答え探しのためでもある。どう相手に伝えるかは非常に難しい。友好的な関係を築いていた相手でもニュアンスや誤解でいくらでも崩壊しうる事はある。そして相手が心を決めているとなればそれは話を聞いてくれない事に等しい。まずは相手を話を聞くテーブルに着かせるそのためにここに来たのだ。
「アストリア。一杯目はお前に任せよう」
アストリアの眼に炎が見える。待っていましたと言わんばかりだ。近くで控えていたリュミエールから薄っすらと息を呑む。アインズ本人は知らない事だがアストリアの紅茶講習をリミュエールは受けている。いわば先生のお手本を間近に見れる機会というわけだ。
「畏まりました。アインズ様」
熱意を出しながらも瀟洒という品の良い顔立ちを存分に発揮しながらアストリアが準備を行う。
さて今日の紅茶は何だろうか、と予想する時間はなかなか楽しい。お任せで一杯というのは言うなればホストの腕の見せ所だ。アインズであればまず何を確認するだろう、食事をとったか、これからか。今日はこの後外に出るのか、外気温はどの程度か?といったような事だ。冬で寒いのであれば少し生姜をきかせたジンジャーティーというのも悪くないだろう。
……こういったアイディアはナザリック内では弱い。というのも状態異常無効化等のアイテムがあればいらぬ心配だ。しかしだからこそ状態異常無効化を持っていない人間からすればこういった心遣いは暖かく感じるものだ。
そういった工夫もあれば新たなアイディアも浮かぶに違いない、とアインズはこれからに期待をする。……ふむ今日は何の紅茶だろうか。先ほど飲んだ東方見聞録の味を思い出す。
ストレートで漂う華の香り。口に含んだ瞬間にカップの残り香と喉の奥から鼻に抜ける香りはまさに溢れんばかりの花束だ。その印象を大事にしつつミルクを加える事で花束は鳴りを潜める。しかし花束でできたクッションのようにそっと包まれながらも優しい味わいとコクを残す絶品だ。だがこれを超える紅茶等今すぐに用意できるのだろうか……?
恐らく自分が東方見聞録なる紅茶を飲んだ事はアストリアに知られている。先ほどのアインズが飲んだ紅茶にしても自然と共有されている位なのだからそう考えた方が自然だろう。
まぁ無理だろうなという思いもありながらどこかで少し期待をしている自分もいる。サービスとはとどのつまり期待以上を求められる難しいものだ。喫茶店であれば紅茶、コーヒー、軽食を食べるといった事をするだけでない。リラックスしながらも期待以上のサービス、驚きが無ければ次も利用しようとは思わないだろう。
そうこうしている間にアストリアの準備が終わったようだ。ワゴンに載せられたポットは白を基調にしつつブルーラインが入ったシンプルなものだ。こういったシンプルさに少しだけアレンジを加えたデザインは嫌いではない。今日のティーカップやポットはそういったデザインで統一されているのだろう、カップにもソーサーにも同じようなデザインがされている。
喫茶店に来て紅茶を飲む、普通だ。しかしそこに来て客が自分にふさわしい一杯をと注文してくる。何と面倒な客だろう……と思う人もいるだろう。アインズもそう思っていた。昔どこかで読んだ小説にバーテンダーと客がそういって対決するものを見た事がある。あの時はどうしていただろうか……あの時だとバーテンダーはそんな事をする理由は2つに1つだと言っていた。単に嫌がらせをしたいか、何か答えをほしいかだ。
ではその時の客は何を求めていたのだろうか、その時では孤独を感じていた、自分がやってきたキャリア、行いが全くの無駄でなかったのではないか。ただただ現実と夢の違いがつかなかくなった哀れなドン・キホーテではないのかと。
こんな答えは千差万別極まるし真実などころころ変わる。しかしかけがえのない答えこそはあらゆる仮定を考えなければ何よりも自分が納得が出来ない。何百の仮定から生まれる過程こそが大事なのだ。
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アストリアの準備が出来たようでサーブされた紅茶はいつもより深い色合いを感じる。
一杯目の紅茶で何を出すか、これは非常に難しい。先ほども少し考えたがアインズが他の者に出すならばまずは徹底的に情報を得るところから始まるだろう。本人の好み、体調、外気温、これからの予定などだ。例えばこれから人と食事をするというのに軽食と合うような重めの紅茶はあまりそぐわない。
まぁ一杯目は様子見という手段で悪くない。戦闘でもまずは一当てするという事はままある、そこから得られる情報は驚くべき程多い。ユグドラシルでいえば初っ端に特殊なバフをつけて段階的に強化されていく敵がおり、そのバフをどうやって解除していくかがキーとなることもあった。ユグドラシルのようなゲームであればギミックはいつか必ず判明する。だが紅茶はとどのつまり嗜好品だ、人によって合う合わないがあるがそのあたりは紅茶にとって非常にハードルは低いと感じている。
例えばコーヒーなどは人によって飲めないという人も多いだろう。だがアインズは元日本人という観点からしてもお茶――緑茶や紅茶、烏龍茶――が飲めないという人には会ったことが無かった。さらに紅茶は緑茶や烏龍茶に比べ砂糖やミルクでの調整を行いやすい。嗜好品として楽しむのであればこの融通さは大きなメリットだ。
さてアストリアは私に対してどのような紅茶を出してきたかなと考える。まず間違いなく『東方見聞録』なる紅茶*2を意識したものだろうと。
ではそれに対する対比だろう。恐らくフレーバーティ、それも特徴ある……
「アインズ様、お待たせいたしました」
アストリアが淹れた紅茶から漂う香りは特徴的だった。紅茶を嗜む者からすればああこの紅茶かと思わずにはいられないほど。漂う
その結果、自国でもその紅茶を作りたいという思いからベルガモット――柑橘系――を使った恐らく世界で最も有名なフレーバーティが生まれた。
そっと口に含む。当然この紅茶は飲んだ事がある、しかし改めて飲むと素晴らしい香りの一言だ。『東方見聞録』が優しい味わいに対してこちらの紅茶はこれでもかという位香りが主張をしてくる。まさにフレッシュフルーツを齧っているかのような清涼感だ。
「なるほど、アストリアのチョイスはこの紅茶だったか」
「はい、アインズ様が本日お召し上がりになられた『東方見聞録』は比較的新しい銘柄です。それに対して古い銘柄……という事は些か安直すぎますので少しだけアレンジを」
ほうとアインズが興味を持つとアストリアがそっとミルクが入ったポットを差し出してくる。
「……この紅茶はあまりミルクが向かないと思っていたが?」
「はい、一般的にダージリンと同様にその香りの良さをミルクが消してしまいます」
ならば何故わざわざそのような事をとは言わない。何か狙いがあった上で出しているのだろう。頷いたアインズを見てアストリアがおかわりにミルクを加えた紅茶を用意する。
先ほどの状態と打って変わり香りは全くしない。良さが消えてしまった。もったいないという思いを少し思いつつ口に含む。
「……驚いた、確かに香りは微弱だが鋭さまでも鳴りを潜め別物だな。……なるほど、意図して香りを弱くしたな?」
「一杯目はストレートで好まれる方も多いですが2杯目、3杯目を別の味で楽しまれたいという方は非常に多い紅茶でもあります」
さらに一口、……美味い紅茶を飲むと心が安らぐのはストレートでもミルクでも変わらないらしい。
「アストリア、この紅茶……
『アールグレイ』 正しく世界で最も有名なフレーバーティ。前述したが中国から伝わったとある紅茶を気に入ったグレイ伯爵が命じ作らせた事が始まりだ。何と言ってもその特徴は当時シチリアで作られていたベルガモットというレモンににた柑橘系の素晴らしい香りだろう。世界で様々なブレンドはあるが恐らくほぼ全てで作られているといっても過言では無い。
「はい、私はアインズ様が飲まれた紅茶を全て網羅させて頂いております」
「えっ?」
「その中で、アールグレイを何度か淹れさせていただきましたが全てストレートに向いた強い着香のされたタイプです」
「いや全部……って」
「世界各地に同じ名称の紅茶はありますがアールグレイほど多種多様なフレーバーティは類を見ません」
「まあ…いいや。うん……」
正気にもどった。……まぁ衝撃発言だったがいいや忘れよう。
「なるほど、同じアールグレイでも作り手の考えで全く違うものになるか」
「はい、例えばですが紅茶にも流行り廃りがあります。アールグレイが流行した時にはどういった菓子とのペアリングが最適かは大きなテーマになりました。ストレートで非常に個性が強い紅茶ですがそれに合わせた菓子もより強い味わい、チョコレート等の強い甘みのものが好まれます。しかし、一口程度であれば気にしませんが量が多くなると少々もてあますのは正直なところです」
「……少な目で満足すればいいのではないか?」
「あら、アインズ様。差し出がましいですがレディにお菓子を控えろというのは野暮というものです」
アフタヌーンティでも女性がマナーを破っても紳士は見て見ぬふりをすることがマナーですよとアストリアは悪戯が成功したような笑いを見せる。なるほどまさに甘いものは別腹ということだろう。
「失礼いたしました、その際に特に好まれたのがミルクティによってその油分をさっぱりとさせる事です。お菓子以外にも油分のあるチーズとの相性は抜群です」
「素晴らしい提案だ。確かに紅茶単体でも素晴らしいがよりお互いの味わいを引き立てるとするならばそれはまさにマリアージュ *3といえる」
あぁ……リラックスできるなあ……紅茶。この後の打ち合わせも俺抜きでやってくれないかなぁ……無理か。
出勤が近づいてくるサラリーマンのようにのんびりと覚悟を決める様子は傍から見れば随分と順応しているように見えただろう……。
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会議後----アストリアside----
アインズ様へ見送った後、数人の来客をもてなし少し休憩をしていた。と言ってもただだらけているだけではない。新たな提案を行うため試行錯誤の真っ最中でもある。しかし非常に珍しい事にその手に持っている物は……コーヒーサーバーだった。
「失礼しますよ」
「あ、セバス様いらっしゃいませ」
セバス様が訪れる事は珍しい。普段はエ・ランテルやアインズ様の傍で控えている事が多く顔を合わす時にはアインズ様が一緒な事も多いためだ。さすがにシモベ同伴で第9階層の喫茶店に訪れる事は少なくシャルティア様、アウラ様、アルベド様位だろう。……あれ多い?
「珍しいですね、セバス様がこちらに来られるなんて」
「一応あなたも私の部下ではありますからね。たまには様子を見に来た方がいいかなと」
私の顔を忘れてしまっても困りますからねぇと笑うセバスは以前に比べれば随分と好々爺とも言える雰囲気が出ているように思う。少し前にツアレなる人間のメイドを拾ってきた時はナザリック内がなかなかピリピリしていたが、ある程度分別が済んだ後では問題らしい問題も起こっていない。
「あははは、本当ですよー。セバス様にも定期的に私の淹れる紅茶
これは心からの本音だった。紅茶のみならず嗜好品というものは当然だが好みが出る。自分が美味しいと感じる味わいでも相手の体調によっては違和感を強く感じるという場合がある。今準備しているものもまさにそうだろう。
「それはすまない事をしました。ではさっそく今からチェックしても?」
喜んでと答えたいところだが、今から淹れる物が物だからちょっと確認したい。
「はい、ただ……実は今から淹れようとしているのは
「ほう、珍しいですね。貴方が紅茶以外を淹れるのは」
「まぁ……そうですね、確かに紅茶ばっかり飲んでいますからね。美味しいですし」
コーヒーが不味いというわけではないのだがどうにも紅茶内で完結してしまう癖がある。要は軽い飲み物が欲しいなぁと思えば水出しのアイスティーを用意するしガツンとこってりとしたものを飲みたいなと思えばルフナ*4を使ったミルクティーを淹れるだろう。
「コーヒーを今まで淹れなかった……という訳ではないんですがね。ここ最近の紅茶程に高いレベルを求められなかったのは確かです。ちょっと勉強し直そうかなと」
「ふむ……慢心はしていないようですね。安心しました」
慢心等できようはずもない、自分はティーテイスターの職業クラスを得ているがすなわち紅茶に関しては
セバスの懸念ももっともだろう。というのもティーテイスターという職業クラスがある事はすなわち失われないスキル。モンクが戦闘スキルをごく自然に使うようにティーテイスターという中に紅茶の知識、技術はふんだんに盛り込まれ使うことができる。
しかしながらコーヒーとはティーか?いや間違いなくティーではない。ハーブティやフルーツティならばまだ議論の余地があるだろう。だがコーヒーは珈琲でしかない。そのためスキルに
「だからこそ普段から忘れないよう、新たな提案を出来るように学ぶ必要があります。私個人としては紅茶を最も好んでいる事は間違いありませんが食わず嫌いはもったいないので」
「もったいないというのは少々気になる表現ではありますが……少々意味は違いますが温故知新という言葉もあります。自分が持っている技術を再度見直す事も時には発見となるでしょう」
よいことですと頷くセバス。……やっぱりお爺ちゃん化が最近進んでいないだろうか。そのうち孫の顔とか言い出しかねない。いやでも最近似たような事をコキュートス様が言っていたような……私が知らないところでそういった動きがあるんだろうか。
「……実際のところ、私はコーヒーの知識が十分とは言えません。後になってアインズ様へお出ししたものが万全でなかった等という事があれば悔いても悔い足りないでしょう」
「それは間違いありません、私は
まさしくセバス様の言うとおりだ。そのためにも私は紅茶
「はい、そのためにも改めましてコーヒーの手解きをお願いいたします」
多分アストリアのコーヒー話は続きません。どっかで関連した話はいれるかもしれませんが。
コーヒー知らないと紅茶と比較できんよなぁという気持ちはあるんで上手くストーリーに関わらせた話は書きたいところ。
他にちょっと興味があるのはチョコレート。昔はカカオが通貨に使われたとか色々逸話があるようです。