「ところで婆さん、俺の用件なんだが紅茶の製法についてちょっとな」
ワーカーに扮したアインズことダークはカップを掲げながら切り出す。
「……いくらなんでも製法は秘密だよ、教えるわけにはいかんね」
いやいやと苦笑しながらアインズが手を振る。
「そりゃ当然だ、俺だって自分の技や貴重なアイテムをべらべら喋ったりしない。教えてくれというわけではない、ちょっと聞いてほしくてな」
「……続けな」
そう言って警戒しながらも少し興味を持った様子で老婆は話を促す。
「ここの環境、特に気候は非常に特徴的だ。南側の方では雨期には特段雨が多く夏でも気温が低い、山だから当然なんだが……だがな、冬期には雨が全く降らない。これらは茶を植える上で非常に
ストレスという部分に老婆が強く反応する。隠そうとしているようだが動揺は目に見えて取れる、今までそんな表現を使ったものは1人しかいないような反応だ。
「ふむ、どうかしたかな?……まぁいい、私が知る知識の中にこういったものがある。とある特別な茶は特有の過酷な環境、特に気候条件からその薫り高い香り、マスカットを思わせるフレーバーを生み出す……とな」
老婆はじっとこちらを見ている、その表情は読み取れないがどうにも天を仰いでいるような――覚悟した雰囲気すら感じ取れる。
「ダージリン製法の不一致――CTC*1とオーソドックス*2――、エリアによる気候環境の違い――過酷な気候環境から生み出されるダージリンの味わい――これらはたった1つの事を除いて魔法を使われていない」
最後の魔法のところで老婆が目を見開く、今までに無い反応だが自分はどこかで見たことがある。そう、ナザリック内で何度も見たことがあるような表情だ。
「そのたった1つとは……」
「……第6位階魔法、
その言葉を言った瞬間にセバスが自分の前に飛び出て戦闘態勢を取る。一瞬で戦闘態勢に移り右手を前に、左手を下げいつでも捌けるような構えを取る……恐らくはモンクの要人警護に向いたスキル。
自分もゆるりと立ち上がり、冒険者ダークを装った魔法を解く。絶対死、万全の力を発揮できるオーバーロードの姿だ。もはやこの老婆――本当に老婆かどうかも怪しいが――の前で実力隠す意味は無い。むしろ咄嗟の攻撃に対応するためには悪手だ。
「もはや隠す必要は無いだろう?なあ……
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この世界に転移してきたのはいつ頃だっただろうか。
敬愛ある主人と自分、もう1人のシモベ。たった3人でこの世界に降り立ち世界を回った。
途中もう1人がいなくなり主人にどういう理由か聞いたかついぞ答えてくれなかった。
彼女には役割がある――あったんだ――と優し気にそう諭すように伝えられた。
主人はユグドラシルでは珍しく生産職を中心に取得していた。昔はバリバリの戦闘職だったが少し前、さーびすしゅうりょうとかいうものを聞いてせっかくだからと取り直したらしい。あまり詳しくは聞かなかったがファーマーに関わる上位職だそうだ。
転移後にはその実力を遺憾なく発揮していた。荒れた土地を再生させ、自分の知識を総動員させこの地に自分の好きだった茶を定着させた。その地は付近の中でも特別活気ある大きな街へと発展していった、後から知ったが建国にも一役買っているらしい。
そうして百年余り過ぎたころだろうか、考えないようにしてきた現実と向き合う時がやってきた。
主人の寿命である、エルフと何かのハーフであったためそれなりに生きることができたそうだ。
主人は最後に自由にしていいよ、したい事をして生きてくれと言っていた。
だが自分は主人と茶を飲む事が好きだった、いなくなってはしたい事ができないではないかと。
主人はじゃあ自分が好きだった茶を広めてくれと、その中で自分の生き方を探してくれと言ってくれた。
そうして私はこの地の守護者となった。ドライアドでありアルラウネたる私は茶の秘密を守りながらその魅力を知る者にはそっと秘密をもたらそう、そう決めた。
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「私の生い立ちは以上でございます。何か気になられる点はありましたでしょうか」
そう言って跪いて問いかけるのは先ほどの老婆ではない。
口調こそ丁寧だが様相は全くの別人。亜麻色の髪、同様に亜麻色がかったワンピースのような服を着て何より身長は130cm程度、幼子のような見た目に変貌していた。
「ふむ……その姿がお前の真の姿か?アルラウネ、いやドライアドよ」
「はい、私のスキルで外見年齢を自由に変えられるものがありますので普段はあの老婆の姿に。この姿になったのはかつての主を見送った時以来でございます」
先ほどまで話していた老婆はNPCだったといういかにもなオチ。……自分としてはこいつの裏にプレイヤーの影を見ていたのだが、主人はもういないらしい――骨折り損のくたびれもうけ――とまでは言わないが思ったより小さな結果に終わってしまった。
今回の件に自分だけがある程度の確信をもって臨めたのはやはり魔法の効果を熟知していたためだ。第6位階魔法「天候操作」は攻撃的な魔法では決してないため対人戦ではあまり使わない、だがちょっとした時間つぶしに使う事もあり特にブループラネットが第6階層を作成している頃、雨にしたり晴にしたりと色々試していた。
その時に何度も動きを見ていたが普通の雲にしては非常に早い、ナザリックのNPC達は好んで空を眺めるなどしないだろうがアインズは大自然の光景に圧倒され空を何度も眺めていたので気づけたのだろう。
「……口調がどうにも慣れんな、今まで通りの時の口調に直してもらえないか?」
「そうですか?わたくしとしても長年あの口調でもあったのでありがたくありますが」
ではと言って老婆のように話すのはいつだかペロロンチーノが大絶賛していたロリババアではなかったと思い出す。
記憶の中のペロロンチーノがアインズさん、分かってきたねとサムズアップしている。うるせぇ
「では改めて名乗ろう。ワシは
「む?名前は無いのか?」
「昔はあったがかつての主人が無くなった時にその名も共に葬った、故に今はただのドライアド、アルラウネよ」
そう話すドライアドは外見にそぐわない態度を取りつつもどこか貫禄のある佇まいをしていた。200年以上生きていれば変わるものなのだろうか、だが同じドライアドのピニスンはもう少しバ……いや軽い感じがしたものだったが。
「呼び方が無いのも何だからドライアドと呼ばせてもらうがいいか?」
「構わんよ、種族名じゃしな。間違っとらん」
「ではドライアドよ、いくつか質問をさせてもらおう」
名もなきドライアドは実に様々な知識を持っていたが中でも十三英雄の中に様々なプレイヤーが存在した事は驚いた。
「……十三英雄の時代では間違いなくプレイヤーは一定数存在していた。たまたま……?あまりにも狙われた偶然だな……」
「そのことについては主人も憂慮しておった、なんと不毛なゲームだとも」
「……ふむ、あまりにも情報が少ない状況で駒を進めるのは実に愚かしい……がそういえば何故お前の主人はこの地に留まったんだ?」
「最後には趣味じゃったの」
「しゅ、趣味?」
思わずアインズが聞き直すがドライアドはただ頷くだけだ。聞いていた情報ではこのドライアドの主人はレベル90以上、取得していた魔法やジョブの再構成なども行っているところを見るとレベル100プレイヤーの可能性が極めて高い。
この世界では上位0.01%と言っても全くおかしくない力を有し、六大神や八欲王、十三英雄のように行動を起こさないのも珍しく感じる。
「左様、なあ不死の王。お主は少々真面目に捉えすぎではないかな」
「……」
老婆の発する言葉がいちいち耳に障る。
「今まで様々なぷれいやーがいた、多くはあまり強くなかったがの」
それでもこの世界基準であれば相当な強者なんじゃがのと笑う。
「お主は何故そんなにも恐れている?そんなにも残された者の立場を否定したいのか?」
「……煩わしい事を言ってくれる」
自身が呟くと同時にセバスが瞬時に自分の前に、老婆の前へと立つ。
今の一言はアインズだけではない、セバス達ナザリックのシモベ達にとっても大きなタブーだ。以前にセバスも似たような発言をした事はあるが、アインズましてや同じシモベ達では意味は変わる。偉大なる支配者、ナザリックのシモベ達以外は許されない言葉なのだ。
だが「止めろセバス」
戦いを未然に止めたのは他ならない――鎮静化した――アインズだった。
「しかし」
「迎撃するなとまでは言わん、一度落ち着け」
主人の命により気持ちは切り替わる、一流のモンクでもあるが超一流の執事でもある。主人を諫める事はあろうとも意を汲み取らず逆らうのはそれこそまさに愚物。
構えは解きながらも油断のない様子でセバスが佇む。
「お前の発言が癪に触ったことは否定しない。非情に不愉快だ、我々の事を何も知らないお前が知ったように語る事は許されない」
深く息をつきながらアインズがドライアドへ言葉を吐く。
「そこでお主が止めるのは少々意外じゃったがのう……一度は激昂しておいてそのまま戦いにでもなるかと思ったが」
まぁ一番の理由は鎮静化が起こったためだがなとアインズはまだモヤモヤが残っている頭で考える。恐らくこのドライアドは鎮静化を知らない、あくまで予想だがアインズは後天的に人間からアンデッドになったためではないだろうか。
通常アンデッドは一定以上の感情のふり幅は無く激昂したりも喜んだりすることも出来ずアインズはプレイヤーでありユグドラシルが存在していた頃は間違いなく人間だった。しかしこちらの世界に転移をしてきた際に様々なルールに当てはめられた――もともと所有しているスキルが奪われる事もなく、感情の幅も取り上げられる事はなかったが世界が整合性をとるかのように強制的に鎮静化が行われるようになった――のではないかと考えている。
もちろんあくまで予想ではあるがこの世界に何もユグドラシルの影響――特にワールドアイテム――の影響を与えられていないと考える事はあまりに不自然だ。
話は逸れたがその結果、アインズは相手の顔を見る余裕が生まれた。
ドライアドは悲痛な、しかしどこが解放される事に慶ぶような表情をしていた。
ぷれいやーに仕えていたNPCが長い生に飽いてたまたま出会ったぷれいやーに引導を渡してもらうのを待っていた?
確かに少しどころではない不快な言葉ではあったが、セバスが先に怒ってくれたおかげで少しだけ冷静になる時間が取れた。
このNPCには何か自分が知らないもう一歩踏み込んだ情報を持っている可能性が高い。自分の勘でしかない、全くあてにならないものだ。だが間違いなく他のNPCと何かが違うモノを持っている。それが強さに繋がるのか弱さに繋がるかは現時点では分からないが、未知のモノ、レアであることは確実だ。
この時既にアインズは武力での解決は最後にと思い始めていた。別に絶対に使わないと決めたわけではないがこのNPC相手には効果が薄いと直感している。
さてどうしたものかとイスに少し深く腰掛けいつもの「思慮に耽るポーズその4」を行い時間を稼ぐ。ここでのポイントは相手のペースに持ち込ませない事だ、相手が話を始めようとしてもこちらが何か思惑があるように思わせ一歩を悩ませる、そして相手の言葉を引き出すもしくはこちらの都合のいい展開に持ち込んでしまうのだ是非皆も支配者になったらやってみてほしい俺何言ってんだろうな?
そんな時普段の癖で近くにあったカップを手に取ってしまう。中には淹れたての紅茶がある、一口飲む。なんで?癖どころではない、何も考えずに自然体で行った結果あまりにそぐわない行動をとってしまっている。いやいやこれもうフォローできないでしょドライアドのNPCもセバスも口を開けてポカンとしてるように見えるし。
(うん……?紅茶……か、いいかもしれないな。うんまぁこれなら飲んだのが伏線っぽくなるかもしれないしよし!)
「全く、つまらない児戯をしてくれるなドライアド」
そう言って椅子に肘をつきこちらを見るアインズは正に王、いやこれが王なのだと言わんばかりだ。座っている椅子はもちろん庶民が使うような安物、しかしそれも座る者によっては趣あるアンティークな一品へと表情を変える。ヴィンテージのように古臭くも実用性に富んだそれは非常に完成度が高く上品な仕草をごく自然に支えてくれているようだ。
ドライアドは先ほどまでとアインズの様子が変わった事に酷く驚く。先ほどまでも間違いなくこのアンデッドは王であった、しかし所詮は
ただのぷれいやーではない そう印象付ける何かがドライアドにはあった。
「ほう?言うじゃないかアンデッドの王よ。図星を突かれたことがそんなにも腹立たしいか?」
「実に安い挑発だ。たかが数百年を生きた幼子が喚き散らすようで見るに堪えん」
だがなとアインズが言葉を続ける。
「ここで激昂してお前を滅ぼす事は実に容易い。私でなくともそこのセバスでも十分に可能だろう、しかし私はそれを行わないし行わさせない」
「理由は二つ、一つはお前がさらなる重要な情報を隠し持っていると私は気づいている。もう一つは……茶飲みの友人を一つの失敗で見損なう程私は器が小さくないという事だ」
セバスが臨戦態勢を続けながらもその言葉に驚く、自身がドライアドの挑発に乗っているところで主人は常に先を見据えていたのだ。主人の圧倒的な智謀に敬服しながらも自身が感情的になってしまうこと強く羞恥を覚える。全くこういった点は強く反省しなければならない例え遠く手が届かない至高なる存在であろうともそれに近づくための努力は怠ってはならないのだ。
アインズが椅子からゆるりと立ち上がりドライアドを指差す。
「次に会う時にはお前には素晴らしい紅茶を飲ませてやろう。美味いと感じた時には真実を語れ」
恐らくアインズ以上にやべぇよやべぇよしてる作者です。ついに紅茶勝負が起きてしまった。前話の有限実行だな!どうしよう!
最近たまにコーヒーも飲みます喫茶店限定ですが。
というよりも本を読む時はコーヒーのほうが都合がいい。紅茶ずっと飲んでるとなんか休みとかそういうのがパブロフよろしく紐づけされちゃってる気がして集中出来ない時があります。
(小説書くときは紅茶なんですけどね)
元々はコーヒー屋に勤めてたんで多少は良し悪し分かりますが最近はニカラグアが熱い。酸味系のコーヒーって苦手な人が多いですがこれもまた美味しさを伝えたいですね。