異世界喰種   作:白い鴉

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今月は東京喰種の最新巻が来る……。金木君再来来るか……!?


第六話 秘宝

 翌朝、トリステイン魔法学院では昨夜からの蜂の巣をつついたような騒ぎが起きていた。

 何せ、学院の秘宝である『破壊の箱』が盗まれたのだ。

 それも、巨大なゴーレムが壁を破壊すると言った大胆な方法で。

 宝物庫には学校中の教師が集まり、壁に空いた大きな穴を見て、口をあんぐりと開けていた。

 壁には、『土くれ』のフーケの犯行声明が刻まれている。

『破壊の箱、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

 教師達は、口々に好き勝手な事を喚いていた。

「土くれのフーケ! 貴族たちの財宝を荒らしまくっているという盗賊か! 魔法学院にまで手を出しおって! 随分と舐められたもんじゃないか!」

「衛兵は一体何をしていたんだね?」

「衛兵など当てにならん! 所詮は平民ではないか! それより当直の貴族は誰だったんだね!」

 シュヴルーズはその言葉に震えあがった。昨晩の当直は彼女だったのだ。まさか学院を襲う盗賊がいるなどとは夢にも思わずに、当直をサボって自室で眠っていたのである。本来なら、夜通し門の詰め所に待機していなければならないのに。

「ミセス・シュヴルーズ! 当直はあなたなのではありませんか!」

 教師の一人がさっそくシュヴルーズを追求し始めた。オスマンが来る前に、責任の所在を明らかにしておこうというのだろう。そうすれば、自分がとばっちりを食わずに済む。

 すると、問い詰められたシュヴルーズはボロボロと泣き出してしまった。

「も、申し訳ありません……」

「泣いたってお宝は戻ってこないのですぞ! それともあなた、『破壊の箱』の弁償ができるのですかな!」

「わたくし、家を建てたばかりで……」

 シュヴルーズはよよよと床に崩れ落ちた。

 そこにタイミングよく現れた人物が一人いた。オスマンである。

「これこれ。女性を苛めるものではない」

 呑気な口調でオスマンが言うと、シュヴルーズを問い詰めていた教師がオスマンに訴えた。

「しかしですな! オールド・オスマン! ミセス・シュヴルーズは当直なのに、ぐうぐう自室で寝ていたのですぞ! 責任は彼女にあります!」

 オスマンは長い口髭を擦りながら、口から唾を飛ばして興奮するその教師を見つめた。

「ミスタ……何だっけ?」

「ギトーです! お忘れですか!」

「そうそう。ギトー君。そんな名前じゃったな。君は怒りっぽくいかん。さて、この中でまともに当直をした事のある教師は何人おられるかの?」

 オスマンが辺りを見回すと、教師達はお互い顔を見合わせてから、恥ずかしそうに顔を伏せた。名乗り出る者は、呆れた事に一人もいなかった。

「さて、これが現実じゃ。責任があるとするなら、我々全員じゃ。この中の誰もが……、もちろん私も含めてじゃが、まさかこの魔法学院が賊に襲われるなど夢にも思っていなかった。何せ、ここにいるのはほとんどがメイジじゃからな。誰が好き好んで、虎穴に入るのかっちゅうわけじゃ。しかし、それは間違いじゃった」

 オスマンはフーケによって開けられた穴を見つめながら、

「この通り、賊は大胆にも忍び込み、『破壊の箱』を奪っていきおった。つまり、我々は油断していたのじゃ。責任があるとするなら、我ら全員にあると言わねばなるまい」

 オスマンの言葉に、それまで騒いでいた貴族達は黙り込んだ。そしてその中で、感激したシュヴルーズがオスマンに抱き着いた。

「おお、オールド・オスマン。あなたの慈悲のお心に感謝いたします! わたくしはあなたをこれから父と呼ぶ事にいたします!」

 オスマンはそんなシュヴルーズの尻を撫でた。

「ええのじゃ。ええのよ。ミセス……」

「わたくしのお尻でよかったら! そりゃもう! いくらでも! はい!」

 オスマンはこほんと咳をした。誰も突っ込んでくれなかったので、気まずくなったのだ。オスマンとしては、場を和ませるつもりで尻を撫でたのだ。しかしそんな冗談など通用せず、全員一様に真剣な目でオスマンの言葉を待っている。

「で、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」

「この三人です」

 オスマンが尋ねると、コルベールがさっと進み出て自分の後ろに控えていた三人を指差した。

 ルイズ、キュルケ、タバサの三人だ。金木も一応そばにいるのだが、使い魔なので数には入っていない。

「ふむ……、君達か」

 オスマンは興味深そうに金木を見つめた。金木はその目がどこか自分を観察しているように見えて、居心地悪い気分になった。

「詳しく説明したまえ」

 オスマンに促されると、ルイズが説明を始めた。

 突然巨大なゴーレムが現れて、壁を壊した事。壁に乗っていた黒いメイジが宝物庫の中から『破壊の箱』と思われる物品を盗み出した事。そして、再びメイジを肩に乗せたゴーレムが城壁を超えて歩き出した後に土に変わり、肩に乗っていた黒いメイジがどこかに消えてしまった事。

 それら全てをルイズが話し終えた後、オスマンは髭を撫でた。

「後を追おうにも、手がかり無しというわけか……」

 それからオスマンは、気付いたようにコルベールに尋ねた。

「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」

「それがその……、朝から姿が見えませんで」

「この非常時に、どこに行ったのじゃ」

「どこなんでしょう?」

 オスマンとコルベールが噂をしていると、部屋にロングビルが現れた。

「ミス・ロングビル! どこに行っていたんですか! 大変ですぞ! 事件ですぞ!」

 興奮した調子でコルベールがまくしたてる。しかしミス・ロングビルは落ち着いた調子でオスマンに告げた。

「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたの」

「調査?」

「そうですわ。今朝方、起きたら大騒ぎじゃありませんか。そして、宝物庫はこの通り。すぐに壁のフーケのサインを見つけたので、これが国中の貴族を震え上がらせている大盗賊の仕業と知り、すぐに調査をいたしました」

「仕事が早いの。ミス・ロングビル」

 コルベールが慌てた調子でロングビルを促した。

「で、結果は?」

「はい。フーケの居所が分かりました」

「な、何ですと!?」

 ロングビルの報告を聞いて、コルベールが思わず素っ頓狂な声を上げた。

「誰に聞いたんじゃね? ミス・ロングビル」

「はい。近所の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を見たそうです。恐らく彼はフーケで、廃屋はフーケの隠れ家ではないかと」

 黒ずくめのローズという単語に、ルイズが叫んだ。

「黒ずくめのローブ? それはフーケです! 間違いありません!」

 オスマンは目を鋭くして、ロングビルに尋ねた。

「そこは近いのかね?」

「はい。徒歩で半日。馬で四時間と行った所でしょうか」

(え?)

 ロングビルのその言葉に、金木は思わず心の中で疑問の声を上げた。

 彼女の言葉には、ある大きな矛盾があったからだ。

 しかしちょうどその時、コルベールが叫んだ。

「すぐに王室に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」

 するとオスマンは首を振って、目をむいて怒鳴った。

「馬鹿者! 王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ! その上、身にかかる火の粉を己で払えぬようで何が貴族じゃ! 魔法学院の宝が盗まれた! これは魔法学院の問題じゃ! 当然我らで解決する!」

 オスマンの言葉を聞いて、何故かロングビルは微笑んだ。まるで、この答えを待っていたかのように。

 オスマンは一度咳払いをすると、有志を募った。

「では、捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」

 しかし、誰も杖を掲げなかった。困ったように、顔を見合わすだけだ。

「おらんのか? おや? どうした! フーケを捕まえて、名を上げようと思う貴族はおらんのか!」

 金木の横でルイズは俯いていたが、やがてすっと杖を顔の前に掲げた。

「ミス・ヴァリエール!」

 それを見てシュヴルーズが驚いた声を上げた。

「何をしているのです! あなたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……」

「誰も掲げないじゃないですか」

 ルイズはきっと唇を強く結んで言い放った。さらにキュルケも、しぶしぶと杖を掲げた。

「ツェルプストー! 君は生徒じゃないか!」

 コルベールが驚いた声を上げると、キュルケがつまらなさそうに言う。

「ふん。ヴァリエールに負けてられませんわ」

 キュルケが杖を掲げたのを見て、タバサも掲げた。

「タバサ。あんたは良いのよ。関係ないんだから」

 キュルケがそう言うと、タバサはキュルケの目を見つめて短く告げる。

「心配」

 キュルケは感動した面持ちで、自分の小さな友人を見つめた。ルイズも唇を噛み締めて、彼女にお礼を言う。

「ありがとう……、タバサ……」

 そんな三人の様子を見て、オスマンが笑った。

「そうか。では、頼むとしようか」

「オールド・オスマン! わたしは反対です! 生徒達をそんな危険にさらすわけには!」

「では、君が行くかね? ミセス・シュヴルーズ」

「い、いえ……、わたしは体調が優れませんので……」

「彼女達は、敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」

 タバサは返事もせずにぼけっとした表情で突っ立っている。そんな彼女とは対照的に、教師達は驚いたようにタバサを見つめていた。

「本当なの? タバサ」

 キュルケも驚いているが、金木は何故教師達がそこまで驚いているのかいまいちよく分かっていなかった。

 金木は異世界人のため知らなくて当然だが、『シュヴァリエ』は王室から与えられる爵位としては最下級なのだが、タバサの年齢でそれを与えられるという事自体が驚きなのである。男爵や子爵の爵位ならば領地を買う事で手に入れる事も可能なのだが、シュヴァリエは違う。純粋に業績に対して与えられる爵位、実力の称号なのだ。

 タバサの件で宝物庫の中がざわめくと、オスマンは続いてキュルケを見つめた。

「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法も、かなり強力と聞いているが?」

 キュルケは得意げに、髪をかきあげた。

 それからルイズが自分の番と言うかのように可愛らしく胸を張るが、オスマンは困ってしまった。褒める所が中々見つからなかったからである。

 こほん、と咳をすると、オスマンは目を逸らしながら言った。

「その……、ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で、その、うむ、なんだ、将来有望なメイジと聞いているが? しかもその使い魔は!」

 そして、ルイズの横の金木を熱っぽい目で見つめた。

「平民ながらあのグラモン元帥である、ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったという噂だが」

 オスマンは思った。この青年が、本当に、伝説の使い魔『ガンダールヴ』ならば。

 土くれのフーケに、後れをとる事はあるまい。

 オスマンの言葉に、コルベールが興奮した調子で続いた。

「そうですぞ! なにせ、彼はガンダー……」

 途中まで言いかけたコルベールの口を、オスマンが慌てて塞いだ。そんな二人を見て、金木の目がすっと細くなったが、コルベールとオスマンはその目に気付かなかった。

「この三人に勝てるという者がいるのなら、前に一歩出たまえ」

 オスマンが威厳のある声で言うが、前に出る者は一人もいなかった。オスマンは金木を含む四人に向き直った。

「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」

 ルイズとタバサとキュルケは真顔になって直立をすると、「杖にかけて!」と同時に唱和し、スカートのすそをつまんで恭しく礼をする。それから金木も、オスマンに向かって軽く頭を下げた。

「では、馬車を用意しよう。それで向かうのじゃ。魔法は目的地につくまで温存したまえ。ミス・ロングビル!」

「はい。オールド・オスマン」

「彼女達を手伝ってやってくれ」

 ロングビルはそれを聞いて、頭を下げた。

「元よりそのつもりですわ」

 

 

 

 四人はロングビルを案内役に、早速出発した。

 馬車と言っても、屋根なしの荷車のような馬車である。襲われた時に、すぐに外に飛び出せる方が良いという事で、このような馬車にしたのだ。

 一同が目的地に向かっていると、キュルケが黙々と手綱を握る彼女に話しかけた。

「ミス・ロングビル……、手綱なんて付き人にやらせれば良いじゃないですか」

 キュルケの言葉に、ロングビルはにっこりと笑った。

「良いのです。わたくしは貴族の名を無くした者ですから」

 それを聞いて、キュルケは思わずきょとんとした表情を浮かべた。

「だって、あなたはオールド・オスマンの秘書なのでしょ?」

「ええ。でも、オスマン氏は貴族や平民だという事に、あまり拘らないお方です」

「差支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」

 だがロングビルは優しい微笑みを浮かべたまま黙ってしまった。恐らく言いたくないのだろう。

「良いじゃないの。教えてくださいな」

 キュルケは興味津々といった顔で御者台に座るロングビルににじり寄るが、その肩をルイズが掴んだ。キュルケは振り返ると、ルイズを睨み付けた。

「なによ、ヴァリエール」

「よしなさいよ。昔の事を根掘り葉掘り聞くなんて」

 キュルケはふんと鼻を鳴らすと、荷台の柵に寄りかかって頭の後ろで腕を組んだ。

「暇だからお喋りしようと思っただけじゃないの」

「あんたのお国じゃどうか知りませんけど、聞かれたくない事を無理矢理聞き出そうとするのはトリステインじゃ恥ずべき事なのよ」

 キュルケはそれに答えず黙って足を組むと、質問の矛先を金木に変えた。

「ねえ、ダーリン」

「だ、ダーリンって……」

 その呼び方に金木が困惑していると、キュルケは色気たっぷりに流し目を送りながら聞いた。

「ダーリンって、召喚されて学院に来たんでしょ? ご両親は心配してない? 大変よね、ゼロのルイズなんかにいきなり召喚されて……」

 どうやら退屈なのは本当らしい。それにルイズが再びキュルケを睨み付けながら口を開こうとすると、金木が苦笑を浮かべながら言った。

「大変じゃないって言えば嘘になるけど、その心配はないかな」

「あら、どうして?」

「僕の両親、二人共もう死んじゃってるから」

 金木の口から放たれた言葉に、馬車の中が痛いほどの沈黙に包まれた。ルイズはおろか、今まで黙って本を読んでいたタバサも金木の顔をじっと見つめている。金木は目を見開いて驚いているキュルケに笑みを浮かべながら、

「……キュルケちゃん。ルイズちゃんの言う通り、人には聞かれたくない事があるんだよ。それを無理矢理聞き出す事はあまり良い事とは言えないから、今後は控えた方が良いよ? ……じゃないと、今みたいな雰囲気になったりするからね」

 そう言いながら金木は人差し指を唇の前に立てた。それを聞いたキュルケは複雑な表情を浮かべて言う。

「……そうね。ごめんなさい、ミス・ロングビル。カネキもごめんなさいね。嫌な事を言わせて……」

 キュルケが詫びると、ロングビルとカネキは笑みを浮かべながら、

「いいえ、私は大丈夫です。お気になさらず」

「僕も平気だよ。分かってくれればそれで良いから」

 こうして馬車は再び沈黙を取り戻すと、さらに先へと突き進んで行った。

 やがて馬車は深い森に入った。鬱蒼とした森が金木以外の恐怖をあおる。昼間だというのに薄暗く、気味が悪い。今にも何か出そうな雰囲気である。

「ここから先は、徒歩で行きましょう」

 ロングビルがそう言うと、全員が馬車から降りた。

 森を通る道から、小道が続いている。五人はその小道からさらに先へと歩いて行った。

 すると、一行は開けた場所に出た。森の中の空き地といった風情で、広さはおよそ魔法学院の中庭ぐらいの広さだ。真ん中には、確かに廃屋がある。もとは木こり部屋だったのかもしれない。隣には、朽ち果てた炭焼き用と思われる窯と、壁板が外れた物置が並んでいる。

 五人は小屋の中から見えないように、森の茂みに身を隠したまま廃屋を見つめた。

「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」

 ミス・ロングビルが廃屋を指差して言った。人が住んでいる気配はまったく無いが、フーケは本当にあの中にいるのだろうか。

 金木達はゆっくりと相談を始めた。とにかく、あの中にいるのなら奇襲が一番だ。寝ていてくれたらなおさらである。タバサは地面にちょこんと正座をすると、全員に自分の立てた作戦を説明するために杖を使って地面に絵を描き始めた。まず、偵察兼囮が小屋のそばに向かい、中の様子を観察する。そして中にフーケがいればこれを長蓮して、外に出す。小屋の中にゴーレムを造り出すほどの土は無いからだ。外に出ない限り、得意の土ゴーレムは使えないだろう。

 最後に、フーケが外に出た所を魔法で一気に攻撃する。土ゴーレムを造り出す暇を与えずに、集中砲火でフーケを沈めるというわけだ。

「偵察兼囮は誰がやるの?」

 ルイズが尋ねると、タバサは短く簡潔に言った。

「すばしっこいの」

 全員が一斉に金木を見つめて、金木も了承するかのように首を縦に振った。

 金木は少し身を屈めてから、素早い動きで小屋のそばまで近づく。この程度の距離ならば、ガンダールヴの力が無くても半喰種の力だけで充分である。それから窓に近づいて、中を覗いてみる。

 どうやら小屋の中は一部屋しかないようだった。部屋の真ん中には埃の積もったテーブルと、転がった椅子、そして崩れた暖炉も見える。テーブルの上には酒瓶が転がっており、部屋の隅には薪が積み上げられていた。やはり、元は炭焼き小屋だったらしい。

 そして薪の隣には木でできた大きな箱がある。

 中には人の気配は無いし、どこにも人が隠れるような場所は見えない。

 金木は一瞬、フーケはここにはいないのかもしれないと考えたが、フーケはメイジである。もしかしたら魔法を使ってどこかに隠れているのかもしれない。

 金木はしばらく考え込んだ後、ルイズ達を呼ぶ事にした。罠があるにせよフーケが隠れているにせよ、同じメイジの彼女達ならば何か分かるかもしれない。

 金木が大きく腕を振ってルイズ達を呼ぶと、隠れていた全員が恐る恐る近寄ってきた。

「誰もいない。罠とかある?」

 金木が言うと、タバサがドアに向かって杖を振るう。それからふるふると首を横に振った。どうやら罠も無いらしい。

 タバサとキュルケと金木はドアを開けて、中に入った。ルイズは外で見張りをすると言って後に残り、ロングビルは辺りを偵察してきますと言って、森の中に消えた。

 小屋に入った金木達はフーケが残した手がかりがないかを調べ始める。

 しばらく三人が小屋の中を調べていると、タバサがチェストの中からある物を見つけた。

 それは、フーケが盗んだはずの『破壊の箱』だった。

「破壊の箱」

 タバサが無造作にそれを持ち上げてみんなに見せると、キュルケが叫んだ。

「あっけないわね!」

 しかし、金木はその『破壊の箱』を目にした瞬間、思わず自分の呼吸が停止するのを感じた。自分の目に狂いが無ければ、その箱は金木が何回も目にした事のある物だった。

(何で、これがこの世界に……!?)

 それは、人間の天敵である喰種を駆逐するために作られた武器。

 今は箱――――金木の世界でいう所のスーツケースの形状になっているが、喰種との戦闘になれば驚異的な力を発揮する、喰種捜査官達にとっての最上の正義の武器。

 その名前は……。

「きゃあああああああっ!!」

 突然、ルイズの悲鳴が響き渡った。悲鳴に反応して、金木達が一斉にドアに振り向いた直後。

 凄まじい轟音を立てて、小屋の屋根が吹き飛んだ。

 屋根が無くなったおかげで、空がよく見えた。そして青空をバックに、巨大なフーケの土ゴーレムの姿があった。

「ゴーレム!」

 キュルケが叫んだ直後、タバサが真っ先に反応した。

 自分の身長よりも大きな杖を振り、呪文を唱える。巨大な竜巻が舞いあがり、ゴーレムに直撃した。

 だが、ゴーレムはまったくビクともしていない。タバサに続くかのようにキュルケが胸に差した杖を引き抜き、呪文を詠唱する。杖から炎が伸びてゴーレムを包み込むが、やはりゴーレムはまったく意に介していなかった。

「無理よこんなの!」

「退却」

 キュルケとタバサは一目散に逃げ出し始めるが、ルイズの姿が見えない。

 金木が辺りを見回すと、すぐにルイズの姿が見つかった。

 彼女はゴーレムの背後に立っていた。ルイズはルーンを呟き、ゴーレムに杖を振りかざす。

 すると巨大なゴーレムの表面で、何かが弾けた。恐らくルイズの魔法だろう。その爆発でルイズに気付いたのか、ゴーレムが振り向いた。小屋の入り口に立っていた金木は、二十メイルほど離れたルイズに向かって怒鳴る。

「ルイズちゃん、逃げて!!」

 が、ルイズは唇を噛み締めながら、

「嫌よ!! あいつを捕まえれば、誰ももうわたしをゼロのルイズなんて呼ばないでしょ!」

 彼女の目は、真剣そのものだった。

 ゴーレムは近くに立ったルイズを踏み潰すか、逃げ出したキュルケ達を追うか、迷っているように首を傾げた。

「今の君じゃ無理だ!」

「やってみなくちゃ、分かんないじゃない!」

「ルイズちゃん!!」

 金木が再び叫ぶと、ルイズは金木を睨み付けた。

「こんな所で逃げるわけにはいかないのよ!! わたしにだって、ささやかだけどプライドってもんがあるのよ。ここで逃げたら、ゼロのルイズだから逃げたって言われるわ!」

「そんな奴ら、放っておけば良いじゃないか!」

「わたしは貴族よ! 魔法が使える者を、貴族と呼ぶんじゃないわ」

 そう言いながら、ルイズはさらに強く杖を握りしめた。

「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」

 ゴーレムはやはりルイズを先に叩きのめす事にしたらしい。ゴーレムの巨大な足が持ち上がり、ルイズを踏みつぶそうとする。ルイズは魔法を詠唱し、杖を振るう。

 だが、やはりゴーレムにはまったく通用しない。ゴーレムの胸が小さく爆発したが、それだけだ。ゴーレムはビクともせず、変化と言えばわずかに土がこぼれただけだ。

 金木は弾丸のような速度で、ルイズに向かって走り出した。ルイズの視界に、ゴーレムの足が広がった。ルイズは自分に迫ってくる巨大な死の権化に、思わず目を瞑る。

 その刹那、全速力で走ってきた金木がルイズの身体を抱きかかえ、ゴーレムの足をかわした。地面に足を押し付けて停止すると、呆然としているルイズの顔を覗き込んで、厳しい口調で言った。

「ルイズちゃん。君の気持ちは分かるよ。だけど、今の君じゃあのゴーレムは倒せない。確かに敵に後ろを見せない者を貴族と呼ぶのかもしれない。だけど、弱いままで敵に立ち向かうのは勇気でもなんでもない、ただの蛮勇だ。……今の君は、弱い」

 本当ならこんな事は言いたくない。だが金木自身、自分の弱さが原因で様々なものを失ってきたのだ。だから金木は、今のルイズの行動がどれほど無謀な事かよく分かっていた。

 すると、ルイズの目からボロボロと涙がこぼれた。

「……でも、わたし……悔しくて……。いっつも馬鹿にされて……」

 目の前で端整な顔をぐしゃぐしゃにして泣くルイズの頭を、金木は優しく撫でた。それからゴーレムを振り向くと、巨大なゴーレムが拳を振り上げているのが見えた。金木はゴーレムを鋭く睨みつけると、背中のデルフリンガーを抜いて構える。左手のルーンが輝き、体が羽のように軽くなった。

 その直後、ゴーレムの拳が唸りを上げて飛んできた。拳は途中で鋼鉄の塊に変わる。

 金木が剣の腹で拳を受け止めると、金木の両足が少し後ろに下がった。デルフから苦情が金木に飛ぶ。

「おい相棒! 折れるかと思ったぞ!」

 しかし、金木はそのデルフの言葉に返事をしなかった。彼はゴーレムを睨みながら、左手の人差し指を曲げてから親指で押して鳴らし、低い声で告げる。

「……ルイズちゃんに手を出すなよ。潰すぞ」

 ちょうどその時、タバサを乗せたシルフィードが二人を助けるために飛んできた。金木達の目の前の地面に着陸したその時、金木の目にタバサが持っている破壊の箱が目に入った。金木はデルフを背中の鞘に収めながら、タバサに急いで叫ぶ。

「タバサちゃん、それをちょうだい! 早く!」

 タバサは微かに驚いた表情を浮かべながらも、言われた通りに、手にしている破壊の箱を金木に手渡した。

 破壊の箱を手にした瞬間、使い方、さらに搭載されている生体認証装置を無理矢理解除する方法などが金木の頭に流れ込む。理屈は分からないが、今はそれどころではない。

 金木が破壊の箱――――スーツケースをかちゃかちゃと操作し始めると、ギャリギャリギャリ!! という音を立ててスーツケースの中にあった兵器が金木の手に収まった。

 それは、外見はバズーカ砲のような形状だった。しかし砲身から赤色の光をぼんやりと放っており、まるで武器そのものが生きているような錯覚を使用者に感じさせる。

 金木はそれを肩に担いで構えると、ゴーレムの上半身を睨み付ける。

 そして最後に、呟いた。

「吹っ飛べ」

 トリガーを引いた、直後、

 砲口から赤色の巨大な弾丸のような物が真っ直ぐゴーレムに向かい、狙い違わず上半身に命中した。

 その瞬間、森の中に鼓膜を破るんじゃないかと思わせるほどの爆音が響き渡り、ゴーレムの体が吹き飛んだ。下半身だけはまだ残っているものの、その下半身も一歩前に踏み出そうとした前に、膝が折れてそのまま動かなくなった。

 そして滝のように腰の部分から崩れ落ち、ただの土の塊へと還っていく。

 この前と同じように、後には土の小山だけが残されていた。

 ルイズはその様子を呆然と見ていたが、腰が抜けたのかへなへなと地面に崩れ落ちた。

「おでれーた……」

 背中のデルフがそんな事を呟き、後ろのタバサとシルフィードも土の小山をぽかんと見つめている。

 木陰に隠れていたキュルケが駆け寄ってくるのが見えてくる。

 金木は手にしている兵器をスーツケースに戻すと、疲れたような溜息をついた。

 そんな金木に、駆け寄ってきたキュルケが抱き着く。

「カネキ! すごいわ! やっぱりダーリンね!」

 二人をよそに、ようやく我に返ったタバサが崩れ落ちたフーケのゴーレムを見つめながら呟く。

「フーケはどこ?」

 全員は一斉にはっとした。

 すると、辺りを偵察に行っていたロングビルが茂みの中から現れた。

「ミス・ロングビル! フーケはどこからあのゴーレムを操っていたのかしら」

 キュルケがそう尋ねると、ロングビルは分からないと言うように首を振った。

 その時だった。

 金木がスーツケースを放り出してデルフを抜刀、左手でロングビルの首を勢いよく掴んで木に叩き付けた。

「ごはっ!?」

 ロングビルの肺から酸素が吐き出され、意識が一瞬遠のきそうになる。しかし金木はロングビルの首にデルフの剣先を突きつけると、鋭い声で言った。

「魔法を使うな。使ったら、あなたの首をへし折る」

 ぐぐっ、と金木の左手にさらに力がこもる。金木の突然の行動にルイズ達が驚愕する中、最初に声を発したのは金木に首を掴まれているロングビルだった。

「い、一体何を……!?」

「しらばっくれるなよ。僕達をここまで連れてくるのが目的だったんだろ? ミス・ロングビル。……いや、こう言えば良いですか? ()()()()()()()

 金木の口から出た単語に、ルイズ達は驚愕で目を見開いた。それにロングビルが何か言おうとしたが、無駄だと悟ったのだろう。ロングビルは苦しみながらもこう言った。

「……どこで分かった?」

 それは、自分自身がフーケだと認めたものだった。金木はフーケの動きに注意しながら、唇を動かす。

「あなたは今朝方起きた後に調査を始め、この辺りの農民に聞き込みをした。それから学院に戻って来た……。でも、変なんですよ」

「な、何がだい……?」

「ここに来るまでには、徒歩で半日。馬でも四時間はかかる。()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 それを聞いて、ルイズは思わずあっと声を上げた。確かに金木の言う通りだ。朝から調査を始めたならば、例えどんなに急いでも学院に戻ってくるのは昼近くになる。ロングビルの言う事を信じるならば、彼女があの場にいるはずがないのだ。

 その矛盾にはフーケも気が付いたらしく、目を大きく開く。金木はさらに自分の推理を続けた。

「恐らくあなたはあれを盗んだ後、使い方が分からなかったんじゃないですか? あれには生体認証機能がついているようでしたし、ただ単に使用しようとしても使えない。だから僕達をこの場に誘き寄せる事で使用させて、使い方を知ろうとした……。確証はありませんでしたけど、ゴーレムが崩れた後にあなたが現れたから、ようやく確信が持てましたよ。……まぁ、あのクインケはエネルギー消費が激しいですから、僕達が使った後に使おうとしても使えないでしょうけど」

「え、エネルギー? クインケ? どういう事!? あんた、破壊の箱が何なのか知ってるの!?」

「さぁ、どうでしょうね?」

 金木がはぐらかすと、フーケが必死に逃げ出そうとするかのように身をよじる。金木はため息を一度つくと、フーケの耳元に口を近づけて囁いた。

「(……人の耳に生きたムカデを入れると、どんな音がするか知ってますか?)」

「……っ!?」

 それに驚いたフーケが金木の目を見た瞬間、彼女は凍りついた。

 見た者を心すら凍らせるような、冷たく鋭い瞳。いくつもの修羅場を潜り抜けてきたフーケは、それだけで目の前の青年がただの平民ではない事を悟った。ただの平民に、こんな目ができるはずもない。一体どれぐらいの悲劇を経験すれば、こんな目ができるのだ?

 金木は口元に冷たい笑みを浮かべたが、目はまったく笑っていない。ルイズ達に聞こえないように、さらに続ける。

「(……人間にはそういう事はしたくないので、できれば穏便に捕まってもらえると助かるんですが……)」

 その言葉に心が折られたのか、フーケは唇を噛み締めるとがっくりとうなだれた。

 金木はフーケを左手で吊り上げたまま振り返ると、目を丸くしているルイズ達に言った。

「フーケを捕まえて、『破壊の箱』は取り戻したよ。学院に帰ろう」

 ルイズ、キュルケ、タバサは顔を見合わせると、歓声を上げながら金木に駆け寄った。

 




次回は一巻のエピローグです。

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