異世界喰種   作:白い鴉

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なんとか早めに書けました。しばらくはこの調子でいきたいな……。


第二話 由来

  

 

 

 

 

 自分の顔に差す日差しで、金木研は目を覚ました。

 彼は起き上がってからまだ眠い目をゴシゴシと眠ってから、自分の状況を再認識する。

「やっぱり夢じゃない、か……」

 夢のような出来事だったが、どうやられっきとした現実らしい。金木は自分の横にある下着と、ベッドの中で未だ夢の中を漂っているルイズを交互に見る。

「そう言えば、洗濯してって言われてたっけ」

 金木は部屋にあった籠を持つと、その中に下着を入れて部屋を出る。

 それからあちこちを移動してみたが、ここで致命的な事に気付いた。金木は昨日このトリステイン魔法学院という場所に召喚された。つまり、衣服を洗う場所が分からないのだ。こんな事なら、昨日ルイズに場所を教えてもらえば良かったと今更ながら後悔する。

 しばらく金木が廊下をさまよっていると、ようやく人の姿を発見する事が出来た。

 後ろ姿なので顔は見えないが、格好からしてどうやらメイドのようだ。どうやらこの学校はメイドも雇っているらしい。ちょうど良い、メイドなら服を洗う場所も知っているだろうと思い、金木は彼女に声をかけた。

「あの、すいません」

 すると少女が振り返り、彼女の顔が露わになる。この学院では滅多に見ない黒髪をカチューシャで纏めており、顔にはそばかすがある。彼女は金木の顔を見て一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔を浮かべて言った。

「はい。どうしたんですか?」

「これを洗える場所を探してるんですけど……良かったら、教えてもらえませんか?」

 そう言いながら金木はルイズの下着が入った籠を差し出した。

「ええ、良いですよ。よろしければ、ご案内いたしましょうか?」

「あ、お願いします」

 すると少女はとことこと歩き始め、金木もその後を追った。

 少女に案内されてしばらく歩き続けると、ようやく水汲み場まで辿り着いた。金木はルイズの部屋から持ってきた洗濯板を使って、下着をごしごしと洗い始める。湧水は冷たいが、我慢すればなんとかなる。それに、この程度で自分の皮膚が切れるとはあまり思わない。

 金木が無言で洗っていると、それを見ていた少女が口を開いた。

「あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう………」

 彼女の目は金木の左手のルーン文字に向けられていた。どうやらこれに気付いてそんな質問をしたらしい。

「うん、そうだけど……。僕の事、知ってるの?」

「はい。なんでも、召喚の魔法で平民を呼んでしまったって。噂になってますわ」

 そう言うと少女はにっこりと笑った。この世界に来て初めて見る、屈託のない笑顔である。

「君も魔法使いなの?」

「いえ、私は違います。あなたと同じ平民です。貴族の方々をお世話するために、ここでご奉公させていただいてるんです」

 実際の所は平民じゃなくて地球人、しかも半分喰種で人間ではないのだが、さすがにそんな事を説明するわけにはいかない。なので、金木は普通に挨拶をする事にした。

「そうなんだ。あ、僕の名前は金木研って言うんだ。よろしくね」

「変わったお名前ですね……。私はシエスタって言います」

 少女――――シエスタは笑顔で自分の名前を告げた。

 それから金木は下着を全て洗い終えると、籠を抱えてシエスタに礼を言う。

「教えてくれてありがとう。助かったよ」

「いいえ。また何かあったら、遠慮なく言ってくださいね。同じ平民同士ですし」

「ありがとう。……あ、そうだ。じゃあ一つだけ教えてもらって良い?」

「何ですか?」

「医務室って、どこにあるのかな?」

 金木の言葉にシエスタは一瞬不思議そうな表情になったが、すぐに医務室の場所を教えてくれた。

「医務室、ですか? それなら……」

 そして医務室の場所を聞いた金木は、籠を持ってぺこりとシエスタに頭を下げた。

「色々とありがとう。またね」

 そう言って、金木はその場を去って行った。シエスタはしばらく金木の後ろ姿を見ていたが、仕事を思い出したのか彼女もさっさとその場を離れた。

 シエスタと離れた金木は、彼女に教えてもらった医務室の前まで辿り着くと、ゆっくりと扉を開ける。幸運な事に、鍵は開いているらしい。

 それからゆっくりと入るが、どうやら人はいないようだ。それにほっと一息つくと、悪いと思いながらも部屋中を歩き回ってある物を探し始める。

「……あった」

 それを部屋にあった机の引き出しからようやく見つけた金木は、探し物を手に持つ。

 探していたのは、医療用の白い眼帯だった。

 金木がこれを探していたのは、無論目に障害などを負っているからではない。

 喰種は通常、感情が高ぶったり赫子を出す時は両目が赤く染まる赫眼(かくがん)という状態になる。しかし半分喰種である金木の場合は、左目だけが赫眼(かくがん)になる。それが、彼が隻眼の喰種といわれる由縁でもあるのだ。

 この先戦う事になった場合、もしも左目が赫眼になっているのを見られたりしたら大騒ぎになるかもしれない。何せ、目が赤く染まるのだ。ただの人間では、そんな事は絶対に起こらないだろう。

 この眼帯は、それを防ぐための予防策のようなものだ。

 金木が左目を眼帯で覆い隠すと、視界がやや狭くなった。しかしマスクを着けている時も片目が塞がっている状態であるので、正直言ってあまり気にならない。

 金木はこの場にいない部屋の主に軽く頭を下げると、静かに扉を開けて医務室から立ち去った。

 

 

 

 

 

 金木が部屋に戻って来ても、ルイズはまだベッドで眠っていた。金木はため息をつくと、洗濯物が入った籠を置いてからベッドに近寄り、ルイズの小さな体を揺さぶる。

「ルイズちゃん、朝だよ」

「はえ……?。そう……。って、あんた誰よ!」

 ルイズは寝ぼけた声で怒鳴った。ふにゃふにゃの顔が痛々しい。それを見て金木は呆れた様に肩をすくめた。

「金木研だよ。昨日ルイズちゃんが召喚した」

「ああ、使い魔ね。そうね、昨日召喚したんだったわね。でもあんた、昨日眼帯なんかしてたっけ?」

 どうやら金木の白い眼帯に気付いたらしい。金木は顎を擦りながら、

「あー……うん。ちょっと目にゴミが入っちゃって、それで……」

 自分でも下手な言い訳だと思ったが、どうやらそれで納得してくれたらしい。ふーんと言いながらルイズは起き上がると、あくびをしてから金木に命じる。

「服」

 そう言われて、金木は椅子にかかった制服を取る。その間にルイズはだるそうにネグリジェを脱ぎ始めた。男の目の前で脱ぐとは、昨日も思ったが本当に金木を男と思っていないらしい。

「下着」

「それぐらい自分で取りなよ……」

「そこのークローゼットのー、一番下の引き出しに入ってるわ」

「はいはい……」

 呆れた声を出しながら、金木はクローゼットの引き出しを開けた。そこには当然だが、大量の下着が入っていた。金木は適当に下着を一枚掴むと、目を瞑ってルイズに渡す。

 下着を身に着けたルイズが再びだるそうに呟いた。

「服」

「さっき渡したでしょ?」

「着せて」

 えー……と金木が振り向くと、下着姿のルイズが気だるそうにベッドに座っていた。

 ルイズは唇を尖らせながら、

「平民のあんたは知らないだろうけど、貴族は下僕がいる時は自分で服なんて着ないのよ」

 それを聞いて、金木は自分の中の貴族のイメージがガラガラと崩れていくのを感じた。その貴族のイメージも本を勝手に読んで抱いていたイメージだが、それにしてもこれは少しあんまりじゃないかと思う。しかしその事を言っても仕方ないので、金木は渋々服をルイズに着せてあげた。

 着替えを終えたルイズと一緒に部屋を出ると、隣の扉が開いて中から燃えるような赤い髪の女性が現れた。ルイズよりも背が高く、むせるような色気を放っている。彫りが深い顔に、突き出たバストが艶めかしい。まるでメロンみたいな大きさである。

 一番上と二番目のブラウスのボタンを外し、胸元を覗かせている。大抵の男ならばその谷間に思わず目が行ってしまうだろう。褐色の肌が、健康そうな色気を振りまいている。彼女に匹敵する胸を持つ女性は、金木の知る限り知り合いの喰種であるイトリと、かつて自分を食おうとした利世(りぜ)ぐらいかもしれない。

 身長、肌の色、雰囲気、胸の大きさ。全部がルイズと対照的な女性だった。

 彼女はルイズを見ると、にやりと笑みを浮かべた。

「おはよう。ルイズ」

 ルイズは顔をしかめると、嫌そうに挨拶を返した。

「おはよう。キュルケ」

「あなたの使い魔って、それ?」

 金木を指差して、バカにしたような口調で言う。

「そうよ」

「あっはっは! ほんとに人間なのね! すごいじゃない!」

 本当は半分人間じゃないんだけど……と金木は本日二回目の事を思ったのが、そんな事を口にするはずもなくただ黙っている事にした。

「サモン・サーヴァントで平民を召喚するなんて、あなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」

 ルイズの白い頬に、さっと朱が差した。

「うるさいわね」

「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で呪文成功よ」

「あっそ」

「どうせ使い魔にするなら、こういうのが良いわよね~。フレイムー」

 キュルケは勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。すると、キュルケの部屋からのっそりと真っ赤なトカゲが現れた。 大きさは虎程もあり、尻尾が燃え盛る炎でできている。チロチロと口から炎が迸っており、むんとした熱気が金木を襲った。

「これってもしかして、サラマンダー?」

 現れた生き物に驚きながら、金木はそう言った。その姿は、昔読んだ幻獣の本の挿絵に描かれたサラマンダーの絵にそっくりだったのだ。

「ええそうよ、良く知ってるわね。見て? この尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ? ブランドものよー。好事家に見せたら値段なんかつかないわよ?」

「そりゃ良かったわね」

 苦々しい声でルイズが言う。

「素敵でしょ。あたしの属性ぴったり」

「あんた『火』属性だもんね」

「ええ。微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」

 キュルケは得意げに胸を張った。ルイズも負けじと胸を張り返すが、ボリュームが違いすぎて勝ち目が全く無かった。

 ルイズはそれでもぐっとキュルケを睨み付けた。どうやらかなりの負けず嫌いらしい。

「あんたみたいにいちいち色気を振りまくほど、暇じゃないだけよ」

 キュルケはにっこりと余裕の笑みを浮かべると、今度は金木を見つめた。

「あなた、お名前は?」

「か、金木研」

「カネキケン? 変な名前」

「はぁ……」

 シエスタに続いてキュルケにまで言われて、金木はそんなに変かなと内心首を傾げた。確かにこのような国では珍しい名前かもしれないが、そんなに変と言われる名前だとは思わない。他に何か理由があるのだろうか。

「じゃあ、お先に失礼」

 キュルケはそう言うと、炎のような赤髪をかきあげて颯爽とキュルケは去って行った。ちょこちょこと、大柄な体に似合わない可愛い動きでサラマンダーがその後を追う。

 キュルケがいなくなると、ルイズは悔しそうに拳を握りしめた。

「くやしー! なんなのあの女! 自分が火竜山脈のサラマンダーを召喚したからって! ああもう!」

「ま、まぁまぁルイズちゃん、落ち着いて……」

「落ち着けるわけないじゃない! メイジの実力をはかるには使い魔を見ろって言われてるぐらいよ! なんであの馬鹿女がサラマンダーで、わたしがあんたなのよ!」

「そんな事言われても……」

 金木はそう言いながら困ったように頬を掻いた。

「そう言えば、彼女君の事をゼロのルイズって呼んでたけど、ゼロってなんの事?」

「……ただのあだ名よ」

 そう言ったルイズの表情は、どこか悔しそうに見えた。彼女のその様子が少し気になりながらも、金木はさらに続ける。

「ゼロか……。彼女の微熱は何となく分かるけど、君はどうしてゼロなの?」

「知らなくて良い事よ」

 ルイズはバツが悪そうに言った。ゼロというあだ名は気になるが、この様子では恐らくこれ以上尋ねても答えてくれないだろう。金木はそこで質問を止める事にした。

 

 

 トリステイン魔法学院の食堂は、学院の敷地内で一番背の高い真ん中の本塔の中にあった。食堂の中には長いテーブルが三つほど並んでおり、百人は優に座れるだろう。ルイズ達二年生のテーブルは、その真ん中だった。

 どうやら学年ごとにマントの色が決められているらしく、食堂の正面に向かって左隣のテーブルに並んでいる、少し大人びた雰囲気のメイジ達は全員紫色のマントを着けていた。雰囲気からして、三年生なのだろう。

 右隣のテーブルのメイジ達は、茶色のマントを身に着けているので恐らく一年生だ。

 ルイズによると、学院の中の全てのメイジ達………つまり生徒も先生も全員、ここで食事をとるらしい。

 一階の上にはロフトの中塔があり、先生達がそこで歓談に興じているのが見えた。

 全てのテーブルには豪華な飾り付けがなされていた。いくつもの蝋燭が立てられ、花が飾られ、果物がたくさん盛られた籠がのっている。

 金木がその豪華絢爛さに驚いていると、得意げに指を振ってルイズが言った。彼女の鳶色の目が、悪戯っぽく輝く。

「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ」

「魔法だけじゃないって言うと?」

「メイジはほぼ全員が貴族なの。『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を存分に受けるのよ。だから食堂も、貴族の食卓にふさわしいものでなければならないのよ」

「貴族の食卓、ね……」

 呟きながら、金木は食堂を見渡す。彼女の言い分は分かるが、それにしてもやけに豪華すぎるような気がする。

「いい? ホントならあんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね」

「そのアルヴィーズって何?」

「小人の名前よ。周りに像がたくさん並んでいるでしょう」

 ルイズの言う通り、壁際には精巧な小人の彫像が並んでいた。

「よくできてるね。今にも動き出しそう」

「動くわよ」

「動くの!?」

「っていうか踊ってるわ。いいから、椅子を引いてちょうだい。気の利かない使い魔ね」

 腕を組んでルイズが言った。金木はやれやれと言うように肩をすくめながら椅子を引く。

 ルイズが礼も言わずに腰掛けると、金木も自分の椅子を引き出して座った。

「え……もしかして、これが朝食……?」

 金木は目の前の料理に思わず絶句した。大きい鳥のローストに、ワインや鱒の形をしたパイが並んでいる。それらから漂ってくる香りに、金木は思わず顔をしかめた。いくら貴族とはいえ、ここまで豪華にする必要があるのだろうか。

 目の前の料理に目を奪われていると、ルイズが自分をじっと睨んでいる事に気付いた。

「ど、どうしたの?」

 その眼差しに金木が尋ねると、彼女は床を指差した。そこには皿が一枚置いてあり、小さな肉の欠片が浮いたスープが揺れている。皿の端っこには硬そうなパンが二切れ、ぽつんと置かれていた。

「……何これ?」

 金木が皿を見ながら言うと、ルイズは頬杖をついて言った。

「あのね? ほんとは使い魔は、外。あんたはわたしの特別な計らいで、床」

「僕はペットか何かですか……」

 そう呟きながら、金木は床に座り込んだ。どうもこの少女は使い魔の意味をはき違えているような気がする。

 金木が座り込むと同時に、食事の席に着いているメイジ達全員による祈りの声が唱和された。

「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうた事を感謝いたします」

 これでささやかって、と金木は呆れかえっていた。この学院に来た時から思っていた事だが、どうもこの学院のメイジ達は貴族とは名ばかりのような気がしてならない。自分を召喚したルイズを嘲笑うし、正直言ってあまり貴族という雰囲気が感じられない。本当にここの生徒達はきちんと貴族の教育を受けているのかと疑問に思うレベルである。

 唱和が終わると、ルイズは美味しそうに豪華な料理を頬張り始めた。金木はごくりと覚悟を決めたかのように唾を呑み込んでから、目の前のパンにかじりつく。

「~~~~~~っ!!」

 口の中に広がるパンのひどい味に、金木は自分の背筋が凍りつくのを感じた。ついでに今すぐパンを吐き出したくなるが、かろうじてそれだけは防ぐ。そんな事をしたら食堂から追い出されること間違いなしだ。

 喰種の味覚は人間と大きく異なり、人間にとって美味しいと感じる食べ物でも喰種にとっては酷くまずく感じてしまい、仮に摂取できたとしても体調を悪くしてしまう。例えばパンなら無味無臭のスポンジ、ハムならば獣の生皮を張り付けたような食感である(なお、これらは全て金木の個人的な感想である)。そのため喰種は人間と同じような食事をとる事は出来ない。人肉以外に唯一摂取できるのは水、そしてコーヒーだけだ。あとは同種である喰種も食べる事ができるが、味は酷いため好んで食べる喰種はあまりいない。

(ま、前に食べた食パンは固形の嘔吐物みたいな味だったけど、これはそれに下水を混ぜたみたいな味……!)

 要するに、非常にマズイという事だった。

 そんな味だったので金木はそこでパンを食べる手を止めて、スープも残す事にした。

 運よくルイズには気付かれていなかったので、怒られるような事も無かった。

 

 

 

 その後トイレに行き、胃の内容物を吐き出した金木はルイズと一緒に魔法学院の教室に向かった。

 教室は金木が通っていた大学の講義室のようだった。違いを挙げるならば、机や椅子などが全て石で造られている点だろう。かつて通っていた大学の講義室によく似た教室を見て、金木は自分の胸に懐かしさがこみ上げてくるのを感じた。

 金木とルイズが中に入っていくと、先に教室にやってきていた生徒達が一斉に振り向くと同時にくすくすと笑い始めた。生徒達の中には先ほど出会ったキュルケもいて、彼女の周りを男子が取り囲んでいる。

 どうやら男の子がイチコロだというのは本当のようだ。周りを囲んだ男子達に、まるで女王の様に祭り上げられている。

 皆、様々な使い魔を連れていた。

 キュルケのサラマンダーは椅子の下で眠り込んでいる。肩にフクロウを乗せている生徒もいた。窓から巨大なヘビがこちらを覗いており、男子の一人が口笛を吹くとヘビは頭を隠した。他にも、カラスや猫などもいる。

 しかし何よりも目を引くのは、金木の世界では架空の生物である生き物達があちこちを動き回っている事だった。

(あの六本足のトカゲは……確か、バシリスクだ。でも、あの目の玉は……?)

「ルイズちゃん。あの目の玉は何?」

「バグベアー」

「バグベア? あれが?」

 金木の記憶が正しければ、バグベアは全身毛むくじゃらの姿をしたゴブリンの一種である。

「じゃあ、あの蛸人魚は?」

「スキュア」

「スキュア……? あ、スキュラの事かな? 確かにちょっと似てるかも……」

 スキュラというのは、ギリシア神話に登場する怪物である。上半身は美しい女性で下半身は魚だが、腹部からは三列に並んだ歯を持つ六つの犬の前半身を持つと言われている。どうやら同じような名前でも、姿形が異なる生き物がこの世界には存在しているらしい。

(もしかしたら同じグールって名前でも、性質とかが全然違う生き物がいるかもしれないな)

 金木がそんな事を考えていると、ルイズが不機嫌そうな顔をしながら席に一つに腰掛けたのが見えた。金木も隣に座ると、ルイズが金木を睨んだ。

「今度はどうしたの?」

「ここはね、メイジの席。使い魔は座っちゃ駄目」

「さすがに座る事ぐらいは許してほしいな……」

 金木がそう言った直後、扉が開いて先生が入ってきた。先生が入って来た事でルイズもそれ以上言うのはやめたのか、ルイズは金木から視線を金木から前に映す。

 入ってきたのは、中年の女性だった。紫色のローブに身を包み、帽子を被っている。ふくよかな頬が優しい雰囲気を漂わせていた。

 彼女は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言う。

「みなさん、春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔達を見るのがとても楽しみなのですよ」

 その言葉に何故かルイズがうつむくと、シュヴルーズの目が金木に向けられた。

「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね、ミス・ヴァリエール」

 するとその直後、教室中がどっと笑いに包まれた。

「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」

 その言葉にルイズが立ち上がった。長いブロンドの髪を揺らし、可愛らしく澄んだ声で怒鳴る。

「違うわ! きちんと召喚したもの! こいつが来ちゃっただけよ!」

「嘘つくな! サモン・サーヴァントができなかっただけだろ?」

 ゲラゲラと教室中の生徒が笑うのを、金木は冷めた目つきで見ていた。

「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ!」

 握りしめた拳で、ルイズが机を勢いよく叩く。

「かぜっぴきだと? 俺は風上のマリコルヌだ! 風邪なんか引いてないぞ!」

「あんたのガラガラ声は、まるで風邪も引いてるみたいなのよ!」

 まるで小学生の喧嘩みたいだな……と金木は思った。マリコルヌと呼ばれた少年が立ち上がってルイズを睨み付けると、シュヴルーズ先生が手に持った小ぶりな杖を振った。立ち上がった二人は糸の切れた操り人形のように、すとんと席に座った。

「ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はやめなさい」

 ルイズはしょぼんとうなだれた。シュヴルーズの一言で、さっきまでの生意気な態度が吹っ飛んだようだ。

「お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。分かりましたか?」

「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」

 マリコルヌのその一言でくすくす笑いが漏れると、シュヴルーズが厳しい顔で教室を見回した。そして杖を振るうと、笑っている生徒達の口にぴたっと赤土の粘土が押し付けられた。

「あなた達は、その格好で授業を受けなさい」

 その一言で、教室のくすくす笑いが収まった。

「では、授業を始めますよ」

 それから始まった授業は、魔法が無い世界で育った金木にとって非常に興味深い内容だった。

 何でもこの世界の魔法には『火』『水』『風』『土』の四大系統が存在し、さらにそこに今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて全部で五つの系統があるらしい。さらにシュヴルーズによると、五つの系統の中で土は最も重要なポジションを占めているという事らしい。それは彼女が土の系統による身びいきではなく、土系統の魔法が万物の組成を司る重要な魔法だから、という事のようだ。土系統の魔法が無ければ重要な金属を造り出す事も出来ないし、加工する事も出来ない。大きな石を切り出して建物を建てる事もできなければ、農作物の収穫も今より手間取るという事だ。

(つまり、この世界じゃ科学の代わりに魔法が発達してるのか……。それなら確かに、貴族達が力を持ってるのも分かるかも……。でもその魔法も現代の日本の科学技術には追いついていない、か)

 推測だが、この世界の文化レベルは中世から近世のヨーロッパに近いのかもしれない。近い内、図書館などでハルケギニアの事を本格的に調べた方が良さそうだと金木は思った。

 それからシュヴルーズは机の上に置かれた石ころに向かって杖を振り上げ、短くルーンを呟くと突然石ころが光り出した。

 光が収まると、ただの石粉だったそれは光る金属に変わっていた。

「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」

 キュルケが興奮したように身を乗り出した。

「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬成できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。私はただの……『トライアングル』ですから」

 こほんともったいぶった咳をしてから、シュヴルーズはそう言った。それを聞いた金木は、横のルイズに小声で尋ねる。

「ねえルイズちゃん」

「何よ。授業中よ」

「分かってるよ。スクウェアやトライアングルって、何?」

「系統を足せる数の事よ。それでメイジのレベルが決まるの」

「……? どういう事?」

 ルイズは小さな声で金木に説明する。

「例えばね? 土系統の魔法はそれ単体でも使えるけど、火の系統を足せばさらに強力な呪文になるの。単体の魔法を使うメイジの事を『ドット』メイジ、二つの系統を足せるのが『ライン』メイジよ」

 それを聞いて金木は考え込むように顎に手を当てながら、

「そうか、図形の形になってるんだ。じゃああの先生は三つの系統を足せるから『トライアングル』メイジ……。『スクウェア』メイジは四つの系統を足せるって事?」

「そうよ。ま、スクウェアメイジは超一流の証だから、滅多にいないんだけどね」

 なるほど、と呟きながら金木は視線を前に戻す。するとシュヴルーズが席を見渡しながらこんな事を言った。

「では、誰か一人に『錬金』の魔法をしてもらいましょうか。そうですね……。ミス・ヴァリエール、どうですか?」

 名指されたルイズはきょとんとして、

「え? わたし?」

「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてみてください」

 しかしルイズは立ち上がらない。困ったようにもじもじしている。それを見て、金木が声をかけた。

「どうしたの?」

「ミス・ヴァリエール! どうしたのですか?」

 シュヴルーズ先生が再び呼びかけると、キュルケが困った声で言った。

「先生」

「何です?」

「やめといた方が良いと思いますけど……」

「どうしてですか?」

「危険です」

 キュルケがきっぱりと言うと、教室のほとんど全員がそれに同意するように頷いた。

「危険? どうしてですか?」

「ルイズに教えるのは初めてですよね?」

「ええ。でも、彼女が努力家という事は聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」

「ルイズ。やめて」

 キュルケが蒼白な顔で言うが、ルイズは立ち上がってはっきりした声で告げる。

「やります」

 そして緊張した顔で、つかつかと教室の前へと歩いて行った。

 隣に立ったシュヴルーズはにっこりとルイズに笑いかけた。

「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」

 こくりと頷いて、ルイズは手に持った杖を振り上げた。金木が周りを見てみると、何故か前の席に座っていた生徒は椅子の下に隠れていた。その姿に嫌な予感を感じた金木は、自分も椅子の下に隠れる。

 その直後だった。

 凄まじい轟音が教室内に響き渡り、それに続いて窓ガラスが割れたような音がした。金木が驚いて椅子の下から這い出ると、教室の中は阿鼻叫喚の騒ぎになっていた。

 キュルケのサラマンダーが先ほどの爆音に驚いてか炎を口から吐き、マンティコアが飛び上がり、外に飛び出していった。その穴から先ほど顔を覗かせた大ヘビが入ってきて、誰かのカラスを飲みこんでいる。ちなみにルイズとシュヴルーズは爆風をもろに受けて、床に倒れていた。

 すると金木と同じように椅子の下に避難していたキュルケがルイズを指差して、叫んだ。

「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」

「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」

「俺のラッキーが食われた! ラッキーが!」

 その光景に金木が呆然としていると、煤で真っ黒になったルイズがむくりと立ち上がった。ブラウスが破れ、華奢な肩が覗いている。しかもスカートが裂け、パンツが見えていた。見るも無残な姿である。ちなみにシュヴルーズは倒れたまま動かないが、たまに痙攣しているので死んではいないようだ。

 そして事の張本人であるルイズは大騒ぎの教室を意に介した風もなく、顔についた煤を取り出したハンカチで拭きながら、淡々とした声で言った。

「ちょっと失敗したみたいね」

 その直後、ルイズは他の生徒達から猛然と反撃を食らった。

「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」

「いつだって成功の確率、ほとんどゼロのルイズじゃないかよ!」

 それを見て、金木は小さく呟いた。

「そうか……。だから『ゼロ』なんだ……」

 

 

 

 

 その後、ルイズと使い魔の金木はめちゃくちゃになった教室の掃除を命じられた。罰として魔法を使って修理する事が禁じられたが、ルイズは魔法が使えないのであまり意味が無かった。なお、掃除を命じたミセス・シュヴルーズはその日一日錬金の講義を行わなかった。どうやらトラウマになってしまったらしい。

 金木は特に何も言わずに、黙々と掃除を行っている。新しい窓ガラスを運んだり、重たい机を運んだり、煤だらけになった教室を雑巾で磨いたりなど重労働ばかりだが、人間以上の筋力を持つ金木にとってそれは大きな問題ではない。一方、この状況を生み出した本人は黙って机を拭いている。

「……これで分かったでしょ」

 突然、机を拭いていたルイズがそんな事を言った。重たい机を元の位置に運んだ金木はそんなルイズを見て、尋ねる。

「分かったって、何が?」

「私の二つ名の由来に決まってるでしょ!!」

 教室に、ルイズの悲しそうな声が響き割った。

「何を唱えても、爆発ばっかり!! 魔法の成功率ゼロパーセント!! それで付いたあだ名が『ゼロ』のルイズよ!! あんただって本当は、わたしの事馬鹿にしてるんでしょ!? 貴族のくせに魔法が使えない落ちこぼれだって!! メイジ失格のできそこないだって!! 笑えば良いじゃない!! どうせ本当の事なんだし、あんたも笑って馬鹿にすれば良いじゃない……」

 ひとしきり叫ぶと、ルイズはうずくまって啜り泣き始めた。

「どうしてよ……。どうしてわたしは、魔法が使えないのよ……どうして……」

「………」

 金木はそんなルイズに近づくと、しゃがみこんで彼女の顔を見る。

「笑って君の気が済むなら笑うけど、そんな事をしたら君はすごく傷つくと思う。だから、笑ったりしないよ」

「ひぐ……何よ、偉そうな事言って……」

「それに、ルイズちゃんは思い違いをしてる。ルイズちゃんはきちんと魔法を使えたでしょ?」

 え? とルイズが金木の顔を見ると、彼は優しい笑みを浮かべながらルイズの顔を見ていた。

「僕を召喚したじゃないか。それが、ルイズちゃんが魔法を使ったって証拠だよね」

 そう言うと、金木はルイズの涙を拭いながら、

「だから、泣いちゃだめだ。そんな事したら、他でもない君自身が自分の事を『ゼロ』だって認めてる事になっちゃうよ? ルイズちゃんは魔法を使えたんだから、胸を張るべきだ。そう思わない?」

 そう言いながら金木はルイズの頭をポンポンと叩いた。ルイズはしばらくぽかんとしていたが、慌てたように金木の手を払うとふん! とそっぽを向いた。

「ま、まったく使い魔のくせに主人の頭を叩くなんて、礼儀のなってない使い魔ね!」

「あはは、ごめんね」

 金木は笑いながらも、ルイズの調子が元に戻った事を感じ取って内心安心した。自分にとっても彼女にとっても予想外の召喚だったとはいえ、自分にとって彼女は命の恩人なのだ。そんな彼女が泣いているのは見ていられない。彼女は金木に背を向けたまま、

「まったく、お腹が減ったわ! 先に食堂に行ってるから、あんたも早く来なさいよね!」

「はいはい」

「……それと、……う」

「え?」

「何でもない!」

 そう言うと、ルイズはぷんぷんと教室を後にした。

 しかし金木は、その後ろ姿を笑みを浮かべて見つめていた。

 何故なら、彼女が最後に言った言葉が。

 ありがとう、と聞こえたから。

  

 

 

 

 

 

 


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