異世界喰種   作:白い鴉

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大学の試験の関係で一か月かかってしまいましたが、どうにか執筆する事ができました……。


第十二話 哀別

 

 

 

 

 突然の皇太子の出現に、ルイズは口をあんぐりと開け、金木も目を大きく見開いている。ワルドは興味深そうに、皇太子を見つめていた。

 ウェールズはにっこりと魅力的な笑みを浮かべると、ルイズ達に席を勧めた。

「アルビオン王国へようこそ。大使殿。さて、御用の向きをうかがおうか」

 あまりの事態に、ルイズ達は口がきけなかった。ただぼけっと、馬鹿みたいにその場に突っ立っている事しかできない。

「その顔は、どうして空賊風情に身をやつしているのだ? といった顔だね。いや、金持ちの反乱軍には続々と補給物質が送り込まれる。敵の補給路を絶つのは戦の基本。しかしながら、堂々と王軍の軍艦旗を掲げたのでは、あっという間に反乱軍の船に囲まれてしまう。まあ、空賊を装うのもいたしかたない」

 ウェールズはイタズラっぽく笑いながら言った。

「いや、大使殿にはまことに失礼を致した。しかしながら、君達が王党派という事が中々信じられなくてね。外国に我々の味方の貴族がいるなどとは、夢にも思わなかった。君達を驚かせるような真似をして済まない」 

 そこまで言っても、ルイズは口をぽかんと開けたままだった。いきなり目的の王子に出会ってしまったので、心の準備ができていないのだろう。

 一方、ルイズより先に我を取り戻した金木は険しい声でウェールズに尋ねる。

「……失礼ですが、あなたは本当にウェールズ皇太子なんですか?」

 その質問にワルドは驚いた表情を浮かべるが、当の本人であるウェールズは特に気分を害した様子もなく、穏やかな表情で金木の質問に答える。

「まぁ、先ほどまでの顔を見れば無理もない。僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子さ。なんなら証拠をお見せしよう」

 ウェールズはルイズの指に光る水のルビーを見つめた。自分の薬指に光る指輪を外すと、未だ呆然としているルイズに尋ねる。

「君のその指輪を貸してもらっても良いかな?」

 ルイズは少しの間迷っているような表情を浮かべていたが、やがてゆっくりと頷くと、ウェールズに恭しく近づく。それを確認するとウェールズはルイズの手を取り、水のルビーに近づけた。二つの宝石は共鳴しあい、虹色の光を振りまく。

「この指輪は、アルビオン王家に伝わる風のルビーだ。君が嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた水のルビーだ。そうだね?」

 その質問に、ルイズは頷いた。

「水と風は虹を作る。王家の間にかかる虹さ。これで、良いかい?」

「……はい。失礼しました」

 謝罪の言葉を告げながら、金木は頭を下げた。

 万が一目の前のウェールズが偽物で、あの指輪が本物のウェールズ皇太子から奪い取ったものだとしても、今ルイズが持っている水のルビーをアンリエッタが持っていた事や、指輪の間にかかる虹の事までは知らないはずだ。何故ならそれは、トリステイン王家とそれに関わる者達しか知らない情報なのだから。その情報を目の前の男性が答えたという事は、この人物が本物ののウェールズ皇太子だという事を意味している。

 すると、ウェールズは頭を下げた金木を見ながら穏やかな声で尋ねる。

「そう言えば、名前を聞いていなかったね。君の名前は?」

「僕は金木研です。こっちの二人は、トリステイン王国魔法衛士隊の隊長のワルドさんに、僕の主のルイズちゃんです」

「珍しい名前だな……。そうか、カネキというのだね」

 ウェールズはしばらく金木を観察するように見てから、どこか悲しげな笑みを浮かべた。

「先ほどの動きは見事なものだったよ。君のような人間が僕の軍にもいてくれたら、このようなみじめな今日を迎える事もなかったろうに。大使殿、君は良き使い魔を得たね」

 ウェールズの賛辞に、ルイズは思わず顔を赤くした。それから金木は、ウェールズの顔を見ながら自分達の旅の目的を説明する。

「言うのが遅れてしまいましたけど、僕達がアルビオンに向かおうとしていたのは、あなたにアンリエッタ姫殿下から預かった密書を届けるためだったんです」

「密書?」

 はい、と言いながら金木はルイズに視線を向けた。ルイズは胸のポケットからアンリエッタの手紙を取り出すと、一礼してウェールズに手渡す。

 ウェールズは愛しそうにその手紙を見つめると、花押に接吻した。そして慎重に、封を開き、中の便箋を取り出して読み始める。

 真剣な顔で手紙を読んでいたが、そのうちに顔を上げた。

「姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが、わたしの可愛い……従妹は」

 ワルドは無言で頭を下げて、肯定の意を表した。再びウェールズは手紙に視線を落とすと、最後の一行まで読んでから微笑んだ。

「了解した。姫は、あの手紙を返してほしいとこの私に告げている。何より大切な、姫からもらった手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」

 それを聞いて、ルイズの顔が輝いた。

「しかしながら、今手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。姫の手紙を、空賊船に連れて来るわけにはいかぬのでね」

 ウェールズは笑いながら言葉を続けた。

「多少面倒だが、ニューカッスルまで足労願いたい」

 

 

 

 

 

 

金木達を乗せた軍艦、『イーグル』号は浮遊大陸アルビオンのジグザグした海岸線を、雲に隠れるようにして航海した。三時間ほど進むと、大陸から突き出た岬が見えた。

 岬の突端には、高い城がそびえている。

 ウェールズは後甲板に立った金木達に、あれがニューカッスルの城だと説明した。しかしイーグル号はまっすぐにニューカッスルに向かわずに、大陸の下側に潜り込むような進路を取った。

「何故、下に潜るのですか?」

 ウェールズは黙って城の遥か上空を指差した。遠く離れた岬の突端の上から巨大な船が、降下してくる途中だった。慎重に雲中を後悔してきたので、向こうにはイーグル号は雲に隠れて見えないようだった。

「あれは……もしかして、貴族派の?」

 金木の問いに、ウェールズはああ、と肯定の言葉を発する。

 本当に巨大、としか形容できないまがまがしい巨艦だった。長さはイーグル号の優に二倍はある。帆を何枚もはためかせ、ゆるゆると降下したかと思うと、ニューカッスルの城めがけて並んだ砲門を一斉に開いた。その際の振動が、イーグル号にまで伝わってくる。砲弾は城に着弾し、城壁を砕いて小さな火災を発生させた。

「かつての本国艦隊旗艦、『ロイヤル・ソヴリン』号だ叛徒共が手中に収めてからは、『レキシントン』号と名前を変えている。奴らが初めて我々から勝利をもぎ取った戦地の名だ。よほど名誉に感じているらしいな」

 ウェールズは微笑を浮かべながら言った。

「あの忌々しい艦は、空からニューカッスルを封鎖しているのだ。あのように、たまに嫌がらせのように城に大砲ぶっ放していく」

 金木は雲の切れ目に遠く覗く、巨大戦艦を見つめた。無数の大砲が舷側から突き出て、艦上にはドラゴンが舞っている。

「備砲は両舷合わせ、百八門。おまけに竜騎兵まで積んでいる。あの艦の反乱から、全てが始まった。因縁の艦さ。さて、我々のフネはあんな化け物を相手にできるわけもないので、雲中を通り、大陸の下からニューカッスルに近づく。そこに我々しか知らない秘密の港があるのだ」

 雲中を通って大陸の下を通ると、辺りは真っ暗になった。大陸が頭上にあるために、日が差さないのだ。おまけに雲の中であるので、視界がゼロに等しく、簡単に頭上の大陸に座礁する危険があるため、反乱軍の軍艦は大陸の下には決して近づかないのだ、とウェールズは金木達に説明した。ひんやりとした湿気を含んだ冷たい空気が、金木達の頬をなぶる。

「地形図を頼りに、測量と魔法の明かりだけで航海する事は王立空軍の航海士にとっては、なに、造作もない事なのだが」

 貴族派、あいつらは所詮空を知らぬ無粋者さとウェールズは笑った。

 しばらく航行すると、頭上に黒々と穴が開いている部分に出た。マストに灯した魔法の明かりの中、直径三百メイルほどの穴が、ぽっかりと開いている様は壮観だった。

「一時停止」

「一時停止、アイ・サー」

 掌帆手が命令を復唱する。ウェールズの命令でイーグル号は裏帆を打つと、しかるのちに暗闇の中でもきびきびした動作を失わない水兵達によって帆をたたみ、ぴたりと穴の真下で停船した。

「微速上昇」

「微速上昇、アイ・サー」

 ゆるゆるとイーグル号は穴に向かって上昇していく。イーグル号の航海士が乗り込んだマリー・ガラント号が後に続く。

 その光景を見て、ワルドが頷いた。

「まるで空賊ですな。殿下」

「まさに空賊なのだよ。子爵」

 

 

 穴に沿って上昇すると、頭上に明かりが見えた。そこに吸い込まれるように、イーグル号が上がっていく。

 眩いばかりの光にさらされたかと思うと、艦はニューカッスルの秘密の港に到着していた。そこは真っ白い発光性のコケに覆われた、巨大な鍾乳洞の中だった。岸壁の上に、大勢の人が待ち構えている。イーグル号が鍾乳洞の岸壁に近づくと、一斉にもやいの縄が飛んだ。水兵達はその縄をイーグル号にゆわえつける。艦は岸壁に引き寄せられ、車輪のついた木のタラップががらごろと近づいてきて、艦にぴったりと取り付けられた。

 ウェールズはルイズ達を促して、タラップを降りた。

 すると背の高い、年老いた老メイジが近寄ってきて、ウェールズの労をねぎらった。

「ほほ、これはまた、大した戦果ですな。殿下」

 老メイジはイーグル号に続いてぽっこりと鍾乳洞の中に現れたマリー・ガラント号を見て、顔をほこらばせた。

「喜べ、パリー。硫黄だ、硫黄!」

 ウェールズがそう叫ぶと、集まった兵隊から歓声が上がった。

「おお! 硫黄ですと! 火の秘薬ではござらぬか! これで我々の名誉も、守られるというものですな!」

 老メイジは、そう言うとおいおいと泣き始めた。

「先の陛下よりお仕えして六十年……、こんな嬉しい日はありませぬぞ、殿下。反乱が起こってからは、苦汁を舐めっぱなしでありましたが、なに、これだけの硫黄があれば……」

 にっこりとウェールズは笑った。

「王家の誇りと名誉を、叛徒共に示しつつ、敗北する事ができるだろう」

「栄光ある敗北ですな! この老骨、武者震いがいたしますぞ。して、ご報告なのですが、叛徒共は明日の正午に、攻城を開始するとの旨、伝えて参りました。まったく、殿下が間に合って良かったですわい」

「してみると間一髪とはこの事! 戦に間に合わぬは、これ武人の恥だからな!」

 ウェールズ達は、心底楽しそうに笑いあっている。ルイズは、敗北という言葉に顔色を変えた。つまり、死ぬという事だ。この人達は、それが怖くないのだろうか。

「して、その方達は?」

 パリーと呼ばれた老メイジが、ルイズ達を見てウェールズに尋ねた。

「トリステインからの大使殿だ。重要な要件で、王国に参られたのだ」

 パリーは一瞬、滅び行く王政府に大使が一体何の用なのだ? と言いたそうな顔つきになったが、すぐに表情を改めるとルイズ達に微笑んだ。

「これはこれは大使殿。殿下の侍従を仰せつかっておりまする、パリーでございます。遠路はるばるようこそこのアルビオン王国へいらっしゃった。たいしたもてなしはできませぬが、今夜はささやかな祝宴が催されます。ぜひとも出席くださいませ」

 

 

 

 

ルイズ達はウェールズに付き従い、城内の彼の居室へと向かった。城の一番高い天守の一角にあるウェールズの居室は、王子の部屋とは思えないほど質素だった。

 木でできた粗末なベッドに、イスとテーブルが一組。壁には戦の様子を描いたタペストリーが飾られている。

 ウェールズが椅子に腰かけて机の引き出しを開くと、そこには宝石がちりばめられた小箱が入っていた。さらにウェールズは先に小さな鍵のついたネックレスを外すと、小箱の鍵穴に鍵を差し込んで箱を開けた。蓋の内側には、アンリエッタの肖像が描かれている。

 ルイズ達がその箱を覗き込んでいる事に気づいたウェールズは、はにかみながら言った。

「宝箱でね」

 中には一通の手紙が入っていた。どうやらそれが王女のものであるらしい。ウェールズはそれを取り出して、愛しそうに口づけると開いてゆっくりと読み始めた。何度もそうやって読まれたらしい手紙は、すでにボロボロの状態になっていた。

 読み返すと、ウェールズは再びその手紙を丁寧にたたみ、封筒に入れるとルイズに手渡した。

「これが姫からいただいた手紙だ。この通り、確かに返却したぞ」

「ありがとうございます」

 ルイズは深々と頭を下げると、その手紙を受け取った。

「明日の朝、非戦闘員を乗せたイーグル号が、ここを出港する。それに乗って、トリステインに帰りなさい」

 ウェールズがそう言うが、ルイズからの返事はない。彼女はその手紙をじっと見つめた後、決心したように口を開いた。

「あの、殿下……。先ほど、栄光ある敗北とおっしゃっていましたが、王軍に勝ち目はないのですか?」

 ルイズが躊躇うように尋ねると、アルビオンの皇太子はあっさりと答えた。

「ないよ。我が軍は三百。敵軍は五万。万に一つの可能性もあり得ない。我々にできる事は、はてさて、勇敢な死にざまを連中に見せる事だけだ」

 それを聞いて、ルイズは俯いてしまった。

「殿下の、討ち死になさる様も、その中には含まれるのですか?」

「当然だ。わたしは真っ先に死ぬつもりだよ」

 彼のその様子には、動揺した素振りがまったく無い。それが今のこの場を、まるで芝居の中の出来事のように見せる。だが芝居の中の出来事と決定的に違うのは、人が本当に死ぬという事だ。

 ルイズは深々と頭を垂れて、ウェールズに一礼した。今の彼女にはウェールズに、どうしても言いたい事があったのだ。

「殿下……、失礼をお許しください。恐れながら、申し上げたい事がございます」

「なんなりと、申してみよ」

「この、ただいまお預かりした手紙の内容、これは……」

「ルイズちゃん、いくら何でもそれは……」

 ルイズに、それまで黙っていた金木が声をかけた。さすがにそれは、この任務に首を突っ込み過ぎていると判断したからだ。任務を果たさなければならない立場にいる以上、私情を挟むのは任務の達成に支障をきたす恐れがある。しかしルイズはきっと顔を上げると、ウェールズに尋ねた。

「この任務をわたくしに仰せつけられた際の姫様のご様子、尋常ではございませんでした。そう、まるで、恋人を案じるような……。それに、先ほどの小箱の内蓋には、姫様の肖像が描かれておりました。手紙に接吻なさった際の殿下の物憂げなお顔といい、もしや、姫様とウェールズ皇太子は……」

 ルイズの指摘に、ウェールズはにっこりと微笑んだ。目の前の少女が何を言いたいのか察したのである。

「君は、従妹のアンリエッタと、この私が恋仲であったと言いたいのかね?」

 その言葉に、ルイズは頷いた。

「そう想像いたしました。とんだご無礼を、お許しください。してみると、この手紙の内容とやらは……」 

 ウェールズは額に手を当てて、言おうか言うまいか少し悩んだそぶりを見せた後に言った。

「恋文だよ。君が想像している通りのものさ。確かにアンリエッタが手紙で知らせたように、この恋文がゲルマニアの皇室に渡ってはまずい事になる。なにせ、彼女は始祖ブリミルの名において、永久の愛を私に誓っているのだからね。知っての通り、始祖に誓う愛は、婚姻の際の誓いでなければならぬ。この手紙が白日の下にさらされたならば、彼女は重婚の罪を犯す事になってしまうであろう。そうなれば、なるほど同盟相成らず。トリステインは一国にて、あの恐るべき貴族派に立ち向かわねばなるまい」

「とにかく姫様は、殿下と恋仲であらせられたのですね?」

「昔の話だ」

 ルイズは熱っぽい口調で、ウェールズに言った。

「殿下、亡命なされませ! トリステインに亡命なされませ!」

 ワルドが寄ってきて、すっとルイズの肩に手を置く。だがルイズの剣幕はおさまらない。

「お願いございます! わたし達と共に、トリステインにいらしてくださいませ!」

「それはできんよ」

 ウェールズは笑いながらそう答えた。

「殿下、これはわたくしの願いではございませぬ! 姫様の願いでございます! 姫様の手紙には、そう書かれておりませんでしたか? わたくしは幼き頃、恐れ多くも姫様のお遊び相手を務めさせていただきました! 姫様の気性は大変良く存じております! あの姫様がご自分の愛した人を見捨てるわけがございません! おっしゃってくださいな、殿下! 姫様は、たぶん手紙の末尾であなたに亡命をお勧めになっているはずですわ!」

 しかしそれを否定するかのように、ウェールズは首を横に振った。

「そのような事は、一行も書かれていない」

「殿下!」

 ルイズがウェールズに詰め寄った。

「私は王族だ。嘘はつかぬ。姫と私の名誉に誓って言うが、ただの一行たりとも私に亡命を勧めるような文句は書かれていない」

 ウェールズは苦しそうな表情を浮かべながらルイズに言った。その口ぶりから、ルイズの指摘が当たっていたことがうかがえる。

「アンリエッタは王女だ。自分の都合を、国の大事に優先させるわけがない」

 それを聞いて、ルイズはウェールズの意思が果てしなく固いのを感じ取った。ウェールズはアンリエッタを庇おうとしているのだ。臣下のものに、アンリエッタが情に流された女だと思われるのが嫌なのだろう。それほどまでに、彼はアンリエッタの事を愛しているのだ。

 ウェールズは、優しくルイズの肩を叩いた。

「君は正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢。正直で、まっすぐで、良い目をしている」

 ルイズは、寂しそうに俯いた。

「忠告しよう。そのように正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい」

 ウェールズは微笑んだ。白い歯が見える、魅力的な笑みだった。

「しかしながら、亡国への大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね。何故なら、名誉以外に守るものが他に無いのだから」

 それから机の上に置かれた、水が張られた盆の上に載った針を見つめた。形からして、どうやらそれが時計であるらしい。

「そろそろ、パーティの時間だ。君達は、我らが王国が迎える最後の客だ。是非とも出席してほしい」

 金木達は部屋の外に出た。ワルドは残って、ウェールズに一礼した。

「まだ、何か御用がおありかな? 子爵殿」

「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます」

「なんなりとうかがおう」

 ワルドはウェールズに、自分の願いを語って聞かせた。ワルドの願いを聞いて、ウェールズはにっこりと笑った。

「なんともめでたい話ではないか喜んでそのお役目を引き受けよう」

 

 

 

 

 パーティは、城のホールで行われた。簡易の玉座が置かれ、玉座にはアルビオンの王、年老いたジェームズ一世が腰かけ、集まった貴族や臣下を目を細めて見守っていた。

 明日で自分達は滅びるというのに、随分と華やかなパーティだった。王党派の貴族達はまるで園遊会のように着飾り、テーブルの上にはこの日のためにとっておかれた、様々なご馳走が並んでいる。

 金木達は会場の隅に立ってこの華やかなパーティを見つめていたが、こんな時にやってきたトリステインからの客珍しいらしく、王党派の貴族達がかわるがわるルイズ達の元へとやってきた。貴族達は悲観にくれたような事は一切言わず、三人に明るく料理を勧め、酒を勧め、冗談を言ってくる。

 そして最後には、アルビオン万歳! と怒鳴って去って行くのだった。

 不意に金木が横を見てみると、彼女は滅亡を前にしながらも明るく振る舞うこの場の雰囲気に耐えられず、外に出て行ってしまった。

 金木がしばらくその場に立っていると、座の真ん中で歓談していたウェールズが近寄ってきた。

「やぁ、カネキ君。楽しんでいるかね?」

「ええ、まぁ……」

 金木は苦笑いを浮かべながら肯定すると、一瞬迷ったような表情を浮かべてから、ウェールズに尋ねた。

「あの……一つ聞いていいですか?」

「何だい?」

「あなた達は、死ぬのが怖くないんですか?」

 金木がそう言うと、ウェールズは笑った。

「案じてくれてるのか! 私達を! 君は優しい青年だな」

「いいえ……。正直言って、護りたいものを護るために、死ぬかもしれない場所に行く気持ちは僕にも分かります。僕も前に一度、同じような事をしましたから」

 金木が言っているのは、芳村店長達を助けるためにあんていくへ向かった時の事だ。あの時金木は芳村達と戦闘を繰り広げているCCGの戦力の大きさを十分に理解しながらも、芳村達を助けるために、自分を必死に止めようとした月山を倒し、たった一人であんていくへと向かったのだ。

 だが、

「だけどその時の僕は死ぬためじゃなくて、大切な人達と一緒に逃げるために戦場に向かったんです。でもこの人達は違う。こんな言い方は酷いかもしれないけど、あなた達は死ぬために戦場に向かおうとしている。死ぬのが怖くないんですか?」

 月山の制止を聞き、それでも芳村達を助けるためにあんていくへと向かい、東京の地下で傷つきながらも有馬と戦った金木だが、それは何もただ単に死ぬために戦ったわけではない。芳村達と、大切な人達を生きるために金木はあの時戦ったのだ。だからこそ、絶対に死ぬのが分かっているのに戦場へと向かおうとしているウェールズ達の気持ちが、金木にはよく理解できていなかった。

 ……実は、金木が芳村達の元へと向かい、東京の地下で有馬と出会った時、金木の心にはある感情があったのだが、今の金木はまだそれに気づいていない。彼がその感情に気づくのは、まだ当分先の話になる。

 金木の言葉を聞くと、ウェールズは穏やかな笑みを浮かべたまま言った。

「そりゃあ、怖いさ。死ぬのが怖くない人間なんているわけがない。王族も、貴族も、平民も、それは同じだろう」

「じゃあ、どうしてですか?」

「守るべきものがあるからだ。守るべきものの大きさが、死の恐怖を忘れさせてくれるのだ。君もそうだったんじゃないのかね?」

 金木は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐにウェールズに尋ねる。

「一体、何を守るんですか? 名誉ですか? それとも、誇りですか? それは……あなたの大切な人の命以上に、大切なものなんですか?」

 珍しく金木が語気を強めて言うと、ウェールズは遠くを見るような目で語り始めた。

「我々の敵である貴族派『レコン・キスタ』は、ハルケギニアを統一しようとしている。『聖地』を取り戻すという、理想を掲げてな。理想を掲げるのは良い。しかし、あやつらはそのために流されるであろう民草の血の事を考えぬ。荒廃するであろう、国土の事を考えぬ」

「レコン・キスタ……それが敵の名前なんですか?」

「ああ、そうだ」

 ウェールズの返答を聞きながら、金木は顎に手をついてその名称について考え始める。

 実は金木の世界にもそれに似たような名前があり、正式名称はレコンキスタと言うのだ。とは言っても実際それは組織の名前ではなく、はるか昔に行われたキリスト教国によるイベリア半島の再征服活動の名称である。名前はやや違うが、どうやらレコン・キスタとやらも聖地という場所の奪回を目的としているらしい。目的の共通性から考えると、似たような名前が付けられるのも当然という事なのだろう。

 考え込んでいる金木に気づいていないウェールズは、さらに話を続ける。

「そして我らは勝てずとも、せめて勇気と名誉の片鱗を貴族派に見せつけ、ハルケギニアの王家達は弱敵ではない事を示さねばならぬ。奴らがそれで『統一』と『聖地の回復』などという野望を捨てるとも思えぬが、それでも我らは勇気を示さねばならぬ」

「……どうしてですか?」

 金木が尋ねると、ウェールズは毅然として告げた。

「何ゆえか? 簡単だ。それは我らの義務なのだ。王家に生まれた者の義務なのだ。内憂を払えなかった王家に、最後に課せられた義務なのだ」

 そんな事を真剣に語るウェールズの姿を見て、金木は自分にはもうこの人を止める事ができないと思った。

 この青年は、強い信念を胸にして戦場へと向かおうとしている。その人間に何を言ったとしても、その行動を止める事など決してできない。かつて芳村達を必ず助けるという想いを胸にしてあんていくへと向かった金木だからこそ、ウェールズの気持ちが痛いほどによく分かった。

 そして金木は、無駄だと知りながらもウェールズにこんなことを言う。

「……アンリエッタさんは、あなたを愛しています。手紙にだって、亡命して欲しいと書かれていたんじゃないですか?」

 すると、ウェールズは何かを思い出すように微笑みながら言った。

「愛するがゆえに、知らぬふりをせねばならぬ時がある。愛するがゆえに、身を引かねばならぬ時がある。私がトリステインへと亡命したならば、貴族派が攻め入る格好の口実を与えるだけだ」

 ウェールズの言う事は正論だった。それを聞いて、金木はもうこの件に関しては何も言うまいと決めた。もうこの青年に何を言っても、彼は絶対にその志を止める事はない。それに何よりも、あんていくへと向かう時様々な人の忠告を振り切って死地へと向かった自分に、そんな資格があるだなんて思えない。金木がぎゅっと拳を握ると、ウェールズは金木の肩を掴んで、まっすぐに目を見つめた。

「今言った事は、アンリエッタには告げないでくれたまえ。いらぬ心労は、美貌を害するからな。彼女は可憐な花のようだ。君もそう思うだろう?」

 金木はこくりと頷いた。彼女には正直言ってあまり好感を持っていないが、彼女の容姿については確かに綺麗だと言える。それからウェールズは目をつむって言った。

「ただ、こう伝えてくれたまえ。ウェールズは、勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと。それで十分だ」

「……はい。必ず伝えます。……ただ」

「何だい?」

「……あなたには、もっと生きていて欲しかったです」

 金木が悲しそうな口調で告げるとウェールズは一瞬呆気に取られたような表情を見せるが、すぐに微笑んでぽんぽんと金木の肩を叩いてから、座の中心へと戻っていった。

 

 

 

 残された金木は、とりあえず休息を得るために近くにいた給仕にどこで寝れば良いのかを尋ねた。給仕に部屋の場所を教えてもらっていると、突然後ろから肩を叩かれた。金木が振り向くと、そこにはワルドが立っていて、金木をじっと見つめていた。

「君に言っておかねばならぬ事がある」

「何ですか?」

「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」

 あまりに想定外すぎるその言葉に、金木は思わず目を限界まで見開いた。

「こんな時に、ここでですか?」

「是非とも、僕達の婚姻の媒酌をあの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も、快く引き受けてくれた。決戦の前に、僕達は式を挙げる」

 それを聞いても金木は、何を考えているんだこいつはと言いたそうな目でワルドを見つめていた。いくら何でも明日戦場となるここで結婚式など、正気の沙汰とは思えない。トリステインに帰ってからすれば良いのに、性急すぎる。一体どういうつもりなのだ。

 言いたい事がぐるぐると頭の中を回るが、金木はぐっと唇を噛み締めると、ワルドに苦々しい表情で尋ねた。

「あなたは、本当にルイズちゃんの幸せを考えているんですか?」

「当然だ。そうでなければ、こんな事は言わない」

「………」

 金木はしばらくワルドを鋭い眼差しで睨んでいたが、やがて息をつくとこう言った。

「分かりました。どうぞご自由に」 

 吐き捨てるようにそう告げると、金木はワルドから荒々しい足音を立てて去って行った。

 それから金木は真っ黒な廊下を、明かりもつけずに歩いていた。

 廊下の途中に、窓が開いていて月が見えた。月を見て、一人涙ぐんでいる少女がいる。長い、桃色がかったブロンドの髪。白い頬に伝う涙は、まるで真珠の粒のように見える。

 少女……ルイズはついと振り向いてから、声を出した。

「誰?」

 恐らく暗闇のせいで金木の顔が見えなかったせいだろう。金木が月明りの下に出ると、その顔を見て目頭をごしごしとぬぐった。ぬぐったが、ルイズの顔は再びふにゃっと崩れた。金木が皿に近づくと、力が抜けたようにルイズは金木の体にもたれかかった。

「大丈夫?」

 金木が心配そうな声をかけると、ルイズは金木の胸に顔を押し当ててごしごしと顔を押し付けてから、ぎゅっと金木の体を抱きしめる。金木はただ悲しそうな表情を浮かべながら、なすがままにされている。

 泣きながら、ルイズは言った。

「嫌だわ……あの人達……、どうして、どうして死を選ぶの? わけわかんない。姫様が逃げてって言ってるのに……、恋人が逃げてって言ってるのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶの?」

「大事なも守るためにだよ」

「何よそれ。愛する人より、大事なものがこの世にあるっていうの?」

「あるからこそ、皇太子もみんなも戦うんだ」

「わたし、説得する。もう一度説得してみるわ」

「……無理だよ」

「どうしてよ」

「あの人達はもう止められない。それに君の仕事は、手紙をアンリエッタさんに届ける事でしょ? 仕事を投げ出しちゃだめだ」

 ルイズはぽつりと呟くように言った。涙がぽろりとルイズの頬を伝った。

「……早く帰りたい。トリステインに帰りたいわ。この国嫌い。嫌な人達と、お馬鹿さんでいっぱい。誰も彼も、自分の事しか考えていない。あの王子様もそうよ。残される人達の事なんて、どうでも良いんだわ」

「……それは、違うよ」

 え? とルイズは涙で濡れた瞳で金木は見上げた。金木はルイズの鳶色の瞳をまっすぐ見つめながら、静かに彼女に言葉を紡ぐ。

「残される人達がどうでも良いなんて誰も思ってない。きっとみんな、死にたくないと思ってるし、愛する人達とこれからも一緒に過ごしたいと思ってる。……でも、自分達の大切な王様が、大切な場所が滅ぼされるのを指を咥えて見ていたくない。……何もできないのは、嫌だ。そう思っているからこそ、みんなは死ぬ事も覚悟して戦いに行くんだ」

「……よく、分かるわね。あの人達と会ってから、そんなに経ってないのに」

「分かるんだよ。僕も前に、似たような事をしたから」

 え? とルイズは思わず驚いた表情を浮かべて金木の顔を見つめた。金木はルイズの体をそっと離すと、窓の近くまで歩み寄って夜空に浮かぶ月を見上げた。優しい光を放つ月を見ながら、金木はルイズにこの世界に来る前の事を語り始めた。

「ルイズちゃんに召喚される前の事なんだけど、僕の大切な人達とその人達がずっと守り続けてた場所が、ある巨大な組織に潰されようとしてたんだ」

「……その人達は、何か悪い事をしたの?」

 ルイズが尋ねると、金木はふるふると首を横に振って、

「確かにその人達は過去に悪い事をたくさんしてきた。だけどその時はそういう事をやめて、静かに暮らしてたんだ。だけどその場所を潰そうとしてた人達は彼らの危険性を考えて、彼らとその場所を潰す作戦を立てていた。僕はその作戦の事を知って彼らに教えたんだけど、その人達が選んだのは彼らと戦う事だったんだ」

 それを聞いて、ルイズの顔がこわばった。自分の知らない人達ではあるが、金木の話す大切な人達と、今自分が目にしてきた人達が同じように思えたのだろう。ルイズはかすれた声を出して、金木に尋ねた。

「そんな……どうして、戦ったの? 逃げれば良かったのに……」

 すると金木はふっと口元に笑みを浮かべた。見ているだけで胸が締め付けられるような、悲しい笑みだった。

「……きっとあの人達は、いつもどこかで『落としどころ』を求めていたんだと思う。たくさんの命を奪って罪を犯したけど、ある人と出会って理解したんだ。……自分達のこれまでの、行為の意味を。だけど、いくら心を入れ替えたとしても、罪が消える事は決してない。だから罰を必要としてたんだ。だから彼らとその仲間達は、戦ったんだ。……そして、彼らが戦った理由はもう一つある。その理由は……僕達を逃がすためだったんだ」

「え……?」

「実はその場所は、僕と仲間達が働いていた場所でもあったんだ。その場所で戦ってたくさんの人が死ねば、その中に僕達がいた事なんて誰も分からない。そうすれば、仮に僕達が逃げたとしても、僕達に捜査の手は及ばない……。彼らはその事まで考えて、命を懸けて戦ったんだ」

 金木は固く目をつむり、さらに拳を強く握りしめながら、話を続ける。

「立場は違うけど、ここの人達も、僕の大切な人達も心根はほとんど同じなんだよ。強い覚悟を持った人達を止める事は、絶対にできない。たとえその相手が、自分の愛する人だとしても、ね」

「……でもカネキ。あんたはあの人達と同じような事をしたって言ったわよね? それって、一体どういう事なの?」

「簡単な事だよ。僕も向かったんだ。その戦場に」

 金木が告げた言葉に、ルイズが息を呑む音が聞こえたが、金木はあえてそれを無視した。

「……僕がしようとしてた行為が、僕の大切な人達の想いを無駄にしかねない事は分かってた。だけど、それでも僕には我慢できなかった。僕の大切な人達が、その人達が守り続けてきた場所が、壊されるって事が。そして向かった戦場で僕はすごく強い人に殺されかけて……そして、ルイズちゃんに召喚された」

 それを聞いて、ルイズは金木を召喚した時の事を思い出した。

 金木は自分が彼がまったく知らない場所に召喚したと知った時、必死に自分を元の場所に帰してくれと頼みこんでいていた。自分はそれをただ混乱しているだけだと思っていたが……違ったのだ。

 彼はなんとしてでも、元いた場所に帰る必要があったのだ。自分にとって大切な人を、大切な場所を守るために。だからこそ彼は元の場所に戻る事ができないと知った時、あれほどまでに落胆していたのだろう。

 そして……金木の話が本当ならば、自分は金木が大切な人達を護る事ができたかもしれない可能性を奪い取ったのだ。自分が金木を召喚しなければ、彼は大切な人達の命を護る事ができたかもしれないというのに。その事実を知った時、ルイズは自分の指が震えているのを感じた。

「ルイズちゃん?」

 そのルイズに様子に気づいた金木が声をかけて来るが、ルイズの頭の中は真っ白だった。悪意などまったくない金木の話が、パーティーで騒ぐ貴族達を見て弱ったルイズの心を蝕んでいく。

(……何がメイジよ。何が貴族よ。わたしがした事は、自分の都合でカネキをこの世界に召喚して、こいつから大切な人を奪っただけじゃない。魔法を使うどころか、そんな事しかできないなんて………)

 そんな事を考えながら、ルイズは自分の右手をきつく握る。

 本当に吊り合わない、と思う。薄々気づいていた事だが、今ここでようやくはっきりした。自分とこの使い魔は、正直言って吊り合わない。

 片や、スクウェアクラスの風のメイジすら圧倒するほどの戦闘能力を持つ使い魔。

 片や、魔法を唱えようとすれば爆発ばかり起こる、魔法の成功率ゼロのメイジ。

 十人が目にすれば、十人が口をそろえて言うだろう。そんな主人に、この使い魔はもったいないと。

 その事にようやく気付いたルイズは、口元に虚ろな笑みを浮かべた。

 それから自分を心配そうに見つめている金木を見ると、その唇を開いた。

「カネキ。あんたは明日イーグル号に乗ってトリステインに帰りなさい」

「え?」

 言われた言葉の意味が分からず、金木は思わず間抜けな声を上げてからルイズに尋ねる。

「そ、それってどういう意味なの?」

「そのままの意味よ。あんたとわたしはここでお別れよ。あんたの話を聞いて、よく分かったわ。あんたとわたしじゃ、吊り合わない。わたしじゃ、あんたの力にはなれない。ゼロのわたしじゃあ、あんたを助ける事ができないのよ……」

 ルイズのその言葉は、金木に強い衝撃を与えていた。この世界に召喚されてまだ日が浅い金木ではあるが、今ルイズの様子が明らかにおかしい事だけは分かった。彼女は基本的に自尊心が強いので、自分を卑下するような事を言う事はまずない。だが今の彼女は明らかに自分を見下げるような事を言っている。それは、通常の彼女を知る金木からしてみれば十分に異常事態と言えた。

「『この世の不利益は、全て当人の能力不足』……。まったく、その通りね。全然間違っちゃいない。あんたの言う通りよ、カネキ。どれだけ強がりを言っても、わたしに変えられる事なんて一つもない。それが十分に分かったわ。……さ、早く行きなさい。あんたはもう、わたしの使い魔なんかじゃないわ」

 そう言うとルイズは、金木に背を向けた。顔が見えなくなったルイズに困惑しながらも、金木は必死に言葉を紡ぐ。

「……ルイズちゃん。でも、僕は……」

「――――良いから早く行きなさいよ!! わたしはもう、あんたの主人でもなんでもないんだから!!」

「………っ」

 金木は唇を噛むと、ルイズに背中を向けてから悲しげに言った。

「……さよなら、ルイズちゃん。短い間だったけど、楽しかったよ」

 そして、金木は暗闇の中へと消えて行った。それを見送る事も無く、黙って背を向けていたルイズは、両目からポロポロと大量の涙をこぼしながら呟いた。

「さよなら、カネキ。優しくてとても強い、わたしの使い魔だった人」

 

 


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