異世界喰種   作:白い鴉

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東京喰種実写化かぁ……。金木役の人にはあまり不安はないけど、トーカ役の人はあまり合ってると思えないのが正直な感想なんですよね……。仮面ライダーフォーゼのユウキの明るくて元気なイメージが強すぎて……。


第十一話 襲撃

 ワルドとの決闘に勝利した夜、金木は一人部屋のベランダで座っていた。ギーシュ達は一階の酒場で酒を飲んで騒ぎまくっている。明日はいよいよアルビオンに渡る日だという事で盛り上がっているらしい。キュルケが誘いに来たが、人間と同じ食べ物が食べられない金木は当然断った。

 金木はベランダに座りながら、昨日自分達を襲ってきた傭兵の一人が落とした袋の中から金貨を一枚取り出し、じっと眺めていた。そんな金木に、背中のデルフが声をかける。

「金貨なんて眺めて何をしてんだ?」

 すると金木は金貨を眺めたまま、デルフに言った。

「おかしいと思わない? あの傭兵達は、ただの物取りだって言って僕達を襲ってきたんだよ? だけどこんな金貨がたくさん詰まった袋を持っているんだから、物取りなんてする必要ないと思わない?」

 金木が昨日拾った袋には、エキュー金貨がどっさり詰め込まれていた。金木の言う通り、それだけの金があれば別に物取りなどする必要がない。金木の言葉を真意を悟ったのか、デルフが呟く。

「ははぁ……なるほどな。つまり、あの傭兵達はアルビオンの貴族達が相棒達を妨害するために雇った連中だって言いたいわけだな」

 デルフの言葉に金木は頷きながら、

「だけど、そうだとしても手際が良すぎる。ちょうどあの時間僕達が通る事なんて、アルビオンの貴族達も予測できるはずがない。何よりもこの任務は極秘のはずなんだ。だけどあの傭兵達は、まるで僕達が通るのを知っていたかのように襲撃してきた。……あまり考えたくないけど、僕達の身近な人間に……」

「内通者がいるってわけか」

 もう一度金木が首肯すると、デルフがカチャカチャと剣の鍔を鳴らしながら尋ねる。

「その事、娘っ子達には言ったのか?」

「まだだよ。確証があるわけじゃないし、今このタイミングで彼女達を不安がらせるのはまずい。しばらくは黙っておこうと思う」

 そう言った直後、自分の背後で足音がするのを金木は感じた。目の前の床に置いてある金貨が詰まった袋を素早くポケットにねじ込むと、平静を装った表情で背後を振り向く。

 そこにいたのは、何故か沈んだ表情をしたルイズだった。

「どうしたの? ルイズちゃん」

「……騒ぎたい気分じゃないのよ。隣、座って良い?

 コクリと金木が頷くと、ルイズは無言のまま金木の隣に座った。そのまましばらく無言の状態が続き、やや気まずい雰囲気が漂ってきたので金木はポリポリと頬を掻いた。すると、ルイズが唐突に口を開く。

「……ねぇカネキ、ごめんね。わたしなんかがあんたを召喚しちゃって」

「え?」

 突然のルイズの言葉に、金木は思わず目を丸くする。今の彼女の発言が、いつもプライドが高いルイズが放ったものとは思えなかったからだ。いつものルイズならば、貴族のわたしに召喚されたんだから、感謝しなさいよね! ぐらいは言いそうである。金木は戸惑いながらも、ルイズに尋ねた。

「ど、どうしたのルイズちゃん?」

「……決闘の時、あんたワルドを簡単にやっつけちゃったじゃない? あの時わたしはあんたの事を本当にすごいと思ったけど……、同時にこうも思ったの。どうして、あんたみたいなすごい奴がわたしの使い魔になったのかなって」

「………」

「あんたはスクウェアのメイジを簡単にやっつけちゃうほどの力を持っている。それに比べて、わたしは魔法の一つすら成功できない無能(ゼロ)……。こんなに釣り合わないメイジと使い魔もそういないわよね」

 そう言うと、ルイズの目からボロボロと涙がこぼれだした。突然のルイズの涙に金木は慌てながらも、フォローの言葉を口にする。

「そんな事ないよ。それに前も言ったよね? 君はちゃんと魔法を使えたじゃないか。そうじゃなかったら、僕は今頃ここにいないよ」

 そう、金木はルイズが召喚の魔法に成功したからこの場にいるのだ。もしもルイズの魔法が成功していなかったら、自分はあの東京の地下に死体となっていただろう。だがルイズはその可能性を否定するかのようにふるふると首を横に振った。

「あんなの、どうせまぐれよ……。あれから何回か魔法を唱えても、何にも変わらない。出るのは爆発ばっかり……。コモンマジックすら成功しやしない。結局、わたしはあんたを召喚できてもゼロのまんまなんだわ……」

 それを突かれると、さすがの金木も何も言う事が出来なかった。確かにルイズはサモン・サーヴァントに成功して金木を召喚したが、それ以外の魔法は相変わらず爆発ばっかりだ。これでは金木の言う事にも説得力が無くなってしまう。ルイズは涙を流しながら、さらに続ける。

「だからわたし、思うの。あんたは本当はもっと有能なメイジに召喚されるはずだったのに、それをわたしが横取りしたんじゃないかって。あんたはもっとわたしより立派なふさわしいメイジに出会えたかもしれないし、あんたを待ち望んでいたメイジだっているかもしれなかったのに……それをわたしが邪魔したんじゃないかって」

「そんな……」 

 それを否定しようとした金木の言葉が、途中で止まる。 

 ルイズの説を否定できるほど、自分はまだこの世界や魔法についての知識が豊富ではない。何よりもサモン・サーヴァントという魔法はこの世界の住人であるルイズ達にとっても、まだまだ謎が多い魔法なのだ。自分と同じ属性の使い魔が召喚されるという事だが、その使い魔を呼び出す基準など解き明かされていない部分も多々ある。そうでなければ、半喰種である自分が呼び出された原理も解明されているはずなのだ。だから、本来ならばすぐに論破できるかもしれないルイズの説も、金木はすぐに否定する事ができなかった。

「ごめんね、カネキ……。わたしなんかが召喚しちゃって……」

 溢れる涙を両手で止めようとしながら、ルイズが金木に謝罪の言葉を紡ぐ。金木は戸惑いの表情を浮かべながらも、何も言う事ができない。唇を噛み締めて、金木が夜空を仰いだその時だった。

「……あれ?」

 目の前の光景に、金木は思わず戸惑いの声を上げた。それにルイズもつられたのか、目を赤くしながら空を見上げる。

 何かが、おかしい。

 上空に浮かんでいるはずの、一つに重なった月が見えないのだ。

 いや、違う。正確には月が巨大な何かに隠れて見えなくなっているのだ。

 月明りをバックに、巨大な影の輪郭が動く。金木が目を凝らしてよく見てみると、その巨大な影は岩でできた巨大なゴーレムだった。こんな巨大をゴーレムを操れる人間は、金木とルイズの知る限り一人しかいない。

 巨大なゴーレムの肩に、誰かが座っている。その人物は長い髪を、風にたなびかせていた。

「「フーケ!」」

 二人は同時にその人物に叫んでいた。ゴーレムの肩に座った人物――――土くれのフーケは嬉しそうな声で言った。

「感激だわ。覚えててくれたのね」

「どうしてこんな場所に? あなたは牢獄に入ったと思ってたんですが……」

 ルイズを後ろにかばいながら、金木がフーケを鋭く睨んで尋ねる。

「親切な人がいてね。わたしみたいな美人はもっと世の中のために役に立たなくてはいけないと言って、出してくれたのよ」

 よく見てみると、フーケの隣には黒マントをまとった貴族が立っていた。恐らくその貴族がフーケを脱獄させたのだろう。黒マントの貴族は喋るのをフーケに任せ、だんまりを決め込んでいる。白い仮面をかぶっているので顔が分からないが、体格からして男性のようだ。

「……なるほど。それで、こんな所に何しに来たんですか?」

 金木が右手の人差し指を親指で押して鳴らしながら尋ねると、フーケの目が吊り上がり狂的な笑みが浮かんだ。

「素敵なバカンスをありがとうって、お礼を言いに来たんじゃないの!」

 フーケの巨大ゴーレムの拳が唸り、硬い岩でできたベランダの手すりを粉々に破壊した。どうやら岩で構成されたゴーレムの破壊力は、以前より強くなっているようだった。

「ここらは岩しかないからね。土がないからって、安心しちゃだめよ!」

 フーケの声を聞きながら、金木はルイズの手を掴んで駆け出すと、部屋を抜けて一階へと階段を駆け下りた。

 下りた先の一階も修羅場になっていた。いきなり玄関から現れた傭兵の一隊が、一階の酒場で飲んでいたワルド達を襲撃したらしい。

 ギーシュ、キュルケ、タバサにワルドが魔法で応戦しているが、多勢に無勢、どうやらラ・ロシェール中の傭兵が束になってかかってきているらしく、手に負えないようだ。

 キュルケ達は床と一体化したテーブルの脚を折り、それを立てて盾の代わりにして傭兵達に応戦していた。歴戦の傭兵達はメイジとの戦いに慣れており、緒戦でキュルケ達の魔法の射程を見極めると、まず魔法の射程外から矢を射かけてきた。暗闇を背にした傭兵達に地の利があり、屋内の一行は分が悪い。

 魔法を唱えようと立ち上がろうものなら、矢が雨のように飛んで来る。

 金木はテーブルを背にしたキュルケ達の下に姿勢を低くして素早く駆け寄ると、上にフーケがいる事を伝えた。しかし巨大ゴーレムの足が吹きさらしの向こうに見えており、どうやら伝える必要はなかったようだ。

 他の貴族の客達はカウンターの下で震えている。でっぷりと太った店の主人が必死に傭兵達に何事かを訴えかけていたが、矢を腕に食らって床をのたうち回った。

「参ったね」

 ワルドの言葉に、キュルケが頷いた。

「やっぱり、この前の連中はただの物盗りじゃなかったわね」

「あのフーケがいるって事は、アルビオン貴族が後ろにいるという事だな」

 キュルケが杖をいじりながら呟いた。

「……奴らはちびちびとこっちに魔法を使わせて、精神力が切れた所を見計らい、一斉に突撃してくるわよ。そしたらどうすんの?」

「僕のゴーレムで防いでやる」

 ギーシュがちょっと青ざめながら言うが、それを淡々と戦力を分析していたキュルケが切り捨てる。

「ギーシュ、あんたのワルキューレじゃ一個小隊が関の山ね。相手は手練れの傭兵達よ?」

「やってみなくちゃ分からない」

「あのねギーシュ。あたしは戦の事なら、あなたよりちょっとばっか専門家なの」

「僕はグラモン元帥の息子だぞ。卑しき傭兵ごときに後れを取ってなるものか」

「ったく、トリステインの貴族は口だけは勇ましいんだから。だから戦に弱いのよ」

 ギーシュは立ち上がって呪文を唱えようとしたが、その前に金木が彼のシャツの襟を力強く掴んで強引に床に引きずり倒す。半喰種の力で無理やり床に引きずり倒されたギーシュは、少し涙目になりながらせき込んだ。

「良いか諸君」

 ワルドが低い声で言うと、金木達は黙ってワルドの声に頷いた。

「このような任務は、半数が目的に辿り着ければ、成功とされる」

 こんな時でも優雅に本を広げていたタバサが本を閉じて、ワルドの方を向く。それから自分とキュルケとギーシュを杖で指して、「囮」と呟いた。

 それからタバサはワルドとルイズと金木を指して「桟橋へ」と続けて言う。そんなタバサに、ワルドが手短に尋ねた。

「時間は?」

「今すぐ」

「よし、聞いての通りだ。裏口に回るぞ」

「え? え? ええ!」

 それを聞いてルイズが驚きの声を漏らすと、ワルドがルイズに向かって言った。

「今から子ここで彼女達が敵を引き付ける。精々派手に暴れて、目立ってもらう。その隙に、僕らは裏口から出て桟橋に向かう。以上だ」

「で、でも……」

 ルイズがキュルケ達を見ると、キュルケは魅力的な赤髪をかきあげ、つまらなさそうに唇を尖らせながら言う。

「ま、仕方ないかなって。あたし達、あなた達が何しにアルビオンに行くのかすら知らないもんね」

「うむむ、ここで死ぬのかな。どうなのかな。死んだら、姫殿下とモンモランシーには会えなくなってしまうな……」

 それから、タバサは金木に向かって頷いた。

「行って」

 そんなタバサ達を金木はしばらく黙って見つめていたが、やがて真剣な口調で三人に告げた。

「みんな、ここは任せるよ。だけどお願いだから、死なないでね」

 本当なら金木もここに残って戦いたいが、この先ルイズに危険が絶対に及ばないとも限らない。ルイズのそばにはワルドがいるが、もしも貴族派の追手が複数だったりした場合、彼だけでは不安である。襲撃の可能性がある以上、自分も行った方が良いだろうし、作戦の成功率も上がる。

 金木が三人に告げると、キュルケは魅力的な笑みを金木に向けながらこう返した。

「死んだりしないから、早く行きなさいな。帰ってきたら……キスでもしてもらおうかしら」

「本を一冊、買ってもらう」

 ちゃっかり自分達の要求をするキュルケとタバサに、金木は今が襲撃されている最中だという事を一瞬忘れて苦笑を浮かべた。キュルケはルイズに向き直ると、

「ねえ、ヴァリエール。勘違いしないでね? あんたのために囮になるんじゃないんだからね」

「わ、分かってるわよ」

 ルイズはそれでも、キュルケ達にぺこりと頭を下げた。

 金木達は低い姿勢で歩き出した。矢がひゅんひゅんと飛んできたが、タバサが杖を振って風の防御壁を張ってくれたおかげで、矢はあらぬ方向に逸れて行った。

 酒場から厨房に出て金木達が通用口に辿り着くと、酒場の方から派手な爆発音が聞こえてきた。

「……始まったみたいね」

 爆発音を聞いたルイズが言った。一方のワルドはぴたりとドアに身を寄せると、向こうの様子を探る。

「誰もいないようだ」

 ドアを開けて、三人は夜のラ・ロシェールの街へと躍り出た。

「桟橋はこっちだ」

 ワルドが先頭をゆき、それにルイズが続き、金木がしんがりを受け持つ形で三人は桟橋へと走っていく。月明りで道は明るい。とある建物の間の階段にワルドは駆け込むと、そこを登り始めた。

 長い階段を上ると、丘の上に出た。現れた光景を見て、金木は思わず息をのんだ。

 巨大な樹が、四方八方に枝を伸ばしている。

 大きさが山ほどもある、巨大な樹だ。夜空に隠れて正確な高さは分からないが、それでも相当高いという事だけは分かった。

 そして、目を凝らすと樹の枝にはそれぞれ大きな何かがぶら下がっていた。巨大な木の実にも見えるが、違う。それはなんと船だった。飛行船のような形状をしており、枝にぶら下がっている。

「これが桟橋で……あれが船?」

 金木が目を見開いて言うと、ルイズが怪訝な顔で聞き返した。

「そうよ。あんたの故郷じゃ違うの?」

「うん。僕の故郷は桟橋も船も全部海にあるんだ。……すごいな」

 目の前の光景に感嘆の声を漏らすが、こんな所で立ち止まっている暇はない。金木達はすぐに行動を再開した。

 ワルドは樹の根元へと駆け寄った。樹の根元は巨大なビルの吹き抜けのホールのように空洞になっていた。枯れた大樹の幹を穿って造り上げたものらしい。

 夜なので人影はなかった。各枝に通じる階段には、鉄でできたプレートが貼ってある。そこには何やら文字が躍っており、まるで駅のホームを知らせるプレートのようである。

 ワルドは目当ての階段を見つけると、その階段を上り始めた。

 木でできた階段は一段ごとにしなる。手すりがついているものの、ボロくて心もとない。階段の隙間、闇夜の眼下にラ・ロシェールの街の明かりが見えた。

 途中の踊り場で、後ろから追いすがる足音に金木が気づく。振り向くと、黒い影が自分達目がけて走ってきているのが見えた。その影はさっと翻って金木の頭上を飛び越そうとしたが、それに気づいた金木は両足に力をこめると、その場で影よりも高く跳躍する。そしてその勢いを保ったまま縦に一回転し、強烈な右足のつま先での一撃を黒い影に食らわしてやる。黒い影は、階段に強かに叩きつけられた。

 金木は影の前に立つと、デルフリンガーを抜いて目の前の襲撃者を睨みつける。襲撃者はゆっくりと起き上がって、金木と向かい合った。よくよく観察してみると、その襲撃者は先ほどフーケのゴーレムの肩に乗っていた、白い仮面の男だった。フーケが一緒ではない所を見ると、どうやら彼女とは別行動をとっているらしい。

 背格好はワルドと同じくらいだろうか。男は剣を構えている金木を見ると、自らは腰から杖を引き抜いた。黒塗りの、長い杖である。

(……メイジ。なら、魔法を使われる前に倒す!)

 金木は半喰種の力を発揮して、一気に男との距離を詰めるとその顔面に掌底を放つ。まともに食らえば人間ならば頭が吹き飛ぶか潰れるほどの威力だが、男はそれをかわすと金木との距離を取ろうとする。だが、半喰種の身体能力にガンダールヴの力が加わった金木から逃げられるはずもない。金木は瞬時に距離を詰めなおすと、デルフリンガーで男の杖を強引に弾き飛ばす。さらに腹に強烈な膝蹴りを食らわすと、男の体は階段の手すりにぶつかった。一瞬手すりがへし折れるのではないかと思ったが、運よく手すりは男の体を支えてくれた。

 金木は男の前まで歩み寄ると、デルフリンガーの切っ先を男の仮面に突き付けた。

「杖も無くなりましたし、話してもらいましょうか? 一体どうやって僕達の情報を知ったのか。話してくれれば何もしませんが、話さないなら……言う必要はありませんよね?」

 金木が冷たい声音で言うと、男はふらつきながらも立ち上がった。

 そしてその直後、男は階段の手すりを掴んで手すりを飛び越えると、そのまま地面へと落下していった。それに驚いた金木が地面へと目を向けるが、すでに男の姿はどこにも無かった。

「くそ! 逃げられた!」

 苛立ちの声を漏らしながら、金木は左手の拳を階段の手すりに勢いよく叩きつけた。貴族派に所属していると思われるあの男を逃がした事は、明らかに痛烈なミスである。人間相手なのであまり気は進まないが、こうなるぐらいだったら腕か足の一本ぐらいは折っておいた方が良かったもしれない。

 金木が奥歯を噛み締めながらデルフを鞘に納めると、そこにワルドとルイズが駆けつけてきた。

「カネキ! 大丈夫?」

 心配そうな表情を浮かべたルイズが言うと、金木は悔しさが滲んだ口調で答えた。

「うん。だけどごめん。あの仮面の男には逃げられた」

「そうか……。だがいつまでも過ぎた事を後悔しても仕方ない。今は一刻も早くアルビオンへと向かおう」

 ワルドの言葉に金木とルイズは頷き、三人は再び階段を上り始めた。

 階段を駆け上った先は、一本の枝が伸びていた。その枝に沿って、一艘の船が停泊していた。帆船のような形状だが、空中で浮かぶためか舷側に羽が突き出ている。上からロープが何本も伸び、上に伸びた枝に吊るされていた。金木達が乗った枝からタラップが甲板に伸びている。

 ワルド達が船上に現れると、甲板で寝込んでいた船員が起き上がった。

「な、なんでぇ? おめぇら!」

「船長はいるか?」

「寝てるぜ。用があるなら、明日の朝改めて来るんだな」

 男はラム酒の壜をラッパ飲みしながら、酔って濁った眼で答えた。

 ワルドが答えずに、すらりと杖を引き抜く。

「貴族に二度同じ事を言わせる気か? 僕は船長を呼べと言ったんだ」

「き、貴族!」

 それで酔いが一気に覚めたらしく、男は素早く立ち上がると船長室にすっ飛んで行った。

 しばらくして、寝ぼけ眼の初老の男を連れて戻ってきた。どうやら帽子をかぶったその男が、この船の船長らしい。

「何の御用ですかな?」

 船長が胡散臭げな視線をワルドに向けながら尋ねた。

「女王陛下の魔法衛士隊隊長、ワルド子爵だ」

 船長の目が丸くなる。相手が身分の高い貴族と知って、急に言葉遣いが丁寧になった。

「これはこれは。して、当船へどういったご用向きで……」

「アルビオンへ、今すぐ出向してもらいたい」

「無茶を!」

「勅命だ。まさかと思うが、王室に逆らうつもりか?」

「あなた方が何しにアルビオンに行くのかこっちは知ったこっちゃありませんが、朝にならないと出港できませんよ!」

「どうしてだ?」

「アルビオンが最もここ、ラ・ロシェールの街に近づくのは朝です! その前に出港したんでは、風石が足りませんや!」

「風石って何ですか?」

 話を聞いていた金木が尋ねると、船長はそんな事も知らないのか? と言いたそうな顔つきで答えた。

「風の魔法力を備えた石の事さ。それで船は宙に浮かぶんだ」

「今船に積んでいる風石で、アルビオンには行けないんですか?」

 続けて金木が尋ねると、とんでもないと言うように船長は首を横に振った。

「船が積んだ風石は、アルビオンへの最短距離分しかねぇんだ。それ以上積んだら足が出ちまう。だから今は出港できねぇ。無理に出港すれば、地面に落っこちる事になる」

「風石が足りぬ分は、僕が補う。僕は風のスクウェアだ」

 船長と船員は顔を見合わせた。それから船長がワルドの方を向いて頷く。

「ならば結構で。料金ははずんでもらいますよ」

「積荷はなんだ?」

「硫黄で。アルビオンでは、今や黄金並みの値段がつきますんで。新しい秩序を建設なさっている貴族の方々は、高値を付けてくださいます。秩序の建設には火薬と火の秘薬は必需品ですのでね」

「その運賃と同額を出そう」

 船長は小ずるそうな笑みを浮かべて頷いた。商談が成立したので、船長は矢継ぎ早に命令を下した。

「出港だ! もやいを放て! 帆を打て!」

 ぶつぶつと文句を言いながらも、よく訓練された船員達は船長の命令に従って船を枝に吊るしたもやい網を解き放ち、横静索によじ登り、帆を張った。

 戒めが解かれた船は、一瞬空中に浮かんだが発動した風石の力で宙に浮かぶ。

 帆と羽が風を受け、ぶわっと張り詰めた直後船が動き出す。

「アルビオンにはいつごろ着くんですか?」

「明日の昼過ぎには、スカボローの港に到着するさ」

 船長の言葉を聞いてから、金木は地面を見た。桟橋……大樹の枝の隙間に見える、ラ・ロシェールの明かりがぐんぐん遠くなっていく。かなりのスピードのようだ。

 金木がルイズが流れていく光景を眺めていると、ワルドが近寄ってきた。

「船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、攻囲されて苦戦中のようだ」

 ワルドの言葉を聞いて、ルイズがはっとした表情を浮かべた。

「ウェールズ皇太子は?」

 それにワルドは、首を横に振った。

「分からん。生きてはいるようだが……」

「どうせ、港町はすべて反乱軍に抑えられているんでしょう?」

「そうだね」

「どうやって、王党派と連絡を取ればいいのかしら?」

「陣中突破しかあるまいな。スカボローから、ニューカッスルまでは馬で一日だ」

「反乱軍の間をすり抜けて?」

「そうだ。それしかないだろう。まあ、反乱軍も公然とトリステインの貴族に手出しはできんだろう。隙を見て包囲戦を突破し、ニューカッスルの陣へと向かう。ただ、夜の闇には気を付けないといけないがな」

 ルイズは緊張した頷くと、ワルドに尋ねた。

「そういえばワルド。あなたのグリフォンはどうしたの?」

 ワルドは微笑むと、舷側から身を乗り出して口笛を吹く。すると下からグリフォンの羽音が聞こえてきた。そのまま甲板に着陸し、船員達を驚かせた。

「あのグリフォンでアルビオンまで行けないんですか?」

「竜じゃあるまいし、そんなに長い距離は飛べないわ」

 金木の問いに、ワルドの代わりにルイズが答えた。

 どうやらしばらく自分達にできる事はなさそうだと判断した金木は、舷側に座り込んで眠る事にした。これから先、また戦闘にならないという保障はない。ならばここで少しでも体力を温存しといた方が効率的である。

 金木は目を閉じると、襲ってくる睡魔に逆らわずそのまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 船員達の声とまぶしい光で、金木は目を覚ました。舷側から下を覗き込むと、白い雲が広がっている。どうやら現在船は雲の上を進んでいるようだった。

「アルビオンが見えたぞー!」

 鐘楼の上に立った見張りの船員が、大声を上げる。

 金木は見張りの船員が見ている方向に視線を向けて、思わず息を呑んだ。

 そこには、まさに巨大としか言いようのない光景が広がっていた。

 雲の切れ間から、黒々と大陸が覗いていた。大陸ははるか視界の続く限り延びている。地表には山がそびえ、瓦が流れていた。

「驚いた?」

 いつの間にか隣に立っていたルイズが、どこか楽しそうな笑みを浮かべながら金木に尋ねると、金木は正直にうんと頷いた。

 ちょうどその時、鐘楼に立った見張りの船員が大声を上げた。

「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」

 金木は言われた方を向いた。船員の言う通り、船が一隻近づいてきていた。金木達が乗り込んできた船よりも、一回りは大きい。舷側に開いた穴からは、大砲が突き出ている。それを見て、ルイズが眉をひそめた。

「嫌だわ。反乱勢……貴族派の軍艦かしら」

 一方、後甲板でワルドと並んで操船の指揮を取っていた船長は見張りが指差した方角を見上げた。

 黒くタールが塗られた船体は、まさに戦う船を連想させる物だった。こちらにぴたりと二十数個も並んだ砲門を向けている。

「アルビオンの貴族派か? お前達のために荷を運んでいる船だと教えてやれ」

 見張り員は船長の指示通りに手旗を振るが、黒い船からは何の反応もない。

 副長が駆け寄ってきて、青ざめた顔で船長に告げた。

「あの船は旗を掲げておりません!」

 すると、船長の顔が副長と同じようにみるみるうちに青ざめた。

「してみると、く、空賊か?」

「間違いありません! 内乱の混乱に乗じて、活動が活発になっていると聞き及びますから……」

「逃げろ! 取り舵いっぱい!」

 船長は船を空賊から遠ざけようとしたが、もう遅かった。併走し始めた黒船は脅しの一発を、金木達の乗り込んだ船の針路めがけて放った。

 鈍い音がして、砲弾が雲の彼方へと消えていく。

 黒船のマストに、四色旗流信号がするすると上る。

「停船命令です、船長」

 そう言われた船長は苦渋の決断を強いられた。この船にも武装が無いわけではないが、武装と言っても移動式の大砲が三門ばかり甲板に置いてあるに過ぎない。二十数門も片舷側にずらりと大砲を並べたあの船の火力からすれば、役に立たない飾りのようなものである。

 助けを求めるように、隣に立ったワルドを見つめた。

「魔法はこの船を浮かべるために打ち止めだよ。あの船に従うんだな」

 ワルドは落ち着き払った声で言った。船長は口の中でこれで破産だと呟くと、船員達に命令を告げる。

「裏帆を打て。停船だ」

 

 

 

 

 

 

 いきなり現れて大砲を放った黒船と、行き足を弱めて停船した自船の様子に怯えて、ルイズは思わず金木に寄り添った。不安そうに、金木の後ろから黒船を見つめる。

「空賊だ! 抵抗するな!」

 黒船から、メガホンを持った男が大声で怒鳴った。

「空賊ですって?」

 ルイズが驚いた声で言った。

 黒船の舷側に弓やフリント・ロック銃を持った男達が並び、こちらに狙いを定めた。鉤のついたロープが鼻たれ、金木達の乗った船の舷縁に引っかかる。手に斧や曲刀などの得物を持った屈強な男達が船の間に張られたロープを伝ってやってくる。その数、およそ数十人。

「カネキ……」

 ルイズが怯えた声で呟くが、当の金木本人はデルフに剣を伸ばすこともなくただじっと空賊達を観察している。

 ここで剣を抜いて男達数人を倒す事は簡単だが、現在自分達の船は二十数個もの大砲に狙いをつけられている状態にある。もしもここで暴れたら、この船ごと砲撃される事になるだろう。ここはじっとして、敵の動向をうかがうしかない。

 前甲板に繋ぎ留められていたワルドのグリフォンが、乗り移ろうとする空賊達に驚いてギャンギャンと喚き始めた。するとその瞬間、グリフォンの頭が青白い雲で覆われ、グリフォンは甲板に倒れて寝息を立て始めた。

「あれは……」

「眠りの雲。相手を眠らせる魔法さ。どうやら向こうには、確実にメイジがいるようだな」

 金木の呟きに、いつの間にか背後に現れたワルドが答えた。

 どすん、と音を立てて甲板に空賊達が降り立った。派手な格好の、一人の空賊がいた。

 元は白かったらしいが、汗とグリース油で汚れて真っ黒になったシャツの胸をはだけ、そこから赤銅色に日焼けした逞しい胸が覗いている。ぼさぼさの長い黒髪は赤い布で乱暴に纏められ、無精ひげが顔中に生えており、丁寧に左目に眼帯が巻かれていた。どうやらその男が空賊の頭らしい。

「船長はどこでえ」

 荒っぽい仕草と言葉遣いで、辺りを見回す。

「わたしだが」

 震えながらも、精いっぱいの威厳を保とうと努力しながら船長が答える。頭は大股で船長に近づくと、顔をぴたぴたと抜いた曲刀で抜いた。

「船の名前と、積荷は?」

「トリステインの『マリー・ガラント』号。積荷は硫黄だ」

 空賊達の間からため息が漏れた。頭の男はにやりと笑うと、船長の帽子を取りあげて自分が被った。

「船ごと全部買った。料金はてめえらの命だ」

 船長が屈辱で震える。それから頭は、甲板に佇むルイズとワルドに気づいた。

「おや、貴族の客まで乗せてるのか」

 そう言いながら船長がルイズの顎を手で持ち上げた。

「こりゃあ別嬪だ。お前、俺の船で皿洗いをやらねえか?」

 男達は下卑た笑い声を上げた。ルイズはその手をぴしゃりとはねつけると、燃えるような怒りを込めて男を睨みつけた。

「下がりなさい、下郎」

「驚いた! 下郎ときたもんだ!」

 頭はルイズの言葉など気にせずに、大声で笑った。そしてルイズと金木、ワルドを指差すと仲間達に命令を下す。

「てめえら。こいつらも運びな。身代金がたんまりもらえるだろうぜ」

 

 

 

 

 その後、空賊に捕らえられた金木達は船倉に閉じ込められた。『マリー・ガラント』号の組員達は、自分達のものだった船の曳航を手伝わされているらしい。

 金木はデルフを取り上げられ、ワルドとルイズは杖を取り上げられた。とは言っても、正直それはあまり意味がない。ルイズは元々魔法が使えないし、金木に至っては剣が無くても十分すぎる戦闘力を誇るからだ。

 周りには酒樽や穀物の詰まった袋、さらに火薬樽が雑然と置かれている。重たい砲弾が、部屋の隅にうず高く積まれている。ワルドは興味深そうに、そんな積荷を見て回っていた。ルイズはちょこんと部屋の隅に座っており、金木も壁にもたれかかって座っている。

 三人がしばらくそうしていると、扉が突然開いた。太った男が、スープの入った皿を持ってやってきたのだ。

「飯だ」

 扉の近くにいた金木が受け取ろうとした時、男はその皿をひょいと持ち上げた。

「質問に答えてからだ」

 座り込んでいたルイズが立ち上がり、男を真正面から睨み付けた。

「言ってごらんなさい」

「お前達、アルビオンに何の用なんだ?」

「旅行よ」

 ルイズは腰に手を当てて、毅然とした声で言った。

「トリステイン貴族が、今どきのアルビオンに旅行? 一体、何を見物するつもりだい?」

「そんな事、あなたに言う必要はないわ」

「子供のくせに、随分と強がるじゃねえか」

 ルイズはふんと鼻を鳴らした。空賊は笑うと、皿と水の入ったコップを寄越した。金木はそれを受け取ると、ルイズの元へと持っていく。

「はい」

「あんな連中の寄越したスープなんか飲めないわ」

 ルイズはそっぽを向いたが、そんな彼女に向かってワルドが口を開く。

「食べないと、体がもたないぞ」

 そう言われ、ルイズはしぶしぶといった顔でスープの皿を手に取った。そしてスープを飲もうとしたが、床にしゃがみこんだままの金木に気づいて言う。

「あんたも食べなさい。昨夜から何も食べてないじゃない」

「僕は平気だから、食べて良いよ」

 金木は笑みを浮かべながら答えた。それはただ単純に半喰種だから食べたくないという理由でだったのだが、どうやらルイズはそれを金木の気遣いと思ったらしい。彼女は申し訳なさそうな顔で「ごめんね」と呟いてから、ワルドと一緒にスープを食べ始めた。

 スープを食べ終えると、する事が無くなった。ワルドは壁に背中をついて、何や物思いにふけっている。金木とルイズは先ほどと同じように、床にしゃがみこんでいた。

 しばらくそうしていると、再びドアが開いた。今度はやせぎすの空賊だった。空賊はじろりと三人を見回すと、楽しそうに言った。

「おめえらは、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」

 ルイズ達は何にも答えない。

「おいおい、だんまりじゃ分からねえよ。でも、そうだったら失礼したな。俺達は、貴族派の皆さんのおかげで、商売させてもらってるんだ。王党派に味方しようとする酔狂な連中がいてな。そいつらを捕まえる密命を帯びてるのさ」

「じゃあ、この船はやっぱり反乱軍の軍艦なのね?」

「いやいや、俺達は雇われてるわけじゃあねえ。あくまで対等な関係で協力し合ってるのさ。まあ、おめえらには関係ねえ事だがな。で、どうなんだ? 貴族派なのか? そうだったら、きちんと港まで送ってやるよ」

 金木は顎に手をつきながら、この男の問いに対する答えを考える。貴族派だと言えばこの場で自分以外の全員が殺されずに済むし、港まで運んでもらう事もできる。嘘をつくのはあまり好ましい方法とは言えないが、この際背に腹は代えられないだろう。

 そう考えて金木が口を開こうとすると、ルイズがそれを遮るかのように、真っ向からその空賊を見据えて告げた。

「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか。馬鹿言っちゃいけないわ。私は王党派への使いよ。まだ、あんた達が勝ったわけじゃないんだから、アルビオンは王国だし、正統なる政府はアルビオンの王室ね。わたしはトリステインを代表してそこに向かう貴族なのだから、つまりは大使ね。だから、大使としての扱いをあんた達に要求するわ」

 金木は思わず丸くしてルイズを見つめた。そしてルイズの言葉を聞いて、空賊が笑う。

「正直なのは確かに美徳だが、お前達ただじゃ済まないぞ」

「あんた達に嘘ついて頭を下げるぐらいなら、死んだ方がマシよ」

 そう言うと、空賊は笑みを消してルイズ達に言った。

「頭に報告してくる。その間にゆっくり考えるんだな」

 そう言って、空賊は部屋から去って行った。金木はルイズを見てから、ぼそりと呟く。

「……いくらなんでも、まずかったんじゃないの?」

 金木の言葉にルイズはふんと鼻を鳴らし、

「最後の最後まで、わたしは諦めないわ。地面に叩きつけられる瞬間まで、ロープが伸びると信じるわ」

「嘘ぐらいは、ついた方が良かったんじゃないの?」

「それとこれとは話は別。嘘なんかつけるもんですか、あんな連中に!」

 するとワルドが寄ってきて、そんなルイズの肩を叩いた。

「良いぞルイズ。さすがは僕の花嫁だ」

 そんな二人を見て、金木は思わずため息をついた。

「別に僕は良いけど……。ルイズちゃん、君が死んじゃったら任務はどうするの? まさか、本当に最後にロープが伸びてきてくれると思ってるの? もしも君が死んで任務が失敗したら、トリステインはたった一国でアルビオンと戦わなくちゃならなくなるよ。そこまで考えてたの?」

「そ、それは……」

 金木の正論にたちまち、ルイズは言葉に詰まった。案の定、そこまで考えてなかったようだ。金木はもう一度ため息をついてから、

「こんな事は言いたくないけど、もうちょっと状況をよく見て考えようよ。君には覚悟が足りなすぎる」

「うぐぐ……」

 何か言い返したそうだったが、正論なので何も言い返す事ができない。そんなルイズを庇うためか、ワルドが金木に言う。

「僕の花嫁をいじめないでくれないかい? それに、今の僕達じゃ状況をよく見てもできる事は何もないだろう」

「……本当にそう思って言っているなら、魔法衛士隊の質を疑いますよ」

 何? とワルドが顔をしかめた直後、金木の目が鋭くなる。右手の親指を折り曲げて人差し指で押してバキリと音を鳴らすと、扉の方を睨みつけるように見つめる。

 その直後、扉が開いた。先ほどのやせぎすの空賊だ。

「頭がお呼び……」

 そう言いかけた瞬間、金木は空賊との距離を素早く詰めて腹に強烈な拳を食らわせる。それに空賊が腹をおさえてうずくまろうとすると、金木が空賊の首を掴んで言った。

「騒ぐな。少しでも声を出したら、あなたの首をへし折る」

 ぐぐぐ……と首を掴む手に力が入ると、山賊はこくこくと頷きながら大人しくなった。それから振り返って、呆然としているワルドとルイズの方を見ると、静かに言う。

「ここから脱出しましょう」

 それから金木達はデルフリンガーとワルドとルイズの杖がある部屋まで空賊を案内させ、武器を取り戻した。途中で他の空賊達に会わなかったのはそういう道を選んで通ったり、空賊を脅して通らなければいけない道にいる空賊の仲間を別の場所に行かせたり、隙をついて金木が気絶させたりしたためだ。

 自分達の武器を取り戻すと、ワルドが金木に言った。

「杖は取り戻したが、これからどうするんだい? ここは空の上だよ」

「空賊達の頭の所に行きます。その人を脅せば、港まで連れて行ってくれるでしょう」

「そんなにうまくいくかしら……。護衛もいるでしょうし、メイジもいるんでしょう?」

「すぐに決着をつけるよ。それより、喋ってる暇はないよ。早く行かなくちゃ」

「どうしてだい?」

 ワルドが尋ねると、金木は怯えている山賊にデルフの切っ先を突きつけながら、

「この人は僕達を頭の元まで案内するはずだった人です。その人がいつまでも帰ってこなかったら、何かあったと考える方が自然ですよね? そうなったら、必ず他の空賊がやってくる。その前に、頭の元まで行く必要があるんです」

 その後、空賊に無理やり案内させて辿り着いた先は、立派な部屋だった。後甲板の上に設けられたそこが、頭……この空賊船の船長室であるらしい。空賊から話を聞くと、部屋の中には豪華なディナーテーブルがあり、一番上座に頭が腰かけているという事だ。

 金木はデルフの柄で山賊の頭を殴って気絶させると、襲撃の作戦を練った。

「僕が頭との距離を一気に詰めて彼を脅します。その間、ワルドさんはルイズちゃんを護ってあげてください。敵にメイジがいるかもしれないですが、スクウェアクラスのあなたなら大丈夫ですよね?」

「ああ。任せておいてくれ」

 ワルドが頷く隣で、ルイズは一人不安そうな表情をしていた。先ほど空賊の前で啖呵を切ったのに、自分一人だけ何もできないというのが、彼女には歯がゆかった。これでは、何のためにここにいるのか分からない。

 そんなルイズの頭を、金木が優しくなでてから安心させるように告げた。

「大丈夫だよ。君は、絶対に護るから」

 ルイズは相変わらず不安げな表情を浮かべながらも、こくりと頷いた。金木は静かにデルフを抜くと、左手のルーンが輝く。それからワルドとルイズを一旦見まわしてから、扉を半喰種の力で一気に蹴り破った。

 扉が破られると同時、金木は半喰種の力とルーンの力を開放して部屋の中を全速力で駆ける。周りで驚愕の表情を浮かべている空賊達を無視し、ディナーテーブルを踏み越えると、上座に座っている空賊の頭の首に刃を放つ。

 デルフの刃が首を切り飛ばすと思われた直前、デルフがぴたりと止まった。

「動く事も、魔法を唱える事も許しません。その瞬間、あなたの首を飛ばします」

 金木がそう言ったのは、空賊の頭が大きな水晶のついた杖をいじっていたからだ。どうやら、こんな格好だがメイジらしい。デルフの刃は頭の首の皮一枚を切り裂くか切り裂かないかという非常に絶妙な位置で止まっており、金木がその気になれば頭の首を文字通り飛ばすだろう。

 その一方、頭は動揺を浮かべる事もなく、ワルドに護られているルイズに視線を向けた。

「……部下から聞いたが、お前ら王党派を名乗ったらしいじゃねえか」

「ええ、名乗ったわ」

「何しに行くんだ? あいつらは、明日にでも消えちまうよ」

「あんたらに言う事じゃないわ」

 棘のある声でルイズが答えると、剣を向けられているというのに歌うような楽しげな声で頭が言った。一瞬何らかの罠か? と金木は思ったが、頭からは何の敵意も悪意も感じられない。

「貴族派につく気はないかね? あいつらは、メイジを欲しがっている。たんまり礼金も弾んでくれるだろうさ」

「死んでもイヤよ」

 変わらずにルイズがそう告げると、頭が再びその口を開く。

「もう一度言う。貴族派につく気はないかね?」

 ルイズがきっと顔を上げた。腕を腰に当てて胸を張り、口を開こうとした瞬間、金木が頭に言い放つ。

「ないと言ったはずですが?」

「……貴様はなんだ?」

 頭がじろりと金木を見ると、金木は頭を睨み付けながら告げた。

「彼女の使い魔です」

「使い魔?」

 コクリ、と金木が頷くと、頭は何故か大声で笑った。

「トリステインの貴族は、気ばかり強くってどうしようもないな。まあ、どこぞの国の恥知らずどもよりは、何百倍もマシだがね」

 頭はそう言いながら、わっはっはっはと笑い続ける。金木達は、頭の豹変ぶりに戸惑い、顔を見合わせた。それでもデルフは変わらずに、頭の首に添えられていたが。

「失礼した。貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはな。だからすまないが、剣を納めてくれるかい? 君と戦うつもりはない」

 そう言ってから頭は、杖をぽいと床に捨てた。金木は戸惑いながらもデルフを引き、一歩後ろに下がる。

 そして周りに控えた空賊達が、一斉に直立した。

 頭は縮れた黒髪をはいだ。なんと、それはカツラだったのだ。眼帯を取り外し、作り物だったらしいひげをびりっとはがした。現れたのは、凛々しい金髪の若者だった。

「わたしはアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……、本国艦隊と言っても、すでに本艦『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書よりこちらの方が通りが良いだろう」

 そう言ってから若者は居住まいをただし、威風堂々、名乗りを上げた。

「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

 

 

 

 


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