ヒフウノナナフシギ   作:ナツゴレソ

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この回は蓮子でもメリーでもなく、北斗の視点のお話になります。
本編の補填としての意味合いが強いです。蓮子とメリー視点の大筋から外れてはいますが物語に密接に関わっていく、そんな内容となっております。
今後も、北斗に限らず紫などの他の人物の視点を入れていく予定ですので、よろしくお願いします。
それでは、どうぞ


外伝01.既視感の彼女

 17時06分。蓮子がメリーさんを襲われて二時間ほど経とうとしていた。太陽も西の空にも沈み始めている。夕日が目に優しくない。

 住宅街とビル街の境になっている川……姉石川に架かる橋の上で、俺は一人緩やかな流れを眺めていた。今後について話し合う予定だったのだが、メリーと紫には待ってもらっている。二人にもクールダウンの時間も必要だろうし……

 

「……っぅ! はぁ……」

 

 背中と頭の傷、そして手の平がまだ痛みを主張している。出血は酷くないから無視はできるが、もしまたメリーさんが襲ってきたらこの傷を庇いながら戦うことになる。厳しいハンデだ。それでもやるしかないが。

 俺は左腕に巻かれた銀色の腕時計をなんとなく外し、ジーンズのポケットに入れる。幻想郷は動いている腕時計がなかったのもあって、久方振りに身につけたのだが……どうもしっくりこない。まるで時間に追われているような感覚に駆られてしまうのだ。

 幻想郷での生活は自分自分自身で気付けないほど静かにゆるやかに、俺の生き方を変えていた。こちらの世界に違和感を覚えてしまうほどに。

 ……いや、違和感を覚えるのも無理はない、か。

 

「ここは、俺の世界じゃないんだから……」

「世界は貴方のものじゃないわよ」

 

 橋の欄干に身を預け独りごちたつもりだったのだが、ただ一人だけそれを聞いていたようだ。俺の影法師から浮かび上がるようにして、紫さんが現れる。

 あまりに目立つ現れ方だったから慌てて辺りを見回すが、運良く周囲に人はない。俺はつい安堵のため息を吐いた。

 

「はぁ……あまり目立つようなことしないでくださいよ」

「見られるような間抜けしませんわ。それにさほど人通りもありませんし」

「まあ、そうですけど……」

 

 そもそもこの七代市自体都市の規模と人口が釣り合ってないように思えて仕方ない。これほど発展しているのに人口が少ないのは何故だろうか?

 純粋な疑問が浮かぶ。だが、紫さんが隣に並び欄干に頰杖を突くのを見て、どうでもよくなった。

 アンニュイな表情を浮かべた紫さんは夕日に染まる川を見つめながらポツリと呟く。

 

「貴方は世界の部品でもない。世界があって、ただそこに人間や人ならざる者がそこにいるだけ」

「随分詩的な言い草ですね」

「貴方が一人黄昏ているから、引っ張られてしまったのよ……それで、こんなところで何をしているのかしら?」

「……電話を待ってたんですよ。メリーさんから掛かってくるのを」

「囮捜査のつもりかしら? 相変わらず自己犠牲的ね」

 

 自己犠牲なんて大したものじゃないですよ、とは言わずに俺は手の中の万年筆型のスマホを見つめる。先程倒れた蓮子から拝借したものだ。

 拠点の住宅に帰ってから一時間ほど、ここで時間を潰していたのだが、蓮子のスマホに着信は一切ない。

 刀も持たず、手負いのまま単独行動。妖怪からしたら格好の的だと思うんだが、メリーさんから電話が掛かってくることはなかった。

 こちらから掛け直しても出ないことから鑑みて……

 

「あくまで推測ですけど、メリーさんは蓮子を殺すまで蓮子を諦めないでしょう。いや、そもそも蓮子が隙間から出てこない限り、彼女はこの街に現れないかもしれません」

「ええ、その可能性は十分にあるでしょう。だとしたら彼女に手伝ってもらわないと、この状況は解決できないことになるわね」

 

 紫さんの言葉に俺は重々しく頷きながら、万年筆型のスマホをポケットに中に戻す。本当は人の持ち物を勝手に使うようなことはしたくはなかったし、二人を危険に晒すようなことはしたくなかったが……今の俺には手段を選ぶ余裕はなかった。

 メリーさんを名乗る少女。彼女は間違いなく古明地こいしだった。幻想郷にいた頃、こいしのおかげで色んなことに気付くことができた。

 それは今でも、これからも感謝している。それにまるで本物の妹みたいに甘えてくる彼女をずっと愛らしく思っていた。そんな彼女がどうして外の世界にいるのだろうか?

 第一、妖怪は人間に存在を信じられなければ外の世界で生きることができない。

 短時間は大丈夫かもしれないが、存在を忘れ去られた妖怪はいずれ消えてしまうか幻想郷に流されてしまう。後者なら何も問題はない。だがもし、前者なら……こいしが現代の常識に科学に殺されるようなことがあったら、俺は……

 

「蓮子のためにもやるしかありません。こいしに聞きたいことは山ほどありますし、必ず捕まえてみせますよ」

「あら、妙に張り切ってるわね。その割には会うことすら出来てないけれどね」

「ははは……あれが、俺の知ってるこいしだったらきっと接触してくるだろうと思ったんですけどね。ですが、さっきの反応からしてやっぱりこいしは……」

「……っ!? ごめんなさい、野暮用が出来たわ」

 

 突然、紫さんは会話を無理やり中断させるように言い残しながら、隙間の中に姿を消してしまう。まるで誰かから隠れるような慌てた様子だった。紫さんの不自然な行動に眉をひそめていると……突然背後に気配が現れる。

 

「なっ!?」

 

 反射的に左手でお札をつかみ、背後に投げつける。こいしの襲撃に常に用心していた結果なのだが……投げつけた相手を見た瞬間、血の気が引いた。

 夏なのに鼠色のパーカーを身につけるばかりか、顔を隠すようにフードを深く被る華奢な女の子だ。プリツスカートを着ているから、ほぼ間違いなく女性だろうが……今はそんなことを呑気に観察している場合じゃない!

 お札には霊力を込めてある。妖怪だろうと人間だろうと無差別に傷付けてしまうれっきとした攻撃だ。もし一般市民に当ててしまったら病院行きどころではすまないかもしれない。

 

「避けろ!」

 

 動揺のあまりつい無茶なことを叫んでしまうが、お札はもう避けきれないほどの距離まで飛んでしまっていた。

 しかも、パーカーの少女は全く足を動かす様子がない。いや、むしろその逆、あろうことかお札に手を伸ばし……掴んでしまった。

 

「ばっ……!?」

 

 俺は霊力の爆破を覚悟する。が、しかし、何も起こらない。本来なら霊力が迸ってダメージを負わせるはずなんだが、そんな気配は微塵も見受けられない。

 パーカーの女の子は平然とお札を指で摘みながら、舐めるようにそれを観察しているだけだった。確かにお札に霊力を込めたはずなんだが……彼女は何者なのだろうか?

 

「ふーん……随分背後に立たれるのが嫌なのね、貴方」

 

 状況を飲み込めずにいるとフードの奥から皮肉が飛んでくる。俺はつい暑苦しい格好の少女をマジマジと見つめ返してしまう。

 何気ない口調、仕草だったのだがどこか違和感がある。特段特徴があるわけでもない普通の女の子の声なんだが、どうも声が一致しないというか……

 とにかく俺は、自分でも説明しきれないちぐはぐさを彼女から感じ取っていた。

 

「せめて返事ぐらいしなさいよ」

 

 釈然としない思いに戸惑っていると、フードの奥から鋭い眼光に睨まれる。どうやらジロジロ見過ぎたようだ。俺は慌てて取り繕う。

 

「ご、ごめん。ちょっと取り込み中でね。ピリピリしてるんだよ」

「……まあ、どうでもいいわ。それよりアンタに用があるの」

「俺に……?」

 

 フードの女の子はゆっくりと近付いてくると、俺の左胸に人差し指を突き突き立てる。一瞬ドキッとしてしまうような仕草だっだが、その行動に好意がないことはその瞳を見ればすぐにわかった。

 

「アンタ、何者?」

 

 無機質さすら感じるほどの冷たい視線に貫かれ、俺は息を飲む。そこに私情は一切なく、ただ俺を見極めようとしているのが伝わってきた。

 遠くで聞こえていた蝉の声も川のせせらぎも聞こえなくなる。それほどまでの緊張が身体を包み込んでいた。

 

「いや……ただの通行人だけど?」

 

 俺は敢えてとぼけてみせる。さっきのお札の件からして一般人、という線はないはずだ。ならば慎重に接した方がいいだろう。

 彼女が俺達のことをどれだけ知っているかわからないし、俺も彼女のことを何も知らない。ならせめて彼女のことを知ることはできなくても、彼女に俺達の情報を与えないように会話するべきだろう。正直なところ、こういう駆け引きは苦手なんだけどなぁ。やれるだけやるしかない。

 

「それとも新手の逆ナンかな? 顔を見せてくれたらデートの一回くらいは付き合うけど?」

 

 我ながら芝居掛かって胡散臭いと思えるような仕草で首を傾げてみせる。するとフードの女の子は鼻を鳴らしながらお札をこちらに投げ返してくる。

 何気なく受け取ろうとするが、お札が指先に触れた瞬間、感電したかのような衝撃と痛みが走った。思わず指先を引っ込め、女の子を睨むが悪びれた様子はない。やはり只者じゃないなこの子……何者かだなんてこっちが聞きたいところだ。

 

「ただの通行人が妖怪と互角に戦える訳ないじゃない。ま、油断してやられてたけれど」

「……覗き見とは趣味が悪いね。助けてくれてもいいじゃないか」

「そんなことする義理はないわよ。それに……私がアレを退治してよかったのかしら?」

 

 フードの女の子は先程の冷たい表情から一変、俺の顔を覗き込みながら挑発的に問いかけてくる。

 その動きの中で少女は黒色の髪と瞳を晒すが、俺は彼女の顔に妙な既視感を覚えた。人形のような幼く端正な顔つき、間違いなく初対面のはずだ。だがそう思えないのは一体何が作用してのことなのだろうか? いや、そんなことより……

 

「退治、か。君の目的は妖怪退治か」

「それは手段の一つ。私はただ異変を解決したいだけよ」

「異変……」

 

 俺は女の子の言葉をついオウム返してしまう。妖怪退治に異変……元の世界でよく聞いた単語だ。この街で起こっている現象を異変と呼んだとしたら……おそらくこの子は幻想郷の関係者だ。

 俺と紫さん以外で異変を解決しようとしている者がいたのか? だとしても、どうやって結界を抜け出したんだ? 俺の知っている限り紫さんの能力で結界を通り抜けるしかないが……

 いや、そういえばこの子と会う直前、紫さんは隠れるように消えてしまったな。やはり紫さんが協力を依頼したのだろうか?だとしたら……俺達は。

「異変解決が目的なら俺も目的は同じです。よかったら一緒に……」

「はあ? 馬鹿じゃないの? 共闘なんてごめんだわ」

 

 突っ撥ねるような一言に、俺は二の句が継げなくなる。フードの奥から先程の……いや、それ以上に冷たい視線が注がれていた。攻撃的なまでの拒絶だ。友好な感情は一切読み取れない。

 ……しくじった。よく考えればこちらの正体もわからないのに、協力なんてできるはずもないじゃないか。冷静になればわかることだろうに。

 女の子はパーカーのポケットに手を突っ込みながら、ゆっくりと数歩下がっていく。

 

「……私が一人でやるわ。誰も手出しさせない。邪魔になるようならアンタも倒すわ」

 

 まるでうわ言のように呟くと、女の子は踵を返し歩いていく。その小さな背中は毅然たる雰囲気を纏っていたが……同時に、孤独も感じた。そして、その姿が一瞬だけとある少女と重なる。

 俺の足は自然と彼女を追いかけていた。彼女の手を掴まないといけない、じゃないといつかいなくなってしまう。

 そんな気がして、俺は橋のすぐ手前の路地裏に入ろうとするフードの女の子に手を伸ばす。だが、手は届かなかった。俺は転びそうになりながら路地裏へ入るが……

 

「いない……!?」

 

 そこには人っ子ひとりいない。ほんの一瞬で、音もなく、女の子は消えてしまった。残されていたのは路地裏の淀んだ暑苦しい空気だけだ。

 狐に化かされたような気分だ。さっきまで目の前にいたのは陽炎の見せる夢幻だったんじゃないのか。そんな錯覚すら感じてしまうような状況だ。

 夢……そうか、フードの女の子から感じ取っていた引っかかりの正体が分かった。

 ……似ているんだ。どこか、仕草が、口調が、不器用そうな生き方が。その蝶のように儚い、姿が。

 

「霊夢……」

 

 俺は夕日の中で、幻想郷を守りながら帰りを待ってくれているはずの少女の名を呟いた。


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