俺にだけ「手鏡」のアイテムが配布されなかったんだが 作:杉山杉崎杉田
数ヶ月後、あれからアスナとフレンド登録させられたあたしは、休日なしのノンストップで攻略とライブをやらされていた。
だが、そのお陰というか何というか、ステはグングン上がり、今ではそんなに苦ではなくなっていた。リアルに戻ったら絶対に寝て過ごしてやる。
今はエギルさんとクラインと次のライブの打ち合わせをしていた。
「それで、次のライブはどうします?」
「そうだな……。10月1発目のライブは大成功したし……うん、しばらくは休みだな。次のボス攻略前のライブまで自由にしてていいぞ」
「マジでか⁉︎」
「オウよ!カンザキちゃんよく頑張ってくれてたからな!サマーライブの時とか」
「あー……あれはなぁ。結構際どい水着アシュレイさんに作ってもらってたからな……」
「あ、あの時の話はやめて下さいよぅ!」
「『ペチャパイKANZAKI、Fooooo!』ってすごかったもんな」
「殺しますよ、クラインさん」
「ごめん」
あの格好は恥ずかしかったなぁ……。今思い出しただけでも死にたくなってくる。
「まぁ、そういうわけだ。クライン、お前もしばらくは風林火山の連中と休暇だ。当然、俺もな」
「おお、そうか。そういう事になるのか。じゃあ、みんなにそう伝えてくるよ」
「おう。お疲れ、クライン」
「お疲れ、カンザキちゃんも」
「乙です!」
ビシッと敬礼すると、クラインは微笑みながら手を振って立ち去った。
その背中を眺めながら、あたしは席を立った。
「………じゃあ、あたしも家で寝ようかな」
「ああ、次の予定が入ったらまた知らせるから」
「はぁーい。お疲れ様です、エギルさん」
「おう」
そう言って、あたしは店を出ようとした。直後、扉が開かれ、あたしのおでこに直撃。
「いったぁ⁉︎」
「んっ、ああ。悪い、大丈夫か?……って、カンザキ⁉︎」
「き、きききキリトさん⁉︎」
二人して顔を赤くして目線をそらした。うっ……何これ、なんなのこれ……。何この感覚?
「おう、キリト。どうした?」
エギルさんがキリトに声を掛けた。
「いや、ちょっとアイテム売りに来たんだけど……改めるわ」
あたしのことをチラッと見てから出て行こうとするキリト。
………えっ?ひょっとして、あたし……嫌われてる?
「おいおい待てよ!」
エギルさんが声を張り上げて、キリトの襟首を掴んだ。あ、悪い顔してる。
「せっかくだからそのアイテム見せてみろよ!」
「え、いやでも」
「な?」
「え、うん、はい」
無理矢理、あたしとキリトは同席させられた。
「それで、なんのアイテムだ?」
「ラグーラビットの肉だ」
「おいおい、S級のレアアイテムじゃねぇか、自分で食おうとは思わねえのか?」
「思ったさ。多分二度と手には入らんだろうしな……。ただなぁ、こんなアイテムを扱えるほど料理スキルを上げてるやつなんてそうそういないだろ」
………確かに。あたしは歌スキルとその他戦闘スキル上げてて料理スキルに回す暇なんてなかった。
ちなみに、歌スキルってエクストラスキルだったりするんだなこれが。
まぁ、確かに勿体無いけど売るしかないか……。そう思った時、「キリトくん」と後ろから声が掛かった。
アスナが立っていた。
「シェフ捕獲」
「な……何よ」
振り向きざまにキリトはそう言った。
「珍しいな、アスナ。こんなゴミ溜めに顔を出すなんて」
「何よ。もうすぐ次のボス攻略だから、ちゃんと生きてるか確認に来てあげたんじゃない」
「フレンドリストに登録してんだから、それくらいわかるだろ。そもそもマップでフレンド追跡したからここに来られたんじゃないのか」
言い返すと、アスナはぷいっと顔を背けた。
「生きてるならいいのよ。そんなことより、何よシェフって」
「あ、そうだった。お前今、料理スキルの熟練度どの辺?」
「聞いて驚きなさい、先週に《完全習得》したわ」
「なぬっ!」
「あ、アスナさん⁉︎あたしにあれだけ攻略しろって言っといて自分は料理スキル上げですか⁉︎」
「あら、カンザキ。いたの?」
「か、かかかかカンザキですと⁉︎」
過剰に反応したのはアスナの後ろのおっさんだ。
「ちょっ、何よクラディール……」
アスナに全力ドン引きされても、クラディールと呼ばれた男は無視して後ろで手鏡の前で前髪をいじり始めた。
そして、どういうわけかリーゼントにしたあと、あたしの前に出た。
「私は血盟騎士団のクラディール、以後お見知り置きを」
「え、あ、うん。はい。カンザキです……よろしくお願いします……」
引き気味に、あははっ……と苦笑いした。てか、このおっさんリーゼント死ぬほど似合ってない。死神みたいな顔してるし。
「クラディール、カンザキが困ってるわ」
「いつもライブ行ってます!」
「クラディール?」
「あ、あははっ……じ、じゃあ……」
鬱陶しいので、あたしはアイテムストレージからサインペンと色紙を取り出した。
キュキュキュッと音を立ててサインを書くと、クラディールさんに差し出した。
「どうぞ」
「こっ、こここここれはああああああ‼︎⁉︎」
「応援ありがとうございます。これからもライブ、見に来てくださいね」
微笑みながらそう言うと、クラディールは本気で気持ち悪い笑顔でガッツポーズした。
「ホオオオオオムランッッ‼︎」
「クラディール、いい加減になさい」
「これ!我が家の家宝にします!」
…………気持ち悪い。これが熱狂的なファンというものか……。
「じ、じゃあアスナ。これを調理してくれるか?」
話を戻すようにキリトはアイテムストレージを弄った。
「ラグーラビット⁉︎S級食材じゃない!」
「調理してくれれば、一口食わせてやる」
あ、バカっ。そんな上から目線で言ったら……。
あたしの心配は的中した。アスナはキリトの胸ぐらを掴んで自分の眼の前に引き寄せた。
「は、ん、ぶ、ん‼︎」
その迫力に、キリトはコクコクと頷いた。
アスナはそう言うと、クラディールを見た。
「と、いうわけです、クラディール。今日はもう護衛はいいです。お疲れ様」
「イエッサー!ドクター!」
「ドクター?」
そのままクラディールは店から出て行った。
「じ、じゃあ、私達も行きましょうか」
そんなわけで、ラグーラビットはお預けとなった。取り敢えず、家帰ったら料理の特訓しよう。