俺にだけ「手鏡」のアイテムが配布されなかったんだが 作:杉山杉崎杉田
「さて、この後どうしよっか」
シリカに声を掛けたのだが、緊張してるのか、口をガチガチ鳴らし、身体なんてブルブルと震えさせている。
「あの、シリカちゃん?」
「ふぁ、ふぁい!なんでしょうカンザ……」
「ちょっ、ストップ!」
慌てて口を塞いだ。何を言い出すんだ大声で。
「あのね?さっき言ったよね?あたしの正体秘密って言ったよね?ここでサイン会開かれたいの?」
「ご、ごめんなさい……」
「さて、それじゃあとりあえず、街までもどろっか?」
「は、はい!」
*
35層主街区は、白壁に赤い屋根の建物が並んでいる、ぼっかぼっかと音がしそうなほど牧歌的な村のたたずまいだった。
あまりこの辺りの記憶はあたしには無いので、物珍しそうに辺りを見回しながら歩く。……というか、最近「あたし」という、一人称を使う度になんか違和感がするな。なんだろう。何か大切なことな気がするんだが……。
考え事をしながら歩いてると、いかにもあたしのことを好きそうな男達が近寄ってきた。
「シリカちゃん!大丈夫だった?心配したよー」
「あの、それでパーティの件なんだけど……」
目的あたしじゃなかった。……ちょっと、イラッとしたな。
「あ、あの……お話はありがたいんですけど……しばらくこの方?と、パーティを組むことになったので……」
シリカがペコペコと頭を下げながら言うと、そいつらはあたしの方をジロリと見た。
「おい、あんた」
「見ない顔だけど、抜けがけはやめてもらいたいな。俺らはずっと前からこの子に声をかけてたんだぜ」
「へぇ、見ない顔、ね?」
プライドが傷付いた。あたしはほんの一瞬、帽子とサングラスをズラした。直後、固まる男達。
「あ、あんたは……!」
「か、カカカカンザ……!」
叫び掛けた二人の口をあたしは塞ぐ。
「…………誰にも言うなよ。言ったら後でサンドバッグだから」
コクコクと頷いたのを確認すると、サービスと口止め料を込めてサインを二人に渡して、シリカの手を引いて横を通り過ぎた。
「……すごいね、シリカちゃん。アイドルのあたしより人気者じゃん」
「そ、そんなことないです!カンザキさんより上なんて恐れ多い……!」
またまた俺は慌てて口を塞いだ。
「だーかーらー!学べよ!」
「はっ、ご、ごめんなさい……」
辺りを見回したが、特に誰も気にした様子はない。……それはそれで少しショックだけど。
「あ、それでカン……お、お姉ちゃん」
あ、これあかん。
「も、もう3回呼んで」
「へ?」
「ほら、はよ」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん?お、お姉ちゃん……」
段々、恥ずかしくなったのか、顔を赤くしてシリカはうつむいた。うん、お姉ちゃん呼びも悪くない。……リアルの妹には一度も「お兄ちゃん」と呼ばれたことなかったなぁ……。ん?あれ?お兄ちゃん?あれ?
「あ、それでお姉ちゃん。ホームはどこに……」
シリカに聞かれて、あたしの思考は途切れた。まぁいいや、今はお姉ちゃん呼びのが重要だ。
「あたしはいつも50層だけど……」
アスナに張られてるかもしれないからな……。
「い、今は帰れないからこっちに泊まろうかな?」
「そうですか!あそこの《風見鶏亭》ってあるじゃないですか!あそこのチーズケーキ結構いけるんですよ!」
「ほんと?チーズケーキ好きだから楽しみだな」
そんな事を話しながらその風見鶏亭の方へ歩く。だが、その途中で五人の集団が出てきた。どっかで見たと思ったらさっきまでシリカがつるんでた連中だ。最後尾にはロザリアの姿もある。
「……!」
そして、そのロザリアはこっちに気付いた。
「あら、シリカじゃない」
「………どうも」
「へぇーえ、森から脱出できたんだ。よかったわね」
挑発的に言うロザリア。
「あら?あのトカゲ、どうしちゃったの?」
嫌な笑いでさらに痛いところを抉ってきた。まぁ、言うだけ言わせりゃいい。明日にはこいつら引っ捕えるんだから。
だが、シリカはそうはいかない。悔しそうに唇を噛み締めていた。
「あらら、もしかしてぇ……?」
「死にました……。でも!ピナは絶対に生き返らせます!」
「へぇ、ってことは《思い出の丘》に行く気なんだ?でもあんたのレベルで攻略できるの?」
「シリカちゃん、行くよ」
あたしは無理矢理、シリカの手を引っ張って宿の中へ。
「嫌味しか言えない女と話しても、時間の無駄だから」
「……なんだって?」
あたしの言った言葉に食い付くロザリア。
「そのまんまの意味だよ。この子にばかり男を持ってかれて嫉妬してるの?それでも大人かよ……」
「なんですって……!」
睨み合いが始まりそうな勢いだ。けど、あたしもシリカも暇じゃない。すぐに手を引いて宿に入った。
「あんた、覚えてなよ」
………掛かった。これで、奴らの網にはあたしも入った。狙われるのは確実だ。あたしは心の中で薄く笑った。