るろうに剣心 ー空と海と大地と呪われし姫君ー 作:トルネコ
メクアがトロデーン城に迷い込んでから10年の年月が過ぎた頃だった。とても働き者で全てを完璧にこなし、勉学や身体能力においても天性の才を発揮し、その上、城内の人々や村人達からの信頼も厚い為、実質13歳にして姫君専属小間使いから王近属兵団に入隊した。それからまた5年程経った頃の事だった。
「ネルちゃ〜ん、今度はこっちの木箱お願いね〜」
「はい、分かりました」
スカーフを羽織った初老婦人の手伝いをしていたメクアは三段重の木箱を持って返事をした。前の見えない為、ロヨロと動きながら前に進んだ。するとドンと誰かにぶつかった。
「あ、すみません。…旅のお方ですか?」
少し顔色が悪く、どことなく奇妙な長身のその男不気味に笑い、歩いていった。
「なんだあれ、無愛想な人だなぁ…」
「あの人ね、二日前くらいからウチの宿屋に泊まってるのよ。口も聞かないで何しているのか分からない人だから、あんまり近づかない方がいいよ」
近くを通った城内にある宿屋の女将がネルメクアに言った。すると手伝いをお願いされていた初老婦人が後ろから口を開いた。
「やだねぇ、わけのわからない旅人ってのは、まぁ、何かあればネル君がコテンパンにしてくれるから安心だけどねぇ」
「それもそうね」
おばさん方の世間話についつい苦笑いをする。自分は近護衛でもなければ王近属兵隊の団長でもない。もっとも、剣術以外は恐らくこのおばさん方にも劣るだろうが。おばさん方の世間話が弾んでいる間に木箱運びを終わらせておこう。
「…はぁ」
「どうか致しましたか?」
城の窓際で城下にいるメクアを遠目で眺めながら長い溜息をしたミーティア姫に紅茶を入れに来たメイドが心配そうな顔をしてミーティア姫の顔色を見やった。
「え?あ、ううん…気にしないで!何でもないから!」
「左様ですか、ではまた、御用がありましたらお呼びください」
そう言ってメイドは退室した。部屋に誰もいない事を確認したミーティアは再び木箱をせっせと運んでいるメクアを遠目で見やり、深い溜息を付いた。そして夏空をぼんやりと見上げ、呟くように口を開いた。
「もっとメクアとお話したいのに…」
そんな呟きは夏の風に流され消えていった。メクアを『メクア』と呼ぶのはトロデやミーティアの2人だけで、使用人などは『ネルメクア様』や『ネル君』など『ネル』という名で呼んでいる。いわゆる本人確認というやつだ。
夏の終盤に差し掛かった頃、城中で大きな新任式が行われた。ミーティア姫の要望で初の姫専属近護衛にメクアが指名推薦、新任したのである。村の人々や城内使用人などからの信頼も厚くトロデーン城全体からの評価はダントツで高かった為、新任したのだ。そのつぎの日の事だった。不気味な服装をしたドルマゲスという手品師がトロデ王とミーティア姫、そして近護衛のメクアの前で手品を披露したのである。
「うむ、ドルマゲスとやら、見事であった。礼と言っては何じゃが、我が城に泊まっていくといい」
トロデ王とミーティア姫は拍手をしながら言った。するとドルマゲスは不気味な笑みを浮かべ口を開いた。
「ありがたきお言葉。ではお言葉に甘えて」
そう言って玉座の間から出て行った男をただ一人、メクアがずっと睨んでいた。
「どうしたの?メクア、アナタにその顔は似合わないわよ?」
「いや、あの男、どこか変だったから…」
「もしやお主…」
さすがトロデ王。一国の王たる者、怪しい者の身柄を取り押さえておく為に自城に止めようとしたのか。
「あの男が褒められたので嫉妬しておるな?」
「ほぇ…?!」
嫉妬?まさかの答えに一瞬戸惑った。
「い、いえ。僕はただドルマゲス殿が殺気というか邪気というか…何か嫌な様なものを感じたから…」
「うふふ、そんな堅苦しく話さなくていいよ?3人だけなんだから」
「あ、そう?結構疲れんだよ?敬語ってさ」
その後、三人は夕暮れ時まで雑談をして大臣に叱られたとかされてないとか。
「あの近護衛の少年の目…私の事を疑いの目で見ていた…まさか私の目的を見抜いたのか…?」
「どうかなさいましたか?ドルマゲス殿」
部屋に案内をしている案内兵が突然止まってブツブツと独り言を言っているので聞いた。
「あの玉座の間にいた一人の兵は何なのだ?」
「え?あぁ、ネルさんの事ですか?いやぁ、彼は凄いですよ」
そう言って案内兵はドルマゲスを部屋に案内をしながら話した。
「今から十年前、ちょうど彼が8歳の頃に記憶を無くして大怪我をして倒れている所をトロデ王とミーティア姫が助けた少年で身元も素性も謎なのですがたった十年で最上級高位兵の近護衛になったエリート中のエリート何ですよ」
「ほう、してその少年の名は何と申す?」
「ネル・メクアさんですよ。その名付け親はあのミーティア姫何ですよ!」
「…ネル…メクア…!?いや、まさかな」
「え?」
「いや、なんでも」
2人はそう言って客人部屋へと入っていった。
「やっぱり昼間の
ミーティア姫の部屋の前で見張りをしているメクアはドアの横に掛けておいた銅の剣を手に持って下の階にあるドルマゲスの部屋を見に行くことにした。その途中の事だった。
「ぐあぁぁー…ッ!」
封印されし宝物庫の方から見張り兵の叫び声が聞こえた。
「どうしたんです!?大丈夫ですか!?」
宝物庫の前に倒れている兵に近寄った。
「ドル…マゲ…ス…」
そう言って兵士は気を失った。その兵を仰向けに寝かせ、やくそうを口に含ませてメクアも宝物庫に走って入った。
「ドルマゲス!」
「ほう、やはり貴様が一番乗りか」
宝物庫の一番奥にある『封印されし杖』を手に持ったドルマゲスが宙に浮きながら言った。
「その栄光を称えて一番強い呪いを貴様を中心にこの城に掛けてやろう」
そう言ってドルマゲスはその杖をメクア目掛けて振り下ろした。
『
すると杖から太く大きい多数のイバラが襲い、吹き飛ばされて壁にぶつかった。
「かはッ…!ミー…ティ…ア…」
掠れた声でそう言うとメクアの視界は燃える様な緋色になり、気を失った。
「ククク…悲しいねぇ…悲しいねぇ…」
宙に浮いたドルマゲスは空高くからトロデーン城を見下ろした。
「ククク…ヒャーハハハハ!アヒャハハハ!アーッハハハハ!」
甲高い声を上げながらドルマゲスは夜の闇に姿を消した。するとその瞬間、トロデーン城の内部から大きなイバラが城を襲った。そしてたった一夜にして一国の城にイバラが根付いたのである。
それから三日後の事だった。宝物庫の前の壁に叩き付けられたメクアが目を覚ました。確か宝物庫の扉の前で倒れたはずなのだが、王室の隣にある近護衛の部屋のベットに横になっていた。完全に傷は無くなり、流血後と服の裂けた後だけが痛々しく残っていたのである。とは言ったものの、頭を強打したからか、まだ少し頭がぼんやりして上手く頭が回らない。
「…ミーティアは!?」
やっと頭が治まってきた頃にふと我に返ってミーティアの事を思い出したメクアは走ってミーティアの部屋に行った。
「ミーティア!」
そこにいたのは純白の毛並みでとても美しい白馬だった。窓から差し込む光が白い毛に反射してとても綺麗な白馬はメクアの方に近付いて口を開いた。
「メク…ア…」
白馬は震えた声でメクアの名を呼んだ。
「どこも…怪我してない…?ミーティア」
「…私が…分かるの…?言葉も!」
「もちろん。ひと目でわかるよ。10年も一緒なんだから」
「お父様はさっき来たけど私が分からなかったから…」
メクアとミーティアが話しているとドアがガチャっと開いた
「む?…!メクア!無事だったか!わしが見つけた時には心臓が動いて居らんかったのでな、部屋に運んで葬ってやろうと思っておったのじゃが…いや失敬失敬、それにしてもこんなに嬉しい事は無いわい!」
緑色の魔物の様な姿をしたトロデ王がメクアに抱き着いて来た。背丈は変わらず、どことなく面影が残っていた。
「…ミーティア」
無理に喜んで抱き着いて来たトロデ王の耳元で呟いた。するとトロデ王は顔色を変え、ミーティアのベットに腰を下ろした。
「ミーティアは…いなくなってしまったのだ…」
「トロデさん、この白馬がミーティアなんですよ」
そう言って白馬をトロデの方に近付かせた。
「おぉ!そうじゃったか!…そう言われると面影があるのぅ!」
「…信じてくれるの?」
「無論、お前がわしに嘘をついた事があるか?」
がハハハハと笑いながらミーティアの首に抱き着いた。そのトロデの目から光る物が見えた。涙だろうか。
「トロデさん、それで城がこんなふうになった理由なんだけど…」
「あぁ、大体は調べはついておる。ドルマゲスがあの杖を盗み呪いをかけたのであろう?わしはヤツを追うために城を出る。ヤツの師匠なら何か知っているのではと思うてな、トラペッタに行く」
「なら僕もお供します」
「…私もお父様に付いて行くと伝えて?」
そしてこの二日後、三人はトロデーン城を後にした。憎き道化師・ドルマゲスを倒さなければ城の呪いは解けないカラである。身分を隠す為、メクアは私服を、トロデは王冠を置いて行き、ミーティアには…メクアが二日で仕上げた綺麗な服を着せた。こうして身分を隠した三人はドルマゲスの師匠・マスターライラスの住む町、トラペッタに向かった。