過度な期待はせずにご覧ください。
──突然だが、俺はハンターである。
ガキの時からハンターに憧れていた俺は、13歳の時に偶然住んでいた村を訪れたハンター──後の師匠に弟子入りし、2年かけてやっとこさ師匠に太鼓判を貰って正式にハンターとなった。
それから地道にランクを上げていき、3年後には上位ハンターに、その更に5年後にはG級ハンターにと、通常のハンターと比べると破竹の勢いで狩人の道を駆け抜けて行った。
あの頃はまだ見ぬ秘境や、未知のモンスター、大自然の神秘に俺は魅せられていた。
この世界の何もかもが輝いて見えていた。
人よりも遥かに巨大なモンスターとの戦いに熱く燃えたぎっていた。
そう──あの頃は。
今はハンターを続けることが苦痛になっていた。
切っ掛けは一通の手紙だった。
故郷の幼馴染みが嫁さんを貰って結婚するとのことで、是非お前も出席してくれと招待状が同封されていた。
ここしばらく故郷の村には帰っていなかったのもあって、結婚式に参加するついでにたまには親に顔を見せようと帰郷した。
ガキの頃に泥塗れになって遊んだ親友が花嫁衣装に身を包んだ美人の嫁さんと並んでいるのを見て、ふと思ったのだ。
青春時代など血と汗に満ちたハンターライフに捧げたのでまともに恋愛をしたこともなかった。
女に縁がないわけではなかったが、会うヤツは大体下手な男よりも漢らしい
ハンターになったことで普通に暮らしていれば手に入らないような大金を手にし、人々にはいつもありがとうと感謝され、確かに豊かな生活を送っていた。
だが、結婚とは無縁だった。
俺も今年で27歳。
四捨五入すれば30代、所謂オッサンと呼ばれる世代に突入してしまう────童貞のまま。
あと3年もすれば魔法使いになってしまうではないか。
トドメに親の「お前もいい人はいないのか?」や「孫の顔はいつ見れるんだろうねぇ」というはよ結婚しろやというお言葉を頂戴し、俺は若干実家に居辛くなり、予定を早めてそそくさと拠点のあるドンドルマへと逃げ帰るようにして戻ってきた。
それからはハンターとしての生活に魅力を感じられなくなり、何をしても満たされることがない虚ろな日々を過ごした。
このままではダメだと思った俺は寝食も忘れて三日三晩悩んだ末に、ある決意をする。
俺、ハンター辞めて婚活するわ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「すいません、よく聞き取れなかったのでもう一度お願いできます?」
「イヤ、だからハンター辞めようと思うんだ俺」
「はああああああっ!?」
受付嬢がタダでさえ騒がしい集会所で叫ぶ。
突然騒ぎだした受付嬢に一瞬視線が集まるが、ここでは珍しいことではないので、各々自分達の自慢話やら愚痴に戻っていった。
「と、突然どうしたんですか!?何か未知の病にかかったとか、ハンター生命を絶たれるような怪我を負ったとかですか!?」
「何処からどう見ても健康体だろうが」
「じゃあなんで!?」
「いやぁ、なんかこう、もうハンター辞めようかなー、と思って」
言えない、魔法使いになる前に結婚して童貞卒業したいとか公衆の面前で絶対に言えない。
恥ずかし過ぎて死んでしまう。
「そんなふわっとした理由で辞めようとしてたんですか!?」
「まぁ、そんなことは置いといて、どうやったらハンター辞められんの?」
「ちょっ!?貴方自分がどれだけこのギルドに貢献してるのか分かってます!?人間最終兵器とか呼ばれてる貴方が辞めたらどれだけの損害が発生すると思ってるんですか!?」
「えっ、なにその痛いアダ名。初耳なんだけど」
「ともかく!!いきなり辞めるとかそういうのは無理です!!そもそも私では判断しかねます!!」
「あー、じゃあ大長老に直談判してくるわ。トップに聞けば分かるだろ。というわけで大老殿行ってくる」
「あ!ちょっと待って!?待ってくださーい!?」
そんなこんなで大老殿の階段を三段飛ばしでかけ登り、大長老とご対面。
事のあらましを大長老に伝えると……。
「それは勘弁してくれぬかのう」
「えぇー」
「オヌシは文字通り、ドンドルマを守る堅き盾にして最強の矛でもある。ただでさえ度重なる古龍の襲撃でドンドルマの復興費が嵩んどるというのに今オヌシに抜けられると非常に厳しい。防衛面でも財政面でも」
「別に他のハンターを雇えば良いんじゃねぇの?」
「オヌシクラスのハンターは皆他の町や村付きの専属ハンターになってしまっとるし、早々簡単に人員の補充を行うのは難しいのだ」
そんな諸々の大人の事情で、辞めるのは実質不可能だということが分かった。
ならせめてもの抵抗として、しばらくは緊急クエスト以外は受けないという条件を大長老に認めさせたので、ひとまずは婚活に集中させてもらおう。
さて、何処かに出来れば美人で気立ての良いお嫁さんは転がっていないものか。
まあ、そんな都合の良いことあるわけないか。
まずは地道に出会いを求めて旅でもしようか。
そう思って大老殿の階段を降りていくと、何やら守護兵が誰かと揉めている声が聞こえてきた。
守護兵のランスを押し退けようとしているのは……あれ受付嬢何でここに居んの?
「離してください!!あの人を追いかけないと!!」
「だからこの先は許可のない者を入れるわけにはいかんのだ!!」
守護兵と訳の判らない押し問答を繰り返す受付嬢に呆れながらも、止めないわけにはいかんだろうと声をかける。
「……なにやってんのお前」
「あ!どうだったんですか!?まさか本当に辞めちゃうんですか!?」
「いーや、辞めるのは勘弁してくれってさ。代わりにしばらくは緊急クエスト以外は受けないってことにしてもらった。半開店休業状態みたいなもんかな」
「よかったぁ……」
へなへな、と膝を折ってその場にへたり込む受付嬢。
そんなに俺に辞められるとマズイのか。
意外と俺って影響力あったんだなぁ、と今更ながら思う。
そういうのは全く関心がなかったからな。
早く仕事に戻れよー、と受付嬢に一声かけてその場を後にする。
「……アレ?でも緊急クエスト以外は受けないということはあの人と会う機会が減るってことじゃあ……」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
まずは旅の準備のために色々と必要なものを市場で買い揃え、ドンドルマの住宅地の端にある自宅へと帰ってきたわけなんだが、家の前に誰かが居る。
明らかに初心者ですと言わんばかりのレザーシリーズ装備を着込んだヤツが、そわそわしながら家の前をうろうろして誰かを待っているような素振りを見せている。
家の前を待ち合わせ場所に使うなよ、と思いつつスルーして家に入ろうとすると──
「ちょっとすみません!」
──レザー装備のヤツに阻まれた。
「なんだよ」
「貴方がこのドンドルマ最強のハンター、エイト・ハウンズですか」
「その仰々しい称号は知らんが確かに俺はエイト・ハウンズだが?」
そういうとソイツは目の前で90度腰を曲げて頭を下げた。
「貴方の弟子にしてください!!」
「…………」
近所迷惑な程の大声で叫ばれ、何故か今日はよく叫ばれるなとどうでも良いことを考えながら、然り気無く家のドアを開けて家に入り、ドアを閉めようとするとそれに気づいたレザー装備がドアの間に足を挟んで閉めるのを阻止してきやがった。
「何で無視するんですか!?」
「あー、さっきのは嘘。俺はエイト・ハウンズじゃなくてドーテ・イデスだ。エイト何てヤツは知らん。だからその足を退けろ」
「見え透いた嘘をつかないでください!!あと退きません!!」
「仮に俺がエイトだとして、弟子入りしてどうする気だ」
「私にハンターの修業をつけてください!!」
「無理。疲れた。面倒だ。帰れ」
「貴方が弟子入りを認めてくれるまで帰りません!!」
「…………」(無言で扉に力を込める)
「ぎゃあああ痛い痛い足がペチャンコになるうう!!」
格闘すること5分。
そろそろご近所からの視線が冷たくなってきたので仕方なく、本ッ当に仕方なくレザー装備を話だけは聞いてやると家に招き入れた。
「で?まず誰よお前」
「はい!リサ・グリーンフィールドと言います」
「グリーンフィールド?」
それは確か師匠の苗字じゃなかったか?
もしや、師匠の親戚か何かか?
そう思って目の前のリサとやらの親戚関係について思いを馳せていると、リサが思い出したとばかりにポーチから紙切れを取り出した。
「あ、そういえば叔父さんから会ったら渡せって言われていたものがありました」
それを受け取って見ると、どうやら俺宛の手紙らしい。
取り敢えず開いて中身を確認してみると、それは師匠からの手紙だった。
『元気かな?我が弟子よ。お前が私の元を巣立ってから早いもので十数年。ハンターとしてすっかり有名になったようで私もお前の師匠として鼻が高いよ。さて唐突ですまないが、これを読んでいるということは私の姪がお前の目の前にいるだろう。見ての通り、姪はかけだしハンターだ。しかしその子は才能はあるものの少しばかり間が抜けていてね。見ていて少々、いやかなり危なっかしい。私も出来るならば自分で修業をつけてやりたかったのだが、知っての通りこんな体だ。だから代わりに、信頼のおける自分の弟子に預けてみようかと思ってね。お前も自分の弟子を持ってみても良い頃合いだろうし、お前への推薦状も兼ねてこの手紙を書いた。どうか私の姪に修業をつけてやってはくれないだろうか。頼んだぞ』
師匠ォォォォーーッ!?
貴方の差し金ですか!!
何と間の悪い。
弟子の婚活を邪魔しないでもらえますか!?
絶対にコレ俺が師匠に弟子入りしたときの意趣返しだよコレ!!
弟子にしてもらうまで1週間付きまとったのそんなに根に持ってたんですかそうですか!?
「うわぁ……14年前の俺うわぁ……マジでなにしてんの……」
「どうでした?何て書いてありました?」
「……ウチの姪っ子よろしくだとさ」
「!じゃあじゃあもしかして……」
「叔父さんに感謝するんだな。あの人が俺の師匠じゃなかったら絶対に弟子には取らなかったが、師匠の頼みだ。今回は特別だ」
「本当に!?やったー!!これからよろしくお願いします師匠!!」
わーい、とはしゃぎ回るリサを喧しいと叩きのめして静かにさせ、急に疲れがどっと出た俺は自室に引っ込みベベッドに飛び込んだ。
俺、本当に結婚出来るのか不安になってきた。