【完結】もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版) 作:taisa01
12日夜明け前 エ・ランテル 冒険者ギルド
銀髪の少女と老紳士は、ラインハルトの姿を確認するや否や回りの目を気にせずに跪いて乞うのだった。
「どうか。ヴァンパイアの脅威からお救いください」
普通の冒険者であればどのように対応するだろうか。そもそも条件・状況を聞くのだろうか。それとも信用しないのだろうか。少なくともこの少女の言葉には、多くのものが不足していた。
その様子に、さすがのギルド長も困った顔をする。冒険者ギルドの長という仕事をしていれば、このように助けを求めてくるものの話を聞くことは多い。悪いことは重なる。大きな事件と同時に、大小様々なトラブルが発生することはよくあることだ。しかし、よりによってヴァンパイアである。
なによりタイミングが悪い。本当にヴァンパイア討伐であれば、対処できるのはミスリル以上の冒険者チームとなる。しかし昨晩の騒動でこの街を拠点とするミスリルの冒険者チームは、レッサーヴァンパイアと対峙し消耗している。
そんな彼ら以外で対応可能なのは、かろうじてという注釈付きで引退したギルド長本人か、目の前の男のみ。しかし消耗と言う点では、目の前に立つ今回の立役者、ラインハルトも変わらない。いや、それどころかアダマンタイト級冒険者であっても可能か分からない大魔法を発動させ、さらにスケリトル・ドラゴンさえも葬っているのだ。
そんな状況にあって、ラインハルトは静かに銀髪の少女の目を見る。
その瞳には、確固たる意志が映る。なにより、その意志を隠そうともしないことにラインハルトは興味をもった。
「よかろう。その依頼受けよう」
「ラインハルトさん?!いえ、一晩中戦い続けたのですから。せめて一度宿に戻るのはいかがでしょう?」
「そうだ。一休憩してから顔を出してくれ。ちょうど別件で活動していた冒険者から類似の情報が上がってきた。情報整理の時間もほしいからな」
少女の依頼をそのまま受けで出立してしまいそうなラインハルトを見て、さすがにエンリとギルド長は止めに掛かる。
またギルド長には野盗討伐を実施していたアイアンの冒険者チームから、ヴァンパイアらしき存在と遭遇したという連絡も今しがた入ったのだ。
せめて情報をまとめるまで。
せめて休憩し体調を整えるまで。
二人の思惑に大きな違いは無く、ここで一休憩を入れた後、打ち合わせと決まったのだった。
******
11日深夜 ナザリック地下大墳墓 第九層
少し時間を遡る。
ナザリック地下大墳墓 第九層の一室で、先ほどまでエ・ランテルにおけるラインハルトの戦いをモモンガと守護者達は観戦していた。しかし、その終わりと同時に別任務で行動中のソリュシャンからもたらされた情報に、モモンガは愕然とした。
「確認するぞ。釣り上げた盗賊の討伐により、武技の使い手の確保に成功した。しかし同じ盗賊を討伐に来た冒険者と遭遇し戦闘。その際に逃がしたレンジャーを追う途中、民間人の護衛と戦闘となる。結果、民間人とレンジャーを取り逃がし、シャルティアは何かの術を受けて無反応状態になったと」
モモンガは、ソリュシャンとのメッセージをあえて声を出すことで、周りにいる守護者達にも聴かせる。
「モモンガ様。その民間人ですが、先日ご報告したスレイン法国の使節団のものでした。監視していた
モモンガとデミウルゴスの説明を聞く限り、意図しない遭遇戦が発生したのだろう。その場にいる誰もがそう
「あのおバカ。どうせ興奮して周りが見えなくなって、冒険者をとり逃がしたわね」
小声ではあるが、アウラがシャルティアに毒づく。
ーーーーマスターソース
モモンガは、虚空にギルド管理インターフェースを呼び出す。そしてNPCの項目を開くとそこには、アルベドを始めにナザリックの全NPCが表示されている。しかしシャルティアの項目を確認すると、通常は白文字のところが赤文字となっており、精神支配により一時的な敵対行動中を表すものとなっていた。
「アルベド。この項目は精神支配などによる一時的敵対行動の表示で相違ないな」
「はい。もし死亡した場合は一時的に項目から名前が削除されますので、間違いないかと」
「アンデットの精神攻撃無効化を超える精神支配か」
モモンガは立ち上がり、右手を前方に突き出すと絶望のオーラがあふれだす。オーラに煽られた漆黒のローブの裾が翻りその禍々しさを引き立てる。
「アウラ・マーレ・コキュートス。三名は、ナザリックの防衛レベルを最高まで引き上げよ。デミウルゴスはスレイン法国の使節の監視と合わせて、周囲一帯の監視を強化。また監視しているものがいれば逆探査を行い、素性や思惑を把握の上で遮断せよ。もし何か見つけたら最優先で私に連絡をするのだ」
「畏まりました」
アウラ、マーレ、コキュートス、デミウルゴスはそれぞれ敬々しく礼をとり対応にとりかかる。
「アルベドはフル装備を整えた後、私と共にシャルティアの元に向かうぞ」
「畏まりました」
「これでシャルティアを回収できれば良いのだがな」
そういうと、モモンガは骨の指にはめられた流星を模った指輪を見ながら呟くのだった。
******
12日夜明け前 エ・ランテル 宿屋
ラインハルトは装備を外し、準備してもらった湯で体を簡単に拭う。人外とはいえ埃をかぶれば汚れるし、ゾンビと戦えばその匂いも付く。アンデットが多く存在するナザリックの場合、第九層などにはゾンビ系はほぼ居らず、空調も掃除も行き届いていたので気にすることはなかった。しかし長らく宝物殿に席を置き篭っていた身としては、そんな不便ささえも未知であり興味の対象であった。
そんな準備をしている間にも、ラインハルトは想定が状況と合致しているのかを確認をはじめる。
「(我が半身よ。確認したい事がある)」
「(今は忙し……、いや、何があった)」
「(エ・ランテルは残件はあるものの大方終了した。しかし冒険者ギルドに、以前デミウルゴスから連絡のあったスレイン法国の使節のものと思われる馬車があり、貴人がヴァンパイアの被害を訴え助けを求めてきた。シャルティアと何か関係があるかね?)」
「(シャルティアとスレイン法国使節団との間で遭遇戦が発生した)」
ラインハルトは、モモンガからもたらされた回答から、想定が外れていないことを確信する。なぜならばアウラとマーレによる周辺調査により、周囲にヴァンパイアは存在しないことが分かっている。よってこの付近で活動するヴァンパイアは、シャルティア本人とその眷属だけなのだ。もっとも他地域からの進出もありえるのだが、可能性は低く除外した。
「(普段は冷静沈着な卿が、らしくない声を上げたのだ。それだけではなかろう)」
ラインハルトの言葉にモモンガは、なんだかんだとこいつも自分には高評価なんだよなと嘆息をもらす。しかし、そんなことをおくびにも出さずに会話を続けるのは、モモンガの人生経験からくるものだろうか。
「(いや、お前に言われて落ち着いた。遭遇は
「(シャルティアが精神支配の命令待ちということは離反状態。つまり使われたワールドアイテムで解除するか、ワールドアイテムそのものを破壊するか、死亡からの復活などによる状態異常解除が必要ということだな)」
「(さすがマジックアイテムに詳しいな)」
モモンガは、パンドラズ・アクターのワールドアイテムに対する正しい認識を賞賛する。かくあるべしと設定に書き、長年宝物殿で多数のアイテムの管理をしていたとはいえ、これほどマジックアイテムに造詣が深いものは他にいない。他の守護者もワールドアイテムの名を知っていても、モモンガとパンドラズ・アクター以外は、保有している数さえも正しく知らないのだから。
「(ワールドアイテムであるという確認は?)」
「(目撃証言と私の超位魔法でだ)」
モモンガは、シャルティアを回収するために、直接赴き、超位魔法
ーーーー結果は失敗
失敗。
ユグドラシルであれば普通でない方法、つまりワールドアイテムによる効果以外考えることが出来ない事象である。もちろん、この世界独自の魔法やスキルによる可能性はある。しかしスレイン法国はユグドラシルプレイヤーの流れを組む国家である。さらに何らかのアイテムを利用したという情報と結びつけ、ワールドアイテムによるものとモモンガは判断をしたのだ。
「(してもう一つの問題とは?)」
一つ目の問題は遭遇戦の結果、シャルティアが精神支配を受けた状態になったことだ。ではもう一つは?
ラインハルトは想定される状況で、問題といえる程のものは発生しえないと考えた。ならば自分が知らない情報が存在するということだ。その情報の不足により、物事を正しく知覚できていないと判断したため、モモンガに問うこととした。
「(シャルティアに第三者の介入があった。スレイン法国の面々が撤退した後、しばらくしてから現れた白銀 ?いや白金の
「(シャルティアと互角に戦った相手とは?)」
「(人間や生物ではなく、リビングメイルのような存在だった。さらに利用する魔法やスキルも総て、ユグドラシルのものではなかったよ)」
「(それは妙だな、スレイン法国関連ならユグドラシル系統であろう)」
「(実際使節団が撤退の時に利用した魔法もユグドラシルのもので、現在も追跡できている。しかし銀の戦士のほうは追跡すらできなかった)」
「(ほう)」
ラインハルトはその情報を聞くと、無意識に笑みを浮かべる。もし考えが正しければ、自分の
「(その白金の鎧の件は別として、冒険者ギルドにスレイン法国の使節とも思わしき者が来ている。そしてヴァンパイア討伐を依頼され、受託した、これから情報確認と細かい交渉となる)」
「(そのヴァンパイアは十中八九シャルティアだ。その意味では調度良い。主導権を握れ)」
「(了解した。しかしスレイン法国はどうする?不慮の事故とはいえナザリックに泥を塗ったのだ)」
ラインハルトの興味という点では、白金の鎧にある。しかしシャルティアの敗北は、ナザリックの汚点に繋がる。
もちろんモモンガも今すぐスレイン法国を滅ぼすことを考えていた。しかし、アルベドに諌められたのだ。「いま、モモンガ様が人間の国を滅ぼしては、最悪プレイヤーやその他勢力にいらぬ反感を買います。ならば偽装し、表に出ない形で対応してはどうか」と。いままで、表立って力を行使しなかった理由を再度確認されての説得に、納得せざるを得なかった。
「(報復については、デミウルゴスに対応させる。必要あらば協力依頼も行くだろう)」
「(了解した。では、どの程度まで情報を掴まれているか確認し、可能ならワールドアイテムの奪取を考えねばならんな)」
「(委細任せる。そちらの交渉が終わるまでシャルティアと使節団の監視を継続させる。ただしお前への命令は人類の英雄となり人心を掌握することだ。その点を忘れるな)」
そういうとモモンガはラインハルトとのメッセージを切った。
エンリは気配の違いを読んだのだろう、メンテが終わった装備を持ってやってくる。
「ラインハルトさん。簡単ですがメンテがおわりました」
エンリはまるでメイドか新妻かという雰囲気で、ラインハルトが軍服を着るのを甲斐甲斐しく手伝う。
そして全ての準備が整いラインハルトが立ち上がると、エンリは一つ質問するのだった。
「今回のヴァンパイアはシャルティア様ですか?」
「なぜそう思った?」
「なんとなくですが作為的なものを感じました。でもラインハルトさんの計画ではないと思ったので、別の方の
「概ね正しい。近いうちにお前も我が友や我が半身に会うこととなるだろう」
「わかりました」
そういうとエンリは一礼し、矛を持ちラインハルトに付き従うのだった。
******
12日夜明け直後 エ・ランテル 冒険者ギルド ギルド長室
王国における交易の重要拠点。そこに位置する冒険者ギルドの長の部屋は、装飾より機能性を重視した、まさしく質実剛健という言葉が相応しい内装であった。
しかし昨晩発生したズーラーノーンによるアンデット進行の混乱は続いている。ラインハルトが発見した霊廟に隠された地下神殿に、冒険者が入り探索した結果、ローブを着た
また発見されたヴァンパイアの件もアイアンのレンジャーによる証言と、同行した者達が連絡不能となっている状況からほぼ事実とされた。
加えてヴァンパイアがいると思わしき森で少し前に大爆発が発生した。多くの人は音だけだが、目の良い者は爆発でできたと思わしきキノコの形状をした雲も見ることができた。これらをもって冒険者ギルドはヴァンパイアか、それに近い脅威が存在すると認定したのだった。
スレイン法国の銀髪の少女。
いやアンナ・バートンも、この短時間で応接セットに座りながらであるが、メッセージを使い精力的に対応していた。見かけこそ少女であるが、齢は15であり、すでに成人とされる年齢である。先ほど撤退した漆黒聖典と連絡を取り、どのような相手であったのかを把握した。
漆黒聖典が撤退後、該当地域に魔法的監視が行えなくなったこと。その後の爆発にスレイン法国が関与していないことを確認すると、この地域に王国とは違う組織が存在することを考え始めるのだった。
第七位階の魔法的監視を無効にする組織。
現在、アンナはラインハルト・ハイドリヒをプレイヤーであると考えている。少なくとも、
では、あのヴァンパイアはNPCか?それとも別のプレイヤーか?一瞬見えたソレの巨大さは、ラインハルト・ハイドリヒと同等以上。少なくともスレイン法国にはプレイヤーのギルド単位での転移は記録されているが、個人が複数人同時に、しかも同一地域に転移という記録は無かったはず。では同じギルドとなると離反か、それとも何らかの作戦か。
たいていの場合、最悪を想定すれば問題はない。であるならば、先程の先制攻撃はスレイン法国への威力偵察。その必要性は、陽光聖典の件でスレイン法国を敵認定されていること。その場合残された道は……。
その時冒険者ギルドの空気が変わった。黄金の獣とその従者が入ってきたのだろう。
ギルド長は、ラインハルトとエンリをギルド長室に呼ぶと、スレイン法国から来たアンナを交え、急ぎ交渉をはじめるのだった。
「まず、冒険者ギルドとして把握している情報を共有しよう」
重苦しい雰囲気の中、ギルド長が口火を切る。
「まずはじめに、盗賊の根城の情報が入ったため、アイアン合同チームの討伐隊が昨日出発した。しかし、先ほど戻ってきたレンジャーは、根城近くで推定ヴァンパイアと遭遇したというのだ。その後メッセージで仲間に連絡を取ろうとしたが、連絡がつかないことから生存については絶望視している」
「藪をつついて蛇が出てきたというわけか。してレンジャーは、ヴァンパイアがどんな姿かは見ていないのだな」
「もともと何かあった時のための後方配置していた者だからな。目視はしていないと言っていた。しかし不幸なことに、昨晩のエ・ランテルの騒動で2つあるミスリルのチームが、それぞれレッサーヴァンパイアと戦闘し消耗している。銀武器は比較的脆く、連戦には向かん。聖水の準備やMPの回復、武具のメンテで、せめて半日は必要だ」
「一度受けると言った以上、言葉は違えぬよ」
ラインハルトの言葉に、ギルド長の表情は若干和らぐ。
「加えて、先ほど大きな爆発があった。それらの情報を合わせてヴァンパイア相当の強力なモンスターが存在していると、冒険者ギルドは認定することとした。しかし報酬はあまり払えない。二人に報いることができるとすれば、今回の実績をもって相応しいクラスに引き上げることぐらいだ」
ギルド長の言葉にラインハルトは静かに頷く。
相応しいクラス。つまりはオリハルコンなりアダマンタイトなりへの推薦ということを、ギルド長は言っているのである。早急に知名度を得る必要のあるラインハルトにとって、それこそ最高の報酬であるのだが、その美しい面からはそれらの事情を読み取ることは誰もできなかった。
「改めまして、スレイン法国 闇の神殿 次席巫女のアンナ・バートンと申します。まず、ハイドリヒ卿とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「構わぬよ」
「本来であれば、私とギルド長。そしてギルド長とハイドリヒ卿の契約となるべきですが、危急の事態ということでこのような交渉と成ってしまい、申し訳ございません」
「今回はギルドとしても看過できん事態だからな。次回以降は通常のルートでお願いするよ」
アンナの謝罪にギルド長は柔軟な対応を見せる。
「かしこまりました、ギルド長。では、まず私達の知る情報ですが、私共の護衛は、冒険者風に言えばアダマンタイト級と同等以上といえる者達でした。そのもの達による戦力評価は難易度270以上。かの国堕としは難易度150以上と言われておりますので、それを超える存在ととらえております」
「国堕とし ……ですか」
「八目鰻のような外見ではありましたが、ヴァンパイアですから擬態の可能性もあります」
国堕とし。
過去に国を滅ぼしたというヴァンパイアの代名詞のような存在。アンナ。いやスレイン法国は今回の敵をそれ以上の存在と言っているのだ。この情報だけでギルド長は、すでに自分の手に余る事件であると感じざるをえなかった。
しかしラインハルトの評価は違った。シャルティアのレベルは100。この世界で使う難易度は、レベルの3倍程度である。つまりシャルティアと相対した部隊は、シャルティアを見て難易度270以上と正しく戦力評価ができたのだ。戦場において彼我の戦力差を正しく把握することは賞賛すべきことである。ゆえにスレイン法国の評価を一段上げるのだった。
「そこで、後日おってとなりますがスレイン法国より相場通りの金額をギルドにお支払いいたします。証文は必要ですか?」
「普通なら公証人を立てた割符などが必要だが、今は君の立場での一筆で結構だ」
「では後ほど。そして残りの報酬については直接交渉したいのですが、席を外していただくことは可能でしょうか?」
「わかった。何かあれば呼び給え。隣の部屋にいよう」
普通では考えられないことだが、まるで何事もないことのようにギルド長が受け入れ、席を外したのだ。
それこそ、ラインハルトが戻ってくるまでの間に行われた事前交渉の賜物であるのだが、非常に残念なことに今そのことを評価するものはいなかった。
「彼女も退出する必要があるかね」
「不要です」
ーーーー
そういうとアンナは魔法で外に音が漏れないようにすると、席を立ち手を床に付け深く、深く頭を下げるのだった。
突然のことにエンリは面くらい、おろおろとラインハルトとアンナを交互に見るのだった。
「それは、何に対する行動かな」
「はい。陽光聖典のこと、今回貴方様のお仲間と思しきヴァンパイアの君と敵対したことにございます」
「なぜそう思ったのか、聞かせてくれるかね」
「はい。先日陽光聖典壊滅の際、貴方様のお姿と強さを拝見させていただきました。かさねて私のタレントにより、貴方様はプレイヤーまたはそれに
「ほう」
ラインハルト若干興味を引いたように相槌を打つ。
「そもそも凡百のヴァンパイアが漆黒聖典を退けるとは考えられません。しかし貴方様という存在がいる以上、襲撃したヴァンパイアも貴方様のお仲間と考えることが妥当」
「論理の飛躍があるが、よくぞその予想に辿り着いたと言っておこうか」
「ラインハルトさん?!」
無造作に肯定するラインハルトに、エンリは驚く。プレイヤーという言葉の意味は分からないが、少なくとも、今の情報は一般に知られてはならない類のはずと感じたからだ。
「エンリよ。気にすることはない。この者はとうに腹を括っているのだ。目を見ればわかる。しかし余り時間がない。要件を伝えよ」
「私の全てをお渡しします。たとえスレイン法国が滅んだとしても構いません。どうかこの地に生きる人類に、人らしい営みで生きることをお許しください」
「卿の命や知識は、人類と等価であるというのか?」
「差し出せるものが他にございません。故に伏して慈悲を願うのみ」
「スレイン法国は卿の祖国であり、人類の鉾ではないのか?」
「人類を守ることができるのなら、スレイン法国という国も宗教もその理念に殉じることを厭うものはおりません」
その姿はまさしく狂信者の類。しかしエンリは、アンナの姿に自分を見た気がした。しかし自分の願いは村一つの平穏。しかし彼女はこの地に生きる人類全てといったのだ。
「この世界の行く末を決めるのは我が半身だ。故に卿の願いを聞き届け、謁見をかなえよう」
アンナは、何も言わず頭をたれる。
ラインハルトは、強引に
「ギルド長よ、我らはしばし外にでる。ゴブリンたちや魔獣のことを任せる」
「え?あ?」
さすがのギルド長もラインハルトが何を言っているのか分からず、扉から入ってくる。しかし見たのはラインハルトが二人を連れ転移する瞬間であった。
******
ナザリック地下大墳墓
ラインハルトはエンリとアンナを連れ、ナザリック地下大墳墓の地表部を一望できるまさしく入り口に転移した。そこは豪華な遺跡が時間の経過をもって一部風化した、美しくも儚い世界が広がっていた。
その光景にエンリは無論、神都でこの世界一流の宗教建造物を見ているアンナでさえ圧倒されるものであった。
「(我が半身よ。シャルティアの件で重要な情報源を連れてきた)」
「(ん? 人間か?しばらくそこで待て、ゲートを出す)」
「(了解した。少なくともナザリックを出るまでは私の客であり依頼主でもある)」
「(よかろう)」
しばらくすると三人の前に黒いゲートが展開される。ラインハルトは何のこともないように、自然とゲートを潜る。しかし、この地に生きる人間二人には初めて見るもので、驚きながらラインハルトの後を追うのだった。
その先に天国と地獄があることを知らずに。
3人が現れたのは、ナザリック地下大墳墓 第十層 玉座の間。
回りには偉大なる蟲の王。強力な悪魔。ダークエルフが二人。サキュバス。一人一人が醸し出す雰囲気は比類なき魔。アンナのようなタレントを持たずとも、エンリのような指揮官としての直感を持たぬものでも、見れば誰もが認識する魔の存在。
対して場所といえば、美しい細工を施したシャンデリアに、膨大な労力と技術で彫刻を施した柱。高く美しい壁には見たこともないような飾りの数々。人はどれほどの研鑽を積めば、この部屋の一端を再現できるのか、それほどの芸術がここに再現されていた。
なにより最奥。
玉座には神がいた。
その姿を見た瞬間、エンリとアンナは何も言わずに跪く。
「我が半身よ、そう脅すものではない」
「ラインハルトこそどんな理由があって、下等生物をこの栄光あるナザリック地下大墳墓の玉座の間に迎え入れたのかしら」
「アルベドよ。エンリはすでにナザリックの末席に居る存在。もう一人は私の依頼主でもあり、今回の件で重要な情報を持っている存在だ。邪険にすることもなかろう」
アルベドの高圧的なセリフに、ラインハルトは何でも無いように返す。しかし、この場の意見としてアルベドの方が正しいことは、他の者達を見ればわかる。
「そこまでにせよアルベド。今は何よりも情報が必要だ。その情報の価値に見合うものであれば問題ない」
「かしこまりました」
「して依頼主とやら、面をあげよ。お前は我々に何を教えてくれるというのかな」
モモンガが、自分が考える最高の支配者の雰囲気を精一杯作りながら命令する。
「はい。神よ。神の眷属たるヴァンパイアは
「では、そのアイテムはワールドアイテムか?」
「ワールドアイテムという言葉は存じておりません。600年前に六大神といわれるプレイヤーらが残した品の一つにございます」
そこまで聞いてモモンガは、少なくとも
「なぜ貴様は、私を神と呼ぶ」
「はい。一つは私のタレントによるもの。もう一つは、闇の神殿が祀る死の神スルシャーナは、貴方様と同じお姿をしていたと伝えられております。そして私は闇の神殿の次席巫女。信仰を捧げてきた御方が再誕されたのであれば平服するのは当然のこと」
「え……」
ただの情報源としてしか思っていなかった相手から、まさか信仰の対象であると告白されたモモンガは必死に精神を取り繕う。こんなとき表情のでない骸骨の顔で良かったと考えながら。
しかし、どうやらこの少女の何かに触れてしまったのだろう。賛美が続く。
「なにより、貴方様のお姿は、そのお顔も姿も杖も漆黒のローブの一片さえも威厳に満ち溢れております。死を超越し死を司る方に敬意を払わずには居られません」
この賞賛のためか、守護者のさきほどまでのピリピリした緊張感は打って変わり、比較的穏やかなモノとなっている。ある意味チョロい。しかし賞賛する少女と賞賛されるモモンガは、その変化に気がつくことが無いのだが……。
「あ……。まあ、良い。ではもう一つ聞こう。この者の情報はあるか」
しかしモモンガはアンナの言葉に正直引いていた。まるでNPC達のような、狂信的忠誠心を感じずにはいられないからだ。
しかし、聞きたいことがあるのも確か。そこで、魔法で先ほどの白金の全身鎧の姿を映し出す。
「白金?白銀の
「この中には人は存在せず、鎧のみが動いている状態だ。この者がシャルティア。いやお前たちと戦ったヴァンパイアと互角に戦った」
「でしたら二百年前の13英雄の一人”白銀”かもしれません」
「ほう。13英雄とは?」
「200年前に出現したプレイヤーが中心となって集まり、世を乱す魔神らを打ち破ったことから13英雄と讃えられております」
「魔神とは?」
「主を失ったNPCです。主であるプレイヤーを失い、アイデンティティが崩壊した者達の多くは世に仇なすものとなったので、魔神と呼ばれるようになりました」
打てば響く。
なるほど確かに情報源だ。
「パンドラズ・アクター。この者の望みは?」
「全てを対価に、この地に生きる人類に人らしい営みで生きることの許しを……だそうだ」
「ははっ。それは大きく出たな」
「はい。人は脆弱にして惰弱。他の種族に比べれば取るに足らぬ存在です。600年の研鑽で多少力を付けましたが、いまだにこの世界に生きる生物から見れば木っ端のような存在。だからこそ願わずには居られないのです。今苦しくとも何時か安らげる世界がくると」
モモンガは、穏便にすすめるという方針に未だ変わりはない。いつ現れると知れぬプレイヤーではなく明確な敵が見つかった以上、自ら無駄な敵を作る必要はないからだ。
しかし無条件に人を救うというのには抵抗を感じていた。たとえば、目の前の少女は自らの価値と想いを示した。故に救うことに抵抗を感じない。しかしただ安穏と生きるものが、見ず知らずの犠牲で救われるというのに、モモンガ……鈴木悟は酷く違和感を感じるのだった。
なぜあの世界で自分は救われなかったのか。いや、
「人を救うという点については、受け入れよう。しかし有象無象総てを救うことはしない。能力、忠誠、運、何らかを示したものに救いの手を差し伸べる」
「では、この
「そうだな、すでに情報を……」
「では」
アルベドの言葉にモモンガは、情報を齎した功績と返そうとすると、アンナ本人が声を上げる。
そして何をするか見守ると、自ら白磁のような指で、右目を抉って見せたのだ。
モモンガは驚きはするが、目をそむけず見ているが、内心はドン引きしている。
「私のタレントは、相手の
ーーーー治癒
ラインハルトはすぐさま魔法で傷を塞ぐ。しかし、えぐりだした瞳が戻ることはなかった。
「玉座の間を血で汚すこともあるまい。デミウルゴス。確認をお願いできるかな」
デミウルゴスは瞳を受け取ると、軽く確認する。
「たしかに、
「それは汎用性が高そうね」
(え?こいつらなんで平然としていられるの?目の前の女の子がいきなり目を抉り出したんだよ)
一人冷静にパニックをおこすモモンガを置き去りに、話は進んでいく。しばらくして精神の強制沈静化が発生し落ち着きを取り戻したころには、一通りの確認が終わったようだ。
「して、今後はどのようにいたしますか?モモンガ様」
「まず、そのモノはナザリックに所属することを認めパンドラズ・アクターの指揮下とする。願いについては先程の通り、無条件とはいかぬが考慮はしよう。しかし、私達には私達のやり方がある。貴様は傲慢と思うかもしれんが私は非常にわがままなのだよ。仲間の子供のような存在であるシャルティアの敗北。これに対する礼はさせてもらう」
モモンガはここで言葉を区切り回りを見渡す。守護者は無論、今回客としてきている二人の少女も見る。
「パンドラズアクター。シャルティアの件、そのものと調整し早急に治めよ」
「了解した。我が半身よ」
ラインハルトは、右手を左胸に臣下の礼を取る。
「デミウルゴス。スレイン法国への報復はお前に任す。加減はしろよ」
「畏まりました。ゆくゆくは治める民を皆殺しにしては、国も立ちゆかなくなりましょう。調整させていただきます」
ラインハルトに並び、臣下の礼を取るデミウルゴス。
「アルベド」
「はっ」
「ニグレドと協力して、白銀の痕跡を洗え」
「かしこまりました」
そしてアルベドは深く、深く腰を降り礼をとる。
モモンガは満足したのか転移しその姿を消す。守護者も次々に任務に戻っていく。最後に残ったのはアルベドとラインハルト達だった。
「アルベドよ少しよいか」
「何かしら」
「
「なにを当たり前のことを聞いているの?」
******
その後の話を少しだけ。
ラインハルトはアンナと共にスレイン法国に転移し、交渉の末ワールドアイテムを借り受け、シャルティアを開放する。
交渉のおりラインハルトはスレイン法国の指導者に対しこう宣言した。
「私は総てを愛している。ゆえに卿らの存在も愛そう。しかしギルド、アインズ・ウール・ゴウンは卿らに試練を一つ課すこととした。どのような試練となるかは不明だが、人類自らが生き残るにふさわしい存在であることを、その身をもって示せ。さすれば、我々は人類の守護者として人の生き残る道を示そう」
後の世にゲヘナと呼ばれる厄災が、スレイン法国を襲うことが決定した日であった。
少々時間がかかり申し訳ありません。
やはり年度末は忙しいですね。
さらに部下の結婚式なんかも重なり遅くなりました。
さてシャルティア戦は考えた末、漆黒聖典VSシャルティアとツアーVSシャルティアのみとなりました。かっこいいモモンガ様の戦闘シーンが見たい人はBD6巻をどうぞ。
そしてゲヘナが王国でなく、法国で発生することが決定。
デミウルゴスが法国担当となった時にプランとして決めてたとはいえ……。
ああ、戦闘シーンが書きたい。
でも、しばらくは日常系のお話が続く予定。