【完結】もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版)   作:taisa01

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第5話

ナザリック地下大墳墓 第十層

 

 ナザリック地下大墳墓 第十層。

 

 ここはナザリックという大型ダンジョンの終着点として作られた場所。第十層は、大きく二つのフロアに分かれている。

 

 一つは玉座の間。コンセプトは魔王が座する場所。

 

 もう一つは玉座前の大広間。芸術の視点からみても素晴らしい造形の六十を超える高レベルゴーレムが鎮座し、頭上にクリスタルが光り輝く。これらがひとたび稼働すれば、レベル一〇〇のパーティーを二つは殲滅するだけの火力を備えている。しかし戦うことを想定したためか、装飾らしい装飾はなく、ただただ広く、無骨な柱が立ち並ぶだけの空間だ。

 

 そして今、パンドラズ・アクターことラインハルトは、エンリとアンナを引き連れ、広間を悠然と足を進めている。

 

 まるで、これまで事もなく順調に進んできたような足取りではあるが、実際はそんな単純なことではなかった。なぜなら侵攻開始時には五千いたゴブリンの軍勢も、数多くの罠や陽動にまさしく消費されていったのだ。なぜならばナザリックの制作者達といえども人間。全てを完全に記憶しているわけではなかったからだ。そのため記憶という不確定な情報を補完し、各階層に必要な人員を送り届けるためにゴブリン達は散っていったのだ。

 

 この広間の罠も、最後のゴブリン達の離脱と引き換えに切り抜けた。もっとも制作者のるし★ふぁーが提示した三つのパスワードを示し、「いつも三つのパスワードを使い回してて、どれかをゴーレムに設定したか忘れちゃった☆」という事が原因なのだから、なんともいえない。

 

「次は私達が抑えですね」

 

 ゴブリン達という盾の喪失から、次は自分たちというエンリとアンナの考えはすでに狂信者のそれであった。しかし、これから立ち向かうのは全員がレベル一〇〇という地上では神の如き存在。対してレベルにすれば十台の二人は、如何に強力なアイテムを利用しようともたかがしれている。ゆえに行き着いた考えと捉えることもできる。

 

 しかし

 

「卿の宝具の効果がなくなれば、上層で戦うものたちへの支援もなくなる」

 

 ラインハルトの言葉の通り、エンリの宝具である我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)は、今この時も稼働している。それもナザリック全域に対してだ。この宝具の発動範囲は、使用者が戦場とした範囲である。ユグドラシル時代であれば、それこそ半径数百メートル程度に過ぎなかった。だがエンリはナザリック全体を攻略対象と捉え戦場と認識しているため、まさしく全域に展開する味方に対し支援効果(バフ)を付与しているのだ。

 

 エンリは、この一点においてのみ、レベル一〇〇の存在を超えていた。

 

「なにより卿らの攻撃は、たとえ虚をついたとしてもあの三人には通じぬだろう。ゆえに……」

 

 ラインハルトは指示を出し、二人は静かに頷くのであった。 

 

******

 

 ラインハルトは、高さが優に十メートルはある巨大な扉に手をかけると、ギシリと重量を感じさせる音を響かせ押し開かれる。

 普段であれば、手をかざしただけで開く玉座の間の扉だが、今日ばかりはラインハルトらの入室を拒むように一切の動作を止めていた。ゆえに今ラインハルトの腕には数トンの重さがのしかかっている。それでも押し開くことができるのは、レベル一〇〇のステータスのよるものであり、異常さの証明ともいえよう。

 

 そして扉が開かれた先には、絢爛豪華をこの世に現出させたような空間が広がっていた。

 

 玉座の間。

 

 柱一本一本に独創的な彫刻を施し、光源の反射までを加味して配置されたシャンデリア。入るものの属性を判定し、まるで楽団が演奏しているような音楽がどこからともなく流れる秘術。なによりギルドメンバー一人一人に紋章をデザインし、柱にその紋章を刺繍した旗を掲げるという趣向。その空間自体が膨大な手間と時間、そして卓越したセンスで組み上げられた一大芸術といえよう。

 

 そのような空間の最奥。ナザリックが規模以上のNPC保有を可能とするワールドアイテムを背にした玉座がある。

 

 その玉座にはナザリック地下大墳墓の絶対支配者。至高の四十一人の頂点たるモモンガ。神話級で固められた装備にワールドアイテムに匹敵するスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。骸骨でありながら畏怖と恐怖を織り交ぜたオーバーロードという外見。くわえて水に濡れたつややかな黒髪と黒翼を持つ見目麗しいサキュバスと、屈強の肉体とロマンスグレーの髪と口髭を持つ執事を左右に侍らせている状況は、まさしく魔王と呼ぶに相応しいものであった。

 

 モモンガは誰かと会話をしていのか、メッセージを取止めラインハルトに視線を下ろす。

 

「ーー見事」 

 

 ラインハルトらの戦略、戦術、攻撃に対し、壇上の玉座からモモンガは愉悦の相を隠さずに声を掛ける。

 

 その賞賛に、黄金の髪に瞳、均等のとれた肉体、黄金の槍を携えた美丈夫。ラインハルトは一歩一歩、ゆっくりと歩みを進めながら答える。

 

「さすがはナザリック地下大墳墓。世界の軛を外れ、法則さえ変わったこの世でこれほど強固な防衛網はありはしないだろう」

 

 この時も、上層の戦場で打倒された至高の存在の魂はラインハルトの元に還っていく。なにより、この戦闘で死んでいったゴブリン達だけで五千。戦闘で死んでいったナザリック側の魂さえラインハルトのグラズヘイムに絡めとられている。

 

 いまや彼の総軍は、侵攻開始時とは比較にもならないほどに膨れ上がっている。

 

「ああ、そうだろうとも。ここナザリック地下大墳墓は、私と仲間達で生み出した天地。世界が変わろうと、そうやすやすと侵させはせん」

「だが、難攻不落とされたこの場も、条件を整えることでここまで到達できた」

「内応するもの。情報を漏らすもの。ふさわしい質と量。なんと必要とする要素が多いことか……」

 

 ラインハルトの言葉は正しい。そしてモモンガの言葉も正しい。ユグドラシル(ゲーム)から現実になった今、難攻ではあるが不落ではない。そのための条件は酷く限定的であり、いざ揃えようとしてもそうそう揃うものではない。しかしナザリックを陥落させることは可能となったのだ。

 

 だが今ではない何時か。そのピースが容易に手に入るかもしれない。そんな未来の可能性を否定することなど誰もできはしなかった。言葉遊びのようではあるが、誰もが同じ結論を予想したからだ。

 

 だが、その全ては些事であると言うような命令が飛ぶ。

 

「ラインハルト。もう満足したでしょう。お下がりさない」 

 

 まるで氷のような冷たさでアルベドはラインハルトに命じる。

 

「本来、至高の御方に刃を向けることなど下僕としてあるまじき行為。ただし、あなたの行動はモモンガ様がお決めになったことゆえ目を瞑りましょう。ですが、これ以上のナザリックへの蛮行を捨て置くことはできません」

 

 アルベドは、構えこそ取っていないが、一切の妥協や遊びを切り捨てた瞳でラインハルトを睨みつける。

 

 守護者達は円滑に業務を回すため、役割による上下関係こそあるが本来は同格。そして普段もそのように対応されてきた。たとえアルベドが守護者統括というNPCにおける最高位の役割を担うとはいえ、同格であるラインハルトに対して一方的に命じることなど、これまでなかったこと。

 

 だからこそアルベドの心情というものが表れているともいえる。

 

「ナザリックへの蛮行か。卿が怒りを燃やすのは我が半身に槍を向けたことであろう?」

「モモンガ様は、至高の御方々の頂点にしてナザリックの絶対支配者。私の言葉に間違いは無いと思うけど」

 

 ラインハルトの言葉にアルベドは否と告げる。だが、言葉の端々にナザリックとモモンガを同列視しているようで、最上位にモモンガを置いていることがわかる。むしろナザリックそのものや、他の至高の存在達(プレイヤー)達は、一段も二段も下においていることさえわかる。この一点においてだけは、ラインハルトとアルベドは同一とも言える。

 

「別に卿の愛の在り方を否定する気はないよ。ただ我が半身に愛を捧げたい。それだけだ」

「貴方の愛は破壊の慕情。私の愛しい方に、触れさせるわけには行かないわ」  

 

 アルベドの怒りはすでに破壊的なオーラさえ纏いラインハルトに向けられている。

 

「パンドラズ・アクターの正体は、モモンガの自滅因子である。パンドラズ・アクターとモモンガが争うと必ず共倒れとなり、世界は回帰する。私がかくあるべしと(設定)したものだ。そして回帰はあるとお前は言った。すくなくともお前にはそのような記憶や記録があり、そう認識している。もっとも、実際に回帰は無くそう思い込んでいるだけの可能性もあるのだろう」

 

 アルベドとラインハルトのやり取りに、モモンガが口を挟む。

 

「では一つ質問しよう。過去の私とお前の戦いはいつ頃行われた?」

 

 モモンガの質問に、アルベドやセバスは言葉の意味を理解することができなかった。しかしラインハルトだけは違った。口元を大きく歪め、笑いをこらえるような仕草をしたのだ。

 

 その仕草を不敬ととったアルベドとセバスがラインハルトを咎めようとすると、モモンガは手を翳し諌める。

 

「よい。お前の反応で分かった。つまりそうなんだな」

「ああ、その通りだ。我が半身よ。そこまでわかっていながら我が半身は、最後まで付き合ってくれたというのか。存外、付き合いが良いではないか」

「ふっ。私はお前の創造主だ。お前の望みを叶えられずしてなんとする」

「ははは。そうだ。そうであった。身内にはどこまでも甘い。我が半身はそんな男であったな」

「ふふふ、はっ はっはっ」

 

 ラインハルトとモモンガが声を上げて笑う。あまりに珍しい光景に、周りの一同は固まる。ラインハルトにはエンリが、モモンガにはアルベドがそれこそ一日中行動を伴にしているのに、このように声を上げて笑ったことなど見たことなかったからだ。

 

 そして、ひとしきり笑ったのだろう。ラインハルトは半身となり左手に持つ槍の先をモモンガに向ける。

 

 モモンガも玉座から立ち上がると数歩前に出る。しかしスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを構えるようなことはしない。自然体にあるがまま。スタッフを持ち、敵を正面から見据える。それこそが構えであった。

 

 二人の構えに理解したのだろう。アンナとエンリはそれこそ入り口付近まで下がり、マジックアイテムを使用して防衛陣地を構築。アルベドとセバスも先程のやり取りについては理解が追いつかないが、優先すべきことではないと頭を切り替え構えを取る。

 

 

******

 

 

魔法三重化(トリプレットマジック) 無闇(トゥルー・ダーク)

 

 初手はモモンガであった。

 

 モモンガのかざした右手から闇があふれ出し、ラインハルトを飲み込む。各種装備の効果で魔法の威力が最強化されているところに、魔法三重化(トリプレットマジック)で魔法自体を重ねた闇はラインハルトの体を蝕む。

 

 だが、ラインハルトは意にも介さず踏み込み黄金の槍を投擲する。その狙いは正確無比。モモンガの体を貫かんと突き進む。

 

ーーミサイルパリィ 

 

 だが、その槍を阻んだのは漆黒の全身鎧に身を包んだアルベドであった。飛来する槍とモモンガの間に体を滑り込ませると、アルベドの身の丈をも超えるハルバートを振るい槍をはねのける。しかし槍は、その意思でラインハルトの手にもどってしまう。

 

「忌々しい槍ね」

 

 アルベドは、ラインハルトの手に戻った槍を見ながら小さく呟く。アルベドはモモンガを狙う槍をいっそ折ってやろうと、防御スキルと合わせてナザリックにおいて上位にあたる怪力を余すこと無く叩き付けた。しかし黄金の槍、いやLonginuslanze Testament(聖約・運命の神槍)は仮にもワールドアイテムの一つ。傷一つ付きはしなかった。

 

 だが、このタイミングを座視するものなどいない。

 

上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)上位抵抗力強化(グレーター・レジスタンス)

 

 モモンガが汎用の補助魔法を発動する。その対象はモモンガ自身ではなく。

 

ーーアイアン・スキン/修羅

 

 迎撃に踏み込んだセバスであった。

 

「はっ!」

 

 セバスの顔は普段の老紳士のソレではなく、竜人の本性とも言うべきグレーの鬣を持つ獰猛な竜種の顔となっていた。そして距離を強化されたその脚力で瞬時に埋めると、右の正拳突きでラインハルトの鳩尾を狙う。

 

 ラインハルトもその手に戻った槍を回し、セバスの正拳突きに横薙ぎで当てる。相手が木っ端の人間であるならば、そのひと当てだけで拳の軸はぶれ、ラインハルトの体に触れることができない軌道を取るだろう。しかしセバスは違う。繰り出された正拳突きは、踏み込み、腰の入れ方、肩や各関節の解放と硬直、体の軸、その全てが高い次元で組み合わされた渾身の一撃である。ラインハルトの腕力だけで振り回した槍でブレるようなものではない。

 

 だが、それこそラインハルトの狙いであった。揺るぎもしないものに当てた槍は、正確にその反動をラインハルトに返す。その反動に逆らないことで、体を半歩ずらすことに成功する。そして腰と肩を回すことで、セバスの攻撃を回避。そして撃ち抜かれた衝撃波すら利用し大きく横に飛び距離を取ったのだ。

 

「どうした、ラインハルト・ハイドリヒ。お前の力はそんなものではないだろう」

 

 ラインハルトが飛びのく姿を見ながら、モモンガは期待はずれだと言わんばかりに言葉を投げつける。

 

「忘れたか! 私にもまたお前と同じ恩恵を受けていると」 

 

 モモンガの叫びが力となる。モモンガの奥底から魔力をくみ上げ、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが鳴動する。スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの防衛機構が稼働し、敵となったラインハルトに対し高位エレメンタルを四体召喚する。

 

 しかし、本来であれば多少は削れるモモンガのMPが小動さえしない。ラインハルトとつながるモモンガは、まさしく消費した瞬間に補充されるという理不尽ともいえる状況であったからだ。

 

「お前にはスワスチカのバックアップがあり強大な魔力がある。ヴェルトールに存在する仲間達のスキルさえ利用できる。さらに顕現さえもできるのだ。それはこちらが三人で戦おうとも、埋めがたい戦力差だ。だからお前は見合った力で戦っているつもりだろうが、正々堂々? そんなものはただの欺瞞にすぎない。善や道徳という薄皮をひとたびはぎ取れば、みな力の信奉者にすぎん 」

 

 モモンガはそういうと、右手を虚空に伸ばし握りつぶす。その行動にラインハルト以外は意味を見付けることができなかった。

 

 だが、結果はすぐに誰の目にも明らかとなった。

 

 ラインハルトの体に光があつまり、その存在感が数倍に膨れ上がったのだ。

 

「九層以上の実体化を切ったか」

 

 そう。モモンガは、約束をした三層に残るメンバーも含め、全ギルメンの実体化を解除したのだ。そのため、魂は全てラインハルトのヴェルトールに帰還し、その全てはラインハルトの力となったのだ。

 

「さあ、開戦といこうではないか!」

 

 

 

 




モモンガ「さあ、かいふくしてやろう!
 ぜんりょくで かかってくるがいい!」

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