【完結】もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版)   作:taisa01

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コミケについては、活動報告にて


第4話

ナザリック第三層 地下聖堂

 

 ナザリックに所属するものにとって恥とは?

 

 至高の御方々のお役に立てないことである。

 

 しかしシャルティアはモモンガ様より頂いた任務中に不覚を取り、あまつさえ一時的とはいえナザリックに敵対行動をとってしまったのだ。実害こそ無くモモンガの許しもあったが、シャルティアにとっては、今だ許されざる恥にほかならなかった。

 

 ゆえに汚名を返上する機会を願っており、その機会は最悪な形で巡ってきた。

 

 シャルティアの心を塗りつぶし、ナザリックに敵対させた忌むべきワールドアイテムをラインハルトは至高の御方々復活という大儀式に利用したのだ。加えて、地下聖堂に攻め入った先陣は、己が創造主であるペロロンチーノ。

 

 そんなシャルティアにモモンガが命じたのは、出来る限りの消耗を強いること。可能であれば至高の御方々を数名この階層に押しとどめることの二つである。ゆえに神話級アイテムであるスポイトランスを含む武装がすでに展開し待ち受ける。さらにすこしでも手数を増やすために、ヴァンパイアブライドを六名配置した。

 

 耳をすませば、地下聖堂の喧騒が聞こえる。

 

 アンデッドが打倒される音、切り裂かれる音、焼き滅ぼされる音。轟音と共に潰される音。異形種の天地を作り上げるという神を超える御業をなした創造主達が、今度は生み出したその性能を試さんと無慈悲に破壊をばら撒くのだ。

 

「ああ、なんと傲慢にして不遜。恐るべき御業を体現せし方々」

 

 機会は最悪。

 

 だが気分は、いままでにないほど高揚している。

 

 なぜなら最も敬愛する方の足音が聞こえるから。その足音を聞くことができなくなって、どれほどの夜が過ぎただろうか。泣く行為さえゆるされず、ただ静かに待っていた日々。

 

 それがついに終わりを迎えるのだ。なればこそ……。

 

「全力をもって、あなた様が生み出した存在が有用であると示しましょう」

 

 普段であれば当たり前のように口に登る狂った廓言葉も、その戦意に引きずられるようになりを潜める。真紅の鎧を身に纏い、スポイトランスを中段に構える。主の気迫も伝わったのであろう、ヴァンパイアブライド達も警戒し、いつでも攻撃に移れるように戦闘準備を万端に整える。

 

 警戒の先、開かれた扉の向うには、創造主にして最も愛するペロロンチーノの姿があった。

 

 バードマンの特徴である鳥の顔。ペロロンチーノの顔は猛禽類であるためか、とても凛々しく、下位の者たちを率いる空の王者の風格を纏っている。なにより、その手にはゲイ・ボウ。最盛期においてシャルティアでさえとらえることのできない距離の敵を討ったとされる神話級の武具をたずさている。

 

 戦闘用にチューニングされたとはいえ、いや、されえたからこそペロロンチーノだけではない、そこに存在する者たちの戦力というものを正確に読み取ってしまう。

 

 ラインハルトを省けばレベルにして八十の至高の御方々。しかしその身にまとう戦装束は、全盛期のもの。数も含めれば容易ならざる状況といえる。

 

 シャルティアに死への恐怖はない。

 

 むしろ不甲斐なく敗北する姿をペロロンチーノに晒すことにこそ恐怖を覚える。ゆえに不用意な言葉さえ切り捨て、静かに武器を構え、後の先を仕掛けるタイミングを見計らう。

 

 その時、ペロロンチーノは数歩進み出る。

 

 本来後衛であるペロロンチーノが最前衛にでてくる。その行動をシャルティアは罠と判断し、ヴァンパイアブライド達に警戒を指示する。

 

 ゆっくりと。一歩、二歩、進み出るペロロンチーノ。

 

 その姿はシャルティア達だけではなく襲撃側であるラインハルト達。そして監視ディスプレイを通してモモンガ達も固唾を呑んで見守る。

 

 そう。誰もが、この男の一挙一動を見ているのだ。

 

 ちょうど両陣営の真ん中でペロロンチーノは立ち止まり、両手を広く左右に広げ、シャルティアに向かって叫ぶ。

 

「おいで。シャルティア!」

 

 誰もが、監視をしていたモモンガ達でさえ、何がおこったかわからなかった。

 

 ただシャルティアはその声を聴いた時には駆け出した。いままで気が付きもしなかった無駄に重い武器を投げ捨て、ただ一心不乱に、言葉に従いペロロンチーノに駆け寄り、その胸に飛び込んだのだ。

 

 ペロロンチーノも、逃がさないとばかりにシャルティアを抱き留める。

 

「えっ?」

「愚弟め……」

「え~でもかぜっちアレ良くない?」

「任せてくれって大演説かましてたの、これを見せつけたかったのかよ」

「おれNPC作らなかったこと、初めて後悔した」

「シャルティアめ……」

「うん。有りね」

 

 誰が、最初に声を出したかは定かではない。ただ、口々に感想がもれ、すでに戦う雰囲気は消え去っていた。

 

「モモンガさん。見てるんだろ」

「あ~。なんですかペロロンチーノさん」

 

 そんな状況で、ペロロンチーノは声を張り上げて、見ているであろうモモンガに呼びかける。それに若干気が抜けた声で答えるモモンガ。

 

「さすがに俺はシャルティア(俺の嫁)と戦うことができない。加えて非戦闘系ギルメン五人の計六人がこの場に残る。だから」

「だからシャルティアら第三層以上のものを戦線から外せと?」

「モモンガさんだってわかるだろ? 戦力比で考えれば双方悪くない取引とおもうんだ」

「ペロロンチーノ様」

 

 シャルティアはペロロンチーノの腕の中で暴れる。もちろんレベル一〇〇とレベル八十の差。本気で暴れれば振りほどかれるのはペロロンチーノの方だが、今でもシャルティアはペロロンチーノの腕の中にいる。

 

 しかしシャルティアの頭の中は焦りで溢れかえっていた。なぜなら、自分の存在意義を示すころができる機会がなくなってしまうと思ったからだ。

 

「シャルティアは、ずっと俺の腕の中にいればいい。ずっと一緒だから」

 

 シャルティアのそんな不安を感じたのか、ペロロンチーノは優しく、そしてしっかりと宣言する。その言葉にシャルティアは何も言い返すことができず、俯きその体をペロロンチーノに預けるのだった。

 

「いいでしょう。ですが、この後は」

「ええ、わかってるよモモンガさん。獣殿もそれでいいか?」

「ああ、かまわぬよ」

 

 モモンガはいいかげん砂糖を吐きそうになったので、あきらめることとする。その上で言外でつけた条件「同じ取引にはもう応じない」についても、ラインハルトは問題ないと受託する。

 

 だが、モモンガはラインハルト達の意図をすぐに理解させられることとなった。

 

*****

 

「まったく、あの時の再現をこんなところで見るとはな」

「と、言いますと?」

 

 モモンガは、第四階層に入ってからのギルメンたちの動きを見て、ラインハルト、いやぷにっと萌えの戦略を理解した。

 

 デミウルゴスはモモンガのつぶやきに合いの手を入れる。

 

「あの頃、私たちは拠点を持たぬ根無し草だった。縁あって私がギルドマスターとなり、ギルド名をアインズ・ウール・ゴウンと改めた時、仲間たちが運よく誰も見つけていないここ、ナザリックを発見したのだよ。もちろん戸惑いも合ったが、同時に運命を感じたよ。ならばやることは一つ。未知への挑戦。しかしこのナザリックを当時守っていたのは五大、五つの精霊王の上位存在だった。だからチームを分けて五つ同時攻略を行ったのだよ」

 

 モモンガは懐かしい宝石箱を自慢するような、そんな気分でデミウルゴスとアルベドに昔の話を聞かせる。

 

 だが現実はそんなに楽観できるものではない。ユグドラシルというシステムの枠においてほぼ最凶と言しめたナザリックの防衛網だが、ラインハルトとギルメン達は製作者および管理者としての知識と異世界という法則の違いを活用し、まるで隙間を縫うように被害を最小に攻略していくのだ。実際、侵攻を開始してから、被害らしい被害はゴブリン達のみ。ある程度スキルやMPを消耗しているが、どうみても後の戦闘を意識した消耗策がとられている。

 

 もちろん現状の周辺国家の力量では問題ない。しかしシャルティアと五分に戦った白銀のフルプレートのような存在が複数押し寄せればどうなるか? まだ見ぬ竜王クラスが想像を絶する存在であればどうか? 頭の痛い話である。

 

「なるほど、では」

「ラインハルト達は、四層や八層を囮で回避し、立ちはだかるであろう五層、六層、七層、九層には足止め役を配置。そしてここを目指す者たちに分かれて同時に攻略するということですね。モモンガ様」

「階層ゲートの位置が割れており、罠の多くは意味をなさない。守護者を含むナザリックの殲滅が目的でもない。なによりゲートに誰かが死なねば開かないといった仕掛けもない。ならば、最低限のメンバーで守護者を抑え勝てればよし。負けずともラインハルトと私が戦うという目的は達成されると考えているのだろう」

 

 この作戦は今のナザリックでなければ、そして襲撃者がギルドメンバーでなければ成立しない。ゆえに防衛指揮官と守護者統括の取った策は単純であった。

 

「アルベド、私は七層に移動します。ここの守り任せましたよ」

「ええ、プレアデスは九層。セバスは配置を変更し玉座の間へ。妨害があると思うけどガルガンチュアを起動し八階の防衛に参加」

 

 予測していたように、いや、パターンの一つとして予測していたのだろう。対応策をデミウルゴスとアルベドがすり合わせる。

 

「今回ルベドの起動は予定しておりませんでしたが、他の階層で守護者が負けるようであれば」

「モモンガ様、各階層で守護者が負けることを条件にルベドの起動と指揮権をいただけますか?」

「そうだな、ただし十層の戦いに乱入させるなよ? あくまで足止めを目的としろ」

「かしこまりました」

 

 二人は守護者の敗北を条件に、ルベドの起動許可をモモンガに願い出る。モモンガも、最後の戦いへの乱入させないことを条件に受け入れた。もちろん最強のNPCという名目で生み出されたルベドを、戦力として投入することができれば、これ以上の援軍はない。

 

 ラインハルトやぷにっと萌えの策があるなら、策で雁字搦めにし、それ以上のことをさせなければ良い。ただでさえ、レベル一00の守護者に戦いを挑んでくるギルドメンバーのレベルは八十。普通に戦うことができれば、負けることなどありえないのだから。

 

 さらにモモンガとラインハルトとの戦いには、アルベドとセバスが参加する配置である。どちらもこと防御という点においては守護者の中でも最高といって良い。しかしルベドは現在も封印されているため、どのような人格なのかもわかっていない。ただでさえラインハルトは厄介な存在だ。これ以上不確定要素を加えたくないという考えが、モモンガに働いたのは保守的というか堅実というか難しいところである。

 

******

 

ナザリック 第五層

 

 多数ある氷山の一角、木々は凍り付き、大地は分厚い凍土で覆われている。

 

 しかし、ここだけは木々は切り倒され、一定の広さを確保している。無論それはコキュートスが全力で戦うためである。木という障害物があっては獲物を振り回すことができない。もちろんそんな戦い方も訓練しているが、できると全力を出せるの違いは大きいとコキュートスは考えている。だから、わざわざ襲撃者と遭遇ポイントの木々を予め切り倒したのだ。

 

 そんなコキュートスの前に、武人建御雷はその半魔巨人の巨体を揺らしながらゆっくりと姿を現す。武人建御雷の背後には五つの姿があり、隠れるとは程遠い歩みで接近してきた。メンバーの中には戦闘メイン職ではないものもいるようだが、その程度のことでコキュートスは油断しなかった。たとえ戦闘職なかろうが、本人の資質と技、そして連携次第でどうにでもなることを知っているのだから、油断することなどとてもできなかった。

 

「ヨクオ越シ下サイマシタ、武人建御雷様」

「この間のデカブツ(ザイトルクワエ)以来だが、研鑽は怠ってないようでなにより」

 

 コキュートスは臣下の礼を取り、己の創造主を迎える。しかしその視線の端には常に創造主の姿を捕らえ、いつ攻撃されても迎撃できる姿勢を崩すことはなかった。その姿を見て、武人建御雷は満足そうに答える。

 

 そして、コキュートスは腰から一本の武器、いや刀を取り出し鞘ごと凍土に突き刺す。そして受け取れといわんばかりに、後ろに下がる。

 

 武人建御雷は刀を引き抜くと、ゆっくりと鍔を切り、刀身を確認する。

 

「斬神刀皇か。お前に授けたつもりだったのだがな」

「イエ、復活サレタノデアラバ、オ返シスルノガ筋カト」

「ふむ。まあ、それだけじゃないだろ?」

「無論。全力デノ相対ヲ」

「だよな。男子ならそうこなくちゃなぁ」

 

 武人建御雷は嬉しそうに口元を歪ませ、受け取った斬神刀皇を腰にさし抜き放つ。翻る一閃。抜刀の速さ、刀身の軸、その姿に微塵も隙はなく修羅と評するに相応しいものであった。また、それが合図だったのだろう。後ろのギルドメンバー五名もそれぞれの武器を構え陣形を整える。

 

 コキュートス側も六体の雪女郎が展開している。雪女郎達はレベルで言えば八十台、今のギルメンたちより上となる。レベルと数の両方で勝るコキュートス側が、いざ仕掛けようとした時、それよりも早く後衛から魔法が飛び、爆発と共に辺りが白い煙で包まれる。

 

「煙幕カ。警戒セヨ」

 

 コキュートスは、素早く警告を発するとその複眼で空間内の全ての動きを捉える。ほぼ同時に自分に二つ、雪女郎側に一つ、煙幕から飛び出す影を見つける。そして反射的に自分への攻撃を左右のハルバートで受け流す。

 

ーー影縫い/腕切り/首切り/修羅

 

 しかし、同時に狙われた雪女郎への防御は間に合わなかった。コキュートスのフォローよりも早く、武人建御雷が踏み込み四連斬を打ち込む。

 

 周りの雪女郎も対応しようとするが、時間差で打ち込まれた魔法による牽制で近づけずにいる間に、武人建御雷は素早く武器を持ち替え一撃を繰り出す。

 

ーー死の舞踏

 

 その一撃は最初の四連撃にくらべると酷く緩慢だった。コキュートスであれば、たとえ連撃後の隙を縫うようなタイミングであっても対応できたであろう。しかし雪女郎は接近戦も出来るが、厳密に分類するならば中遠距離の支援型モンスターである。極寒に耐性を持ち、行動阻害、凍結などなどのデバフの嵐を撒く存在。しかし近接戦闘では専門のモンスターに一歩ゆずる。

 

 ゆえに、武人建御雷は一日の使用回数制限のあるスキルと、素早さの補助を捨てダメージに極振りした武器による渾身の一撃を選択。その一撃を受けた瞬間、雪女郎の首は舞い落ち、残る全身もまるで滅多切りにされたような傷痕を残し倒れ伏した。

 

 さしものコキュートスも見たことのない技に、息を呑む。対照的に武人建御雷は、本当に楽しそうな表情をのぞかせ言い放つのだった。

 

「さあ、やっとスタートラインだ。楽しく死合おうか」

 

 

******

 

 

ナザリック第六層 円形劇場

 

 ナザリック第六層は、人工の巨大な森である。多種多様の木々に、人工の太陽、人工の空。そして森には多数の魔獣が生息している。ユグドラシル時代では、自然型トラップと魔獣の波状攻撃による多数の犠牲者を出した場所でもある。

 

 そんな森の一角にある巨大建造物。円形劇場。

 

 その客席最上段の柱の上、劇場の外の森を見回すことができる場所に階層守護者であるアウラとマーレは座っている。

 

 もちろん座っているだけということはない。アウラのスキルを十全に発揮し、ここからはるか遠くにいる侵入者達に対し、魔獣達を指揮し攻撃をくわえているのだ。

 

「七人がこっちに向かってくるみたい」

「そっか」

「あとね、お姉ちゃん」

「ぶくぶく茶釜様もこっちに向かってるんでしょ」

「うん」

 

 魔獣たちも過度にダメージが蓄積しないようにローテーションし、けして無駄な攻撃をしない。すくなくとも、襲撃者のスキルやMPを消耗させていいるという点では十分に意味をなしている。

 

 もっとも、その攻撃は精彩を欠いていた。

 

 それはひとえに指揮するアウラの心情を、魔獣たちがくみ取りすぎているからにほかならない。無駄に自然を壊さぬように、襲撃者である至高の御方々に過剰にダメージを与えず、防御や迎撃のスキル・MPを浪費させるように。そんな中途半端ともいえる優しさが、攻撃の合間に垣間見えるのだ。

 

 そんな時、探査魔法で侵入者の動きを監視していたマーレが、双子の創造主であるぶくぶく茶釜の接近を知らせた。

 

「お姉ちゃん。どうしよっか」

 

 マーレがアウラに質問する。いろいろ言葉が抜け落ちた質問だが、言いたいことぐらい姉のマーレならわかる。

 

「戦って足止めする」

「でもぉ」

「たぶん、戦わなくてもぶくぶく茶釜様は許してくれる。子供のように愛してくれる。でも、自立した私としては見てくれない。いつまでも子供としてしか見てくれない」

「お姉ちゃん」

 

 アウラの言葉に、マーレも押し黙ってしまう。

 

「まあ、アイツは愛する人の腕の中で幸せって選択をしたようだけど、私は自分の足で立てますって言いたい。だからマーレ、今回だけは逃げてもいいよ」

 

 アウラは珍しく思いの丈を露わにする。たぶんナザリックに異変あってから、いやそれ以前からずっと表に出さなかった思いなのだろう。そして、その思いを自分のわがままと認識しているからこそ、普段から戦うことに及び腰なマーレに対し、逃げてもいいと伝えるのだった。

 

「ううん。お姉ちゃんと一緒にいる」

「そっか」

 

 しかしマーレは、ゆっくりを顔を横に振ると否という。その言葉に対し、アウラは素っ気無く、そして若干嬉しそうに一言だけ返すのだった。

 

******

 

 

ナザリック 第七層 館

 

「ヴィクティムも無力化され、九層のプレアデスも突破されましたか」

「おおむね予想通りだな」

 

 デミウルゴスとウルベルトは、七層にある館のパーティー会場で、各階層の状況を映し出したディスプレイを前に、向かい合っていた。

 

 向かい合う。他の階層であればまさしく相対であるのだが、この二人は椅子に座り、ワインを片手に寛いでいるという状況的な違いがある。

 

 なぜこんな状況に? と問われれば、デミウルゴスが準備していたというほかない。

 

 七層にあるデミウルゴスが執務室として利用している館は、けして豪邸ではない。むしろ無駄な装飾などほとんどない実用性一辺倒の館だ。そんな館の一室を改装し、ホームBARカウンターまで用意し、至高の方々を迎えるに相応しい準備をしたのだ。しかも、わざわざ第九層のBARからバーテンダーと副料理長を拉致って来たというのだから、その本気度は窺い知れる。

 

「これで、玉座の間にはラインハルトとその部下2名のみ」

「デミウルゴス。これもお前の予想通りか?」

「はい。これはラインハルトも望んでのことかとおもいますが」

「ああ、その通りだ」

 

 ナザリックを襲撃したギルドメンバーは、途中から隊を分け、それぞれの守護者の足止めを行っている。正確には、第三層と第七層以外の担当達はいまだに、熾烈という言葉が相応しい戦いを繰り広げている。

 

 例えば第五層は、コキュートスの複数の腕から繰り出される速剣をかいくぐり、豪剣の一撃を叩き込もうとする武人建御雷。すでに両陣営半数以上が戦闘不能に陥り、一進一退の攻防を続けている。

 

 対照的に魔獣による波状攻撃とクラススキルすら使った広範囲殲滅魔法が入り乱れる第六層。遠距離砲撃と魔獣による襲撃が繰り返すなか、アウラとマーレは襲撃者から距離と取る。そんな双子を、魔獣の波をかいくぐり、詰将棋のように追い詰めるぶくぶく茶釜率いる襲撃者達。どちらが最初に有効打を入れるかで全てがきまるような戦いを繰り広げている。

 

「予想外といえば、デミウルゴスも戦いを挑んでくるとおもったのだけどね」

 

 そういって二人の会話に割り込んでできたのは、至高の四十一人のプレイヤー達において軍師という立場のぷにっと萌えであった。

 

「ほら、なんのかんのとシャルティア以外全員戦ってるじゃないか」

「守護者は皆、創造主に己の存在価値を見せようとしているに過ぎません。シャルティアは愛を、コキュートスは武を、アウラとマーレは自立を、そしてプレアデス達は任務を全うするという意志を……」

 

 たしかにデミウルゴスの言葉は正しかった。

 

「では、お前は私に何を見せようとしているのだ?」

 

 ウルベルトは疑問を言葉にする。

 

「いわば忠誠の意志を歓待という行動で表現させていただきました。それに」

「それに?」

「私の本分は悪を背負う智謀。ナザリックのため、ひいては至高の御方々のために悪を背負い事を成すこと。今ひとときで表現することなどできません」

「なるほど」

「あ~これなら最終組に参加すべきだったか」

 

 そんなデミウルゴスとウルベルトの横で、ぷにっと萌えが若干口惜しそうにつぶやきながら、手に持った皿から、ブリーの欠片を口に放り込む。その表情に気が付いたデミウルゴスは、笑みを浮かべながら答える

 

「はい。至高の御方々において最高の戦術家と名高いぷにっと萌え様であれば、直前まで采配を振るうことができる第九層組に参加されるとおもっておりました。しかしそれでは、最適化された人員で攻略がすすむこととなりましょう」

「モモンガさんのことだから、八層のアレやルベドをメインで使わないと予想できたけど、デミウルゴスは事前の会話なんかでやる気満々に見えてたからね」

 

 実際、デミウルゴスの昨日までの言動を分析するかぎり、トラップの再配置に加え迎撃モンスターの大量導入、対策の難しい絡め手も、議論の端々に登っていた。なにより本人のやる気が並々ならぬものであったため、ぷにっと萌えを含め、九層突入人員よりも多くの人員+練度の高い人員が投入されたのだ。

 

 だが実際攻め入ってみれば、迎撃らしい迎撃はなく、館に入ってしまえば歓待の嵐。もっとも……

 

「メッセージ不可の結界まで準備という念の入れよう。おそれいるよ」

「こちらにいらっしゃる方々のスキルは温存されてしまいますが、少なくとも至高の方々を玉座の間に招くことだけは阻止させていただきました」

 

 そう。この館に入ったが最後、外に出ることはかなわず、メッセージのやり取りさえもできなくなったのだ。もっともその制限はデミウルゴスも同様のため、抜け道を作って逃げ出すことさえ、できないほど単純で強固な罠となっていた。

 

 戦っても良し、おとなしく歓待を受け美味しい料理と酒を楽しむも良し。この選択肢にウルベルトやぷにっと萌えら襲撃側は、戦うことをあきらめることを選んだのだ。

 

「ま、酒飲みながら観戦しかやることないのだけどな」

「まったく。役得というべきか、残念と言うべきか」

 

 そんな雑談をしながら三人が見るディスプレイには、いよいよモモンガに迫るラインハルトの姿が映し出されるのであった。

 


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