【完結】もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版)   作:taisa01

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 リ・エスティーゼ王国 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは、辺境の村に襲撃を仕掛けるバハルス帝国の部隊を討伐するため、王の命令で僅かばかりの手勢を率い辺境の村を回っていた。
 しかし、ガゼフの目の前に広がるのは、無残にも破壊の限りを尽くされた辺境の村だった。
 最初の村では生き残りさえ見つけることができなかった。
 次の村では建物は焼かれていた。
 次の村では数名の女性を助けることができたが、死ぬことを涙ながらに依頼された。
 次の村では……
 次の

 物資の多くは略奪され、奇跡的に生存者が見つかれば、エ・ランテルまで護衛を付け送る。そんな繰り返しに、ガゼフのみならず部下たちも疲弊していた。
 しかし、同時に徐々にだが敵に近づいている実感もあった。
 そんな中、ガゼフは部下の一人から忠言を受けた。

「戦士長。これ以上の人員の減少は許容できません。敵を捕捉できたとしても、戦士長にまで危険がおよびます。戦士長に万が一のことがあれば、それこそ王国にとって甚大な損失!」
「辺境は常に死と隣り合わせだ。だからこそ期待したことはなかったか?国や冒険者が助けてくれるのではないかと」
「私も平民出身です。期待しなかったといえば嘘になります。しかし現れるのは賊だけでした」
「ならば我々が示そうではないか。民を守る存在というものを。弱き者を助ける強き者の姿を」

 そう宣言すると、ガゼフは部隊を率いて次の村、カルネ村に向かうのだった。



第3話

四日目昼過ぎ

 

 怪しい一団が近づいているとのことで、村長は隠れるように村人達を説得して回る。村人達も今朝のことがあり、息を潜める。

 

 村長とラインハルトは、村人達が隠れるのを確認すると、カルネ村の広場で一団が到着するのを待っていた。

 

 しばらくすると、馬に乗った一団が土煙を上げながら近づいて来た。よく見れば襲撃した賊とは違い、各々が少しずつ使いやすいようにカスタマイズがされた鎧姿から、騎士というよりも傭兵団という印象を受けた。ただし全員が馬に騎乗していることから、何らかの組織に属していることは間違い無い。

 

「村長。あの鎧に見覚えは?」

「いえ。しかし胸の紋章は王国のものと思われます」

 

 騎兵が到着すると、先頭に立っていた筋骨隆々にして黒髪黒目の偉丈夫が進み出る。

 

「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。近隣の村々を襲撃したバハルス帝国の騎士達を討伐するため、王の御命令で村々を回っている」

「王国戦士長……」

 

 村長は驚きの声をあげる。

 ガゼフ・ストロノーフは、村長の方を向き声をかける。

 

「そなたが村長か?」

「はい、戦士長様」

「バハルス帝国騎士の件で聞きたいのだが。こちらの村に向かった痕跡が確認されていてな」

「実は今朝襲撃がありました。幸いにも、こちらのハイドリヒ様のおかげで多くの者が助かりました」

 

 村長はそういうとラインハルトを見る。

 村長の説明を聞いたガゼフは馬から飛び降りる。金属鎧の重い音を響かせながら降り立つと、ラインハルトに向かいガゼフは深く頭を下げるのだった。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない。名前を聞かせてもらえないだろうか」

 

 その姿に周りのものは驚く。

 王国戦士長。ラインハルトはその位を知らぬが、状況から見ても高い地位にいる存在であることが伺える。そのようなものが、素性もしれぬ男に頭を下げる。この行為に周りのものは驚き、この行為こそガゼフの人柄を雄弁に語っているとラインハルトは考えた。

 

「私はラインハルト・ハイドリヒ。村を助けたのは偶然にすぎぬよ。アインズ・ウール・ゴウンという組織に所属し長く俗世より離れていたので、世情を学び見聞を広める途中に立ち寄ったにすぎん」

「冒険者ということか」

「今は違うが、こちらの村長が推薦して頂けると言うのでね。しばらく冒険者になるのも一興と考えているよ」

「そうか。できれば、襲撃の状況を教えていただきたい。また遺留品があれば証拠品として回収したいのだが」

「村長、私が倒した者達の遺体は?」

「村のものの葬儀もありますので、村の外に移動しただけです」

「撃退できたのか」

「何人も逃がす結果となってしまったがね、私は手を抜くことこそ相対するものへの冒涜と考えている。故に命のやり取りは必定というもの」

 

 ガゼフは、目の前のラインハルトのことを測りかねていた。見目麗しい。しかし同時に力強さと王者の風格を感じる。例えるならば、以前戦ったことがある獅子。

 

 ほかの襲撃現場からバハルス帝国騎士の数はかなりのものと想定していた。それを一定数倒した上で、撤退させたというのだ。それほどの強者が、全くの無名であったことにも驚く。同時に、そのようなものが所属するアインズ・ウール・ゴウンという組織とは一体……。

 

 ガゼフはそのような疑問はあるものの腹に収め、ラインハルトに襲撃の状況について聞いていると、外周で警戒を任せていた部下が飛び込んで来た。

 

「戦士長!何者かが、この村を包囲しようとしております。しかも天使と思わしきモンスターを大量に従えて!」

「なに!?」

 

 

******

 

 ガゼフは、外で待機させていた部下もカルネ村の広場に集結させた。そして建物の影からラインハルトと共に、敵の包囲状況を探っている。

 

「敵は、ほぼ等間隔で包囲。村の背後にある森の中までは不明。しかし正面戦力だけでも、相当なもの。天使を従えるマジックキャスターをあれほど揃えるなど」

「戦士長に心当たりがあるのかな」

「スレイン法国の特殊部隊。それも神官長直轄の六色聖典ぐらいか。ハイドリヒ殿はスレイン法国になにか縁はあるか」

「まったく、行ったこともないな」

「となると、今回のバハルス帝国騎士の襲撃もスレイン法国の偽装の可能性も高いな。そしてその目的は……」

「卿ということか」

 

 ラインハルトの指摘に、ガゼフの表情は一瞬曇る。

 ガゼフ自身、一人の戦士として王国を愛し、国民を愛し、王に忠誠を尽くしている。しかし、現在の王国における王の権力は弱く、貴族派が幅を効かせている。そのため本来国家として対応しなくてはならない、今回のような外敵への対応が後手に回る始末。

 

「スレイン法国がなぜ卿を狙う?」

「人間種は他の種族に比べ脆い。故にスレイン法国は人類の団結を謳っている。しかしその排他性や国家としての成り立ちの違いにより、王国とは相容れない。大方私を暗殺することで、貴族派で王国の意見統一か王国の乗っ取りを行い人類団結の礎にしようと考えているのだろう」

「ふむ。では卿はどうしたい?」

「籠城は愚策、盾にした家屋もろとも破壊されるだろう。とはいえ、打って出るとしても、あれだけのマジックキャスターを相手では正面から戦うことは難しかろう。やはり私を囮として騎兵全てで一点突破を仕掛けている間に、村の人々を森に逃がすのが妥当か」

 

 ガゼフが、今回の戦いのため戦術を述べる。村人の生命という財産を優先し、さらに自分達の部隊が生き残るという点では、至極理に叶った内容であった。

 だが、ラインハルトはガゼフの戦術を聞いても、頷くなどの一切リアクションを返さず、静かにガゼフの目を見る。

 

「では言葉を変えよう。卿の渇望はそのようなものか?」

「渇望?」

「そうだ。私を省けば卿かあちらの指揮官と思わしき存在がこの場でもっとも強い存在だろう。しかし強者が勝者となるわけではない。そこを分けるのは、つねに渇望の差である」

 

 ラインハルトはここで一息つき、右手を上げ指を三本たてる。

 

「卿の渇望はなんだ?王の命令を守ることか?王国を守ることか?それとも王国の民を守ることか?」

 

 ラインハルトは、立てた指を一本一本おりながら話をすすめる。

 

「卿の渇望次第で、取るべき戦術が違うのではないかね?」

「それは……」

 

 ガゼフは言い淀む。

 この村に向かう時にも部下に言われたことを思い出したからだ。国家という視点であれば、ここで王国戦士長を失うことは絶対避けねばならないと諭された。しかし、自分はそんな忠義溢れる部下に、国民に救いがあることを示すと言ったではないか。

 そもそも、自分が強くなろうとした理由は何だったのか。

 

「卿の瞳の奥には、強い渇望を見て取れる。今一度問おう。卿の成したいこと、成すべきことはなにかね」

「私は、民を!弱き者達を!助ける存在となりたい。ハイドリヒ殿、どうか力を貸してはくれまいか。報酬は望みのままに」

 

 普通に考えれば会って間もない男に、己が思いを語るなど普通じゃない。それこそ酒にでも酔っているかのようだ。ガゼフもそのくらいは認識している。

 しかし、目の前の男の声に問われれば否ということはできない。そんな魅力を感じざるえなかった。

 

「悪くない。よくぞ高らかに謳った。ならば手を貸すのも吝かではない」

 

 ガゼフはラインハルトの肯定の言葉を聞くと、ラインハルトの手をとり深く、深く礼を述べるのだった。

 そこでラインハルトは策をガゼフに伝える。そしてガゼフは寸暇を惜しむように、部下たちに指示を出すため広場に向かっていったのだった。

 しかし、一人残ったラインハルトは、虚空を見上げ告げる。

 

「そう心配するな我が半身よ。劇にはアドリブが有ってしかるべきだ。同じ役者、同じシナリオ、同じ演出。しかし同じ劇など一つもありはしない。でなければ観客は既視感に苛まれることだろう」

 

ーーーーー

 

「そうだ。特等席でゆっくり見ていると良い。私は総てを愛している。故に……」

 

 

 

******

 

 陽光聖典のニグン・グリッド・ルーインは、今回の任務に疑問を持っていなかった。むしろスレイン法国にとって重要な任務とさえ考えていた。

 

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

 

 その戦力は敵とすればこれほど嫌なものはいない。むしろ人類のためにもなぜ味方とならぬのかとさえ考える。しかし、王国は腐っている。真の敵を見ずに権力闘争に明け暮れる。その王国に忠誠を誓っている時点で、無駄な、いや邪魔でしかない。そうニグンは考えていた。

 

 しかし、包囲したとはいえ、まさかたった二人で立ちはだかるとか予想だにしていなかった。

 

「ガゼフ・ストロノーフ。私はお前を買いかぶっていたのかもしれない。王国最強と持て囃されていようとも、戦力評価さえ碌にできんとは。それとも観念してその首を差し出しにきたのか」

 

 ニグンは光の翼を展開する監視の権天使を従え、標的であるガゼフに対して言い放つ。

 

 ニグンの言葉はけして傲慢ではない。なぜなら、包囲している約三十名は、人類が特別な才能やアイテムが無ければこれ以上身に付けることができない第三位階魔法を習得したマジックキャスターである。さらに、一人一体、一般的なレベルの兵士では太刀打ちさえ難しい炎の上級天使を召喚している。それこそ、城塞都市でさえ正面から押し切る戦力があるのだ。貴族の策略で一般的な兵士の装備しか与えられていないガゼフでは、それこそ自殺のために出てきたと言われてもしょうがない。

 

「そうだな。貴様の言うとおり王国戦士長としてここに立ったのなら、貴様の言う通りだろう。しかし私は弱き者を救うためにある。その意味では間違ってはいない!」

 

 そういうとガゼフは鞘から一本の剣を引き抜く。長身のガゼフが持つにはやや細身の長剣だが、その刃は一片の曇りなく、柄から口火にかけての意匠は稲妻のようであり、もしプレイヤーが見れば勝利のルーンのように見えたであろう。

 

 なにより特徴的なのは、構えた剣の刃の上を青白い雷光が走っているのだ。

 

「魔剣だと!?貴様!どこに隠し持っていた!」

「契約の証として拝領したもの。この戦雷の聖剣(スルーズ・ワルキューレ)で、我が渇望、成就させてもらう!」

「魔剣一本で戦況が変わるわけもない、ゆけ!」

 

 ニグンの指示を受け、待機していた炎の上級天使が一斉に襲いかかる。光の翼を広げ、光の剣を振りかざし、戦いに慣れぬものであれば畏怖を感じたであろう。

 

 最初の一体目は上段から光の剣を勢い良く振り下ろす。もし普通の剣で受けようものなら、受けた剣は刃こぼれし、天使の勢いをもろに受ける形で体勢を崩していたであろう。

 

 しかしガゼフは、振り下ろしを左に踏み込み体捌きで躱すと、腰、背骨、腕を時計回りに勢いよく回し、剣が横一閃の軌道を描く。そしてその勢いはとまることなく、天使を両断し、魔力の粒子へ変えた。

 

「武技を使わずに天使の体を両断するとは、まさに宝剣の名に相応しい」

「気に入っていただけて、なにより」

 

 ガゼフが、ラインハルトと会話しつつ二体目を切り倒したところ、相手もリズムを掴んだのだろう。六体の天使がガゼフを包囲し一斉に攻撃をしかける。それこそ、四方をおさえられ上段からも攻撃が加えられる多面同時攻撃。剣一本でどうにかなるものではない。

 

 しかし……。

 

「武技 六光連斬」

 

 ガゼフの一撃がその声と共に、六本の光となり天使達を切り裂く。さらにそこでガゼフは留まることなく、前に踏み込む。

 

「武技 即応反射、流水加速」

 

 技発動に伴う硬直をなくし、強制的に次の行動に移行する。踏み出した一歩を更に加速し、多数の天使を置き去りに一人のマジックキャスターのもとへたどり着く。

 

「アシッド……」

 

 ガゼフに突然踏み込まれたマジックキャスターは、咄嗟に攻撃魔法を発動しようと、スタッフを振り上げる。

 

 ガゼフにとっては守るべきものを脅かす敵である。踏み込んだ勢いに乗せえて袈裟斬りにする。素早く次の獲物に向かおうとする。

 

 しかし、攻勢もそこまでだった。

 

「倒されたものは天使を再召喚せよ!三体以上連携を保ち、連続で攻撃せよ」

 

 ニグンの指揮で、平静を取り戻した者達が一斉に天使を再召喚をし、ガゼフに波状攻撃をはじめたのだ。

 

「多数の武技を習得し、的確に操るその技量。王国最強の名に相応しい。だが!それだけだ。対象を大型魔獣と同等と設定、休ませることなく物量で押しきれ、武技は無限ではない!」

 

 そこからは数多くの人類の敵を滅ぼしてきた陽光聖典の制圧力が遺憾なく発揮した戦いとなった。

 

 ガゼフが三体を武技で同時に切れば、途切れること無く更に三体が襲いかかる。体捌きで躱し、踏み込もうとすれば背後に構えたさらなる三体が襲いかかる。なにより、動きは単純だが多い。

 

 この一点のみで圧倒し、ついにはガゼフが先ほど踏み込んだ距離を押し戻したのだ。

 

「さすがは陽光聖典。私の剣だけで決着付けることかなわずか」

「なに、この敗北は卿の渇望の敗北ではない。次なる勝利のためにこの敗北を糧にすればよい」

「わかった。ではまた後ほど」

「そうだなすぐに会おう」

 

 男とガゼフがそのような会話をすると、ガゼフの姿が突如消え去った。それを見ていたニグンはラインハルトに向けて怒声を向ける。

 

「貴様、ガゼフ・ストロノーフをどこへ隠した。どうせ幻術の類だろうが面倒なことを」

「なぜ後方に移送するのに、わざわざ幻術を掛けて移動させる必要がある。MPの問題さえなければ転移(テレポーテーション)で良いのではないかね」

「ふははは。とんだ誇大妄想狂だなぁ。第六位階魔法であろう転移(テレポーテーション) を使いこなす存在なぞ、一部の例外を抜けば帝国のあの爺だけだぞ。まあ良い。幻術を掛けたのが貴様なら、貴様を殺せば済むこと。炎の上位天使に串刺しにでもされるがよい」

 

 ニグンはそういうと、目の前の男に、天使による鉄槌を下すべく、右手を一度あげて振り下ろす。

 

 その意を受けた天使が、光の剣を振り下ろす。

 

 二体目が突き立てる。

 

 三体目が横薙ぎに切り払う。

 

 天使による多重攻撃に晒され、すでに男は絶命したと考え、天使を引かせようとしたとき、ニグンは見てしまった。

 

 目の前の黒い服を纏い、黄金の髪をたなびかせ、まるで夕日を浴びながら歌うように佇む男の姿を。

 

「ど……どういうことだ」

「彼の役目は、包囲をしていた卿らを一箇所におびき寄せること。本来の標的が目の前にいるのだから、この村の包囲していたものたちも本来の標的へと集まるのは必定。つまり今のようにな」

 

 事実。目の前の男が言うように、ガゼフが出てきた以上、確実に殺すために包囲を崩し陣形を変えた。つまり誘導されたと言っているのだ。

 

「いよいよ始めようか」

 

 そういうと、黄金の男は手を天にかざす。

 

「我が名はラインハルト・ハイドリヒ。アインズ・ウール・ゴウンに所属する守護者であり……」

 

 風が巻き起こり、ラインハルトを中心に黄金のオーラが立ち上る。陽光聖典の者達はそのオーラに当てられ跪きそうになる。

 

 しかしニグンは、それがどれほど己の信仰に対する屈辱か気が付き声をあげる。

 

「天使による一斉攻撃!」

「私は総てを愛している。故に総てを壊そう。負の爆裂(ネガティブバースト)

 

 ラインハルトの言葉と同時に黒い光が走る。ちょうどラインハルトに一斉攻撃をしかけようとした天使がその光に触れるやいなや、砕け散ったのだ。

 

 そう砕け散ったのだ。

 

 一体残らず。

 

 それこそ、ニグンが盾代わりにした監視の権天使さえも一瞬で。ニグンの「自身が召喚したモンスターを強化する」タレントで強化した監視の権天使がだ。

 

「ば……ばかな」

「言ったはずだ総てを愛していると。例外はない」

 

 そういうと、ラインハルトは親しい友人を向かえるような足取りで、ニグン達に向けて歩き出す。一歩一歩はひどくゆっくりとしたものであるが、確実に距離をつめる。

 

「総員。全力で迎撃。その間に最高位天使を召喚する」

「ほう」

 

 ニグンが魔封じの水晶を取り出し最高位天使の召喚の準備をはじめる。

 

 そして召喚の時間を稼ぐため、陽光聖典のものたちは一斉に攻撃魔法を発動する。炎の矢、酸の礫、神聖属性の衝撃波、緑の輝きをもった拘束魔法、精神攻撃魔法、混乱を引き起こす精神魔法、鋭利な石の礫、ありとあらゆる魔法がラインハルトに襲いかかる。

 

 しかしラインハルトの歩みは止まらない。それどころか傷一つさえ付けることが叶わない。 

 

 だが、この時遠く離れたナザリック地下大墳墓より他の守護者たちと観戦している、モモンガからラインハルトにメッセージが届く。

 

「槍の使用を許可する。魔封じの水晶に熾天使(セラフ)がいる可能性がある。最悪の場合、至高天の熾天使(セラフ・ジ・エンビリアン)が召喚された場合は、私を含めた完全武装の守護者が到着するまで、押さえ込め」

 

 ニグンの持つ魔封じの水晶の魔力が高まり、天使の召喚がはじまる。

 対するように、ラインハルトは歩みを止め朗々と咏う。

 

Yetzirah(形成)― <ruby><rb>Vere filius Dei erat iste</rb><rp>(</rp><rt>ここに神の子 顕現せり</rt><rp>)</rp></ruby>  <ruby><rb>Longinuslanze Testament</rb><rp>(</rp><rt>聖約・運命の神槍</rt><rp>)</rp></ruby>」

 

 ラインハルトの手には黄金の輝きを放つ一本の槍が生み出される。その輝きの前に、陽光聖典はニグン以外、ついに膝を屈する。

 同時にニグンも天使の召喚を終える。

 

「我らが神の敵を討ち滅ぼせ。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)

 

 召喚された天使は、どこか機械めいた今までの天使と違い、有機的な白い翼を携え、光を纏った存在であった。

 ニグンも陽光聖典のものたちも、その威光に酔いしれ勝利を確信した。 

 

「かつて、魔神さえもその一撃で討滅した威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)。貴様がどれほど強かろうと関係ない。もし我らが神に忠誠を誓うなら命だけは助けてやろう」

「主として平服するのは後にも先にも我が半身のみ。故に答えはかわらんよ」

「そうか、それは残念だ。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)善なる極撃(ホーリースマイト)を放て」

 

 声と共に、天使の持つ武器が光の束へと変化し、極光となってラインハルトに降り注ぐ。そのあまりの輝きは、回りが一斉に暗闇に覆われたのではないかと思われる程であった。

 しかし、そんな状況にありながらラインハルトは一人笑っていた。

 

「フフフ、ハハハハハハッ!!これが痛み、これがダメージ!なかなか心躍るものだ。だが!」

 

 ラインハルトは槍を構える。

 

「役者が遊び過ぎては観客も飽きてしまうだろう。ゆえに、そろそろ幕引きとしようか」

 

 その声と共に、槍を投じる。

 誰もその槍の軌道を捉えることができず、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は撃ち抜かれ砕け散る。さらに槍は破壊を振りまきながら、ラインハルトの元へと戻ってくるのだった。

 

「い……一撃」

「さて、本日の恐怖劇(グランギニョル)はコレにて閉幕だ」

 

 ラインハルトの宣言をもって、この地を監視していた全ての魔法が解除される。

 その後、陽光聖典を見た人間はいない。

 

 

******

 すでに日は暮れかけている。

 カルネ村の広場には篝火が焚かれ、多くの人たちが集まっている。

 

 カルネ村の村民達に護衛役の王国戦士達。また、それに混じって武装したゴブリンもいる。

 みな不安な顔を見せながらも、嵐が過ぎ去るのを静かに耐えるように何かを待つ。

 

 そんな中一人の少女が、村に近づく人影に気がつく。

 

 「ラインハルトさ~ん」

 

 少女は大きな声をあげながら、その人影に向けて走っていく。

 

 この時、朝から始まった騒動は、ようやく一つの結末を迎えたのだった。

 




次回は、今回表にでなかったところとか、ナザリック方面とか、スレイン法国方面

誤字を指摘頂いた皆様、ありがとうございます。

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