【完結】もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版)   作:taisa01

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第10話

「なぜガゼフ様がここにいるのです! あなたは王城で王をお守りしているのではなかったのですか?!」

 

 クライムの声が夜の街に響く。

 

 クライムはリ・エスティーゼ王国の騎士である。魂を捧げたのはラナーであるが、王国騎士としての自負もあり責務も意識している。ゆえに、王に対しても畏敬の念を持っているし、ラナーのことを横においたとしても、王国騎士として恥ずかしくない行動を心がけている。

 

 しかし、その王を守るべき戦士長が王の側におらずこの場にいる。

 

 王の信頼。あるべき姿。王城で戦う者達の思い。様々なものが頭を駆け抜け、クライムは無意識に声を出してしまった。

 

 対するガゼフは静かに目を閉じ、その言葉を受け入れる。なぜなら、そのように見えることなど百も承知であり、そのために多大な犠牲を払ったのだから。

 

「クライム。お前の言いたいことは分かる。だが、時間が無いので簡潔に答えよう。私の守るべき方はここにいる」

「それ……は……。ここに王が」

「すまないが、今は一時を争う。ラナー様、そして皆もついて来て欲しい」

 

 ガゼフの言葉にクライムのみならずラキュースら蒼の薔薇の面々も驚く。しかしその驚きの時間さえもないのだろう。セバスは続ける。

 

「ソリュシャン。お客様を来賓室へ。私はここでゴミ掃除を続けねばなりませんので」

「かしこまりました。セバス様。ではお客様こちらへどうぞ」

 

 メイドと武装兵の中間のような出で立ちのソリュシャンはそう言うと、全員の前に進み出て案内をはじめる。

 

 皆が一様に口を閉ざしながらも従う。冒険者としての第六感が、騎士としての使命感が、この先の何かが王国の命運を左右すると言っており、この場を去るという選択肢は頭に浮かぶことはなかったからだ。

 

******

 

八月二十三日 0時 ラインハルト邸 来賓室

 

 来賓室。

 

 重厚な扉の向こうには、厳かな空間が広がっていた。部屋を明るく照らすシャンデリアに、職人の手で美しい彫刻が施された壁や柱。部屋の真ん中に配置された長大な机には、緻密なレースで装飾された美しいテーブルクロスが広げられ、真ん中には純白のテーブルクロスに対比するような色合いの赤い薔薇の生花が飾られている。なにより目につくのは、壁に掲げられた複雑な意匠のエンブレムが刺繍された旗。この一枚を生み出すだけでも、どれほどの財が必要か、物の価値を知るものであれば考えずにはいられないだろう。

 

 そのような部屋に二人の人物が向かい合い座っていた。

 

 一人はこの国の王、ランポッサⅢ世。

 

 一人はこの館の主にして、王国三番目のアダマンタイト級冒険者であるラインハルト・ハイドリヒ。その背後に控えるのは、同じくアダマンタイト級冒険者のエンリ・エモットとアンナ。

 

 過去の晩餐会で二人が対面した際、ラインハルトが礼を取る側であり、ランポッサⅢ世はその礼を受け取る側であった。そこには超えられぬ一線が存在していたはずだった。

 

 だが、今の二人はまるで対等。いや、むしろラインハルトは生気や覇気に満ち溢れ、付き従うものを魅了してやまないカリスマを有しているのに対し、ランポッサⅢ世の顔色は悪く、無理がたたっているのだろうか表情さえもすぐれない。物知らぬものであれば、ラインハルトこそ若き王と答えてしまうだろう。

 

 そんなランポッサⅢ世の背後にガゼフが控えると、ランポッサⅢ世はラナーに隣に座るように促す。そうすると自然と席次がきまる。クライムはラナーの背後の控えるように立ち、ラキュースは客でありながら下座に座る。そして蒼の薔薇の面々は、武装を抱えて先ほど追いついた二人もあわせてラキュースの背後に控える。

 

「役者は揃ったようだな」

 

 まるで、ここから談笑が始まるような雰囲気で、ホストであるラインハルトが宣言する。

 

「さて、陛下のご用向きは如何に?」

 

 ラインハルトは軽く右肘をつき、右手の甲に頬をつける。見た目は美しく、そしてリラックスしている雰囲気がよく伝わる。しかし、とてもではないが、臣下が王の前にする態度ではない。だがランポッサⅢ世は目を細め、微笑みながら返答する。

 

「そち。王国を支配することに興味はないか?」

「「「?!」」」

 

 その瞬間、部屋の雰囲気が大きく二つに別れる。

 

 一つは大きく驚く者達。蒼の薔薇の面々に騎士クライム。

 

 もう一つは平然とする者達。爆弾を投げつけた本人に、ラインハルト含む黄金の面々。王国戦士長ガゼフ。そしてラナー。

 

「私個人としては興味など無い。我が半身と組織は別ではあるな」

「アインズ・ウール・ゴウンか」

 

 ランポッサⅢ世はおのれの言葉を噛みしめるように、ゆっくりとつぶやく。そしてゆっくりとこの場にいる人間の顔を一人一人見ていく。そして最後に、ラナーへの視線を送る。

 

「お前はわかっていたのだな。ただの愛らしい華とおもって育ててきたつもりだが、もっとも支配者に相応しい智謀を持つものがお前だったとは、なんとも皮肉であるな」

「なんのことかわかりませんわ」

「この場でそのような嘘を言う必要もない。いや、そのようにさせてきた我の言うべきことではないかもしれないがな」

「ラナー。あなたこうなるって予想できていたの?」

 

 ランポッサⅢ世の言葉に、友人であるラキュースは驚いていた。ラキュースの認識では頭はいいがどこか抜けたところもある心優しい友人とおもっていたからだ。

 

「アインドラの娘よ。そう言ってやらないでくれ。かくあるべしと定めたのは我であり、だからこそ友人であるそちにも言えなかったのだろう」

「陛下……」

 

 家長の定めを破ることなど、普通ではありえない。家を飛び出し冒険者となったラキュースであっても、自分はどうであったかは別として、そのぐらいの理屈はわかっている。そしてラナーがたとえ己を偽るような事があったとしても、それが家長、今回は王に望まれたことであると言っているのだ。

 

「ごめんなさいラキュース。友人のあなたにさえ言えないことがたくさんあったわ」

「ううん。いいのよ、ラナー。言えないことがあるのはお互い様だし、友人ということに違いはないもの」

「ラキュース」

 

 ラナーはラキュースに対してすまなそうにうつむきながら、謝罪の言葉を述べる。しかしラキュースは謝罪を受け入れた上で、友人であると宣言したのだ。

 

 ラナーはその回答に正直に喜び、微笑みを返す。その様子を尊いもののように眺めていたランポッサⅢ世は、ラインハルトに顔を向けると真剣な表情に切り替えて独白を述べる。

 

「リ・エスティーゼ王国の王は、王位を継ぐ時にいくつかの口伝を受ける。その口伝には、王国の成り立ちと望まれることも含まれている」

「ほう」

「リ・エスティーゼ王国はスレイン法国によって生み出された人類保護圏であり、人類守護に必要な強者を生み出すための養殖場でもある。すなわち安全圏で技術なり人材なりを生み出すことが望まれた国。それがリ・エスティーゼ王国なのだよ」

 

 ランポッサⅢ世が述べるリ・エスティーゼ王国建国の真の意味。戦士長であるガゼフさえ聞いたことが無い言葉。

 

 この言葉こそ王国建国の真実である。あらゆる面からみて人類の地位が限りなく低い大陸で、人類の国家が成り立つのはスレイン法国という防波堤が存在するからと言っても良い。その意味では帝国も同じである。宗教国家は教義をもって成り立っているとはいえ、ただそれだけで王国や帝国を守る理由はない。

 

「そちは元闇の巫女と聞いている。この口伝の真偽は彼女なら判別つくだろうが」

「確認は不要だ」

「で、あるな」

 

 ランポッサⅢ世はアンナに水を向けるも、その主であるラインハルトは確認さえも不要であると言う。

 

 そう。情勢を読むことができるならば、行き着くことができる回答である。故に確認は不要であった。

 

「今にして思えば、私が以前カルネ村でスレイン法国の者に襲撃されたのも」

「そんな権力闘争に明け暮れるのではなく、本来の目的のために行動せよ。人類守護の視点でいえば、戦士長の腕前を権力闘争にしか利用できないとは、なんともったいないことかと写ったのだろう。ならばいっそ片方に天秤を傾かせ、さっさと権力闘争を終わらせるつもりだったのであろう」

 

 人類守護という意味では、人類に仇なす魔獣や治世を乱す悪と戦ってきた蒼の薔薇のほうが何倍も評価されていただろうことを、ランポッサⅢ世は考えた。しかしそのことをこの場で発言しないのは、その言葉に意味はなく、むしろ腹心たるガゼフに苦い思いをさせるだけということが分かっているのだから。

 

「もし我が三十も若ければ、ガゼフの力を借りて王国の膿を一掃できただろう。それこそ帝国のように。しかし我には時間がない。後を継ぐべき第一王子は、勢いだけはあるが思慮がたりぬ。だから今回のように貴族派に利用される。第二王子は、小さく纏まってしまい威が足りぬ。ゆえに保身を取り、今この時にこの場に居ない。そしてもっとも資格ある娘の才を見抜けず、王家に咲く華としてあつかった。それもこれも全てはお前たちを育てることができなかった我の無能ゆえ」

 

 老王の独白。誰もが聞くことはなかった後継者の評価。それを口にする王の表情は苦渋に満ちていた。

 

 さらに驚くべきは第一王子が今回のクーデターに貴族派として参加しているということ。そして国防のため出兵した第二王子は、保身のため王都を逃げ出したというのだ。

 

「そして貴族の多くは建国当時に才を発揮した者達だった。しかし平和がいつまでも続くと過信し、その才を腐らせた。いや、アインドラの娘よ。そなたの家は例外であったな。だが、概ねこの評価だ。特に大貴族には王家の血、プレイヤーの血が流れているというのに」

 

 そして王国の理念に本来は貴族も関係していたという情報。さらに王家の始祖にはプレイヤーの血が含まれていたという事実。

 

 しかし、プレイヤーという言葉をだれもが疑問に思った。ラナーでさえ知らない単語であったのだ。その中、反応した。正確には何も反応をしなかった者達がいたのだ。

 

「やはりアインズ・ウール・ゴウンはプレイヤーが生み出した組織か」

 

 ラインハルトを含め、冒険者チーム黄金の面々は、その単語に驚くことも疑問に思うこともなく、受け入れていた。なぜなら、魔樹ザイトルクワエ討伐の後、モモンガを含め至高の四十一人がプレイヤーと呼ばれる存在であり、他のものはプレイヤーによって生み出された存在であるということを聞いている。さらにアンナによって過去のスレイン法国を生み出した六大神もプレイヤーであることを聞き及んでいる。

 

 ゆえに反応らしい反応をしなかったのだ。

 

 もっともその反応こそ王が求めていたものであった。

 

「であるならば、王国は本来の役目を取り戻そう。ハイドリヒ殿、そちの組織に禅譲(ぜんじょう)しよう。いや誤用であるかな、我ら人類にとってプレイヤーは神に等しい存在。むしろ返上というべきかな」

「お父様……」

「ああ、第二王子が保身を選んだ時、ガゼフからこの国に指導者に相応しい智謀に優れたものがおり、おまえの可能性があることを聞いたよ。そのことを知ったとき、どれほど喜んだことか。そして調査の結果どれほど悔やんだことか」

 

 ランポッサⅢ世はラナーの顔を見ながら言葉を紡ぐ。チラリとクライムにも目を向けるが、そこには興味というよりも失望があった。

 

「お前は女王になれない。なったとしても先がない。なぜなら、我がお前をそうなるように育ててしまったからだ」

 

 ランポッサⅢ世はラナーの智謀に気が付いた時、その全てを調べさせた。その過程で気が付いたのだ。ラナーの抱える偏執的な愛に。もし、その愛が百分の一でも国や民に向いていれば、この言葉は無かっただろう。

 

「もし、この場でプレイヤーの言葉にだれも反応せねば資格なしとしてこれは誰にも渡さず事件の解決だけ依頼したことだろう。本来の使命を忘れ人類を、そして国民を守れぬ国など滅びてしまえば良い。そう、せいぜい華麗に滅びればよいのだから」

 

 そう言うと、ランポッサⅢ世は小さな箱を机の上に起き開ける。そこにはとてもではないが普通の職人では生み出せもしないほど複雑で繊細な彫刻を施された印であった。

 

 リ・エスティーゼ王国の王印

 

「ラインハルト・ハイドリヒよ。これをそなたに託そう。どうか人類を、国民の未来を守って欲しい」

 

 ランポッサⅢ世の言葉に、この部屋にいるものは何もいうことはできなかった。突然に王国の終わりを目の前で見ることになったのだから。正確にはラナーや政略に富むアンナ、軍事視点から長くないと判断していたエンリは予想はしていた。しかし結果はどうであれ、暗愚と評価していた王の判断に驚きを隠せなかったのだ。

 

 そんな沈黙の中、ラインハルトはランポッサⅢ世から視線を外し、ガゼフを見る。王国と王に忠誠を誓うこの男が、どのように思っているのかふと見てみたくなったからだ。

 

 ガゼフは、むしろ自然体であった。悔しそうな表情も、諦めもなく。まるで当たり前のことが繰り広げられているように、静かに王の采配を見守っている。

 

「ガゼフ。卿の思う所はないのか」

 

 いままでの話題に、ガゼフの判断が必要な箇所はない。ラインハルトの中では結論などとうの昔にでているのだから。しかし、この男の在り方が気になり、小さな好奇心がうまれたのだ。

 

「私が王の決断に異を唱えるとおもったのか? ハイドリヒ卿」

「卿は王のためにと行動する男だ。必要あらば、その命を賭してでも止めるであろう?」

「ああ、その通りだ。だからこそ今回は王の意に従うのだよ。なぜなら、王の判断材料となる情報の多くを渡したのは私だ。そして王の苦悩を見ていたのも私だ」

 

 ガゼフは居住まいをただし右手を左胸の上において、まるで宣言するように言葉を紡ぐ。

 

「私が武を志したのは守りたかったからだ。そしてその守るための力を与えてくれた王と、国民を守りたいのだ。守りたい王が国民のためにした選択を私が支持せず、だれが支持するというのだ?」

「そうか」

 

 ガゼフもまた多くの情報に触れることで変わったのだ。多くの視点や思惑の中で、自分が真に守りたいものを見つけた結果が今なのだ。

 

 王の意志。戦士の意志を受け、ラインハルトは周りを見渡す。

 

「今なら王位を簒奪する男を止めることができるぞ」

 

 ラインハルトは、運命に導かれるようにこの場に参加した者達に問う。

 

「ラナー様」

「無論、否はありませんわ」

 

 騎士クライムは己の意見をあえて持たず主に託し、ラナーは当然と受け入れる。

 

「陛下の話を伺ってなお否を申し上げる訳には……。それに、この選択が外で今苦しむ人たちを助けることに繋がるのでしょ?」

「あたいは空気を読めるいい女だからね」

「どうでもいい」

「うん」

「お好きにどうぞ」

 

 蒼の薔薇はというと、過半数がどうでも良いというコメントだが、リーダーが乗り気である以上、否は無いようだ。体制に弓引く戦力と名声がありながらおのが定めた悪としか戦わない。ある意味で冒険者の鏡のような者達だ。

 

(パンドラズ・アクター)(アクター)であるがゆえ、この話を受けるとしよう。先んじて、この状況を打破しようか」

 

 そういうとラインハルトは、席から立ち上がる。その場にいるものは、その背後の黄金のオーラが漂うのを見たことだろ。

 

「では、契約に従いガゼフ・ストロノーフ。卿に命令を下す」

「そうだな、その約定であったな」

「ガゼフ・ストロノーフよ。私の爪牙となれ。その命、その力この国に生きる者達を、人類を守るために貸せ」

 

 ラインハルトは、黄金の双眸でガゼフを見据える。ガゼフはランポッサⅢ世に目を向けると、ランポッサⅢ世は小さく頷きかえす。

 

 それを確認し、ゆっくり後ろに下がり片膝を付く。それはまさしく騎士の叙勲に等しい姿であった。

 

「この命、この力、人々を守るために如何様にも」

 

 ラインハルトはいつの間にか取り出した黄金の槍を握り、一振りする。こんな屋内で、これだけの人がいるにもかかわらず、振るわれた槍は、ガゼフの左頬を斜めに一線のきずあと(聖痕)をつけるに留めた。

 

「よかろう。して、卿らにも助力を依頼するが良いかな? もちろん相応の礼をしよう」

「冒険者として受けないわけにはいかないわね」

「即答するとは思ってたけど、本当にするとは……」

「まあ、リーダーだし」

「ワー。カッコイー。抱いてー」

「なによ。ここは受けるとこでしょ! 簒奪のためにクーデターおこすような貴族派を倒すわよ!」

 

 ラキュースは依頼を即答で受け入れ、蒼の薔薇の面々も受け入れる。彼らも冒険者。己の価値観で動くものたちなのだから。

 

「では……」

 

 王都に来て約三週間。

 

 ついに黄金の獣が表舞台に昇ったのだった。

 




アインズ様でなく獣殿が動くようになって一番変わったのは王国ではガゼフであり王様かと思いこんな話になりました

社怪人をやっていると、情報の有無で決定している勝負というものに出会うものです。



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