【完結】もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版)   作:taisa01

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第7話

八月十七日 王国南部 深夜

 

 

 帝国大要塞から北西に約一日。街道から意識して見ないと判別がつかないほど離れた場所、点在する木々を使い隠れるように二百人を超える集団が野営を行っていた。

 

 商隊というには、街道から離れすぎており積み荷が少ない。なにより偽装こそしているが、カタパルトが三基も運ばれているのだから誰だって見つければ目的がわかってしまう。魔法や武技があるこの世界であえて攻城兵器が運ばれている。

 

 城門突破を想定した戦闘の準備。

 

 皇帝が王国侵攻を指示してから三十時間程度で出撃していることから、計画や準備自体が相当前から行われていたことが伺える。

 

 そんなバハルス帝国軍の野営地で、騎士であるアルフォンスは焚き火に照らされながら夜空を見上げる。なんの変哲もなく、どこまでも暗い夜空が、月と焚き火のわずかな明かりを飲み込んでいく 。

 

 普段なら何も感じない暗さも、戦場の近くと思うと妙な不安が、胸の底から湧き上がる。

 

「バッソ。眠いのは分かるが、交代まであと一時間だ」

「おっと。悪い」

 

 アルフォンソと同世代の騎士であるバッソは、短く刈り込んだ頭を掻きながら答える。軽く寝落ちていたのだろうか、口元が少々だらしなく汚れており、腰にくくりつけた布で拭い取る。

 

「それにしても、よく寝られるな。もうここは王国内だぞ」

「平和ボケしている奴らだからな。明後日の早朝にはエ・ランテルだが、案外そこにつくまで何もないかもしれないだろ?」

「まあ、平和ボケってところには同意するがな」

 

 バッソの言葉に、アルフォンソも同意する。

 

 帝国であれば二百人を超える集団が国境付近で動けば、半日とたたずに捕捉され対応部隊が送り込まれる。しかし王国に入ってから一日。街道を外れて移動しているとはいえ、反応らしい反応がない。偵察さえ見付からない状況から平和ボケという評価が正しいのだろう。

 

「そういや、お前は一回目か」

「去年の平野での戦いの後にここに来たからな」

 

 バッソはふと思い出したように質問をする。

 

 辺境警備隊は、言わば粛清対象者の部隊である。鮮血帝の治政において何らかの理由で粛清対象となり、殺されることこそ無いが過酷な任務が割り当てられる部隊。報酬は一般的な騎士の数倍だが、一定の功績か金を積むまで除隊や転属を許されることはない。

 

 そして時期は違うが、ふたりは親族の連座を受けここにいる。逃げ出せば残された家族に責が及ぶ。功績を上げるか、戦場で死ぬ自由しかないのだ。

 

「まあ、気を抜ける時は抜いておけ。いざ戦いが始まれば、砦の部屋に戻るまで休めやしない」

 

 初陣のアルフォンソに対して、数年早くこの隊に所属することになったバッソは過去三回の大規模作戦を生き残り、上げた功績もそれなりにある。もし、今回大きな功績をあげることができれば除隊や転属の可能性もあるが、その口ぶりからは緊張感というものは感じられない。

 

「適度の緊張感なら悪くないが、気負いすぎていざって時に役に立たないってことだけは無いようにしろよ」

「そんなもんか?」

「そんなもんだよ」

 

 回りを見渡せば、補給物資を乗せた荷馬車を中心に点々と焚き火の光が見える。

 

 人目を忍ぶために街道から大きくはずれて森の近くでの野営。火にすがらなければ、夜行性の野生動物やモンスターの脅威から安心して寝ることもできない。

 

 そんな状況でも、バッソはアルフォンソに緊張するなと言う。同時になんとも面倒なことだと考えながら、太めの枝を焚き火に差し込み薪の位置をずらす。すると適度に空気が入ったのだろう、火が勢いを取り戻し赤々と燃え上がる。

 

「しかし、このあたりは案外静かだな」

「ん? まあ近くに村も、大きな川などもない場所だからな」

「いや、森が近いのに野生動物の鳴き声がほとんど聞こえないからな」

 

 バッソは、アルフォンソの言葉に違和感を覚えるが、その変化に気が付かないアルフォンソは暇つぶしの雑談を続ける。

 

「以前、偵察任務で帝国領内の森で野宿したとき、虫や鳥、なにかの小動物の鳴き声らしきもので、結構煩かったからな」

 

 アルフォンソは一ヶ月前の訓練のことを思い出し、今回と違いを森にもっと近い場所で野営していたからか? と納得していた。逆にバッソは、その話を聞くと渋い顔をする。

 

「いや、静か過ぎる」

 

 バッソはすぐ近くに置いていた武器を手繰り寄せ、ゆっくり立ち上がり耳をすます。アルフォンソの言葉通り、森の嘶きがほとんどない。森から少し離れているとはいえ虫や風でゆれる木々の音は聞こえる。しかし、それ以外の音がほとんど聞こえない。

 

 バッソの中で違和感が警笛に変わる頃、辺りから複数の影が一斉に伸びる。

 

「気を付けろ! なにかおかしい」

 

 突然のバッソの大声に、回りにいた騎士たちは何事かと顔を向ける。勘の良い一部の者は武器や盾を手に立ち上がる。

 

 だが、できたのはそこまでだった。

 

 野営地に伸びた影、岩や石など様々なものが一斉に飛来したのだ。第一射目で気が付き、何かの影に隠れられたものは即座の判断力もあり運も良い。運が悪ければその第一射で頭部に岩があたり死んでしまったのだから。

 

「武器を持て! 敵襲だ!」

 

 バッソはあらんかぎりの声を叫び、必死に警戒を呼び掛ける。同時に平和ボケをしていたのは相手だけでなく、自分達であったと悪態つきながら盾を引っ掴むのだった。

 

 

   ******

 

 

「姉御。第三隊の射撃が終わりやした。続いて第一第二ウルフ隊が突貫」

「第三は敵本陣の北に移動。アレのために風上を押さえて」

 

 バハルス帝国の野営地から東に二キロほど離れた場所。

 

 エンリ・エモットとゴブリン六体が小さな板と鏡を取り囲むように座っていた。エンリの手には我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)が展開状態で握られていることから、この場は彼女が設定した戦場であり、ゴブリン達が彼女の意を受けて騎士達に攻撃をしていることがうかがえる。

 

「姉御。第一ウルフ隊の突破を確認。補給物資の一つとカタパルト二つに火、被害なし」

「十字線上の第二歩兵の突破を確認。補給物資一つと馬を中心に打撃、軽症2。ポーションで回復可能」

「続いて北東に配置した第四が投石で攻撃開始しやす」

 

 板の上には白い駒が二十五ほど真ん中に固まり、黒い駒が五つで取り囲む。さらに東に黒五つが扇状に置かれ、さらに後方に旗が一つ。

 

 特徴といえばエンリを囲むゴブリンの姿である。ゴブリンは五体のゴブリンの首には、遠く離れた仲間とメッセージでやりとりできるマジックアイテムが二つ。そしてもう一体のゴブリンは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を操作し、慌てふためくバハルス帝国の騎士たちの姿を上空から映し出していた。

 

 つまり五体はそれぞれ六人一組の部隊のうち二つに指示を出す連絡係。もう一体は敵を上空から監視する係なのだ。

 

「相手の状況は?」

「上空から見るかぎり混乱。人的被害は十から二十、軽症はそれなり。荷馬車は三つ中二つに火。最優先のカタパルトは全てに油と火が放たれて、馬は半数が逃げ出してやす。しかし、指揮官が生き残ったのかしばらくすると態勢を立て直しやすね」

「全部が全部うまくはいかなかったか~」

 

 エンリは右手で茶色い前髪をもてあそびながらもらす。

 

 焼かれた補給物資の炎に照らされ、夜襲を受けた騎士達の状況が鏡越しに映し出される。

 

 もしテントでも張っていれば、指揮官と予測を立て真っ先に攻撃したことだろう。しかし今回はそれがわからなかったため最優先をカタパルトと補給物資、そして移動手段である馬とした。結果、敵本陣は物資の三分の二は火に巻かれ、馬の一部を失った。

 

「第五の戦士隊は、ひと当てしたら第四と合流して、その後はゆっくり東に後退ね」

「釣れますかね?」

 

 敵が建て直しつつあるタイミングでの攻撃。敵も部隊の一部を切り離して反撃しつつ、救護や物資の復旧を行うと予想しての作戦。もちろん釣った先には罠に加え、五部隊が塹壕に身を隠した弓兵・槍兵・魔法使いが待ち構えているおまけ付き。

 

 もし、この場にモモンガがいれば、中世の戦列歩兵や騎兵に対して空中偵察を行い、リアルタイムで指示を受けた散兵が多方面から夜襲をかけるという第一次世界大戦ばりの機動戦術に、目が点となることだろう。

 

 さらに、この戦術はラインハルトがエンリに教えたものではなく、エンリとアンナの戦術議論の中から生まれたものである。いくつもの強力なマジックアイテムがあるとはいえ、相手より数百年先の戦術を短期間で考えだし実行しているのだから、どれほどの異常事態かわかるだろう。

 

「釣れなければ、釣れないで、相手を休ませない戦術に切り替えるだけだよ?」

「いや、そんな当然のようにいやらしい戦術をいわれましても」

 

 エンリは何のこともないように答える。

 

 実際、この付近に帝国騎士が野営すると想定し、投石用の石をあらかじめ用意し四方八方に埋めている。中には無意味に円形に並べるなどしており、その幾つかは野営の際に偵察をした者達に見つかっている。しかし、石が積まれているだけのため、罠とも思わずせいぜい過去の野営痕にしか捉えなかった。釣りが失敗したとしても、伏兵と釣りの隊を三交代で相手を休ませないように、緩急つけて全方位からの投石が可能なほど準備がととのっているのだ。

 

 意見を聞いたゴブリンのジュゲムは嫌な汗を流しながら、相手に同情する。

 

 250対60+7+1

 

 正面から戦えばたとえエンリの旗の加護があっても敗走は免れない数の差。

 

 だがゴブリンたちは洞窟や暗い森の中で暮らすため、暗闇の中では人間以上の行動が可能となる。そして、種族の違いによる優位を最大にするような作戦。

 

 たとえ相手がミスリル級の腕前であったとしても、暗闇の中で飛んでくる石や弓矢は回避できない。なまじ回避できても、集団戦として戦列を保っている以上、いまのゴブリンたちにとっては的でしかないのだから。

 

「それに、せっかくンフィーレアにいっぱいつくってもらったから、使わないと……」

 

 先程物資を効率的に焼いた火炎瓶もそうだが、エンリは今回の戦いに先立ち薬師のンフィーレアにあるものを大量に作ってもらっていた。しかしその話をすると一斉にゴブリン達が、いやそうな顔をする。

 

「姉さん。まじでアレ使うんですか?」

「そりゃ~せっかく使うために作ってもらったんだから、つかうよ?」

「まあ、あれならフルプレートで防御を固めていようとも、効果はあるでしょうけどね~」

「うんうん」

 

 エンリは楽しそうにうなずいているが、ゴブリン達はほんとうに嫌そうな顔をしている。たぶんゴブリン達の気持ちはエンリに理解されることは無いだろう。

 

「あと、帝国のほうに逃げ出す敵がいたら好きにしていいですよ。ルプスレギナさん」

「お、出番?」

 

 さきほどまでエンリと六体のゴブリンしかいなかった場所に、突如として年若い女性の楽しそうな声が響く。そこには赤い髪を二房の三つ編みにした浅黒い肌を持つシスター服を着たルプスレギナ・ベータが笑顔で佇んでいた。

 

「はい。ラインハルトさんから頂いている指示は、相手を逃がさないこと。ルプスレギナさんの姿をさらさないことだそうなので、そこを守れるなら趣味に走っても大丈夫ですよ」

「お、エンリちゃんわかってる~」

 

 ゴブリン達のレベルはほとんどが十に届いたばかり。カルネ村がゴブリン部族を糾合する以前から仕えている先任とよばれる者達でも十二から十五辺り。しかしエンリの目の前で嬉しそうに笑っているルプスレギナのレベルは六十台。

 

 まさに次元が違うのだ。

 

 もっともルプスレギナの任務はカルネ村の護衛。その任務の詳細はラインハルトにまかされており、「村を脅威から守り、村人と好意的に接すこと」というひどく曖昧な指示を受けている。そのため普段は暇そうに昼寝をし、気が向けば脅威排除という名目で森を駆け抜け、村人との交流という名目で捕まえてきた獲物で宴会を開き馬鹿騒ぎという生活を送っている。

 

 そのためかラインハルトから権限の一部を委譲されているエンリであっても、ルプスレギナの気が向かない限り仕事はしてくれない。しかし、夜の狩り。しかも捕まえた獲物は好きにして良いという条件は、彼女の嗜虐趣味を大いにくすぐることに成功したようだ。

 

 そして戦況は移り変わる。

 

 

   ******

 

 

 アルフォンソは盾と槍構え、仲間から離れぬよう隊列を崩さず進む。しかし回りは月

(改行ミス)と星と松明の明かりのみ。松明の明かりだけでは足元を照らすには心許無く、ましてや闇夜にまぎれて強襲するゴブリンを事前に見つけることは至難となっていた。

 

「いつ反転して飛びかかってくるか分からない。背中を仲間にあずけ、警戒を厳にしろ!」

 

 第三辺境警備隊隊長の声が響く。すでに相手に捕捉されている状況で、小声で指示を出すより、大声で隊に指示を行き渡らせるメリットを選んだようだ。

 

 追撃隊は歩兵を中心に約九十名。

 

 先程の夜襲で約三十名が死傷し、その半分はポーションなどで回復できた。逆に言えば十数名が最初の襲撃で命を落としたのだ。

 

 相手はゴブリンと思わしき亜人で、奇襲に対応できなかった。ゴブリンは群れをなして攻撃してくるが、夜襲をかけるという話は聞いたことは無い。しかし様々な方向から一斉に攻撃をしてきたことを考えれば、かなりの数(・・・・・・)が動いていると予想されている。

 

「まったくゴブリンの夜襲なんて聞いたこと無いぞ」

「あいつら辺境の村で家畜や畑を荒らす時、決まって夜中だろ」

「俺らは家畜かってんだ」

 

 回りの連中が愚痴りながらも追跡を続ける。

 

「なあ、なんかゴブリンの数増えてねえか?」

「そう……。そうみえるな」

 

 先程攻撃してきた五・六体のゴブリンは、気が付けば十体以上に増えているように見える。やはりというべきか、かなりの数のゴブリンが襲撃してきたのだろうが、全部が合流する前にしっかり仕留めておかねば、この後いつ襲撃されるか分からないという恐怖に晒され続けることになる。そうなれば休むことさえできない。

 

 とはいえ、前方からは散発的に矢や石が飛んでくる。しかし追撃にはいってから被害らしい被害は発生していない。

 

 背の低い草木がまばらなゆるい丘を登りながら、敵を見失わないように少しずつゴブリン達との距離を詰めている。ここが森でなくてよかったとアルフォンソは考えながら黙々と足をすすめる。

 

「弓兵! 狙えるか」

「距離はいけますが、こう暗くちゃ当たる可能性のほうが低い。鏃の無駄です」

 

 弓兵の言う通り、徐々にゴブリンたちの背は徐々に近づいている。そしてあちらから投石はあるものの碌に当たりもしていない。しかし、一方的な攻撃は、焦りや心理的な圧迫を与えてくるものだ。一体でも打ち取れればという隊長の言い分ももっともな意見である。

 

「隊長。罠があります!」

 

 そんなやり取りが隊長と弓兵との間で続く中、先頭を進んでいた騎士から声があがる。声に合わせて隊列は急減速し、一度止まって足元を見ればぬかるみの中、若干おかしな臭いはするが、草と枝で作られた簡易な罠を見つけることができた。

 

 森の中なら、足をとられ転倒するなどあっただろう。よく見ればまわりにも同様の罠をいくつもみつけることができた。

 

「やはり文化を持たぬ種族! ゆくぞ!」

 

 草と枝の罠が有用であろうとも、その効果を最大限に発揮するのは森など足元の確認が難しい場所。たとえ足元がぬかるんでいようとも平地では効果が低い。野生動物には効果的かもしれないが、これでは人間には効果はない。

 

 ゴブリンの浅知恵。そう判断せざるをえないお粗末な代物だった。

 

「一気に距離を詰めるぞ、これ以上本隊から離れるのは得策ではない」

 

 隊長が方針を打ち出し、騎士たちは一斉に動き出す。

 

 足元がぬかるんでいるが、罠を踏み越えずんずんと進んでいく。ゴブリンも観念したのだろう、振り返り武器を構えている。数にして十体。対する騎士は馬に乗る隊長以外は歩兵と弓兵で九十人。油断をしていようとも数と武装の差だけで圧殺できる。

 

「最初に襲ってきた奴らはウルフに乗っていた。逃げた一部かもしれん。さっさと殺して次にいくぞ。構え!」

 

 隊長の号令に従い、弓兵が矢をつがえ、歩兵は盾を構え、槍を握り直す。次の号令と同時に矢は一斉に放たれ、歩兵はゴブリンの罠を踏み越え突撃し撃ち漏らしを蹂躙する。単純だが効果的な戦法だ。

 

 しかしアルフォンソの耳には、どこかで女の声が聞こえた気がした。

 

「え?」

 

 あまりに場違いなタイミングで、女の声が聞こえたためか呆けた声をだしてしまう。が、その声が合図だったことに気が付いてしまう。

 

 なにかが、まるで騎士たちを囲むように全方位から一斉に打ち込まれたのだ。

 

 騎士たちは矢が山のように飛んできたのかと焦り一斉に盾の影に身を隠す。しかし、飛んできたものは泥に石片が混ぜたようなものを包んだ布袋だった。ゆえに当たっても鎧や盾を汚すばかりで、腕などに当っても痛みはあるが致命傷には程遠かった。

 

 一拍後に、掠れた木々をすり合わせるような音が響き、火の玉と火矢が飛んでくる。

 

 魔法と驚くよりも早く盾に身を隠す。唯一騎乗していた隊長も馬を飛び降り、背負っていた盾をかまえる。

 

 しかし火の玉や火矢が襲ったのは騎士達ではなく、騎士達の足元。正確には泥やぬかるみに着弾した瞬間、衝撃と炎の連鎖をおこり、巨大な爆発を生み出したのだった。

 

 

   ******

 

 

 爆発地点から東に一キロ。ここからでも轟音と炎を見ることができた。

 

 先程の爆発物。もしリアル世界における科学的名称で呼ぶならばニトログリセリンをしみ込ませたオガクズと土、すなわちダイナマイト。もともとはンフィーレアのポーション研究の過程で出来た失敗作の一つだが、それに目を付けたエンリが大量生産をお願いしたのだ。

 

 そう、見れば分かる程度の草と枝の罠は、ぬかるみに偽装したダイナマイトの中身の目印。弓矢といっしょに飛んできた泥もそう。そしてファイア・ボールと火矢を雷管代わりに遠隔爆破したのだった。

 

 爆心地に視線を戻せば吹き飛ばされ全身を強打したもの。熱に目や喉を焼かれたもの。火に巻かれたもの。素直に死ねたほうが幸せという地獄絵図が辺りに広がっていた。なにより熱と衝撃が中心であったため、鎧などほぼ無意味な状況となっていた。

 

 最大の不幸といえば、作ったンフィーレアであろう。ただの失敗作がこんな大量破壊兵器として使われるとなど予想さえしていないのだから。

 

 そのため、あとでエンリからこの話を聞いた時、良心の呵責に囚われ心身ともに弱り寝込んでしまうのだった。もっともただでは起きないのは、ンフィーレアも何かしらを持っているのだろう。見かねたユリが献身的に介護をはじめ、気が付けばンフィーレアの恋慕の対象が、エンリからユリに切り替わってしまうのだから……。

 

「第六から第十は爆心地を迂回して本隊を包囲の位置に移動。第四・第五は爆心地の生き残りを掃討。敵本陣の様子は?」

 

 エンリは、脳裏に広がる戦場の俯瞰図を書き換えつつ、まるで見えているように指示を矢継ぎ早に出す。ゴブリン達もエンリの声に我に返り割り当てられた仕事にとりかかる。

 

「敵本陣。今の音で馬が恐慌状態。逃げるか暴れるか。人間の動きは停止」

 

 ゴブリンの一人が慌てて遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を操作する。そこには未だ火が収まらない補給物資を乗せた馬車やカタパルト。その明かりや足元の焚き火に照らされたバハルス帝国の騎士達の姿が映し出される。

 

 同時に、各部隊の状況が上がってくる。

 

「姉御! 第一と第二のウルフ隊、爆心地から離れさせてやしたが、音に反応してしまい、しばらく戦闘行動は厳しいとのこと」

「退避させてたけど、やっぱりあの音はウルフに厳しいかぁ」

「第四・第五は耳鳴りが酷いが戦闘可能。移動開始」

「第六、第七は敵本陣の側面に移動開始」

「もう隠れる必要ないから息が上がらない程度に急いで配置について。あと私達も最後のひと押しに行くよ」

 

 エンリはまるで近所に散歩にいくような気軽さで、立ち上がり旗を掲げ歩き出す。向かう先はニキロ先の敵本陣。最終局面の始まりであった。

 

 

******

 

 

 バッソは装備を整え、持ち込んだ最低限の食料や水などを体にくくりつけると、仲間と共に本陣の立て直しにとりかかった。しかし火を放たれる際に油も同時に撒かれたためか、異様なまでに火の回りが速く、退避出来た補給物資はごくわずか。馬車自体に燃え移っており、貴重な水を使ってなんとか消し止めたことが、三台あった荷馬車のうち一台は使い物にならなくなった。カタパルトも同様で残ったものは二機。作戦の要である攻城兵器の損壊は、作戦を継続するか否かを部隊に突きつけていた。

 

「よりによってこんな方向に知恵をつけるとは、めんどくせえ」

「ゴブリンごときが」

 

 周囲から怨嗟(えんさ)の声があがる。どうやら騎士の多くはゴブリンの、それこそ部族単位による大規模襲撃と考えているようだ。

 

 もちろんバッソもゴブリンの襲撃という点は疑っていない。開拓村がゴブリンなど亜

(改行ミス)人の襲撃で滅んだと聞いたこともある。

 

 どんな知恵をつければこれだけイヤらしい戦い方をできるのかという点に同意する。亜人であるゴブリンに知能の高いものがおり、魔法を使うものさえ存在する。大規模部族のような集団となり、連携の取れた襲撃を行うだろうことは予想できる。

 

 しかし、わざわざ武装した集団を襲うだろうか? 今は九月。森には食料が豊富に存在する時期だ。

 

 同様の懸念を隊長達も持ったのだろう。追撃隊に騎士の約半数を動かす時点で普通ではない。騎士九十名というのは、明確な意図を持って動かせば小さな村などひとたまりもない規模の動員なのだ。移動時間と消耗をなんとかできれば、それこそ地域を制圧するには十分な兵力なのだ。

 

 つまり。

 

「ゴブリン共が誰かの指示を受けて作戦行動をしている可能性……」

 

 バッソは一番イヤな可能性を一人、口にする。そして、まるでそれを肯定するように西で火柱が上がったのだ。

 

 闇夜を切り裂くような炎の異様さと轟音は、救援・復旧作業をしていた騎士たちの手と視線を固定するだけに留まらず、戦闘用に調練した軍馬でさえも暴れ逃げ出しはじめた。

 

 だが、変化はそれでは終わらなかった。 呆けた隙に、また四方からの石や矢が飛びはじめた。また投石にまじってそこかしこで小さな爆発が起きるのだ。だれもが盾を構え、仲間と身を寄せあい防壁を作る。しかし投石に対処するとまるで狙ったように、例の爆発が起こり盾ごと吹き飛ばす。

 

 一人。

 

 また一人。

 

 投石や爆発で騎士が倒れていく。弓兵が決死の覚悟で打ち返し、数体のゴブリンを倒すことができたようだが、どうみても味方はその十倍は倒れている。痺れを切らし突出すれば、集中的に爆発が飛んでくる。

 

 それこそ、真しやかに噂に聞くフールーダ主席宮廷魔法使いの、上空からの無限爆撃と変わらないではないか。

 

「隊長、このままではジリ貧です」

「隊を三つに分ける。1から4の生き残りは、俺に続いて東側の一番厚い場所を突く。5から8は、反対側の薄いところを突破。残りはそれぞれの援護。情報を持ち帰れ」

 

 隊長の指示が出てからの騎士たちの行動は早かった。

 

 弓や物資の一部を捨て、身軽にした騎士たちが盾と槍を構え二点に突撃をはじめた。もちろんゴブリンたちもダイナマイトを次々とスリングをつかって騎士たちに投擲する。だが、騎士たちは吹き飛ばされた仲間の屍をこえて雄叫びをあげながら突き進む。

 

「姉さん。このままでは陣形が崩れます」

「ここまでくればいいわね。逆方向から逃げる部隊は見逃します。残った部隊を中心に包囲。いま突撃を受けている部隊は左右に移動しながら受け流し。私達が蓋をします」

「お、ついにあっしらの出番ですかい」

「うん。この間の東のトロル討伐の戦利品とか、使えるもの全部つかって一気に決めるよ!」

「「「おう!」」」

 

 ダイナマイトの弱点である乱戦に騎士たちが持ち込んだ頃には、すでに勝敗は決していた。反対側から十名程度が脱出できたようだが、大半はダイナマイトの熱と衝撃で吹き飛ばされた。

 

 それを乗り越えた先には、二万のアンデットに対して果敢に戦いを挑み生き残った先任ゴブリンの部隊が、指揮官であるエンリ・エモットの旗の下で待ち構えていたのだ。

 

 

******

 

 

 空が白く染まる。

 

 戦場跡で動き回るのは、後片付けをするゴブリン達のみ。

 

 物言わぬ騎士の遺体から鎧などを引きはがす。もし個人を特定できるようなものがあれば、木箱にひとまとめにほうりこむ。最後に土を軽くかぶせる。鎧やポーション、備品などは再利用するもよし、鋳潰して別のものにするもよし。卑しいというなかれ。獲物の肉や素材を集めることと同レベルの経済活動なのだ。

 

「姉さん。捕虜の移送が完了したと連絡がありやした」

「うん。ありがと」

 

 戦場から少し離れたところで、旗をたたみゴブリン達の作業を見ていたエンリに、捕虜移送完了のメッセージ連絡を受けたジュゲムが声をかける。

 

 声を掛けられたエンリはどこか上の空で返事だけを返す。そんなエンリの様子にジュゲムは声を重ねる。

 

「姉さん何かあったんですか?」

「ん~。随分遠いところまできたな~ってね」

「遠い所ですかい? むしろここは帝都より近いとおもいやすが」

「その遠い近いじゃないんだけどね」

 

 エンリは、槍をそっと抱きしめる。強力なマジックアイテムではあるが、その特性上一度も血を浴びたことのない無垢な武器。ただの村娘が英雄の側にいたくて、本来あるべきでない立ち位置にいる姿。

 

 どれをとっても、どちらをとっても場違いという言葉がお似合いなのだろう。

 

「もうそろそろ、後片付けが終わるから帰ろっか」

 

 エンリは朝日を浴びながら声を出す。そして作業が終わったゴブリン達と合流し、ゆっくりとカルネ村に向かって移動を開始するのであった。

 




大変遅くなりました。
いつからドリフターズの二次創作を書いているのだろう?
そんな疑問を抱えながら書いていました。

あと活動報告をこれに合わせて更新します。

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