【完結】もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版)   作:taisa01

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本投稿にあたり第三章の第1~3話を改稿しました。
話の筋は変わっておりませんが、表現などが変わっております。


第4話

八月十五日 ラインハルト邸

 

 夜空が徐々に金色の光に塗りつぶされる。

 

 いままさに太陽が東から登ろうという時間。

 

 男は薄手のシャツに丈夫な布で織られたスラックスという普段は着ない出で立ちで屋敷の裏庭に出る。

 

 強者とは、生まれながらに強者である。

 

 少なくとも、男の同僚である守護者やプレアデスの者達も同様であった。

 

 故に鍛錬など不要であり、そこにあるのは(おの)が機能の確認にほかならない。

 

「セバスさん。おはようございます」

 

 使用人用の裏門から一人の青年が訪れる。ガゼフのように人間種としては恵まれた体格を持たず、中背ではあるが、その筋肉は鍛錬でその差を埋めようとする努力を映し出している。そんな若人である。

 

「あまり時間が取れないので、さっそくはじめるとしましょう」

 

「はい。よろしくお願いいたします」

 

 若人。いや、クライムは威勢の良い声を上げると鍛錬用の剣を構える。

 

「私は教練のスキルを持っておりません。ですので、実践の中でコツを掴んでください」

 

「はい!」

 

 そういうと男も拳を構える。右の手を浅く握り、いつでも正拳突きに移行できるように半身に構えた体の中心線の真ん中に置く。そして左の手はキツ目に握り心臓の上に置きどのような攻撃も防御する盾とする。本来ならその拳だけで訓練用の剣などその刃ごと撃ち抜くことができる。しかし訓練ということであえて装備というにはおこがましいレベルの鉄の籠手を付けているのは、訓練相手への配慮である。

 

 人間への配慮。

 

 ナザリック(人外の楽園)に生きるものとして、持ち合わせていなかった思考。

 

 今、セバスはそのような思考にたどり着き、己を律しているのだった。

 

 

******

 

 

八月十一日 ラインハルト邸

 

 前日から王都郊外のラインハルト邸は、千客万来であった。

 

 表向き挨拶と称して少しでも縁を結ぼうとする輩。

 

 人目を忍び屋敷に入り込もうとするスカウト。

 

 表も裏も大量の客が詰めかけ、対応する者達も大わらわである。

 

 あまりの状況に見かねたガゼフが、周辺警備という名目で戦士隊を巡回させる事態にさえなった。ここまできて一段落付くかに思われた矢先、今度は屋敷の使用人であるセバスが、どこからか瀕死の女性を拾ってきたのだ。

 

 そこからは、推して知るべし。

 

 女性の治療に、事態を聞きつけ駆けつけたガゼフへの説明。さらに女性の雇用主と名乗るものたちの来訪や関連した状況伺いなど、さらなる忙しさが舞い込んできたのだ。

 

 幸いなことに屋敷に住むエンリやアンナそしてユリは、助けたツアレという名の女性に対して同情的であった。またラインハルトも何食わぬ顔で治療を行ったため、ツアレは一命を留めるどころか、本来持っていた美しささえ取り戻したのは蛇足の情報だろう。

 

「ラインハルト様。この度の一件、申し訳ありませんでした。この責任は私の首にて」

「卿は何に対して謝罪をしているのかね」

 

 事ここに至ってセバスは、執務室でまるで玉座に座る王のような雰囲気を醸し出すラインハルトの前で(ひざまず)き、事態の沈静化のために自分の首を差し出そうとしたのだ。

 

 しかし、ラインハルトはなぜ贖罪を必要とするのかと問う。

 

「この度、私が人間をこの屋敷に招き入れたことにより、多くのものに迷惑をかけました。その贖罪にございます」

「ああ、たしかに少々騒がしくなったな。なにか問題かね?」

 

 アインズ・ウール・ゴウン四十一人の至高の方々。神をも打倒する存在に奉仕するナザリックの者達にとって、失敗とは無能の極み。たとえ能力があろうとも、失敗し至高の方々のお手を煩わせるようなものは愚の骨頂。不忠者の証。

 

 もちろんラインハルトは至高の存在ではない。元をたどればナザリックの領域守護者にして財政面の管理者にほかならない。だが、今はモモンガ様の勅命で動いている以上、その権限の一部はこの任務においてのみ委譲されている。

 

 すなわち、この任務に支障をきたすような失敗は、至高の方々への不忠にほかならない。

 

 ゆえにセバスはその身を持って贖罪をと考えたのだ。

 

「治療にラインハルト様のお手を煩わせ、モモンガ様から与えられた至高の任務に影響を与えました」

些事(さじ)にすぎん。むしろ、対外的に見せた弱みをどう突いてくるかで、相手の攻撃手段や権力の状況がわかる。ゆえにセバス、問題ない」

 

 しかしラインハルトは、セバスの行動を肯定的に捕らえ問題ないと説く。だが、セバスは納得することができなかった。

 

「しかし……」

「だが、卿の意志は理解した。機会を与えよう」

「はっ」

「私達は我が半身(モモンガ様)に、ナザリックによる円滑な統治のためにも人類の英雄となることを求められている。故に今回の騒動を私達の陣営におけるプラスの評価とする方法を考えよ。手段は問わん。人材が必要ならその者と交渉し、協力を得ても良い。財が必要なら宝物庫の財を一割まで利用してかまわん」

 

 ラインハルトはセバスを見る。

 

 セバスは、跪きながらも与えられた条件を頭に叩き込む。

 

「最後に私の見聞きしたものは、卿の創造主も見ている。ゆえに(おの)が頭で考え事を成してみよ」

「はっ」

 

 セバスは、立ち上がると胸に手を置き、腰を深く折る。そして、何かを思いついたのであろうか、早速とばかりに席を外すのだった。

 

「では、失礼いたします」

 

 ラインハルトだけとなった執務室だが、ふとコーヒーのやわらかな香りが漂う。いつのまにか机の上には、入れたばかりと思わしきコーヒーが一組置かれていた。

 

「ソリュシャン。せっかくの隠形も気遣いで準備してくれたコーヒーの香りで台無しになってしまっているな」

「あら、申し訳ございません」

 

 ソリュシャンは柔らかな笑みを浮かべラインハルトに頭を下げるも、ワザとしたことであるためか悪びれる素振りさえみせずに返答した。無論、ラインハルトにもわかっているので咎めたりしない。

 

「セバス様の件ですが、アインズ・ウール・ゴウンに対する反逆ではないのでしょうか?」

 

 しかし次の瞬間、笑みを消し、無表情となったソリュシャンの言葉はどこまでも棘のあるものであった。

 

「卿の考えは分からなくもない。あれは己に定められた理念ゆえに行動した結果にすぎぬ。それに一面でみればアインズ・ウール・ゴウンへの不利益だが、別の面では利益となる」

「そのようなものでしょうか?」

「私達は創造主にかくあるべしと定められた行動を違えることはできない。ゆえに我が半身に問うても、どのように考え挽回するかを問うに留まることだろう。して、そちらの状況は?」

「あの人間を助けた場所で出会った剣士はラナー王女の手のものでした」

「脆弱な手足しかない中、わずかな情報のみであの地点を割り出し、手勢を送り込むとはさすがだな」

 

 ラインハルトは、ソリュシャンから受け取ったコーヒーの香りを一通り楽しんだ後、一口含む。ほどよい苦味が口の中に広がり、意識を活性化させる。

 

 その姿をソリュシャンは確認しながら質問を投げかける。

 

「たかが人間を、そこまで高く評価する必要はあるのでしょうか?」

 

 王都に生きる人間のレベルは総じて低い。よくて5程度。任務で厳選し捕らえた人材であっても、レベル二十に届くものは存在しなかった。そのような状況で、守護者というナザリックに所属する者達(NPC)の中でも最上位の力を持つ上司(ラインハルト)が評価する人間というものにソリュシャンは疑問を持つ。

 

「人間という種は、異形種に比べれば脆弱といえよう。しかし、過去の侵攻においてナザリックを追い詰めたのもまた人間である。聞けば私達が信奉する至高の四十一人も、もとをたどれば人間。つまりは種として評価するのではなく、個人として評価すべき。そう考えることはできないかね?」

「その喩え話は、不敬と受け取る者がいるかもしれませんよ」

「別に人間を我が半身と同列に扱うというわけではない。等しく価値と在り方を評価しているにすぎぬ。それに先ほどの件も含めて、近いうちに我が半身による評価が下る」

「そうですか」

 

 モモンガ様による評価。

 

 セバスの行動、ラインハルトの言動、疑問はあるもののモモンガ様の裁可が下るのであれば、下々の者の考えは杞憂にすぎない。そう判断したソリュシャンは納得し、いつもの柔らかい穏やかな笑みを浮かべるのだった。

 

「して、卿にも新たな指示を与えよう」

「なんなりと」

「セバスは何らかの形で八本指に対して行動を起こす。サポートせよとは言わぬ。その行動における混乱に乗じて、八本指の指導者で使えそうなものを引き込め」

「方法に指定がございませんか?」

「ない。卿に任せる。アインズ・ウール・ゴウンの利益となるような存在とせよ。ゆくゆくはこの地域の裏を任せるのだ」

 

 図らずも与えられたフリーハンドにソリュシャンは、無意識に頬を釣り上げる。結果さえ果たせば、どのような行動も肯定される。いままで研究用の人材捕獲という任務がメインであったため、自分の嗜虐趣味を満たせずにいたソリュシャンとしては、降って沸いた好機であったからだ。

 

「セバス様であれば、敵であり悪は殲滅すべしというのではないでしょうか?」

 

 ソリュシャンは特に意味はない軽口をいう。

 

「そうだな。卿は絵画を見て美しいと思ったことはあるか?」

「ナザリック第九層に掲げられている絵画は、掃除の折りに拝見させていただいております。どれも素晴らしいものばかりで、収集された至高の方々の品格を感じずにはおられませんでした」

「ふむ。喩え話としては適切ではなかったかな。ではもし、黒一色に塗られた絵画を美しいと卿は感じるかな」

「もし、この場にそのような絵画があったとしても、美しいと感じることなく、それを絵画として評価をすることもできないかと」

「そうだな。その評価が正しい。言わば国家運営における暗部もまた絵画における色の一つ過ぎぬ。もし光一色に塗りつぶされたのなら、それはさぞつまらぬものだろう」

 

 ラインハルトは、コーヒーカップを机に置くと、立ち上りカーテンを少し開ける。差し込む光は部屋の中を照らし、影を作り出す。

 

「ゆえにどちらも必要なのだよ」

「そのたとえであれば、ナザリックにも敵は必要ということでしょうか?」

「そう考えても良い。強力な人類種という敵がいたから、我が半身らはナザリックという異形種の楽園を生み出した。楽園を守るために、比類無き力を蓄えた。そう考えられないかね?」

「はい」

 

 ソリュシャンはラインハルトのたとえを納得することができた。敵という比較対象があるからこそ、そして奉じる者達がいるからこそ、ナザリックの偉大さを理解できるのだ。そのためには中にしろ、外にしろ、同じ色ではいけないということを。

 

「では、任務の準備に入ります」

「ああ、まかせた。私は定期報告のためにナザリックに戻る」

 

 そう言うと、ソリュシャンはラインハルトを残し部屋をでるのだった。そのため続くラインハルトの言葉を聞くことはなかった。

 

「それに、もし世界が一色であるなら、一つの存在しか許さないということだ。他者が()らねば愛すことが出来ぬではないか」

 

 

******

 

 

 セバスが向かった先は屋敷の地下一階。すなわちこの建物の心臓ともいえる、情報収集と分析を行うフロアに向かった。

 

「お二方とも、ここに居られましたか」

 

 そこにはラインハルト直属の部下である人間、エンリとアンナの二人がおり、お茶を片手に多数の駒を盤上においたゲームのようなものを行っていた。

 

 しかし、セバスの目には別のものが写っていた。

 

 拠点防衛および迎撃

 

 すなわち、近く行われるであろう、どこかの戦場のシミュレーションをこの二人は行っていたのだ。

 

「あ、セバスさん。お疲れ様です。なにか御用でしょうか?」

 

 エンリが近づいたセバスに気付き声を掛け、アンナの方はお茶を置き軽い会釈をする。

 

「はい、少々相談がございましてお声がけをしようとしたのですが、お忙しいようでしたら時間を改めさせていただきます」

「いえ、大丈夫ですよ。感想戦のようなものですので」

 

 そう言うとエンリは盤や駒などを横にずらし場所を作ると、アンナはティーポットから若干(ぬる)くなったお茶をカップに注ぎ机に置く。セバスの席はここだと言わんばかりの配置となった。

 

 セバスもその気遣いに気が付いたのだろう。今は相談を持ちかける身ということで、指定された席に座り紅茶に手をつける。(ぬる)くなっているが十分の良い茶葉を使われているため、それなりに喉を潤すことができた。

 

 背筋を伸ばし、紅茶を一口飲む姿、なんとも言えぬ気品を感じさせるセバスを見ながら、アンナはタイミングを見て声をかける。

 

「相談とは、どのような内容でしょうか?」

「お二人でしたら、私がどのような要件でご相談に伺ったかもう予想はなされているかもしれませんが、今回の失態を挽回したいと考えております。しかし不肖、この身は守ることに特化しており、正直言いますと人間社会における機微というものを理解できておりません。そこでお二人のお力をお貸しいただきたい」

 

 そうセバスはここ二週間、ガゼフの支援ということで様々な人間社会の情報に触れてきた。しかし、ついぞ人間の思考というものを理解することができなかったのだ。

 

 しかし、その理解できないという事実を受け入れることができたのも、またこの二週間の経験からといえる。

 

――無知の知

 

 もしこのことをセバスがモモンガに報告すれば、大いに喜び褒めたことだろう。言わば言われるまま疑問を持たないNPCが自我の第一歩を踏み出した瞬間なのだから。

 

「セバスさんの能力を厳密に存じているわけではありませんが、正面戦闘で勝てる人はいないですよね? 娼館やらその裏やらをまとめて殴りこみって考えなかったんですか?」

 

 この場に居るものは、ツアレがいた娼館の裏に八本指の姿があることを知る立場にある。エンリはセバスにその情報があるからこそ、もっと直接的な行動にでると思っていたと言外につたえたのだった。

 

「はい、考えました。物理的な敵や脅威を排除できますが、その後の評価という点が予測できなかったのです」

 

 そして、エンリの指摘した案はセバスが最初に考えた手段でもあった。脅威が集まる会合のタイミングなどで襲撃し、全てを討滅する。そして助けを求める全ての者達を救い出す。その点だけ考えれば最良であり、そしてセバスはそれを実現するだけの実力があるのだから。

 

 だがその後を予測しきれず、不安要素となり最終的にはナザリックに不利益となるのではないかと考え、その作戦は破棄した。

 

 実際、有力な指導者を失った状態では戦争の落とし所を見失い、個々の利益誘導者や散発的な先導者による無差別のテロやゲリラ戦術の発生につながる。殲滅は可能だが、その状態はモモンガが目指す国家構築への時間を無駄に引き延ばす結果となるだろう。

 

「普通の人間には実行できませんが、案自体は悪く無いと思いますよ。前準備と後処理を考えればですが」

 

 エンリは先ほど脇によけた盤上に駒を配置する。

 

 多くのものに護衛された王が八体。それに立ち向かう騎士が一体。

 

「セバスさんは、ここで八本指を殲滅してしまうことによる不利益が予想できないと考えたんですよね?」

 

 エンリは駒を動かしながら、一体の騎士が護衛を飛び越し、八体の王を倒してしまうように動かす。

 

「はい。王が居なくなった集団は個々に動き出します。組織力を失うため一時的には良いと考えましたが、最終的には貴族派の一斉蜂起の流れを思うと下策かと」

 

 実際、セバスの脳裏には、散った反攻勢力が個別に動きだし、一つ一つ潰すような消耗戦を想像した。実際ゲリラ戦となれば、疲弊するのは体制側であり、結果的に短期集結を望むことができなくなる。しかしセバスの考えではここまでだったのだ。

 

「セバス様はどのような結果が好みですか?」

 

 それまで沈黙を守っていたアンナが問いかける。

 

「それは……」

「セバス様はどのような敵も阻むことができる最強の盾であり、打倒できる矛。こと戦場では勝利が約束された存在。ならば、どのような結果がお好みですか?」

「ナザリックの利益となる結果です」

「言い換えましょう。ナザリックの利益となる結果は当たり前です。そうなるように行動するのが私達ですから。ではそこに至るまでの道筋にはそれぞれの色がでます。エンリ。貴方ならどんなのが好み?」

 

 言葉に詰まるセバスを見て、アンナはエンリに水を向ける。

 

「そうだね~。私なら無関係な一般の人たちへの被害が少ないほうが好みかな? でも、全員を救うのなんて私の実力じゃ無理だから仲間や家族優先という感じ?」

「と、いう感じです」

 

 エンリとアンナの意見はある意味感情に由来するものだ。しかし奉仕とは滅私であるべきと考えるセバスには考えつかない意見だった。

 

 しかし、言われてみればその欲求はすぐにセバスの脳裏に浮かんだ。

 

「困っている人を可能な限り助けたいと考えます」

「全員ですか?」

「私は至高の方々のような万能の存在ではありません。だからこそ手の届く範囲で、ナザリックに益のある範囲で実現したい」

「わかりました。ではこうしましょう」

 

 そういうと、アンナとエンリは盤上を再度机の真ん中に置き、様々な状況を想定した戦略・戦術を検討しはじめるのだった。セバスもまたその輪に入り、望むべき結果を模索するのであった。

 

 

******

 

 

八月十二日 トブの大森林

 

 雲一つない青空の下、直径数キロを誇る沼地は、真夏にもかかわらず|()()ついていた。

 

 最後の戦いと腹をくくり、声を上げていたリザードマン達だが、湿地全体が凍りつくという天変地異を前に、圧倒的な差というものを理解せざるを得なかった。

 

 しかし、誰一人として引き下がるものはいない。

 

 戦に負けるということは、部族の生存を放棄するということと理解しているからだ。たしかにこの戦がはじまる時、敵将は勝利と引き換えに部族に平和的従属を要求した。しかしリザードマン達は、言葉を額面通りに捉えることはできなかった。なぜなら戦で負けた場合、この世界では過酷な従属が待っている。奴隷に落とされるだけなら、命があるだけまだまし。最悪は部族の消滅が待っている。

 

 だから、敵将の言葉を信じることができなかった。

 

 だが、目の前の異常はそんな考えなど吹いて飛ばすような光景であった。

 

「おいおい、冬でも一帯が凍りつくなんてことあったか?」

「俺たちの敵はどんな連中なんだ? アンデットの軍勢に天変地異、死神が敵でしたって言っても、俺は驚かねえぞ」

 

 そんなことをリザードマン達が感じていると、凍った湿地に赤い絨毯の道が作られる。その道を守るように、全身鎧で顔まで隠された騎士達が槍を携え立ち並ぶ。

 

 戦場にいるものは、誰もが気が付いてしまった。

 

 この騎士一人一人が、前回まで相対した相手の数倍強者であることに。もしこの騎士達がその気になり攻撃を開始すれば、自分たちの攻撃は鎧に阻まれ、槍の一振りで多くの仲間の首が飛ぶことに。

 

「昨日までの攻撃も圧倒的だったが、あの連中は下っ端に過ぎなかったのだな」

「全く、化物だらけだ」

 

 リザードマンの勇者達でさえ、愚痴をもらしてしまう。

 

 そんな中、ゆっくりと進み出るものたちがいた。

 

 巨大で禍々しいオーラを放つ多数の宝玉と精巧な彫刻に彩られた杖を持ち、豪華な漆黒のローブを靡かせる骸骨が一人。そして背後に付き従うのは、今回の敵将コキュートス。さらに見目麗しき男性と女性が二人ずつにダークエルフの子供が二人。見上げるような巨大ゴーレムさえ付き従っていた。

 

「直接(まみ)えるのだから、はじめましてと言っておこうか」

 

 先導する骸骨の声が響きわたる。けして大声を張り上げているわけではないのに、湿地の対岸に陣取るリザードマン達にさえ聞こえるということは、魔法的な何かが使われているのだろう。

 

「私の名はモモンガ。アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターである」

 

 リザードマン達は、ギルドマスターというモノを知らなかった。しかし、立ち振舞、背後に侍る者達などから、この者こそが今この場における最強にして最上の存在であると理解することができた。

 

 だからこそリザードマンの戦士ザリュースは声を上げた。

 

「貴方様を、偉大な長と見込み伏して申し上げる。我らの歴史では敗者に自由などありはしなかった。故に平和的従属などもありはしない。どうか真意を教えていただきたい」

 

 この不敬な行動に守護者達は不快を露わにし、攻撃姿勢をとるも、モモンガが手をかざすことで押しとどめられる。同時にモモンガは、思い違いに気が付く。鈴木悟の生きたリアル世界でもだいぶ廃れてしまったが、平等などという考えはこの世界には存在せず、力の支配こそが総ていうことに。

 

 しかしモモンガはここで前言撤回をする気はなかった。仲間がこの世界に帰還した際、荒廃しきった世界を見せたいのではないのだから。

 

 だからこそ言葉を重ねる。

 

「モモンガとアインズ・ウール・ゴウンの名を以て宣言しよう。私は多種族国家を立ち上げ、平和をもたらすことを。その過程でこのように戦いも起こるだろう。だがお前たちが勇戦虚しく敗北したとしても、リザードマンという種は、アインズ・ウール・ゴウンの新たな民として繁栄を享受することを」

 

 その宣言にどれほどの意味があるのか、リザードマンには、質問したザリュースにさえわからなかった。

 

 前日までの戦いは、策略に策略を重ね敵の前線指揮官の一人を打ちとった。しかし全体でみれば、多くの仲間が死に、敗北が濃厚。今日戦ったとしても勝つ術は無い。だからこそ、一縷の望みに手をのばす必要がある。

 

「では、しかと見るがいい。リザードマンの生き様を!」

 

 たとえ、敵の長の言葉であったとしても縋るしかないのだ。種の未来を守るため、リザードマンの戦士達は、価値を見せ付けるためにも一斉に武器を構える。

 

 その反応にモモンガは納得したのだろう。ゆっくりと手を前に振るう。

 

「ゆけ、コキュートス。ナザリックの威を示せ!」

「御意」

 

 コキュートスは、四本の腕それぞれに武器を構え、モモンガの命に従い凍った地面を蹴り、リザードマンの戦士たちの前に躍り出る。

 

 思えばこの数日、本当に楽しかったとコキュートスは振り返る。モモンガがわざと弱兵での出撃を指示したことを理解した上で、戦術と戦略を駆使し勝ってみせた。多少犠牲もあり、ヒヤリとすることもあったが、逆転し勝利を目前としていた。

 

 だからこそ分かった。

 

 自分がいかに未熟かと。

 

 自分がどれほど武人かと。

 

 レベルが20も差があるにもかかわらず、たかだか数個条件を付けられた程度で敗北したことをコキュートスは忘れない。あの時、創造主(武人建御雷様)に考えることを教えられたのだから。

 

「ナザリック地下大墳墓 階層守護者コキュートス。推シテ参ル」 

 

 コキュートスは武器を構え、リザードマンの戦士達を相手取り、一人高らかに声を上げるのだった。

 

 

******

 

 

八月十二日 夜 ナザリック地下大墳墓 第九層 BARナザリック

 

 

 ナザリック地下大墳墓の第九層には巨大な福利厚生施設が存在する。もともとは至高の四十一人が、作り出し、そしてたまり場の一つとして利用していたものだ。中には、巨大建造物なのだから、こんな施設もあるべきだろうと設置されただけのものも多い。しかし今ではNPCたちにも無料で解放されている。

 

 そんな施設の中に食堂とは違い、ナザリック内で唯一酒を飲める施設、BARが存在していた。

 

「ああ、ラインハルトよく来てくれました」

「卿の誘いだ。無下にはせんよ」

 

 BARの内は、カウンター席と小さなテーブル席が幾つか。けして広くはないが、静かなジャズの曲が流れ、マホガニー机を中心に木目調の落ち着いた色調が、静かに飲むにはうってつけの空間を演出していた。

 

 今日このBARにラインハルトを呼んだのは、他でもないデミウルゴスだった。

 

 ラインハルトが店に入ると、カウンター席に座ったデミウルゴスが、スパークリングウォーターの入った透明なワイングラスを持ち上げ歓迎する。見れば他の客は奥のテーブル席に、男性のバンパイアとワーウルフだけ。カウンターに座れば、店自体がまるで貸し切りのように感じられた。

 

 二人がカウンターに座ると、バーテンダーが黒ビールと塩をふったミックスナッツを盛った小皿を出す。

 

「シュバルツにございます」

 

 セバスとも違う、年を感じさせる落ち着いたバリトンボイスが酒の名を告げる。グラスに目を向ければ黒い液体と薄茶色の泡が程よい割合で注がれており、よく冷えたグラスに注がれたのであろうか、グラスにはうっすらと水滴が流れている。

 

「何に乾杯するかね?」

「では、友の成長と勝利に」

「そうだな。乾杯」

「乾杯」

 

 二つのグラスが涼やかな音を立てる。黒ビール特有の酸味とコク、そして炭酸が喉を刺激し、爽快感がその日の疲れを一気に押し流す。

 

「正直言えば、私はコキュートスが敗北を知ると考えていました。しかし彼は、その予想すらも超えて勝利を収めた」

 

 ビールを置くと、デミウルゴスは静かに今回の戦闘について評価した。実際、コキュートスがモモンガに与えられた兵数は少なくさらに弱兵。もし正面から戦おうものなら敗北は必然となっていただろう。

 

「もし、一ヶ月前のままであれば敗北を知り、新たな糧としていたであろう」

「はい。ですが先日、武人建御雷様の手で敗北を知り、今も学んでいる。彼の成長にはおどろかされます」

 

 約一ヶ月前に、ラインハルト自身の術式で一時的とはいえ、四十一人の至高の存在の内数名が復活した。その中にコキュートスの創造主である武人建御雷がいたのだ。そして武人建御雷は復活し自由となる僅かな時間で、コキュートスに条件を付け戦い勝利するという離れ業をしてみせた。実際、復活した至高の存在のレベルは八十程度。とてもではないが大人と子供以上の差があるのに、数個条件をつけただけで勝利してみせたのだ。

 

 もし武人建御雷に勝利の理由を聞けばただの詐術と応えるだろう。実際には詐術どころか、技能戦にくわえ、コキュートスの慢心に、創造主と子という心理まで利用しての勝利だった。

 

 しかし、この敗北がコキュートスを変えたのは言うまでもない。

 

「最後の助命は、我が半身も驚いたようであるがな」

「武人として感じるものがあったのでしょう」

 

 コキュートスは、リザードマンとの戦いのあと、モモンガに褒美はなにが良いか問われた。それに対し、最後に死んだ戦士たちの復活と助命をモモンガに願い出たのだ。戦闘行為は、至高の四十一人を復活させる儀式。死者の魂は贄でもある。だが、それを理解した上で助けたいと申し出たのだ。

 

 幸い、先日までの戦闘でモニュメント建造に必要な魂が十分に確保されていたため、モモンガは助命を受け入れた。命令されるままであったNPC達が、いままでは考えられない自立を見せたことに大いに驚き、そして喜んだからだ。

 

 デミウルゴスは小さな声で、「私にはわかりかねますが」と付け加えながらシュバルツを飲み干す。

 

「しかし、決着がつきました。次は」

「ああ、我らの番だ」

 

 デミウルゴスは、グラスをつたいコースターを湿らす雫に触れる。指先に伝わる冷たさが、己の内なる熱をより一層感じさせる。

 

 デミウルゴスは法国と帝国。ラインハルトは王国の攻略を控えている。

 

 つまり二人は任務の結果を競おうというのだ。

 

「とはいっても、互いの行動を予測している以上、申し合わせる必要はないのですが」

「それも含めて楽しみたいのだろう」

「ああ、本当に楽しみです。どのように互いの予想を超えるか。智謀をぶつけ合う楽しみというのは、はじめての経験ですので」

「それに、観客は我が半身に、私を通しての至高の存在達」

「なかなか(たぎ)るものがありますね」

 

 デミウルゴスは飲み干したグラスを弄びながら、嬉しそうな笑みを浮かべる。対してラインハルトは、静かに目を閉じ口元をほころばせるに留める。

 

「結果は、ナザリックのためであることに代わりはない。ならば多少楽しんでも問題なかろう」

「ええ、その通りです。しかも将来の民のために、恐怖というもっとも簡単で効率的な選択肢が安易にとれない。なかなか難易度が高い」

「卿の悪へのこだわりは理解するが、それに囚われれば我が爪牙が紡ぐ物語に塗りつぶされることになるぞ」

「それも一興」

 

 そんな会話が続く二人の前に、バーテンダーがカクテルグラスを置く。それは美しい赤のグラディエーションが目を引くカクテルであった。二人は会話を一次中断し問いかける。

 

「バーテンダー。このカクテルは?」

「こちらはディビスブランデーというカクテルにございます。古くは勝負事をイメージして作られたものにございます」

「勝負事か。たしかに勝負であるな」

 

 ラインハルトはそのカクテルを取り、口をつける。

 

 口の中にはほのかな甘味と、オレンジ・ビターのほろ苦さが広がる。しかし喉を通ったあとは後を惹かずすっきりと消えるが、ブランデーの芳醇な香りが残り勝利の余韻を感じさせる。

 

「ああ良い味だ。しかし甘さの中に若干のほろ苦さがあるのだな」

「たとえ勝者であっても過程には苦しみもございましょう。しかし勝利とは甘さの前に、苦しみさえアクセントでしかございません」

 

 その評価にバーテンダーは応える。

 

 そう。この一杯が勝負の全てを表現しているのだと。

 

「そういうことなら、次の勝負に勝った者がまたこのカクテルを飲むとしようか」

「それは良い提案ですね」

 

 ラインハルトとデミウルゴスはゆっくりとディビスブランデーを飲み干す。

 

 この時、王国・帝国・法国。この三国を舞台にした、ラインハルトとデミウルゴスのゲームが切って落とされたのだ。

 

 

 

 

 

 

 




ディビスブランデーは、テニスのディビスカップにちなんで作られたカクテルです。
ベースはブランデーとドライ・ベルモットなので香りはすっきり。
グレナデンシロップの甘味が勝利を、
オレンジ・ビターのほのかな苦味が敗者をイメージしているといわれています。

でも個人的には味よりも赤のグラディエーション(見た目)が好きなんですよね。

ってこんなことを書くと、BARナザリックを書いているような雰囲気がありますが、獣殿のあとがきです。

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