【完結】もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版)   作:taisa01

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そういえば、Dies irae ~Interview with Kaziklu Bey~は、ソフマップとアニメイトで入手……。なぜ二つあるかは……。

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20160925

いろいろ改稿

ミラー・オブ・リモート・ビューイングが屋内で利用できないと情報をいただきました。
ご指摘いただきありがとうございます。勘違いしておりました。
そのため改稿に合わせて修正をしました。


第3話(改)

八月七日 ラインハルト邸

 

 ラインハルト達は、王城の晩餐会に出席をした翌日、王都に来てから過ごした宿を引き払い新しい屋敷に移り住むこととなった。

 

 今後予想される非合法なものを含んだ派閥工作に、宿という第三者を巻き込むことは利点にもなるが欠点にもなり、今回は欠点のほうが大きいと判断したからだ。もっとも以前ラインハルトが王都に来た際、購入した屋敷の受入準備が整ったという理由もある。

 

 場所は王都郊外。

 

 ガゼフ・ストロノーフの屋敷からも程近い場所に構えられた屋敷は、落ち着いた茶色の壁の正面玄関(ファサード)を中心としたシンメトリーレイアウト。もし十九世紀建築に詳しいものがいれば、ジョージアン様式と言われるデザインに類似点が多いことに気付くことができるだろう。このデザインが独自に生み出されたものなのか、プレイヤーの残滓なのか、今となっては誰も分からないことだが……。

 

「大きい家だと掃除とか大変そうですね」

「神殿も近くにあるので助かります」

「それにしても、こんな屋敷いつ手配したのですか?」

「以前王都に来た時に購入した。今まで別の用途で利用していたが、そちらの片も付いたのでな、本来の目的で利用することとした」

「たしか木のお化けを倒す前でしたっけ? 王都に向かわれたのは」

「ああ、その通りだ」

 

 という風に、冒険者仲間であるエンリやアンナも自動的に同じ屋敷に住むこととなっている。同じ宿の同じ部屋で暮らしている。冒険者ギルドや宿の関係者にとって彼らの関係は、夫婦であり愛人であり、まさにいまさらではある。

 

「この屋敷についてご説明させていただきます」

 

セバスが先頭に立ち三人を案内する。正面玄関から入ったホール吹き抜けになっており、左右大きな部屋と正面奥に大きな階段が配されている。掃除こそ行き届いているが調度品などが無いため、若干殺風景に見える。しかし、正面ホールから階段が上がったもっとも目立つ場所に、豪奢な刺繍が施されたアインズ・ウール・ゴウンのエンブレムをあしらった旗が掲げられ、この屋敷の所属を明確に示していた。

 

「一階は応接間や食堂を兼ねたホール、奥には私を含めた使用人の部屋。二階はみなさまのプライベートスペースや執務室、書斎などとなっております。そして地下ですが、一度見ていただいたほうがよろしいでしょう」

 

一階奥の調理室を通り過ぎた先に、地下への入り口が広がっていた。しかし不思議なことに明かりが一つもついていない。利用者がいないと推測を立てたとしても、地上部分の壁にあったランプを掛ける金具さえ見当たらないのは異常だった。

 

「暗視前提ですか」

「はい」

 

――夜目(ナイトサイト)

 

 アンナが、自分とエンリに暗視の魔法を掛ける。そうすると地下への階段の奥まで視界が開ける。そこには扉が二つあった。一つは木製の普通の扉、半開きとなっておりどうやら食料などが保存されているようだ。そしてもう一つの赤茶色の扉は、今にも動き出しそうな躍動感をたたえた銅像によって守られていた。

 

 セバスは、銅像に二・三呟いたあとに赤茶色の扉に触れる。

 

「こちらの銅像はガーゴイルです。内側から出る分には咎めませんが、入るときは事前の登録が必要です。皆様につきましても今登録しました。もう一つの仕掛けですが、エンリさんこの扉を開けてみてください」

「え?はい。わかりました」

 

 エンリは、セバスに促されるまま、扉に手を掛ける。しかし押しても引いてもピクリとも動かない。それどころかドアノブさえ回りはしなかった。

 

「これ、もしかして」

「はい。人間の方が触れても開かないように、魔法的な鍵がかかっております」

 

 セバスがドアノブに手をかけると、難なくドアは開いた。しかし開いた先には想像を絶する光景が広がっていた。

 

 そこには……。

 

「仕事場ですか?」

 

 アンナの言葉通り、法国以外では見慣れない事務机が並び、影の悪魔(シャドウ・デーモン)恐怖公の眷属(ゴキブリ)が集めた情報を書き出す者。書き出された情報に属性など情報を付加する者。情報を魔法の箱のようなものに入力するもの。そして入力した情報から報告書を作成する者。

 

 大量の人外が、情報収集を行うワークスペースだったのだ。さらに言えば、地上の屋敷よりも巨大な空間となっており、どう考えても後から増改築されているため、外からは誰も予想し得ない構造となっていた。

 

「現在、ここが王都における情報収集の最前線となっております」

 

 よく見れば、恐怖公の眷属(ゴキブリ)が大量に空調用のダクトから出入りしていることに気付くことができる。ラインハルトと同じ守護者であるアルベドやシャルティアが見れば暴れだすこと必定の光景だ。しかし辺境育ちはもとより、衛生観念が圧倒している法国でさえゴキブリは珍しくないため、ここの女性陣は気にも止めていないようだ。

 

「あれ?もしかして、この屋敷でゴキブリ倒したらダメ?」

 

 という感じのコメントが出る始末である。

 

「そちらは大丈夫です。生活スペースには近づかないように申し送りしておりますので、問題はございません」

「わかりました」

「セバス。白雪の鏡の設置は完了しているか?」

「はい。こちらになります」

 

 セバスは、執務室からパーテーションが区切られた開けた場所に案内した。そこには大きな姿見の鏡が置かれていた。しかし不思議なことに、目の前に立っても自分の姿を移すことはなく、それどころか、まったく違う部屋の光景が映しだされていたのだ。

 

「(ユリ。こちらの準備は整った)」

「(はい。こちらも整っております。そちらに向かいます)」

 

 ラインハルトは、遠く離れたカルネ村にいるユリにメッセージを飛ばす。

 

 そして驚くことに、鏡の中にユリが現れたのだ。そしてユリの手が鏡に触れると、まるで水鏡に触れたように、鏡面を波立たせながらユリがこちらに現れたのだ。

 

「ラインハルト様、実験は恙無く終了いたしました」

 

 鏡から現れたユリが、スカートをつまみ恭しく一礼する。

 

「ご苦労」

「さすがは、至高の御方の財宝。特定条件下とはいえ、距離の制約を無にするとは素晴らしいマジックアイテムでございます」

 

 状況を理解していなかった人間二人は、ラインハルトとユリの会話から、ある結論に至る。

 

「ラインハルトさん。この鏡はゲートと同じなのですか?」

「ああそうだ。行く先はカルネ村固定だからな」

「じゃあ、家族に会うことも、ゴブリンさんたちをここ経由で呼び出して軍勢の展開や籠城戦とかもできますね」

 

 エンリは用法の案をしめす。家族の次に集団戦闘の話が出てくる辺り、今のエンリの立場をよく表している。

 

 現在、カルネ村に住むゴブリンの数は、小さな部族を二つほど吸収し人間の数に匹敵するほど集まっている。そして東の巨人の討滅および部族吸収を行うことを予定している。メッセージでのやり取りで会話こそできるが、やはり直接会話したほうが良いのは事実である。

 

「流通にも使えますか?」

「ああ、帝国方面、法国方面、なによりナザリックに運び込むという点で拠点となりましょう。ただしあまり派手にやりますと……」

「そうですか。しかし資金面は検討する必要がありますね。これだけの屋敷の運用に、モモンガ様のご指示である各種鉱石・穀物を地域別に収集するなど、かなりのコストがかかります。法国に出させれば簡単ですが」

「その件は問題ございません」

 

 ラインハルトも会計スキルを利用できるため、それこそ人並み以上の成果を簡単に出すことができる。しかし、世情に疎いことがナザリック出身者の欠点でもある。よって現在、ラインハルトの活動資金の取り扱いは、アンナがサポートしている状態なのだ。だからこそ流通面のことについて考え始めるが、すぐに資金面について問題となる。

 

 そんな懸念に対し、セバスは奥の部屋に案内する。

 

「これは……」

「どうやって?」

 

 エンリとアンナが驚くのも無理はない。セバスが開けた扉の向こうには、所狭しと積み上げられた金銀や宝石、各種硬貨。

 

 少なくともアダマンタイト級冒険者という立場もあり、無駄に高級な宿に止まるなど、浪費しているのだから財貨は減る一方と二人は認識していたのに、冒険者としての活動だけでは入手し得ない資産がそこにあったのだ。

 

「うまくやっているようだな、セバス」

「はい」

「ラインハルトさん。これは?」

「アインズ・ウール・ゴウンに所属するモノは、睡眠や精神系バットステータス耐性、飲食不要など人間が活動するよりも、安価に行動することができる。しかし、組織として活動する以上、現地通貨が必要となるのは当然のことだ。故に集めさせている」

「集めさせているって……」

 

 ラインハルトの言うことは、ほぼ無条件に肯定するエンリも、さすがにツッコミをいれてしまう。実際、アダマンタイト級冒険者になり多くの収入を得ても、村に投資するため、個人的な資産はほぼ昔のまま、せいぜい下着や私服にお金をかけるようになったぐらいの村娘感覚しかない。

 

「そうだな、紹介しておこう。ソリュシャン」

「はい。ラインハルト様」

 

 そういうと、先ほどまで誰もいなかった空間に、一人の美しいメイドが現れた。ラインハルトだけでなくセバスやユリも気が付いていたのだろう、驚くような素振りはなかった。

 

「このモノはプレアデスの一人、ユリの妹にしてソリュシャンという。現在、シャルティアがナザリック防衛の主務に着いたので、人材収集の一貫としてこちらを手伝ってもらっている」

「ソリュシャンと申します。以後、お見知り置きください」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますね」

 

 ソリュシャンは、プレアデスの中でも人間に対する評価は低く食料または玩具程度にしか思っていない。しかし、目の前の二人は、曲がりなりにもラインハルトの部下であり、アインズ・ウール・ゴウンの末席に座る存在。ゆえに、丁寧な挨拶をしたのだった。

 

 そして二人も、自然と挨拶を交わす。

 

「このモノはアサシンとしての能力を持っており、我が半身より魔法や武技、タレント保有者などの人材収集の命を受けている。とは言え一般人に手を出すわけにもいかぬのでな、現在は、王都を中心に犯罪に手を染めるものを調査し、対応させている。その傍ら、資金の一部を集めさせているのだ」

「じゃあ、この財貨は……」

「犯罪に手を染めた貴族派や、王国の暗部から集めさせてもらった。無論、半分程度は残し、情報と共に善意の第三者として通報をしている。そもそも我らは非合法組織なのだから、法を遵守する必要などなかろう」

「それは……」

 

 視点を少しでも変えれば、何が起こっているかここまで説明されれば誰もがわかる。

 

 つまりラインハルトは、王国の貴族派や暗部に対し、非合法組織という言葉を理由に人材と財貨の削り取りをしているのだ。しかも、王の派閥や善意の冒険者などが、それと知らず巻き込まれ事件を解決するマッチポンプ振り。見え方次第では王の派閥の大攻勢にも見えるだろう。

 

「セバス、貴族派の動きは?」

「は。残った財貨を放出しつつ、私兵を集めております」

「エンリ。セバスと同じレベルの情報は与えた。先ほどの情報と組み合わせてどう見る?」

「財貨を奪われた貴族派が影響力を確保するため、私兵を集めている。しかし利益を回収する手立ては無いことから、行き着く先は一斉蜂起し傀儡となる王の擁立。それも帝国なりに売り渡すことを前提としたもの。攻撃目標は王城と冒険者ギルド、国軍そして有力商会の四つといったところでしょうか。そしてラインハルトさん以外の指し手は、利益誘導をするアンナさんと帝国ですか? ならば、いつもの平原でなく王国南部エ・ランテルあたりで今年の定例戦争の戦端が切られるでしょう」

 

 エンリは、昨晩、ラインハルトの寝室で教えられた情報から、可能な限り最悪を想定し現状を考える。拠点であるエ・ランテルが戦場になることを想定に入れる時点で、情を切り離した分析を的確に行えていることがわかる。

 

「そういうことだ。しかし指し手はもう一人いるぞ」

「ガゼフ様ですか?」

「彼の者は武人だ。戦闘単位では優秀だがな」

 

 ラインハルトは言葉を止めるが、言わんとすることは伝わる。つまり戦闘レベルや戦術レベルにおいては優秀だが、こと智謀を試される戦略や政略については、限界があるということだ。

 

 しかし、ガゼフは言うほどひどいものではない。

 

 ラインハルトはナザリック有数の智謀の持ち主として生み出された存在(NPC)。エンリは、ラインハルト直々に将となるべく教育されている存在。アンナは政争渦巻く法国の中枢で教育を受けた巫女。そして帝国を立て直した手腕をもつ鮮血帝。総てが別格なのだ。

 

 もし、平穏な時代であれば、ガゼフの判断力だけでも十分な成果を得ることができただろう。今回ばかりは分が悪い。先ほどの者達に加え、王国にいるもう一人の指し手。さらに帝国・法国に忍び寄るデミウルゴスの策謀。至高の存在まである。

 

 最高の智謀を持つとされるモモンガでさえ、同じ状況で王の派閥を挽回せよと言われれば匙を投げ捨てるレベルなのだから。

 

「ガゼフ様にこの事をお伝えしてもよろしいのでしょうか?」

「構わぬよ。セバス。この件にかぎらず、卿が思う行動をなせ。誰を助けても構わん。結果的にアインズ・ウール・ゴウンに貢献できるのであれば、どのような行動も私は肯定しよう」

「私の思う行動ですか」

「そうだ。我が半身は、卿らに自立した行動を期待している。無論、私は卿らの管理を命じられている。報告や相談はいつでも歓迎するし、卿らに対して優先すべき指示も出す。私の組織にチームワークなどという都合の良い言い訳は存在せん。あるとすればスタンドプレーから生じるチームワークだけだ」

 

 ラインハルトがセバスだけでなく、ユリやソリュシャンに目配せしながら自立について語る。その言葉を胸に、セバスはしばし考える。自立という言葉に違和感はあるが、何を成したいかという点についての思いはある。

 

 創造主の言葉。

 

 困っている人を助ける。

 

「二つお聞きしてもよろしいでしょうか」

「かまわぬよ」

 

 どのような行動が多くの人々を助け、さらに主であるモモンガ様をはじめとしたアインズ・ウール・ゴウンに貢献できるかを、セバスは考える。

 

「一つ目は、アンナ様を通して法国は工作を停止したと認識しております。なぜ未だに指し手なのでしょうか」

「アンナは確かに法国の工作を停止したが、門戸を閉じたわけではない。まだそこに居るのだよ」

「はい。もし私達に利益となるのであれば、支援を再開するのも(やぶさ)かではございません」

「つまりこういうことだ」

 

 アンナは、法国の工作を停止させた。しかし交渉窓口を撤退させたわけでなく、何もせず王国にいるのだ。そのため資金が心もとない貴族派や王国暗部も、工作停止の理由を勝手に予測(・・・・・)し、どうすれば支援を再開してくれるか必死に考えているのだ。この状況は、まるで新作を発表しない作家に対する期待や評価が、勝手に一人歩きする様に似ている。

 

 貴族派と王国暗部は、法国の一挙一動に注目している。だからこそ必要となれば、今もなお積極的に工作活動を展開する帝国と同じレベルの影響力を簡単に行使することができるのだ。

 

 セバスだけでなく、ガゼフもこのような影響力行使の機微を認識していなかった。もしここで気付かねば、土壇場で足元を掬われることさえあったのだ。

 

「二つ目は、私が直接拳を振るうことは可能でしょうか」

「可能だ」

「私が、私心に囚われ、行動するとお考えはないのでしょうか?」

「それも一興。ただし卿という存在は、そのようなことをする者か? ミスによる不利益があったとしても、故意は無かろう? 卿には人よりも長い時間がある。学び次に活かせば良い。それだけのことだ」

「失敗すらも価値があると」

「逆にいえば、それすらも想定の内ということだ。ゆえに自由に行動せよ」

 

 失敗を良しとするのは、至高の存在に仕えるものとして疑問に思うところである。なぜならば、完璧である至高の存在に奉仕するのだから、失敗をするような無能者に価値はないというのがアインズ・ウール・ゴウンに所属するもの(NPC)の総意といっても良い。

 

 だが、セバスはその言葉に深く礼をする。ラインハルトの言葉の中に、おのが創造主の(慈悲)を感じることができたのだから。

 

 

******

 

 

八月九日 王城 ラナーの私室

 

 王城にある塔の1フロア。これが第三王女ラナーの自由になる領域のほぼすべてである。

 

 二人の兄の様に高い王位継承権を持つでもなく、二人の姉のように有力貴族との婚姻による権力を与えられていない。良く言えば中立的。悪く言えばスペアのスペアでしかないラナーは、世間の評価とは裏腹に、王城内では比較的軽い存在であった。

 

 現王に愛されているとはいえ、自由にできる財や権限は世間で思われている程大きくないのだ。

 

 そんなラナーの私室の扉をノックし、メイドが入室する。

 

 メイドの押すカートには手紙や書類がいくつか。そしてティーセットが乗っていた。

 

「午後に到着したお手紙と書類をお届けにあがりました」

「ありがとう。机においてもらえるかしら」

「はい。かしこまりました」

 

 メイドはラナーに目を向ける。

 

 窓際に置かれた小さなテーブルと椅子。そこでまるで日光浴を楽しむように、本を手に座るラナーの姿はまさしく絵になる美しさがあった。

 

 それは艶のある金髪や張りのある白い肌、美醜を決める顔のパーツの配置、そんなものは当たり前。さらに姿勢、ページをめくる仕草に至るまで、見るものを魅了するものであった。

 

 しかし、この美しい容貌とは裏腹にラナーは民草のための政策を積極的に提案する。実際、その多くは派閥間の根回し不足もあり却下されるが、そのやり取りの関係で各派閥の重要な情報が紛れ込むことも多い。

 

 メイドが本日運んできた手紙や書類を机に置こうとすると、そこには無造作に幾つかの書類が広げられていた。内容は貧困街対策に関係するものだが、決裁としては保留。理由として貧困街を支配する八本指に対し、戦士隊が大規模掃討作戦を行うというものであった。

 

 メイドはこれらの情報を頭の片隅に刻みこみ、何食わぬ顔で書類を置くついでに、広げられた書類は最低限に整頓する。

 

「お茶をお持ちいたしました。いかがですか?」

「ありがとう。いただくわ」

 

 ラナーはメイドに顔を向けるとニッコリと笑みを浮かべて返事をする。この時々見せる子供らしい笑顔や自慢話でさえ、ラナーの魅力であるとメイドは考えている。

 

 そんな見慣れた光景に、ふと見慣れぬものが目に入った。

 

「贈り物ですか?」

 

 ラナーの座る席の脇に置かれていたのは、宙に浮く美しい装飾に彩られた鏡であった。

 

「ええ、昨日届いたのだけど、興奮して眠ることができなかったわ」

「それは良うございました」

 

 メイドは素直にラナーの言葉を受け取る。

 

 事実、空中に浮く魔法まで付与された鏡というだけでなく、見たこともないほど精巧で美しい装飾を施した鏡ということで、非常に価値は高い。芸術性まで加味すれば王侯貴族への贈り物としては十分なものだろう。

 

 なにより、鏡をうっとりと眺めるラナーの姿は、見る者に至福にしてくれる。たとえ敵対派閥から派遣されたメイドであったとしても。

 

「では、失礼いたします。御用がございましたら、いつでもベルをお鳴らしください」

「ええ」

 

 そういうとメイドは退出する。

 

 ラナーは、メイドが退席すると同時に飲みかけのカップを置き、鏡に向き直る。手をかざし、複雑な印を結ぶように優雅に指が舞う。

 

 そうすると、いままで向かい合うラナーの姿を映していた鏡は、突如薄路地裏を映し出す。そこには、懸命に剣を振るう一人の騎士の姿が浮かび上がった。

 

 騎士の武器は剣だが、肉厚で長さもあるため、狭い路地裏で使うには適していない。故に構えをコンパクトにし、得意の上段からの斬り下ろしと刺突、接近されたときの足技で、大立ち回りを演じていた。

 

 騎士はまた一人、敵とおもわしき男の胸を剣で貫く。そして体を引くと同時に足で敵を蹴りつけテコの要領で一気に剣を抜く。

 

 額には汗が吹き出し疲労を示すも、普段からの鍛錬のたまものだろうか、騎士の剣を振る速度に変化はない。

 

 その姿に、ラナーはまさしく(とろ)けると表現するに相応しい表情を浮かべながら鑑賞するのだった。

 

「本当にラインハルト様は、素晴らしいアイテムを贈ってくださいました。これでいつでも私のクライムを見ることができるわ」

 

 無意識からなのだろうか、珍しく本音と思われる言葉を漏らす。

 

 鏡。正式名称はミラー・オブ・リモート・ビューイング。ナザリックに数多あるマジックアイテムの一つで、遠方や知っている者や場所を映し出すことができるものだ。この鏡は先日、ラナーとの出会いの記念にと、ラインハルトからラナー宛に献上されたものだ。

 

 本来、献上である以上、王が一度受け取り宝物殿に安置されるのが筋である。しかし今回に限って言えば、送り主は派閥工作をしかける相手。送り先は派閥工作で餌として利用した愛娘。そのぐらいはと王が采配したものだ。

 

 そして鏡と共に送られた、まるで恋文のような手紙は暗号文であった。

 

 その内容は、このミラー・オブ・リモート・ビューイングの取り扱い説明書であり、禁止事項などをまとめたものであった。しかし暗号文とわからぬ以上、そんな手紙を愛おしそうに読むラナーの姿はさらに誤解を加速させた。

 

 それこそ、王国にラインハルトとラナーの身分を超えた美談が王都に流布される程度に。

 

 なにより、その噂を聞いて謝辞を言うにもかかわらず、どこか嫉妬の影を落とすクライムの姿を見たラナーは、これ以上無いほどの喜びを得ていた。

 

「さて、クライムもラキュースも頑張ってくれるおかげで、外堀を埋めることができそうね。約束の期限までは若干余裕があるけど、もう1手必要かしら」

 

 ラナーは目を閉じ、思考を巡らす。

 

 最愛の騎士にして、唯一の手駒であるクライム。

 

 友人にしてアダマンタイト級冒険者という肩書を持つ貴族、ラキュース。

 

 数多の派閥から派遣されたメイドや客たち。

 

 だれにどの情報を与えれば、どのような事象が発生するか。まるで野を舞う蝶の羽ばたきが王都にどのような影響を与えるかをシミュレーションするように、途方も無い数のif(もし)を重ねあわせる。

 

「ラインハルト様が拠点を確保されたのでしたら、そろそろ力を示すでしょう。それの裏を取って、暗部と貴族派を暴発させるのが一番安全かしら? でもクライムの真剣に戦う姿が無いのも残念な気がしますし。どうしましょう?」

 

 ラナーが悩んでいる傍ら。鏡は、戦いが終わり建物の裏手に出た騎士と、一人の老紳士の出会いを映し出していた。老紳士の胸板や二の腕は厚く、上質な執事服の上からも強靭な肉体が簡単に予想できる。しかし腕には、女性と称するにはあまりにも痛ましい姿をした存在が抱かれていた。

 

 

 

 


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