【完結】もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版)   作:taisa01

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長らくおまたせいたしました。
第3章 陰謀王都の先導者編はじまります

原作に登場しない人物がいたりマジックアイテムがあったり、食文化が描画されていたり、毎度のごとく好き勝手書いております。

また誤字のご連絡など、本当に助かっております。
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20160925

いろいろ改稿
本筋は変わっておりませんが、言い回しや地の文など変更


第3章 陰謀王都の先導者
第1話(改)


八月一日 王都に向かう街道

 

 

 晴れ渡る青空。どこまでも続く蒼天は、多くの者に日常のことなど些細なことと感じさせる。しかし容赦の無い太陽の日差しは、石畳をまるで火に掛けるように熱し、道行く者たちの体力を容赦なく奪っていく。

 

 そんな夏真っ盛りのリ・エスティーゼ王国の王都に、一組の冒険者が近づいていた。

 

「王都に来るのははじめてですけど、すごく人が多いですね。でも多すぎてゴミゴミしているというか……」

「メインストリートが狭いから、人やモノが煩雑に見えているだけです。メインストリートは都市の顔。首都を名乗るなら、遠くに見える王城や貴族街だけに資本を投入するのではなく、このようなところに投入しなくては、低く評価されてしまいます」

 

 近づく王都の門から垣間見えるメインストリートは、馬車など多く行き来している。さらに人々が馬車に轢かれぬように、道の隅に溢れかえっている。活気があると見ることもできるが、アンナの言う通り人が多い割に道が狭く、ひどく煩雑な印象を見るものに与えていた。

 

「アンナは、他の首都に行ったことあるの?」

「神都に住んでおり、帝都のほうにも2回ほど。1年ほど前でしたが、鮮血帝の下で帝都は大きく成長している最中でした」

 

 そんな会話をする女性が二人。二頭立ての馬車……、正確には鎧を纏った二頭の馬型アンデットが引く馬車の御者席に座りながら、話に花を咲かせている。

 

 ”黄金の旗手”エンリ・エモットに”黄金の巫女”アンナ・バートン。そして馬車の中に大量の書類を持ち込み、各所への指示や今後の検討を行っている”黄金の獣”ラインハルト・ハイドリヒ。

 

 交易都市エ・ランテルの危機を救い、幾つもの難関クエストをクリアした3人は、今やリ・エスティーゼ王国における三番目のアダマンタイト級冒険者となっていた。

 

 そんな三人が本拠地のエ・ランテルを離れ王都に来ている理由は、(ひとえ)に要件に合う仕事が無くなったからだ。

 

 そもそもアダマンタイト級冒険者というのは、吟遊詩人が酒場で歌う英雄譚(サーガ) における主人公のような技量を持つ存在。そんな存在に見合う仕事となると、普通の冒険者では対処できず、さらに報酬も高額なものばかり。そのためアダマンタイト級の依頼自体は、塩漬けされた放置依頼を含めてもさして多くはない。そしてラインハルトはもう一つの役目(・・)の関係で、長期間拘束される依頼は受けない方針をとっているため、エ・ランテル冒険者ギルドにおけるめぼしい依頼をすべて解決してしまったのだ。もちろんエ・ランテル冒険者ギルドにはアダマンタイト級未満の依頼も多数有る。しかしその依頼は、その階級の冒険者の飯の種でもある。よってラインハルトらは一時的に拠点を移すこととした。

 

 ……と、いう建前となっている。

 

「ラインハルトさん。そろそろ着きますよ」

 

 エンリは、馬車の中でアインズ・ウール・ゴウンの仕事をしているラインハルトに、到着間近であることを伝える。休憩の時に見せてもらったが、王都で活動する諜報部門の報告書の山を、王都の守備兵に見つかって良いとはとても思えなかったので予め声をかけたのだ。

 

「了解した」

「積み荷の検査があるとおもいますので、書類などの片付けをお願いしますね」

 

 素っ気無い返事の割に艶のある声を聞き、エンリは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

 高ランクとはいえ、冒険者一行の旅路。

 

 ただの物見遊山にも見えるそれが、王都動乱のはじまりと予想するものは、王都においてごく少数だった。

 

 

  ******

 

 

 王都の郊外。

 

 町の中心である繁華街から離れているものの、軍の施設に近いことから軍関係者が多く住む区画。そこに王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの屋敷がある。戦士長という王国における軍権の最上位権力者の一人の住まいとしては小さな屋敷だが、飾りは無いが堅牢な作りの門に、外敵の侵入を許さない高さを備えた壁など、平民からの叩き上げで質実剛健を地で行くような人柄がよく表れた屋敷だ。しかし、定期的に食材など日常品を届ける店の下男以外、特定の者しか訪れることの無い屋敷でもあった。

 

 今日、そんな屋敷に珍しく客が訪れていた。

 

「よく来てくれた、ハイドリヒ殿」

 

 家主であるガゼフが直々に両手を広げ迎えたのは、さきほど王都に到着したばかりのラインハルト一行であった。ラインハルト一行は、王都について何よりも先にガゼフの屋敷を訪ねたのだ。

 

 そんなラインハルト一行をガゼフは客間に通す。客間は、屋敷の印象と同じように質素だが作りの良い応接セットと、どこかの田舎の麦の収穫風景を描いた一枚の絵が飾られている。最初、ラインハルトとガゼフのみソファーに座っていたが、ガゼフの勧めでエンリとアンナの二名もラインハルトの両脇に座り会談ははじまった。

 

「最近、王都でもハイドリヒ殿の評判を耳にするようになったよ。ハイドリヒ殿の実力なら当たり前のことであり、そしてその評価ですら不足とおもうのだがな」

「評価など他者の決めたレッテルに過ぎん。そこに過不足など存在せぬよ」

 

 過日(かじつ)のカルネ村の一件以降、ガゼフはラインハルトの実力を高く評価すると同時に畏敬の念を持っている。その上、目的のためにラインハルトの支援を受けている以上、ガゼフは最大限の礼を払っているのだ。家のものに先日入手した最高級の茶と茶菓子を準備させる。そんな些細なことからも、ガゼフがラインハルトの来訪をどれほど歓迎しているか推し量ることができる。

 

 ガゼフがこのように会話を切り出した後、ラインハルトの隣に座る少女に目を向ける。

 

「君は、たしかあの村にいた子だね。あの後のことを聞かせてくれないかな」

「はい。おかげ様で村も今では平穏を取り戻しております。あと納税一部減免の件で、骨を折っていただいたと村長より伺っております。本当にありがとうございました」

「そうか。それはよかった。あと納税の件は当たり前のことをしたまでだ。何か困っていることがあれば言って欲しい」

「はい。ありがとうございます」

 

 ガゼフは、カルネ村を含むスレイン法国特殊部隊の被害を受けた村に対し、王に納税減免を願い出たのだ。幸い王の承認のもとその願いはある程度受け入れられた。王からの信頼もあついガゼフでなければ職責を超えた陳情など通るはずもなく、被害を受けた村はその事実を無視した税の取り立てを受けた可能性が高い。その意味で、エンリの感謝も当然のことといえた。

 

 その時、ノックの音が響く。許可を促すガゼフの声に従い一人の紳士が応接室に入ってきた。

 

 品のある黒のスーツにロマンスグレーの整えられた髪、服の上からも分かる引き締まった体躯に、正された姿勢、ナザリックの執事、セバスであった。

 

「ラインハルト様。お迎えにあがるのが遅くなり申し訳ありません」

「良い」

 

 ラインハルトの返答を、セバスは礼をもって受ける。その後ラインハルトの座っている席の右斜め後ろに控える。その光景は主と執事の理想形のような姿。そして、この二人の関係をよく表していた。

 

「そういえば、セバスに届けさせている情報。有効に活用できているようでなにより」

「ああ、本当に助かっている。過去の私がいかに怠慢であったか、つくづく思い知らされる」

「人間とは反省し、そしてまた前に歩き出すことができる生物。気にするほどのものでもないよ」

「この剣にしろ、情報にしろ、私はハイドリヒ殿にどのように報いればよいか」

 

 ガゼフはそう言うと、(かたわ)らに置く剣に触れながら感謝の言葉を重ねる。

 

 ガゼフが持つ剣は、いわゆるアーティファクト級を超えるレジェンド級武器。王国においてコレほどの装備は、王国の国宝のものを含めても数本しか存在しない。この剣はラインハルトがガゼフとカルネ村で共闘した際、当時の敵を相手にするにはガゼフの持っていたただの鋼の剣では不足と考え与えたものである。もっともラインハルトにとっては、半身であり創造主であるモモンガから部下に与えて良いと言われている程度の武器でしかない。しかもモモンガにとっては、ナザリックの宝物殿にゴミのように積み上げている一個にすぎないのだから、武具の質という面だけ見てもナザリックと王国の差というものがご理解いただけるだろう。

 

 そして情報とは、王都における政治や暗部に関わる情報がセバスを通してガゼフに定期的にもたらされていたのだ。なかには「本日八本指の○○が☓○○に暗殺を指示した」など、届けられた情報の精度や鮮度を考えると、どのように入手したか想像もつかないものも多数あった。これらの情報は、不可視化のスキルを持つ影の悪魔(シャドー・デーモン)と、外見こそどこにでもいるゴキブリだが、恐怖公の眷属で構成された諜報員によって齎された情報である。物陰に隠れたゴキブリが諜報員と考えるものなど存在しない。それこそターゲットとなったら最後、昼にどんな食事をしたのか、どんな女性と夜をともにしたかさえ白日の下に晒されてしまうのだ。もっとも集まる情報も膨大すぎるため、政治および暗部関係に絞り、さらに収集した情報の分別をインプ中心とした24時間体制の人海戦術で対処しているというのだが……。

 

 しかし、この情報が王国を大きく動かそうとしていた。

 

 いままでガゼフ・ストロノーフは、武こそ王国への忠義とし、政治面のことはほとんど口を出さないようにしていた。しかし、もたらされた情報から王国の見過ごせない腐敗を読み取り、貴族派への対決姿勢を鮮明にするようになったのだ。

 

「で、卿はこれからどうするのかね」

 

 ラインハルトは出された茶の香りを楽しみつつ、暗に今後の王国について問う。

 

「現状では、貴族派をある程度抑えこむことしかできない。王のお悩みを解決し、対処するにはどれほどの時間がかかることか」

「私は演じるのなら別だが、回りくどい言葉を好まぬ。率直に言えば、腐敗は国体の運営における限界を超えているぞ」

「ああ。その通りだ。彼女のおかげで法国から貴族派への工作が停止したとはいえ、帝国からの工作はいまだ続いている。なにより一度腐ったものは周りに腐敗を撒き散らす」

 

 そういうと、ガゼフはチラリとアンナの顔を見る。アンナは表向き王国所属のアダマンタイト級冒険者となっている。しかし、実態はスレイン法国闇の神殿の元次席巫女。現在はラインハルトの部下であり、アインズ・ウール・ゴウンにおけるスレイン法国の窓口のような役目も負っている。ガゼフは、アインズ・ウール・ゴウンの全容を知らされてはいない。しかしガゼフは少ない情報から、ラインハルトの所属する組織とスレイン法国を結ぶ存在がアンナであることを導き出したのだ。

 

「スレイン法国の国是は人類救済。その方針に変わりはありません。しかし手段が変わりましたので、王国との関係を改めただけです」

「それでも、貴族派への資金や情報など利益供与が無くなっただけでもありがたい」

「もし、それだけと考えているのであれば、危ういですよ?」

「それはどういうことかな?」

「政治は絡みあった糸のようなもの。一箇所を引っ張るのをやめたら、どこかに弛みが生じ、そこから別の事象が発生しますよ」

 

 アンナは、スレイン法国による王国工作について一切を否定しなかった。しかし、同時にそれだけではないと伝える。ガゼフは詳しい話を聞こうとするも、アンナは笑みを浮かべ煙に巻くようなことを言うと、それ以上話をすることは無かった。

 

 そしてガゼフがこの時なんとしても聞き出すべきだったと後悔するのは、数日後のことであった。

 

「話を戻すが、王国における危急の問題は三つと考えている。一つは貴族派の腐敗。先日なんとかある貴族を法の下で裁くことができたが、所詮枝にすぎず時間がかかる。二つ目は王国暗部を牛耳る八本指の存在。大規模な犯罪や麻薬など浸透する犯罪まで、その悪徳は根深い。なにより貴族だけでなく王宮内部にまで入り込んでいるようだ」

 

 ガゼフはここで一度息をつき茶を一口飲む。

 

 茶といっても、いわゆるローズヒップメインのブレンドハーブティーであり、柔らかな香りと僅かな酸味、飲んだ後のさっぱりとした口当たりが、ガゼフの熱くなりかけた頭を冷静に戻す。そもそも、王国の問題を一冒険者に話すなどおかしい。しかも謎と言ってもよい組織が背後にいる冒険者に対してだ。

 

「最後の問題は……」

「王の後継者問題であろう?」

「ああ」

 

 しかし、ガゼフはその点についてだけは疑うことをやめている。恩というには大きすぎ、勘というにはあやふやなものを根拠とした自分の行動を疑問に思うこともある。しかし自分の成したいことのために、ラインハルトの協力は不可欠ということを嫌というほど理解してしまったのだから。

 

 客観的な目を得て見れば、王の派閥は脆弱すぎた。武こそ総てという理念は美しいが、戦士長という役職にいながら政治から離れていた自分は、貴族派の増長を許したにすぎない。なにより王には時間がない。いかに優秀な王であっても、老いは平等に訪れ、いつしか才能に影を落とす。しかし今の時代、王の後継となるべき存在がいないのだ。

 

「機会を得て痛感したよ」

 

 ガゼフはあえて何をと言わず、そしてラインハルトも聞かなかった。同席する者達も同様に沈黙をまもる。

 

 しばしの沈黙。

 

 時計の秒針が一回りしたころだろうか、ラインハルトが茶を置き、足を組み直す。

 

「一つ。提案しようか」

「なにかな」

「近いうちに我が半身の組織が立ち上がる。具体的なものは近々決まるだろうが、その庇護を受けるというのはどうかな」

「それは具体的にどこにかな」

「候補はいくつかあるが、いまのところだとトブの大森林が有力か? 三国と複数の異形種を従えるにはあの位置はよい。もっと良い位置があるかもしれなぬがな」

「あそこには人間など……。いや、そういうことか」

 

 トブの大森林。

 

 魔獣が住み、多くの異形種が跋扈する人外の領域。冒険者や狩人が入ることもあるが、基本は外縁部。それこそ、内部まで入り込むことができる人類など、ほんの一握りの実力者のみ。

 

 そのような場所に、新たな組織が立ち上がるというのだ。普通に考えればおかしく、誰もが無理だと声を上げるだろう。しかし、ガゼフは目の前の男、ラインハルト・ハイドリヒのことを知っている。

 

 その実力、その能力、その装備。どれを取っても一流を超え英雄級。そんな者が所属する組織が、人の営みの間に存在しながら、人知れずあり続けるなどありはしない。それこそ突然出現するようなことでも無い限り。

 

「ハイドリヒ殿は、人外の勢力の一人ということなのだな」

「もちろんアインズ・ウール・ゴウンにも人間はいるし、元人間も多い」

「森の賢王がハイドリヒ殿に従っているという話を聞いていた。なるほど、その話もうなずける」

 

 アインズ・ウール・ゴウンをトブの大森林にもともと存在(・・・・・・)し、王国・法国・帝国に関与しない隠れた組織。そしてそのような場所に存在できるのは、人外の組織に違いないとガゼフは予測した。なにより、この推測であればトブの大森林の南部を支配していたという森の賢王が、この冒険者たちに従っているという話も聞いている。何十年もの間、森の南部から動かなかった大魔獣が動き出したのだ。それは守る、いや隠す必要が無くなったと読み取れば総てがつながったように見える。

 

 もちろんラインハルトは、ガゼフの勘違いに気がついている。しかし、その勘違いに問題はなく、たとえ真実を知らせたとしても、結果は変わらないと考え訂正しなかったのだ。

 

「では聞こうか」

「王国のことゆえ、王国外に命運をゆだねることはできない」

「それが卿の選択ならば認めよう。しかし、事態は動いているぞ」

「すまない」

 

 王国を愛するガゼフにとって、ラインハルトの提案は王国に対する外患誘致を意味する。ゆえに拒絶する。

 

「なにより卿の考えは尊重しよう。しかし私は結果という点ではそう変わりはないと考えている」

「しかし……」

「まだ時間はある。私は私で行動するし、他者もそれぞれの思惑で動くことだろう。そしてセバス」

「はっ」

「情報は従来通りに。さらにこちらの仕事を依頼することもあるが、普段はいままで通りにストロノーフ卿をサポートしつつ、己が最善と考える行動をせよ。行き着く先はアインズ・ウール・ゴウンのためである」

「承知いたしました」

 

 しかし、ラインハルトは提案を断ったガゼフに対し、いままで通りの支援を約束するのだった。さらにセバスにある程度のフリーハンドを与えたのだ。

 

「ありがたい。この恩はいつしか」

「ああ、いつか1つだけ命令させてもらうよ」

「命令か、お願いと言わないあたりに誠意を感じるな」

「あと先に伝えておくと。このままでは内乱になるぞ」

 

 そういうと、ラインハルトは席を静かに立ち、他のものも後を追う。しかしガゼフだけは席を立つことができなかった。ガゼフも可能性は考えていた。しかし他者に内乱という言葉として明確にされたことが、思いのほか衝撃を受けたからだ。

 

「また会おう。卿の気が変わったのなら、いつもで私の下に来い」

 

 

 ******

 

 

八月二日 ナザリック地下大墳墓 第九層会議室

 

 歴史ある古城を思わせる白亜の空間。柱一本にいたるまで精密さと優美さを備えた造形がなされた内装、広さ、永久光源の明かりが、見るものに所有者の財力と技術力を思い知らせ、地下であることを忘れさせる。

 

 ここはナザリック地下大墳墓 第九層の会議室。

 アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターにして最高支配者であるモモンガの下、守護者らナザリック主要人物が集まり、情報共有および意思決定を行う会議が定期的に開催される場である。

 

 本日も、ギルドマスターであるモモンガに補佐のアルベド。第七階層守護者にして帝国および法国担当のデミウルゴス。第六階層守護者にしてトブの大森林の砦建築および周辺調査・調整を行うアウラとマーレ。第四層守護者にして武技や戦術研究を担当するコキュートス。第一・第二・第三層守護者にして近隣の人材収集を担当していたシャルティア。そして王国を担当するラインハルト・ハイドリヒ、そしてプレアデスの数名が参集している。

 

「以上で、守護者からの報告を終了します。モモンガ様、なにかございますか?」

 

 アルベドが事務的な口調ながら、聞くものを魅了する美しい声で報告の終了を宣言する。先ほどまで、各守護者からここ数日の状況などが報告されていたのだ。もっとも先日の魔樹の竜王ザイトルクワエ討伐戦以上の大事は無く、順調そのものであった。

 

「まずはご苦労。皆の働きで順調に事が進んでいることを理解できた」

「勿体なきお言葉」

「先日、魔樹の討伐の折に、多くの事が判明した。まず我が友四十人の復活が可能であることがわかった。そのため最終目標は世界征服という点はかわらないが、過程に幾つか条件を付け加える」

 

 モモンガのセリフに、会議室には小さいながらもどよめきがおこる。

 

 もちろん先日の一件を直接見ているものも多い。しかし明確に己の創造主や仕えるべき存在の復活を明言されたことは、やはり驚くべきことであった。もっとも一人だけは、全くの冷静を通り越して無反応がいるのだが。

 

「一つ目は、復活の鍵であるラインハルトのモニュメント(スワスチカ)建造。魔樹の討伐以降にもう一箇所増え、現在は三箇所にモニュメント(スワスチカ)が存在している。最終的には九箇所に建造することで、友の復活は現実のものとなる。そして候補地はここである」

 

 そういうと、モモンガは地図を広げる。

 

 その地図には九箇所に☓がついていた。

 

 エ・ランテルに大森林北部、王国西部の僻地が含まれている時点で、これがモモンガの言う九つの候補地ということが誰の目にも明らかとなった。

 

 そして他の予定地を見ると。王都。トブの大森林中央にほど近い沼地。帝都。南部にある王都と帝都の古戦場などが含まれている。

 

「位置は目安でズレは許容されるが、モニュメント(スワスチカ)を生み出すには魂は必須だ。その魂も闘争により質を高めたものが求められる。そうで無ければ数が必要となる。この認識で間違いないな? ラインハルト」

「ああ、その通りだ、我が半身よ」

「ゆえに今後はこの場所と内容を意識した戦略が必要となる。皆、心得よ」

「御意」

「続いて、お前たちが至高の四十一人と呼ぶ存在は総て元人間である。人間を優遇しろという気はないが、ただ友たちが復活した時、元同族が虐殺される姿を見せるのも、滅んだと伝えるのも忍びない。なにより友だけでなく、お前たちと共に大手を振ってこの世界を楽しみたいのだ」

 

 モモンガは一度守護者たちの顔を見る。

 

 この世界に来てもう約一ヶ月。

 

 一ヶ月しか経過していない。

 

 しかし言葉を交わし、飲食を共にし、リアルの鈴木悟としては考えられないような、濃厚な日々を過ごしたように思う。昔のままなら仲間以外からの中傷や罵倒など意にも介すことすらしなかっただろう。

 

 だがもう違う。この者達と共に町を歩いた時、後ろ指を差されるようなことはしたくない。友たちが復活したら尚の事だ。この美しく未知のあふれた世界で存分に楽しみたい。そう願わずにはいられないのだ。

 

「故に、矛盾を承知で皆に命じる。我が意を汲み、手始めにこの地を中心とした周辺の異形種および人間の三つの国家を征服せよ。人も異形種も生きることができる国家の樹立を目指すのだ」

「畏まりました」

「なにか策はあるか?」

 

 モモンガの指示に守護者各員は、おのれの任務と位置を照らし合わせる。そしてどのような戦略が可能かの検討をはじめる。

 

 そしてあることに気が付いたアウラが手を挙げる。

 

「モモンガ様よろしいでしょうか」

「なんだ、アウラ」

「はい。この大森林の中心。ここの沼付近にはリザードマンの集落が複数あったかとおもいます。そこを攻め滅ぼせば条件は満たされるのではないのでしょうか?」

「お姉ちゃん。それだと平和的な国家って条件にあわないよ~」

「あ……」

 

 アウラは良い案と思って発言したが、そもそも条件を満たしていないことを弟のマーレに指摘され、バツが悪そうに頭をかく。もっともいままで外の被害という点について考慮していなかったのだから、アウラのミスも当たり前といえば当たり前のものであった。

 

「アウラ。確かに平和的という点では問題かもしれぬが、少なくともリザードマンの集落というのは重要な情報だ」

「いえ、考慮が足りず申し訳ございません」

「デハ、対等ニ侵略ヲスレバ良イノデハナイカ?」

「対等に侵略? 言葉に矛盾はないかね?」

「対等ニ国ト国トガ戦イ、負ケレバ従属シ、勝テバ国ヲ統一スル。ソンナ時代ニ武士ハ生キタト、武人建御雷様ヨリ聞イテイル」

 

 アウラの提案に助け舟を出したのはコキュートスであった。対等に侵略などおかしい箇所は多いものの、史実の戦国時代の日本統一をイメージして言っているのだから、あながち間違いではない。この辺の知識はコキュートスの創造主である武人建御雷が、武人という意味付けのために、戦国時代の侍の情報をフレーバーテキストのように書き残したのが原因なのだが。

 

「栄光あるナザリックが、外の者と対等? 寝言は寝てから言うべきよ、コキュートス」

「アルベド。勝てば良いのです。勝って優秀を示せばよいのです」

「デミウルゴスの言う通りだ。戦うことで条件を満たすことができる。従属という条件に対して、何を望むかで確認し、正面から打ち勝ち優位性を示せば良いのだ」

 

 しかし、アルベドにはこのような案を許すことなどできなかった。アルベドにとってナザリック、いやモモンガは至高にして不可侵(ふかしん)の存在。そのような存在が統べるナザリックと、外の世界の有象無象が対等などありえないのだから。

 

 対してデミウルゴスとラインハルトは賛成に回っている。知能担当というわりには脳筋的な意見であるが。

 

 しかし、どちらの意見も一理ある。そのことがわかるモモンガは案を提示する。

 

「コキュートスの案は悪くはない。だがその前に私の考えを明かそう。私は世界征服を考えた時どのような統治が必要か考えた。しかし結論は複数の種族が同じ生活をすることは、生活習慣や価値観の違いから難しいという結論に至った。故に、アウラが建造中の砦を中心としたトブの大森林に国家を立ち上げ、他の種族や国家を州という括りである程度の自治を行い、アインズ・ウール・ゴウンは中央の統治機構および対外的な軍事機構となればと考えた」

 

 鈴木悟の学んだ歴史では、古くは都市国家を糾合したローマ。最後の超大国アメリカ合衆国。そして最後に世界を統一した企業連合。それを参考にした案を提示する。

 

「所属することで、種族の安寧というメリットを享受できる。ただしある程度の支配を受ける。デミウルゴス、お前が優秀と考えるナザリックの面々は、外のものに遅れを取るか?」

「そのようなことはございません」

「アルベド。このような統治案を具現化し、参加種族にメリットを提示することはできるか?」

「可能でございます」

「つまりそういうことだ」

 

 モモンガはアルベドに顔を向ける。ナザリックを下に置くと感じる事は未だにアルベドの中に残っている。しかしモモンガが仲裁し意見を出した以上、(いな)は存在しない。故に、同意の意味を込め、静かに微笑み一礼するのだった。

 

「まず、アウラは今の砦の作成任務に加え、この地域の中心となるに相応しい都市の建造を任せる。マーレはその補佐。生態系に配慮しつつ、最終的に王国、帝国、法国をつなぐ道なども含めて検討せよ」

「畏まりました」

 

 ただでさえ砦建造という大規模プロジェクトに加え、いわゆるアインズ・ウール・ゴウンに相応しい首都を作れと言われたのだ。アウラとマーレはその責任の重さに喜び、同時に内心悲鳴をあげる。ただでさえ、普通であれば1年以上かかる規模の砦建造に加えて都市設計である。多数の魔獣を意のままに操ることができるアウラであっても、誰もが成し得ないような広範囲魔法を発動できるマーレであっても、やはり難しいものは難しい。

 

「コキュートスには戦術検討をさせてきたが、その実践相手としてリザードマンとの戦闘に備えよ。戦力については追って伝える。従属交渉が決裂し、戦闘になるだろうからな。ただし戦う相手は、将来的には統治すべき民になることも忘れるな」

「御意」

 

 逆にコキュートスは、戦うことを待ち望み、ついにその場が与えられたのだからその内側は歓喜に震えていた。なにより、先日の創造主である武人建御雷様との邂逅。今まで見たこともない高度な連携による駆け引きや、ただ与えられた情報と武だけでは、勝つことができないという事実。多くのものを短時間で学ぶことができた。今のコキュートスに油断はなく、彼我の戦力差を分析した上で更なる勝利を貪欲に目指す。そんな思いに満ちあふれていた。

 

「デミウルゴスとラインハルトの任務は変わらん。担当国を従属させる施策を検討せよ」

「畏まりました」

「了解した。我が半身よ。あとで2・3アイテムのことで相談があるのだが」

「よかろう」

 

 デミウルゴスとラインハルトの任務は変わらない。ただし従属させよと明言されたのだ。なにより担当地域には、モニュメント(スワスチカ)の予定地がまだまだある。戦略と合わせて、戦闘の誘発などまで思考をめぐらす。

 

「アルベド。すまないが統治法の具現化を頼む。私には国家運営のノウハウは無いからな。頼りにしている」

「もったいないお言葉。それにノウハウが無いなど謙遜が過ぎるというもの。とても素晴らしい案ではございませんか」

「いや……」

 

 モモンガは、咄嗟にアルベドの世辞を否定しようとした。しかし心酔しきって頬を上気させたアルベドの表情を見てしまい、何を言っても無駄であることを悟ってしまった。

 

「最後にシャルティアには、ナザリックの防衛を頼む」

「先般の失態、外敵を一人残らず殲滅することにて、晴らさしていただくでありんす」

 

 シャルティアは堂々と宣言するように返答する。

 

 シャルティアは先日、ワールドアイテムの効果で一時的にナザリックに反逆した。最終的に解決したものの、シャルティアの中では万死に値する失態として燻っており、モモンガも気を揉んでいた。幸運にも、創造主であるペロロンチーノと会話できたことで最悪の状態は乗り越えられたようだ。しかし当分は成功体験を積み上げることで、自信の回復を促す考えをモモンガは持っていた。

 

「さて、今日はここまでとしようか」

 

 モモンガの閉会の言葉をもって場は解放される。

 

 その後は、プレアデスが配膳した茶や軽食を取りながら、小一時間ほど各自とのコミュニケーションが図られるのだ。もっとも、モモンガにとっては家族との団欒の時間であり美食を楽しむ時間。守護者らにとっては、愛すべき至高の存在と時間を共に出来る貴重な場という意識の若干のズレはあるのだが。

 

「そういえばラインハルト。先ほどアイテムについて相談といっていたが、どのようなものだ?」

「ああ、白雪の鏡を一セットと双方向メッセージ用のアイテムを数セット借りたい。あと下賜用にミラー・オブ・リモート・ビューイングを一つといったとことか」

「双方向メッセージ用アイテムというのは、メッセージスクロールの節約と予想がつくが白雪の鏡は?」

 

 双方向メッセージ用アイテムとは、お互い間でのみのやり取り先が決まった携帯電話のようなもの。アウラとマーレも常用しているものである。メッセージを使えるラインハルトは問題がないが、部下の多くはメッセージを使えないためスクロールを与えて代用していた。しかしスクロールの補充を考えると、よく連絡をとる相手にはアイテムを与えたほうが効率的と考えたのだ。

 

 そして白雪の鏡は、キーワードを唱えると遠距離の鏡が空間的に繋がる設置型ゲートのようなものだ。比較的高価なアイテムだが、トラップなどにも使えるため、ナザリックの宝物殿にはそれなりの数が保存されていた。

 

「ああ、王都の拠点とカルネ村の拠点にそれぞれ設置して、行き来するためだ。魔法で代用出来るとはいえ、何かと便利だからな」

 

 ラインハルトは高位のマジックキャスターと認識されているため、転移をするのも問題はない。しかしカルネ村を拠点としているゴブリンを率いるエンリにとって、軍勢を何処に潜ませるのかは重大な問題である。魔法の水晶で対応できるが往復用に二セット持っていても、使えばラインハルトにチャージしてもらっている状態である。

 

 またカルネ村のユリや、王都のセバスにそれぞれの仕事をさせているが、移動できれば双方にフォローも容易くなるなど利用範囲は広くなるのだ。もちろん交易などに使えばとんでもない利益を生み出すことができる代物である。

 

「良かろう。ただし他のナザリック関係者が使うことを考慮した場所に設置せよ」

「了解した」

「しかしリモートビューイングか。あれ自体もけっこうな数が宝物殿にあったから問題はないが、下賜するということは、それなりの相手なのか?」

「あの者は、デミウルゴス程ではないが、アルベドや私に匹敵するほどの知略の持ち主だ。こと人間の国家運営という点では、ノウハウを含めて我々を凌駕しえるぞ」

「ほう……」

 

 デミウルゴス程ではないが、アルベドやラインハルトに匹敵する知略を持ち、人間国家の運営に知見を持つ存在。そのようなものが、アインズ・ウール・ゴウンの統治を、後押しするのであればなんと心強いことか。さらにそのような存在を敵とせずに済むのなら、味方の被害も抑えることができるだろう。

 

「その者を取り込むのか?」

「そのつもりだ。あの者の望みは愛する者との安寧のみだからな」

「なかなかの人物のようだが、願いは凡庸だな? 先日のお前の部下のように人類の存亡などということはないのだな」

 

 モモンガは、先日ラインハルトが連れてきたアンナの件を思い出していた。その時アンナは自分の総てと引き換えに人類存続を本心から願い出ていたのだ。だからこそ、それほど高い能力を持った存在なら、まるで英雄のような願いでも持っているのかとモモンガは考えたのだった。

 

「あの者は愛する男を籠に捕らえて自分だけのものにしたい。しかし自由に活躍する姿を見るのも捨てがたいという考えでな。我々に匹敵する情報網の一部を愛するものの監視に費やすような愛に生きる女性だ。そのようなものに、ミラー・オブ・リモート・ビューイングを与えれば、きっと喜んでくれるだろう。アルベドならこの心境を理解してもらえるとおもうがどうだ?」

「そうね。女として生まれたからには、愛する人を部屋に監禁して何もかもを奪いたいと考えてしまうもの。なかなか共感できる者のようね」

「ちょ……それ、ストーカーに渡しちゃいけないもの、渡そうとしているよね」

 

 モモンガはラインハルトからミラー・オブ・リモート・ビューイングを与える存在の情報を聞いた結果、触れてはいけないストーカーに二十四時間三百六十五日監視する手段を与えてしまうという事実に戦慄していた。

 

「ん? なにか問題か? 我が半身よ」

「他のものではダメなのか? 主にその愛される男の尊厳的に」

「あの女性がこれ以外に喜びそうなものは、あいにく見当がつかんな」

「わかった。一枚下賜しても良い」

 

 モモンガはそう言うと、名前も知らぬ愛される男に黙祷を捧げた。しかし、もう一つだけ言わなくてはいけないことに気が付いたのだった。

 

「アルベド。お前は職務以外でのミラー・オブ・リモート・ビューイングの使用は禁止な」

「え?」

 

 ナザリック最高支配者と守護者らのコミュニケーションは、まだまだ続く。

 

 

 ******

 

 

 八月三日 早朝 王都

 

 危急の用事ということで、朝から面会を求めてきたセバスから、ガゼフにこのような情報が伝えられた。

 

「貴族派が私兵をあつめております」

 

 

 

 


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