【完結】もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版)   作:taisa01

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第1章 カルネ村の来訪者
第1話


 ナザリック第六層 円形劇場

 

 モモンガ、いや鈴木悟は、人生で最高と言える速度で現状について考えていた。

 人生を掛けたと言っても過言で無いほど熱中したDMMOのゲーム「ユグドラシル」のサービス終了日、気が付けば自分がキャラクターであるモモンガになってしまったこと。NPCがまるで生きているように動いていること。ナザリック地下大墳墓がどこぞに転移したと思われること。すべてがわからないことだらけだった。

 

 現状確認のためにアルベド、デミウルゴス、アウラ、マーレ、コキュートス、シャルティア、セバスといった守護者と設定したNPCの代表とも呼べる者達を、第六層の円形劇場に集め話を聞く事とした。しかし集まった守護者達は傅きモモンガに対して真の意味で忠誠を誓いだしたのだ。社会人をしていれば上司などに敬意を持つこともあるが、忠誠なんてものは別の話を考えていた。社会には、特定の個人や組織に忠誠を誓うものがいるのは知識として知っていた。しかし少なくとも、自分は忠誠を捧げられる存在ではなかった。

 

 だがこのように傅かれればわかる。

 

 この者達は本気で忠誠を捧げていると。

 

 だからこそ鈴木悟は考える。

 

 自分にとってNPCは、仲間であるギルメンの子供のような存在である。今の状況ならいきなり襲いかかることもないことがわかった。しかし、好き勝手を行い、たとえば上位者をして振る舞わず、ここを捨てて逃げ出せばどうか。自分に牙を剥くのか。それとも泣き縋るのか。

 

 アレコレと考えた末、一つの案が思いついた。あまりにも弱腰、さらに自分の恥ずかしい過去をさらけ出すような案だ。だが最悪を想定し、身の安全を確保するためにもこの方法しか思いつかなかった。

 

「すばらしい。すばらしいぞ」

 

 豪華な金の刺繍をあしらった漆黒のローブをまとった骸骨の姿をしたモモンガは、無意識にレベルの低いものが触れれば即死効果をもたらす絶望のオーラを発しながら、忠誠を捧げる守護者達を前に言葉を紡いだ。

 

「そなたたちがいれば、どのようなことも成し遂げることができるだろう。しかし、ナザリック地下大墳墓の転移とおもわしき緊急事態。さらに一手加えるとしよう」

 

 そういうと、モモンガは右手を守護者の前に出し、転移門を発動する。

 

「では行こうか。宝物殿に」

 

 

******

 

 ナザリック地下大墳墓 宝物殿

 

 ここには、アインズ・ウール・ゴウンが集めた数多の財宝が保存されている。入り口近くにはそれこそ、無造作に積み上げられた財宝の山が出来上がっている。もっとも真に価値のあるものは、こんなところにはないのだが。

 

 さて、この宝物殿だが、通常の手段ではここに入ることはできない。それはこの宝物殿は物理的に他の階層と繋がっていないからだ。

 

 ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」が所有するナザリック地下大墳墓は、地下十層を数える巨大拠点である。しかし、防衛上の理由で、転移魔法を制限しているため、普通に移動するととんでもない時間がかかる。その不便を解消するために、転移魔法制限を撤廃するアイテムをギルドメンバーのみが所有していた。それがリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンというギルドエンブレムをあしらった指輪である。

 

 そしてこの指輪こそ、物理的に隔離された宝物殿に入るための唯一の手段となるのだ。このロジックを考えた友人について本当の意味で頭が良く、そして意地が悪いと今でもモモンガは思っている。

 

 モモンガは、守護者達を従え宝物殿の奥へのその歩みをすすめる。しかし黒曜の輝き放つ扉の前で立ち止まり、伸ばした手は扉に触れること無く彷徨う。

 

「いかががなさいましたか、モモンガ様」

 

 扉の前で不意に立ち止まったモモンガの行動に、付き従う守護者を代表しアルベドは静かに問いかける。

 

「いや、私はこの難局を乗り越えるためにここに来た。しかし戸惑っているのだよ」

 

 骸骨であるモモンガの表情を読むことはできない。しかしその言葉の端々ににじませる感情、躊躇や戸惑いを付き従う守護者達は確かに感じることができた。

 

「モモンガ様が戸惑われるほどの何かがここにあるのですか」

 

 右手をその左胸に置き、心配そうな表情を浮かべたアルベドの姿に、モモンガは意を決して告る。

 

「ここには、わたしの 捨て去った過去(黒歴史)がある」

「モモンガ様の過去……」

 

 モモンガの過去。

 

 その言葉に付き従うものは驚きを隠すことができなかった。自分たちが生み出された時から、モモンガは死を超越したオーバーロードであり、装備こそ違えど完成された支配者のそれであったからだ。そのような存在が示唆する過去とはいったいどんなものか。守護者達は刮目せざるをえなかった。

 

 しかし、そこに一石を投じるものがいた。

 

「黄金の獣」

 

 守護者の一人であるシャルティアがポツリとつぶやく。そのつぶやきに守護者は振り返る。

 

「それはどんな意味なのかな。シャルティア」

 

 守護者でありナザリックの知恵者であるデミウルゴスが、シャルティアに質問する。

 

「昔、創造主たるペロロンチーノ様に聞いたことがありんす。宝物殿には黄金の獣がいる。それがどんな意味を持つのかまでは……」

「ほぅ」

 

 シャルティアの言葉に、守護者達は興味を持つ。モモンガ様と同じ至高の御方であるペロロンチーノ様の言葉。どれほどの意味があるのか興味を持たずにはいられなかった。

 

「ゆくぞ」

 

 モモンガもその語源を知っている。そしてその言葉は何を指しているかも正しく理解している。しかし知っているからこそ、言うわけにはいかない。まるで追い立てられるように声を出し、アルベド達の驚きなど気付かぬとばかりに扉を開け放つ。

 

 

******

 

 

 そこには第九層の応接間にも劣らぬ荘厳な装飾が施されていた。シャンデリアの明かりは部屋を優しく包み、ここが地下であることを忘れさせる。

 

 しかしその荘厳さなど、比べ物にならないものが部屋の中央に存在していた。

 

 そう。

 

 そこには黄金があった。

 

「久しいな。卿がここに来るのは、どれほどぶりであろうか」

 

 黄金の髪。

 黒い軍服に包まれたその体は黄金比の象徴。

 部屋の中央。無造作に置かれた応接用のソファーに座る姿は、数多のものが傅く玉座に座る王の姿を幻視させた。

 

「おまえ……。いや、あなたは」

 

 なにより、その者が放つ黄金のオーラは、先ほど見せた至高の主たるモモンガに通じる支配者のもの。

 アルベドは、主に対する不遜な物言いを咎めようとしたが、男の纏う黄金の覇気に言葉を変えた。いや変えざるをえなかった。

 

「卿がアルベドか。名前こそ知っているがまみえるのは初めてであったな」

 

 男はその黄金の瞳をアルベドに向ける。

 その瞳はどこまでも澄んでおり、慈愛に満ていた。

 

「私はラインハルト・ハイドリヒ。しかし卿らには、パンドラズ・アクターと言ったほうが良いかな」

 

 パンドラズ・アクター。

 ナザリックに残る最後の至高の御方。ナザリック最高支配者たるモモンガ様、自らが創造した唯一の存在であり、ナザリック地下大墳墓宝物殿そしてナザリックにおける財政面の管理者。

 

「お前も……。元気そうだな」

 

 モモンガ。いや鈴木悟は日本人であり一般的な黒髪・黒瞳であった。だからこそ金髪や白人に特有の憧れがあった。そしてパンドラズ・アクターに存分に反映されたのである。

 黒い軍服。映画スターのような体躯。黄金の髪に瞳。畏怖と絶望を乗せた黄金のオーラ。どんな時も自信に満ちた唯我独尊の姿。パンドラズ・アクターという名前がありながら、ラインハルト・ハイドリヒというもう一つの名を名乗ること。

 その全てが、モモンガの何かを削っていく。

 

「うむ。卿も壮健でなにより。ところで今回はどうしたのかな。見目麗しいフロイラインや紳士をつれて」

 

 アルベドやシャルティアは、フロイライン(お嬢様)と言われたことに対し、普段であればその職務を貶されたと感じたであろう。しかし、モモンガと似た覇気の前になぜか咎めることができなかった。

 

「いまナザリックは未曾有の事態に直面している。そこでお前の力を使うこととした」

「ふむ」

 

 どこか疲れた雰囲気を醸し出すモモンガは要件を伝えると、ラインハルトは足を組み換え右手を軽く形の良い顎に添え一言応える。その姿はさながら名画のようであった。

 

「未曾有の事態だからこそ、必要に応じて陣頭に立てと」

 

 そういうとラインハルトは静かに立ち上がった。守護者達もラインハルト・ハイドリヒが立ち上がる瞬間まで認識することができた。しかし、気がついた時にはそこに主であるモモンガ様が二人向い合って立っていたのだ。

 

「よかろう、我が半身よ。この身、この技をもって卿の大計を実現してみせよう」

 

 一人は静かに佇み、もう一人は大きく両手を広げこう宣言した。その際、先ほど円形劇場で見せた絶望のオーラすら発してだ。

 

 その姿に守護者達はどちらがモモンガなのか見破ることができなかった。もちろん最初に立っていた位置がわかるのだから、どちらが本物かわかる。しかし、それ以外の方法で、この擬態を見破ることができなかったことに戦慄する。

 

 それは軽いデモンストレーションだったのだろう。手を広げたモモンガの姿はいつの間にか、もとのラインハルト・ハイドリヒの姿に戻った。

 

 モモンガはその尊大で中二病の塊のような言動に、無い眉をひそめる。

 

 しかしアルベドの思考は違っていた。

 

 強烈な黄金の覇気。支配者のみが持ち得るカリスマ。愛するモモンガをその細部にいたるまで完璧に演じることが可能な存在。なによりモモンガ様はここに過去(・・)があるとおっしゃった。

 

 その時、アルベドの脳裏には天啓にもにたナニかが舞い降りた。

 

「ああ、モモンガ様は生まれながらの覇者であったのですね。パンドラズ・アクターのお姿はオーバーロードとして君臨される前、モモンガ様の捨てさった在りし日の姿であると」

 

 アルベドは、まるですべての謎が解けたような表情で言い放つ。

 

「なるほど」

「これほどの者が存在するなら、今後の戦略の幅は大きく広がる。さすがはモモンガ様。なんという慧眼」

「えっ」

 

 答えを得たと納得し、口々に賞賛する守護者達。

 そして困惑するモモンガは、一人どこかに置いていかれた心境に陥ったのであった。

 

 

******

 

 結局、モモンガはパンドラズ・アクターの姿が自分の昔の姿であるという誤解を解くことをあきらめた。誤解を解く過程で何の姿かと問われた時、厨二病全開の妄想と言うわけにもいかない。なによりシャルティアが黄金の獣というキーワードまで知っており、過去のエロゲーのキャラに酷似というか、影響を受けまくっているなどと言えば、どんな化学反応を示すか予想すらつかなかったからだ。この時ほど、シャルティアの知識の元である親友ペロロンチーノに殺意を覚えたことはないモモンガであった。

 

 そのため、今後の方針のみを話し合うにとどまった。

 

「私は外の調査を行う。そして必要に応じて我が半身の影武者となり補佐をする」

「ああ、私はナザリックに留まり、事態の収拾を最優先とするからな」

「調査方法は一任ということで良いのかな」

「かまわない。必要であれば、他のものとも協力せよ。報告は定期的にな」

「理解した。我が半身よ」

 

 モモンガの考えは、まずパンドラズ・アクター以外の守護者とコミュニケーションを取り、信頼関係を築くというものであった。その意味では、自分の黒歴史とはいえ、創造主などの要素も加えて、他の守護者よりも信頼?をしているのだ。

 

 そしてその考えは間違ってはいない。不足の事態だからこそ、関係者とのコミュニケーションは、トップに求められる要素であるからだ。

 

 また最低な案もある。パンドラズ・アクターが外に出る際、移動の都合で持たせている守護者がもつ唯一のリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを回収する。もし守護者が離反したとしても、自分以外誰も入ることのできない宝物殿が避難場所の役割を果たすからだ。

 

 しかし、会社という組織において下っ端担当だった人間が、いきなり財閥系組織の会長に就任したような状態なのだ。自分が何ができるのか、まわりの信頼は真実か。すべてが数時間も立っていない状態なのだから致し方無い。少なくとも、コミュニケーションで状況を打開するための方針を決めただけでも、上々の判断といえるだろう。

 

 しかしそんな状況のモモンガに、黄金の獣と称された男はこう提案したのだ。

 

「では、一つ提案だが良いかな」

「なんだ」

「全員で一度外に出て、この世界を見てみようではないか」

 

 その大胆な提案に、モモンガのみならず守護者も驚く。

 

「まだ安全の確認も取れていないのに、そんな危険を犯す必要がどこにあるの」

 

 アルベドが冷淡な声で反論する。そして、その意見に反論はでない。デミウルゴスをはじめ多くのものが同じように考えているのだから。

 

「なにを怖気づく必要がある。守護者全員でお守りすれば良いのだよ。なにより我が半身の覇道をしらしめる世界だ。気になるだろう」

「たしかに……」

 

 先ほど、セバスの報告でナザリックの外はユグドラシル時代のエネミー溢れる危険な沼地ではなく、エネミーも居ない安全な草原というのだ。

 

 NPCが動き出した不思議な世界。この自分の理解が及ばぬ世界であれば、リアルのような荒廃する前の自然を見ることができるのではないか?

 

 そのような予感に、しばし考えたモモンガは守護者に告げる。

 

「そうだな、一度見ることとしようか。なによりこれから進出する世界だ」

「モモンガ様の決定であるならば……」

 

 モモンガの決定ということで守護者は引き下がる。先ほどの会話で、なにもずっと外に出るわけではないのだ。一時的に出るなら守りようもある。そんな考えから全員が受け入れたのだった。

 

「では行くとしようか」

 

 モモンガは、ナザリックの最上層に繋がるゲートを開く。そしてモモンガに続き次々とくぐり抜ける。

 

 くぐり抜けた先は、栄光あるナザリック地下大墳墓の入り口にふさわしい門や城塞が覆っている内側。その上にはユグドラシルで作られた申し訳程度に星を配した空ではなく……。

 

 モモンガは何も言わず、何かに急き立てられるようにフライを唱え夜空に飛び上がる。そして守護者たちも、それぞれ翼や魔法、乗騎を呼び出し空に舞い上がる。

 

「美しい」

 

 高度にして千メートル。

 

 飛び上がったモモンガの足元には、草原や原生林、遠くには山々や海が広がる。月と星の明かりしか無いにもかかわらず、十分に明るく自然の豊かさを感じることができる。

 

 見上げた空には、透き通る大気と満天の星空が広がる。そのどこまでも続く空は、モモンガのかつての仲間であるブループラネットが追い求めたものであった。このような夜空を思い描き、ブループラネットが生み出したナザリック第六層の夜空も素晴らしい出来である。しかし本物を見たモモンガは、作られた美しさと、自然の美しさの違いを初めて理解することができた。

 

 なにより、これらの自然は鈴木悟が生きるリアル世界では、すでに失われたものだ。大気は汚染され生身で呼吸しようものなら死に至る。海は腐敗し、空は紫に変色して星など見ることさえできない。

 

 視界に広がる光景が、肌にふれる大気が、嗅覚を刺激する大気の香りが。

 

 モモンガの五感の全てが現実であること、そして未知の世界であることを告げて居るのだ。

 

「まるで宝石箱のようだ」

「この世界が美しいのは、モモンガ様の身をかざるための宝石をやどしているからかと」

「たしかにそうかもしれないな。私がこの地に来たのも、この誰も手にしていない宝石箱を手に。いや一人で独占すべきではないな。ナザリックと我が友たちアインズ・ウール・ゴウンを飾るものかもしれないな」

「お望みとあらば、ナザリック全軍をもって手に入れて参ります」

「ふふ、どのような敵がいるかもわからぬうちにか……しかし」

 

 モモンガの言葉に、デミウルゴスが本気で応える。もっともモモンガは冗談ととったが。

 

「しかし、世界征服なんてのもおもしろいかもしれないな」

 

 この言葉に守護者は息を飲む。守護者たちも、モモンガが冗談で言ったと言うぐらい分かっている。しかしアインズ・ウール・ゴウンは、至高の41人の知恵と実力でユグドラシルにおいて最強の一角となった存在。

 

 だからこそ、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の最高権力者にしてギルドマスターであるモモンガの言葉は、冗談であっても意味がある。

 

 可能ならこの世界を征服する。

 

 それこそ、世界に対する挑戦の意志……と。 

 

「それが卿の望みなら、我が、我ら守護者が、ナザリックの総軍が叶えよう」

「ふふ、冗談がすぎるな」

 

 しかしこの夜の空を、忘れるものはいないだろう。

 ナザリック至高の存在が、世界を目指した日。

 その千金にまさる輝く言葉に、守護者は新たな目標として胸にいだくことができたのだから。

 




だいたいペロロンチーノのせい……。

こいつがエロゲをモモンガ様に貸さなければ、パンドラズ・アクターが獣殿になることはなかっただろう。

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