【キツネの時間】   作:KUIR

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【11】 特別棟の道

 

 とはいえ答え合わせなどどうすれば良いのだろうか。

 戸塚と本屋に行った翌日、自転車を学校に停めながら考えた。

 

 マラソン大会まで、ひいては進路提出の日まではあと数日、いよいよ三浦からの依頼をなんとかする目途も立てねばならない。そもそも俺のトラウマについて考えている暇もなかったのではなかろうか。

 しかし使ってしまった時間を嘆いても仕方がない。答え合わせも俺にとっては重要だが、三浦の依頼は時間制限付きだ。両方ともその方法に目途が立っていない以上優先するべきは依頼の方であることは間違いがない。とりあえずはそちらをなんとかすることにしよう。

 

 あーでもないこーでもない、とうなりながら駐輪場を出たところで、目の前を青いポニーテールが横切った。

 あれだ、名前に川がつく人だ。思い出すのもめんどいからこれから川さんでいいな。よし、OK。

 先を行く川さんに続くも、声はかけなくても良い気がするのでそのままついていく。傍から見ると目の腐った不審者が女子高生の後をつけているようにしか見えないが、目的地が一緒でありかつ話しかけても話すことがないから仕方なさしかない。

 それより三浦の依頼の方だよな、葉山の思考を追う方法も、材料がそろそろ頭打ちな気もするし、かといって他の人間から聞こうにもあの葉山がそれを話してることはないんだろうし……。あと知ってる可能性があるとしたら葉山の親くらいなもんだが、それはちょっとなあ。そういや陽乃さんは雪ノ下ならわかるとか言ってたけど結局本人にはそんなそぶりもない。

 

「ねえ、ちょっと」

「あん?」

 

 依頼について考えていたら前を行く川さんがこちらを振り返って声をかけてきた。

 え、話すこと……あるの? ないよね?

 川さんは変なものを見る目でこちらを見ている。

 

「後ろでぶつぶつうるさいの、やめてくれる?」

 

 先ほどまでの思案が口に出ていたようで、辛辣な物言いを食らってしまった。ここまで直接的に言われたのはけっこう久しぶりかもしれない。なんせ教室ではステルス機能全開だからな! 久しぶりなだけにダメージ量もまあまあでかい。

 

「すまん、口に出してるつもりはなかったんだが」

 

 と言うと、川さんはふぅんと興味なさげに前を向き、すたすたと歩き始めた。ですよね、やっぱり他に話すことないですよね、話しかけなくて良かった。

 俺も歩き出そうと足を動かすと、こちらを向かないまま川さんがぼそっとつぶやいた。

 

「なんか、悩んでることあるなら、誰かに相談すれば」

 

 気遣ってくれたのか、不意の発言に目を丸くする。青いポニーテールは言葉面と同じく無愛想に揺れていた。

 そんな面もあったとは。川さん……。

 

「川さん……」

「は?」

 

 あ、口に出てた。そういや前にさーちゃんって名前を口にした時怒ってたから、本名以外で呼ばれるのを嫌がるのかもしれない。いやでも海老名さんにはサキサキって呼ばれてるしけーちゃんにはさーちゃんって呼ばれてるし……。そもそも本名でしか呼んではいけないなら俺はこいつのことを絶対に呼べなくなるな。なにせ名前を思い出せないんだから。

 そういえば彼女に意外と優しい面があることは、以前からわかっていたことだ。弟の川崎大志と妹のけーちゃんを見れば、彼女のそういうところが川崎家では全面に出ていることが容易に想像できる。ああそうだこいつの名前川崎だ。

 

「いや待て俺のクラスでの様子知ってるだろ、相談できるやつなんていないんだが」

「や、別にクラスに限るとは言ってないけど……。同じ部活の二人とか、平塚先生とか」

 

 確かに俺の個人的な悩みならそれでも良いかもしれないが、雪ノ下と由比ヶ浜についてはもう依頼のことは知っているし、葉山の個人情報を教師側の平塚先生から聞くわけにもいかない。ていうか教えんぞとまで言われたし。

 しかし川崎にまで依頼のことを説明する気はないし、どう答えたものか考えていると、周囲に生徒が少なくなっていることに気付く。それを見てか川崎は言った。

 

「あ、もう予鈴鳴る時間だよ」

「え、まじ?」

 

 考え事をしながらだったせいか、いつもよりゆっくり登校してしまっていたようだ。ていうか、なんでそんな余裕あるんだこいつは。

 小走りになりながら昇降口をくぐり抜ける。

 

「お前、もっと時間なさそうに歩けよなっ」

「はあ、なんで?」

「ぼっちは目立たないように生活するのが鉄則だろ!」

 

 ぼっちが持つステルス機能は重要な生命維持機能だ。それを失ったぼっちはリア充共の視線攻撃によってほろびる定めである。だが予鈴後に扉を開けて教室に入るような目立つ行為などしようものなら、この機能は容易に剥がれ落ちる。撃って良いのは撃たれる覚悟があるものだけだと言う言葉は有名だが、ぼっちは撃ち返す術がないのでリア充共は撃ち放題である。それただの虐殺じゃねえか……。

 

「意味わかんないんだけど……」

 

 意味わかれよお前もぼっちだろ、という言葉は出かかってせき止めた。こんな場所で喧嘩を売ってる場合ではない、早く辿りつかなければあの教室は「なんだあの遅刻してきたやつあんなのこのクラスにいたか」という視線で針のむしろとなるのだから。

 

 それにしても、相談か。と、ようやく辿りついた教室の扉を開けると、偶然、三浦の横にいる由比ヶ浜と目が合った。

 彼女は小さく手を振って、おはよう、と挨拶してくる。が、教室内でトップカーストの連中と挨拶を、それも扉の前という目立つ場所でぼっちがするわけにもいかず、目線だけで彼女に挨拶を返す。

 その意図を汲んでくれてか、彼女は満足そうに微笑んで三浦や海老名さんとの談笑に戻った。

 

 朝のHRの予鈴が鳴った。

 

 

 放課後を告げる予鈴が鳴った。

 

 HRを終え、クラスの生徒たちは鞄をつかみ、それぞれの部活や家に向かうために立ち上がる。俺も家に向かいてえ……。そして休日を迎えるまで家にいたい。もちろん休日は家から出ない。

 が、今日もこのあと部活である。特別棟に向かうために立ち上がりつつ、由比ヶ浜に視線をやると、葉山や三浦と話している彼女もこちらに気が付いた。

 

 あの調子だと、少しすれば来るだろう、と教室を出て、少し離れたところで待機する。

 それにしても相変わらず葉山には付け入る隙がない。タイミングをうかがい続けてもそもそも一人になる時間がない。なんなら一人になる時間があっても作戦もないので何も聞き出せない。永遠に0(何もかもが)。

 

 と、そんなことを考えていると由比ヶ浜がやってきた。

 

「おまたせ」

 

 おう、と小さく返事をして特別棟に向けて歩き始める。

 由比ヶ浜の方では何か収穫はあったりしたのかしら。

 

「どうだ、葉山のこと何かわかったりは」

「ぜんぜんだよー。隼人くん、その話題にならないように誘導するし、なっても絶対話してくれそうにないし」

 

 辟易したような表情で由比ヶ浜が話す。やはり徹底しているなー。葉山なら話題の誘導くらいお手の物だろうし、戸部あたりの反応も利用すればATフィールドばりの防御力を発揮しそう。

 しかしここまで徹底しているとなると付け入る隙はない。俺から聞きこまれたこともあってきっとちょっとした情報も出さないように気を配っているだろうし、やはり本人から何か得ることは期待できそうにない。

 

「やっぱ今までのやり方だとちょっと苦しいかもなあ。少し考え直す必要がありそうだな」

「そうだね、今日ゆきのんとも話してみようよ」

 

 一人で考えるつもりだった俺の脳裏に、相談すれば、と言った今朝の川崎の言葉が蘇る。

 確かに、三人で考えるのもきっと悪くない。 

 

 

 廊下を歩いている途中、ところで、と由比ヶ浜が切り出した。

 

「なんだよ」

 

 いつも通りに聞き返した。言い出したはずの由比ヶ浜は一瞬こちらを見つめて、

 

「ヒッキーさ」

 

 とだけ言って口ごもる。

 なんだろう……そんなに言いにくいことなのだろうか。あ、もしかして背中に値札とかつけられてる? いるんだよなーそういう気付かれないうちにシールとか貼り付けるのが面白いとか思ってるやつ。298円とかの値段が俺につけられたところで買うやつなんてどこにもいねえだろ。

 由比ヶ浜は下を向いていたが、ぱっとこちらを見上げた。

 

「いいや、なんでもない」

 

 にっと笑う。おお……そんなに面白いことでもあったんだろうか。

 たたっと由比ヶ浜は小走りに先を行く。俺はその後を追って奉仕部へと向かっていった。

 


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