もしジュリウスに転生者の姉がいたら 作:ジョナサン・バースト
アラガミの登場によって、世界は存亡の危機に瀕している。
そんな世界の存続を担っているのが、神機を開発し、アラガミと戦える存在――ゴッドイーターという存在を生み出した巨大組織『フェンリル』。
フェンリルはフィンランドに本部を置く他、極東、ロシアなど世界中に支部を配置し、アラガミの脅威に対抗している。
ヴィスコンティ家は貴族の名家にして代々資産家であり、世界が崩壊して尚、莫大な資産を持つヴィスコンティ家は、世界に貢献するためフェンリルに多大な投資を行っていた。
そんなフェンリルの投資家たちによる総会が開かれたのが2061年の6月頃。ヴィスコンティ家も当然ながら、その総会に参加することになる。
――留守を頼んだぞ、ジュリアナ。
――ジュリウスのこと、しっかり頼むわね。
――はい、わかりました。
親と娘の、何気ないやり取り。
まさかそのやり取りが最後のやり取りになるとは、ジュリアナを含め誰も思っていなかった。
フェンリル本部に向かう道中のアラガミの襲撃。
無論、この世の中では道中にアラガミに襲われることなど日常茶飯事である。
だが、仮にアラガミに襲撃されたとしても大丈夫なように、道中にはゴッドイーターが同行していた。
貴族という高い地位にいるヴィスコンティ家のその護衛には確かな腕を持つ、歴戦のゴッドイーターが配属された。
それでも死ぬ時は死ぬ。いくら資産を持っていようが、凄腕のゴッドイーターが同行しようが、呆気なく。
それが今のこの世界の非情な現実だ。
親を、そして当主を失ったヴィスコンティ家には金の亡者が群がった。
何が起こるかわからないこのご時世、二人の親は万が一、自分たちの身に何か起きても大丈夫なように遺言書を遺していたが……国の機能ですら崩壊しているこのご時世、遺産相続が記されたその遺言書は何者かの手によって、誰の目に触れられることなくもみ消しにされた。
人間と言う生物は、アラガミという脅威が現れても何も変わらない。
貪り喰う。人の弱みに土足で踏み込む。根本的な所は何もアラガミと変わらない。
親と、そして愛する姉と過ごした家も、姉に読んでもらって以来、大好きになった本も……その全てを奪われた。
ジュリウスに取ってショックだったのは、親族の一人が言ったある台詞だ。
――ジュリアナは引き取ってもいいけど、
周囲から『天才』と称され、将来性が高いジュリアナを引き取るメリットはあるだろう。
だが、ジュリウスには引き取るメリットが無い。たしかにジュリウスも日頃から親の英才教育を受け、普通の子供と比べたら優秀ではあるが……天才ではない。あくまでも周りより少しできる程度のただの子供の範疇をでないのだ。
思わずジュリウスは隣に座る姉の姿を見た。
まさか、姉さんと離れ離れにならないといけないのか――そう思うと恐怖で手が震えた。
離れたくない。本とかおもちゃとか、そんなのは全部あげる。でも姉さんとだけは――。
すると今まで能面のような無表情で、醜い争いを繰り広げる親族を見据えていたジュリアナが、底冷えするような声音で言ったのだ。
――べらべらべらべら……さっきから黙って聞いていれば、やかましいのですけれど。
普段の穏やかで、上品な姉の言葉とは思えなく、思わずジュリウスは立ち上がった姉の姿を二度見した。
ヴィスコンティ家遺産の醜い争奪戦を繰り広げていた親族も、驚いたようにジュリアナを見つめた。
皆の視線を一手に集めながらもジュリアナは静かに言葉を続ける。
――そんなに欲しいのでしたら、家も金も全部差し上げましょう。ジュリウスを引き取らないならそれも結構。それでしたら私もあなた方のモノにはならないだけなので。
そんなジュリアナの台詞に親族の一人が慌てたようにねこな声で言葉を発する。
――ま、待って、ジュリアナちゃん。今のは……今のはそう、軽い冗談なのよ。ジュリウスちゃんもちゃんと引き取ってあげるから……。
欲深き親族は忘れてはいなかった。目の前のこの少女が前日、ジェフサ・クラウディウスという男の進める次世代のオラクル技術を担うであろう研究に明確なアドバイスを与えた一件を。
この少女は本当に利用価値がある。天才と称されるその頭脳も、そして幼いながらも人を惹きつけてやまない魅惑的なその容姿も。
この少女を獲得できるなら……面倒だがたった一人の
そして空間に蔓延するその歪んだ考えは否応なしにジュリウスにも伝わってしまう。
――ボクさえいなければ……。
ジュリウスは独り項垂れた。
ジュリアナ一人であるならば、引く手数多で、きっと何事もなくスムーズに事が進んだであろう。
自分の存在が足かせになっている。その事実に、ジュリウスは耐えられなかった。
ボクのことはいいから――そう口を開こうとした時、ジュリアナの言葉が遮った。
――黙れ。
そのあまりに威圧的で暴力的な響きにビクン! とジュリウスは身を竦ませた。
その言葉に親族たちもひっ、と脅えたように一斉に息を飲み込む。
……。
殺意が宿っていた。
ジュリアナの、その琥珀色の双眸に明確な殺意が。
これ以上、余計な口を開いたら、殺す。
その瞳は冷酷にそう告げていた――。
「ね、ねえさ――」
ジュリウスがしどろもどろ言葉を発しようとしたその時、不意にとてつもなく甘い、花の香りがジュリウスを優しく包み込んだ。
見ると、そこにはジュリウスをその身にしっかりと抱き寄せたジュリアナの姿が。
「ジュリウス……」
聴内に直接、ゆっくりと響き渡るジュリアナの吐息。
「あなたには私がいる。……私がいるから……」
「……」
嬉しいはずなのに、悲しいのはいったいなぜなのだろう。
守られている。誰よりも守りたい、大切な存在であるはずのジュリアナに、自分が守られてしまっている。
自分は足手まといでしかなれない。
その現実が何よりも辛く……苦しかった。
「うぐっ……ひぐっ……」
ジュリウスは嘆いた。
姉に守られることしかできない、己の力の無力さ加減を。
泣いてしまっては強くなることはできないのに、溢れ出る涙を止めることができない。
「大丈夫……大丈夫だから……」
そんなジュリウスの想いに、ジュリアナは気づくことができない。
ジュリアナはジュリウスのお姉さんであり、姉であるなら弟を守るのは当然のことだと、そう思っていたのだから。
ジュリアナからしてみれば、この涙は自分に抱きしめられたが故に心が緩んで安心したから流れたものだと思っており、まさか弟のこの涙が自分の力の無さに絶望したが故の涙だとは思いもしていなかった。
――強くなる。ボク、いつか絶対、姉さんを守れるくらい強くなってみせるから……。
――守ってみせる。この弟だけは絶対に、幸せにしてみせる……。
それぞれ異なる誓いを胸に姉は泣く弟をあやし、弟は姉の腕の中で涙を流す。
この後、二人は親族たちの手によって、ヴィスコンティ家と親交のあったクラウディウス家の運営するフェンリル直轄の児童養護施設『マグノリア=コンパス』に入れられた。
少し急な展開かもしれませんが、ストーリーを先に進めるためにあえてそうしました。
日常的な話は番外編のようなもので書いていきたいと思います。
次回から舞台はマグノリア=コンパスに移る予定です。