もしジュリウスに転生者の姉がいたら   作:ジョナサン・バースト

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 前回の日記より時間が飛びます。


ジュリアナ・ヴィスコンティの日記 その2

 4月3日 曇り

 

 家の大広間で本を読んでいたら、いつものように弟のジュリウスが絵本を持ってやって来た。

 じっとこちらを見つめて来ているのは、最初から分かっていたが、あえて気が付かない振りをした。いや、「姉さん」って呼ばれたいんですよ、私は。

 やがてジュリウスは静かに私の名前を呼ぶと、準備していた私は即座に顔を上げて「なぁに」と返事をする。

 ジュリウスに姉さんと呼ばれると未だ、顔がほころんでしまう。

 ジュリウスは生まれてから結構早い段階でもう言葉を話せるようになっていたが、初めて話した言葉は「パパ」や「ママ」でも無く、「ねえちゃ」だったのだ。

 つまり呼ばれたのは両親を差し置いてこの私。つまり選ばれたのは両親では無くこの私。

 初めて姉さんと呼ばれたときの興奮は今でも覚えている。もう言葉では言い表せないくらい嬉しかった。

 以来、事あるごとに私はジュリウスから「姉さん」と呼ばれるように色々と差し向けているが……やはりうん、「姉さん」と呼ばれるのはいいものだ。前世では弟なんていなかったから、くすぐったい感覚もあるが。

 ひたすらジュリウスの傍で「お姉さんって言って御覧?」と話しかけ続けた甲斐があったものだ。決して暗示ではないことをここに明記しておく。

 

 今日、ジュリウスに読んであげたのは驚くことなかれ、あの『桃太郎』だった。

 桃太郎は極東地域――私が生きていた時代の日本に存在していた童話で、当然ながら私も前世の子供の頃に読んだことがあった。

 「ねぇ、どうして桃から人が生まれるんだ?」とジュリウスから質問された時は衝撃を受けた。そういえばなぜなのだろうか。どうすれば桃から人が生まれるのか、よくよく考えると当然の疑問だ。

 いったいどうやって――いや、そもそもいったい誰が、何のために桃の中に赤ん坊を入れたのか。赤ん坊は鬼ヶ島の鬼を討伐するために何者かに遣わされた存在なのだとして、いったいなぜ桃なんだ? 桃太郎をおじいさん、おばあさんの元に遣わす手段としてなぜ桃を選んだんだ? そもそも――(以下、桃太郎に関する記述がしばらく続くので省略)――色々書いてしまったが、とにかく子供(ジュリウス)の柔軟な発想力には驚かされるばかりだ。流石は私の弟。

 

 そうそう、それで私は思わず「……前世では思ってもみなかったけど、『桃太郎』って、意外と謎に満ちた侮れない作品ね……」と言ってしまったんだ。

 案の定、ジュリウスは何と言ったのか聞き返してきたが、流石に私に前世の記憶があると言うわけにもいかない。いや、別に言っても問題ないのかもしれないが、前世の記憶があると知られて、周りの反応が変わるかもしれないことが怖いのだ。

 もはやあまり男であったことに未練はないが……それでも私の精神が元・男であったことが知られたら、ジュリウスには気持ち悪がられるかもしれない。それだけは嫌だ。私はジュリウスの自慢できるような恰好のいい姉であり続けたかった。

 だから私はなんでもないのと首を横に振って誤魔化そうとしたのだが、その時のジュリウスのショックを受けたような顔が見ていられなかった。

 ジュリウスが私に好意を寄せてくれているという自覚はある。毎日、傍にすり寄ってきて、甘えてくるのだから、たとえわかりたくなくてもわかってしまえるだろう。だからこそ愛する姉が何かを言ったのに、それをはぐらかされるのは、それだけで不安になるのもわかる。

 幼いながらもその綺麗な顔が悲しみで歪むのは見たくなかった。だから私はジュリウスのことをしっかり抱きしめた。

 優しく抱きしめて、可能な限り、呟いたありのままの言葉を教える。ジュリウスの些細な疑問に衝撃を受けたのは事実であるし、前世のことなど少し言わなかった部分もあるが……正直にジュリウスに話した。

 ありのまま全てを話してあげることはできないということには罪悪感を抱かずにはいられなかったが、それでも幼いジュリウスは安心したように笑ってくれるのだから、やはりこれでいいのだと思う。

 たとえどのような事になろうとも、その笑顔だけは絶ちたくない。

 

 私にとってジュリウスは初めての弟で、大切な弟なのだから。

 

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 5月11日 曇り

 

 今日もいつものようにジュリウスに本を読んであげて、ジュリウスをお風呂にいれてあげて、夜寝る時はジュリウスが寝付くまで傍にいてあげた。

 そうそう風呂で思い出したんだが、ジュリウスの(自主規制)ってまだ小さいんだよね。小さく可愛らしいぞうさんって感じで。思わずぴんぴん指先で弾いていたずらしたくなった。……自分で書いといて変態か、私は。

 ちなみに前世の私の(自主規制)は大人になっても小さいぞうさんのままだった。か、悲しくなんかないやい!

 

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 5月26日 曇り

 

 今日は家にジェフサ・クラウディウスという一人の男がやって来た。クラウディウス家はヴィスコンティ家に並ぶ貴族の名家でお父様曰く、昔からそれなりに親交があったらしい。

 それでこの度、どうしてこのような場所にやって来たのか気になったが、驚いたことにジェフサさんがこの屋敷にやって来た理由は私にあったのだ。

 どうやらジェフサさんも『天才』と呼ばれる(これはあまり自分では書きたくないのだが)私の噂を聞いていたらしく、自分が進めている研究について意見を聞きたく、遠路はるばるやってきたのだそうだ。

 その研究内容は『オラクル細胞制御機構』というもの。

 それはアラガミと戦う者たち――ここ最近、世界中のフェンリル支部に配属され始めた『ゴッドイーター』と呼ばれる者たちが扱う神機とはまた異なるアプローチで、オラクル細胞を制御するシステムを開発するとのこと。

 ちなみにゴットイーターが扱う神機は『アーテフィシャルCNS』と呼ばれる長ったらしい名前の人為的に作られたコアを元に作られており、そのコアと偏食因子を投与された人間が適合することによって、神機が扱えるようになるらしい。

 しかしそれだと偏食因子とそのコアに適合する人間にしか神機が扱えず、つまりは限られた人間しか戦うことができない。

 

 ――私はそんな現状を変えたいのだよ。

 

 ジェフサさんはそう言っていた。限られた一部の人間だけが戦いの責任を負い、傷つかなければならないこの現状を変えたいと。

 

 ――愛する者を守るためにも……だから君の力を貸してくれないか?

 

 ジェフサさんはそう言ってきたが、あくまで私は精神が他の子どもより早く成熟しているだけなのだから、ジェフサさんが思っているような天才なんかではない。

 だから「自分に言えることなんて何もありません。力になれることなんてなにも……」と、ジェフサさんにはそう言おうと思っていたのだが、愛する者を守りたいと告げたその言葉に心を打たれた。

 愛する者。それは今の私にとっての父上や母上、そしてジュリウスだ。

 もちろん私には前世にも愛していた親はいた。だからと言って今の家族が本物の家族じゃないとか、そんなことを言う気は微塵たりともない。

 私が再びこの世に生を受けてもう七年あまり、ずっと一緒に暮らしてきたのだ。ジュリウスも……前世の両親もみんな含めて私の大切な家族だ。

 このジェフサさんにも二人の娘がいる。大切な人を守りたいという想いはきっと誰もが思う大切な想いだと思うから。

 力になれなくてもいいから力になりたいと思った。

 だから結局私は無い知恵を振り絞って、可能な限りの案をジェフサさんに提案した。と言っても大したものではない。前にも書いたが、ジェフサさんは神機とは全く異なるアプローチでオラクル細胞を制御することを考えていたのだが、ではどのように制御するのかという段階で手詰まっていた。

 だから私は無から有を生み出すのは容易ではないと答えた。既存の技術――この場合は神機の技術を応用させ、そこから徐々にオリジナルに発展させていけばいいと。

 苦し紛れの見るからに誰にでも言うことができそうな凡人じみた提案だ。こんな提案しかできなくて申し訳ありませんと謝ると、呆けた様に私を見ていたジェフサさんは「そんなことはない」とにっこりと笑ってくれた。

 

 ――君の言葉のお蔭でようやく研究の方向性が定まったよ。ありがとう。

 

 きっとジェフサさんは身体は子供の私に気を使ってくれたのだろう。これで私の身体が精神年齢に相応しい大人の身体だったら、「天才と聞いていたのにこんな提案しかできんのか」とけなされたに違いない。

 とにかく今日、私は自分の力の無さを思い知らされた。これからはもっと勉学に励み、本物の実力をつけていかないと。

 ジェフサさんの言葉を借りるならそう、「人類の未来に奉仕する――それが富める者の義務(ノブレス・オブリージュ)」。

 私も貴族の名家ヴィスコンティ家の長女として、今自分の置かれた立場を最大限に利用して、ジェフサさんのノブレス・オブリージュ精神で頑張っていくことにしよう。

 

 

 追記:今日は一日、ジェフサさんと語り合ってしまったので、ジュリウスの相手をしてあげられなかった。

 姉さん……ボクのことが嫌いになったの? と涙目になって言われた時はもういろんな意味で死にたくなった。罪深いことだが、涙目のジュリウスも可愛かった。

 つい、この前の日記に「ジュリウスの笑顔は絶ちたくない」的なこと書いたばかりだというのに、私って奴は~!!!(語尾に近づくに連れて、文字が荒々しく書き殴ったようになっている)

 

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 6月2日 曇り

 

 今日からお父様とお母様がフェンリルの本部で開催される総会に出席するため、家を留守にする。アラガミや天候の都合もあるが、一週間もすれば帰ってくるとのこと。

 つまり、一週間は(無論、使用人はいるが)ジュリウスと二人っきりという訳で……。(ここで日記はなぜか途切れている)

 


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