もしジュリウスに転生者の姉がいたら   作:ジョナサン・バースト

1 / 5
 ジュリウスに姉がいたらどうなるか、勢いのまま書いてみた。
 以上。



ジュリアナ・ヴィスコンティの日記 その1

 5月8日 曇り 

 

 今日から日記をつけていこうと思う。自分の置かれた状況を整理するためにも、何か紙に書くという行為は最適だと思うから。

 と言っても俺は几帳面な性格ではないから、毎日、書くつもりもない。気が向いたらという奴だ。

 ちなみにこの日記は鍵付きだ。万が一、親にみられるようなことがあれば、色々と面倒だからな。

 

 いきなりの書き出しで何であるが、しがない平凡な家庭に生まれた俺は、ある日、何の前触れもなく信号無視をしたトラックに轢かれて呆気なく、その二十年にも満たない短い人生に幕を閉じた。

 そんな俺の人生を≪第一の人生≫と表現するのなら、今俺が生きている人生は≪第二の人生≫ということになる。

 俺の第二の誕生日は2052年1月17日。俺が本来生きていた時代からさらに数十年経った未来のその日だった。

 死んだと思ったらいきなり赤ん坊になっていて、その事実に驚きと戸惑いを隠せなかったのだが、その一方で俺は気になった。

 未来の世界はいったいどうなっているのだろうかと。俺が生きていた時代は地球温暖化や少子高齢化が進み、随分と悲惨なことになっていたが、数十年後の未来は改善されているのか、それともさらに悪い方向へと進んでしまっているのか。もしかしたら科学がさらに発展して、アニメでしか見たことがないような未来都市が形成されているのではないかと、そんなことを考えたこともあった。

 

 ――結論から言おう。世界は悪い方向へ進んでいた。それもとんでもなく。

 

 俺がようやく一人歩きができるようになり、親に連れられて初めて外の世界を見た時、荒廃しきったその世界に開いた口が塞がらなかった。

 空はどんよりと淀み、巨大な壁に囲まれた敷地内に、ボロボロの母屋がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。まさにスラム街といった感じだ。

 そしてその壁の外の世界に出ると、その荒廃した世界には――アニメや漫画の中でしか見ないような怪物たちが闊歩していた。

 怪物たちは≪アラガミ≫と呼ばれているらしい。ここ数年の間に突如として現れた≪オラクル細胞≫の集合体で、ありとあらゆる存在を捕食する規格外の生命体。このアラガミの登場で、世界はたった数年の間にここまで衰退してしまったらしい。

 

 ――なにがどうなったら、たった数十年の間にこんなことになるんだよ。

 

 それが俺の第一に抱いた感想だった。

 目の前の光景が――知らされた現実があまりに非現実的過ぎて、思わず突っ込まずにはいられなかったのだ。

 平和ボケした日本に生まれた俺からしてみればあまりに衝撃的で、これからどのようにして生きていけばいいのかわからない、というのが正直なところだった。

 だから俺は知識を求めた。幸いなことに俺が生まれた第二の家は、貴族の名家であり、他の人々と比べて随分と裕福な立場にあった。だからこそ俺は生まれてからここに至るまで、荒廃した残酷な現実を知ることなく生きてこられたのだ。

 家中の書物を読み耽り、さらに知識を求めた。

 大人でも読むのに一苦労するような書物をまだ二歳にも満たない子供が読み耽るその光景は、側の目から見れば、異常な光景だろう。

 周りの人間はそんな俺を天才だとか、そんなことを言っているようだが、実際はたいしたことはない。なぜなら俺はもう既に二十年近く生きてきて、その分精神的に成熟しているから読めるというだけで、専門的な知識を理解しきれている訳でもない。俺の身体が子供であるから天才扱いされているのであって、もし俺の身体が年齢に見合った身体であったのなら、むしろ俺はできない部類に入るであろう。……自分で書いてて虚しくなってきたからこれ以上は書かないでおくが。

 

 ああ、最後にこれだけ書いておこう。第二の俺の――いや、『私』か。

 第二の私の人生において、親から授かった名前はジュリアナ・ヴィスコンティ。

 名前から想像できるかもしれないが……第二の人生、私は女になっていた。

 

 +++++

 

 6月9日 曇り

 

 気が向いたので、ノートを開いてみた。と言っても今日も本を読んでいたこと以外は特になにもやっていないので、何か書くということもないのだが。

 

 ああ、そうだ。『私』という一人称なんだが、私は生まれた当初は『俺』と言っていた。

 前世は男であったためか、癖というか、もう無意識的に『俺』と言ってしまうのだ。

 親はそんな私を許してくれなかった。この前の日記にも書いたが、私の家――ヴィスコンティ家はこの荒廃した世界でも未だ安定した優雅な暮らしを送れるほど高い地位にいる貴族の名家で、特にマナーや礼節に厳しかった。

 そんな家で、女の身でありながら『俺』と言っていれば、どうなるかは言うまでもないだろう。

 まず、どこでそんな言葉づかいを覚えたんだ、と言うお父様の言葉に始まり、それからは『俺』と言う度に厳しい罰を与えられた。

 叩かれることは日常茶飯事で、時には夕ご飯を抜きにさせられることもあった。

 いくら精神的に成熟していると言っても、それらの罰が積み重なってくると辛いものがあった。前世において二十年もの間、『俺』であり続けてきたのに、いきなり『私』に変えろとか無理な話だ。

 思わず泣いてしまったこともあったが、親はそれでも妥協することなく……そのおかげで私は女の言葉、そして女としての振る舞いというものを覚えてしまった。

 時折開催されるパーティーに招かれたときに『ごきげんよう』と言って、上品にスカートを摘み上げる仕草とか、少し自分自身に寒気を覚えるが、悲しいことにもう慣れてしまったので、受け入れるしかない。

 

 最後に一つ。もうじきお母様が妊娠九か月なのだそうだ。

 検査結果によると弟らしい。

 前世は一人っ子だったので、弟ができるとなるとなんだか不思議な感覚がある。せいぜいいい兄――じゃなかった姉であれるよう頑張るとしよう。

 ちなみに弟の名前はジュリウスと、もう決めてあるらしい。

 

 +++++

 

 7月15日 曇り

 

 ジュリウス、今夜辺りが峠なのだそうだ。無事に生まれてくることを祈る。

 お父様は私は子供だから寝てなさいと使用人に子守りをさせてお母様の入院する病院に行ってしまった。

 初めての弟だから、ぜひ生まれる瞬間に立ち会いたいと思っていたが、我慢するしかない。

 ……私は精神的にはもう大人なのに。

 

 +++++

 

 7月16日 雨

 

 ジュリウスが生まれた! お父様から連絡があったのは今朝のこと。

 今から私は使用人の運転する車に乗って、病院に向かう。

 じゃあ、行ってきます!!

 

 +++++

 

 7月23日 曇り

 

 やばい。ジュリウスがかわいい。

 まるで女の子みたい。

 

 +++++

 

 7月28日 曇り

 

 ジュリウスを初めて抱っこさせてもらった。

 頭がグルン! とならないようにちゃんと片手で支えてあげるのがコツだ。

 ほっぺがマシュマロみたいで……ああ、もう食べちゃいたい!

 

 (以降の日記はしばらくジュリウスのことについてしか書かれていないので省略する)

 

 +++++

 

 8月21日 曇り

 

 ……ここ最近の日記を少し読み返してみたんだが、私、どんだけジュリウスを溺愛しちゃってるの。自分で書いといて、少しだけ引いたわ。これが俗に言われるブラコンという奴なのだろうか。少しだけ反省。

 

 

 ああ、そうにしてもジュリウスはかわいいなぁ。

 




 次回はジュリウス視点になる予定です(あくまで予定です)。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。