惨劇が始まる数分前の事である。
喫茶店で暗部組織『アイテム』のメンバーがジュースを飲んでオフの日をなんとなく過ごしていた。
「プールでお色気作戦もダメだったわ」
麦野が机に突っ伏しながら魂でも吐き出したかのように力無く呟いた。
「割と隙が超無さ過ぎるのも考えものですが」
「もう面倒だから既成事実でも作った方が早い気がするのよねー。押し倒すとか?」
「痴女認定......」
「べ、別に痴女じゃないわよ!」
「一応、子供が超居るんですけど」
「チョコれっとだぁ」
フウエイが長椅子に脚をバタバタさせながら嬉しそうにチョコレートパフェを頬張った。
「男なんて単純チンパンだと思ったんだけどね」
「まあ、そこが良かった訳で」
「まあね。あの殺気がこもった目付きが最高」
「あの目で私らの着替えを超覗いていたんじゃ......」
「それはそれでいーんじゃない?私は気にしないし」
「覗いて欲しいくらいだったし」
なぜ超まともなのが居ないんですか?
絹旗がメニュー表を立てながら頭を抱える。
そういえば唯一反論していたあの女性が超懐かしいです
「「!?」」
何かに気付いた滝壺とフウエイが立ち上がって同じビルの屋上に視線を向けた。
「旦那が襲って来たら襲って来たで興奮するけどね。どうしたの?」
「感じた事のない力場」
「パパ?......じゃない」
フウエイが頭を抱えて小刻みに震えていく。
「?」
店内の灯りが突然消えると設置されていたスピーカーからノイズのような音が漏れ出すと猛獣の慟哭にも取れる不協和音が大音量で流れ出した。
「「!?」」
「な、何これ!?」
耳を塞いで音を躱そうとするが空気の爆発の波は皮膚表面の細かな凹凸に侵襲するように指の間から耳に入り脳を揺さぶりはじめる。
「く......う......」
末端から感覚が奪われて座る姿勢を保つのだけでも困難になる始末だ。
首を絞められているかのような人間の身体を無視した音源に机の縁にしがみ付くようにして抗っていると、胸元に付けていた暁派閥のカエルバッチがカタカタを震え出す。
「?」
それに伴って何処からか黒い砂が浮き上がりバッチを持っているメンバーの身体を優しく包み込んだ。
黒い砂は小刻みに震えると甲高い旋律を流し始めて、不協和音を掻き消しだした。
視界は動く砂嵐のようであったが少年のようなシルエットが浮かぶとフウエイは嬉しそうに叫んだ。
「パパだ!」
******
大きなモニターのあるスクランブル交差点ではいつもと変わらぬ学生達の活気に溢れていた。
学校終わりで帰宅を急ぐ者もいれば、仲間と連んで道路に屯している輩も多い。
「今日の授業もたりぃかったな」
「社会の宮本先生ってまたハゲ具合が進んでね?」
「ゲーセン行こうぜ」
社会で何が起きているなんて知る必要もなければ興味も湧かない。
如何に簡単に皆から羨望の眼差しが得られるかを考えている。
「ちょっと良いからカンパしてくれよ」
「い、いえ......そんなにお金ない」
「あ?テメェ調子に乗ってんじゃねーぞ!」
「ひぃぃ!出します出します」
「5000円か。ったく、さっさと出せば良いんだよ!」
それは暴力や恐喝による自己顕示もあれば......
「授業終わり~。ブチャイクな顔で死にたいわー」
自撮りをしながらアヒル口で写真を撮ってインターネットに手軽にアップする事で得られる自己顕示もある。
それが日常だと誰もが信じて疑わない。
怖いのは自分に存在価値がない事を自覚する事だけ......
だって日常が壊れるなんて想像出来ないからだ。
だが崩壊は前以て教えてくれる事は微塵も無く突如として街灯から店先の照明、携帯電話が全て圏外になりだす。
「!?」
「な、なんだよ?」
「ちょっとメール中だったんだけど最悪!」
勿論信号機も反応しない交差点で人々は右往左往しながら電波の復旧を自分の思い付く限りの努力をしていると待ち合わせのシンボルになりつつある大きなモニターに映像が表示される。
黒い背広に黒いネクタイ姿の男性が原稿を片手に今起きている混乱の説明を始める。
『ここで臨時学園都市ニュースです
発電所の事故により電力の供給が止まり大停電となりました』
停電という情報が得られただけでも何も知らずに落ち着かない心は幾分か軽くなる。
「停電だってよ」
「ついてねぇな」
「復旧はどのくらいかな」
「つーか事故るかよフツー」
安心すると不平不満が噴出し始めるのも人間の特徴だ。
モニターに表示されたニュースは文句など知らずに淡々と文章を読み上げる。
『事故調査委員会では生物実験による影響によるものと考え、さらなる実験を進めよとの判断に......』
言い回しが少しおかしい気がしたが、もっとおかしい点に気付いてしまった女子高生が隣に居る友人の肩を掴んだ。言うのでさえ怖い。
「ねぇ、待って......」
「どうしたの京子?」
「今って停電してるんだよね?」
「そうよ。ほらニュースでやってるし」
「じゃあ、何でアレは映っているの?」
「!?」
『なお復旧のメドは......未来永劫ないものとする。モニター前の実験動物の君達は存分に泣き叫んでください』
原稿を乱雑に置くと背広を着た男性から凡そ人間味の外れた牙をギザギザと耳まで伸ばした笑みが浮かぶと映像が乱れて凄まじい程に捻じ曲がった幾何学模様が動き出して、不協和音が大音量で流れだした。
「な、何だ!?」
「ぜん!ぜんき......えない」
「なん......あた......がぼ......とす」
「う......う」
「!?」
大音量の発狂しそうな映像に悲鳴が上がる中、次々と意識を失って倒れていく。そのようすに人々に恐怖に引き攣り逃げ出そうとするが逃げ場なんてないに等しい。
「何がどうなっているのよ?さおりー」
携帯が震えて取り出す。通信状態が回復したのか少しだけ安堵して携帯に耳を掛けるがモニターと同じ音と映像が絶え間無く流れ出して「ひぃぃ」と悲鳴をあげて投げ捨てる。
騒動で投げ捨てられた携帯が街灯が消えた交差点で不協和音を鳴らしながら人々の往来に踏まれてへし折られていき画面の破片が飛び散る。
倒れた人の頭部からはまるで意思を持ったかのような白く光る糸が空高く伸びていきある一点の地点に突き刺さるように収斂していく。
「始マッタカ」
黒ゼツがゆっくりと立ち上がり大混乱に陥る群衆を虫けらを見るように眺めた。
「そっすね~。木山のレベルアッパーを改良した奴っすから」
「木山ハ能力ノ無イ者ニダケ限定シテイタカラナ。今度ハ無差別ダナ」
丁度1ヶ月前に起きた幻想御手(レベルアッパー)事件では能力が無い者が能力を得る為に使用し、1万人の脳を並列に繋げる事で演算能力を上げていた。
能力が無い者は様々な事を考慮しても基礎的な演算能力が能力者よりも弱い傾向にある。
よって無能力者よりも能力者の方が演算能力が高く、レベルアッパーの効果は指数関数のように急上昇する。
しかも今回は個人が使用する音楽プレーヤーではなく大衆の若者の大多数が使っている携帯から外部モニターを使った大規模なレベルアッパーのテロを引き起こしたのだ。
「さて何人残るっすかね~」
「コレデ粗方線引キガ出来ルナ」
「負の感情も良い感じになるっす~」
******
何が起きましたの?
停電になったと思ったら急に不快な音が流れて......黒い粒に包まれまして
ジャッジメント本部からテレポートして初春と共にやけに不気味に静まり帰った学園都市に降り立った。
路地裏や店先には逃げ場を求めた末に意識を無くした男女様々な学生が折り重なるように倒れている。
音は止んでいるようで静寂が却って未知なる恐怖を強くさせる。
「ひとまず息があるかの確認ですわね。意識がある人も探しませんと」
「そうですね」
電話も何もかも通じないこの場で出来る事は限定されるが能力を駆使すればなんとかなりそうだった。
倒れている人の首に手を当てて脈があるのを確認すると仰向けに寝させる。
どうやら意識だけがないようですわ
何やら前に似たような事が起きたような気がしますわね
「白井と初春か」
「!」
黒い外套を身に纏ったサソリが不意に曲がり角から姿を現した。
その姿にホッとしたように初春が駆け寄った。
「サソリさん!無事だったんですね」
「まあな。お前らも無事で良かった。どうやって無事だったんだ?」
「?恐らくですけど、このサソリさんから貰ったバッチのお陰かなと考えていますが......前の時と同じように」
初春は首を傾げながらサソリにカエル柄のバッチを見せた。
「......」
「なるほどな......無事に発動して良かった。点検するから見せてくれ」
「はい!」
不敵な笑みを浮かべながらサソリは初春から差し出されたバッチを手に取ろうとする。
「渡してはいけませんわ!!」
と白井が怒鳴るように叫んだ瞬間。
シャキン!
と黒い砂が巨大な刃物のようになりサソリの腕を肘から下を切断した。
「!?」
「えっ?!」
暁派閥のバッチは震えながら周りの砂を集めて初春を守るように拡がると棘を剥き出しにして威嚇するようによろけたサソリを見据えた。
「初春離れなさい!」
「な、何故ですか!?サソリさんですよ」
「サソリじゃありませんわよ!腕をご覧なさい」
「え、腕?」
と切られたサソリの腕がクネクネとのたうち回りながら断端から血を一滴も出していないのに気がついた。
「ひぃ......」
「誰ですの!?サソリに成り済ましてらっしゃるのは?」
白井は今まで見せた事がないほどの殺気を込めてサソリもどきを睨み付けた。
「......フフフ......冷静だね。やはり僕の計画に君達が邪魔になりそうだね」
サソリだったものは醜く歪み出して真っ白な体躯となり、白ゼツが姿を現わすと掌を横に向けると空間を曲がらせて渦を生じさせると手を突っ込んだ。
「!?」
歪んだ空間からゴツゴツとした手首から肘まであるスピーカーのような装置を巻いて白井達に突き出した。
「フフフ」
尋常ではない白ゼツの笑みに白井は背筋に冷たい物が走るが、確かめずにはいられない衝動に駆られていた。
「さ、サソリに何かしましたの?」
なおもニタニタが止まらない白ゼツ。
「答えなさいですわ!」
白井はテレポートをして白ゼツの斜め後ろに空間移動をすると回転しながら回し蹴りを入れた。
キィィィィン
しかし蹴りが入る寸前に白ゼツは反応して腕に巻いた装置を盾に受け切る。
「?!」
何やら耳がおかしいですわ
周りの環境音が一瞬だけ止んで、映像の音声データだけが破損したような感覚に戸惑っていると......
直後、鼓膜部分に音量MAXの打撃音が劈いて強烈な目眩と吐き気に襲われて口を抑えて一気に嘔吐した。
「げ、ゲェェ......ゲボ」
「白井さん!?」
立つ事さえままならない白井は必死に二本足で立とうと踏ん張っているが白ゼツは装置を持った手を振りかぶると一気に振り下ろした。
それに気付いた初春が懸命に呼び掛けるが頭がグシャグシャに掻き回された白井は重力から身を支えるのだけで精一杯だった。
暁派閥のバッチが反応して砂の盾がオートで白井を守るように白ゼツの拳を受け止めるが.....
「無駄だよ」
再び耳鳴りのような音の後に衝撃波のような音波が正確に白井の耳を捉えると増大した打撃音を叩き込んだ。
「ぎゃあああー。あ......ああゲェェ」
再び口を抑えて嘔吐する白井。
「ど、どうすれば......」
携帯も使えない
パソコンも使えない
能力も無いに等しい初春はどうする事も出来ずに立ち尽くすだけだった。
サソリさん......助けてください
「面白いよね。チャクラで操作して相手の耳に直接増大した音を流し込む装置さ。さてと」
白ゼツはゆっくりとスイッチの切り替えをすると摘みを回して調整した。
そして砂の盾についての情報を整理していく。
砂の盾は基本的には自動で動く
本人に迫る危機には盾になり攻撃をしてくる
本人から攻撃する際は砂の盾は発生しない
あの曲を妨害する事が出来る
しかし、物理攻撃と音による攻撃を同時に防ぐ事は出来ない(物理攻撃を防ぐのに優先される)
「はあはあ......」
敵の予想外の攻撃に白井が青い顔をしながら未だに改善されない気持ち悪さと戦っている。
「一つ良い事を教えてあげるよ」
「「?」」
「サソリは死んだ。僕達の手でね」
「......え!?嘘」
「あ......り、えま......せん......わ」
「嘘じゃないんだよ。だから君達には勝ち目は無くなったからね」
サソリさんが.......死んだ?
そんなそんな
嘘ですよね
「初春!さっさと....,逃げ、ゲボ......逃げなさいですわ!!早く他の方と......合流しなさいの!」
「は、はい!」
白井の怒号に初春は転びながらも回れ右をして走り出した。
「ん?逃すわけないよね」
白ゼツが赤い眼をしたまま指を伸ばして力を溜めていく。
しかし、そこに鉄パイプを持って殴り掛かる白井。
「はぁぁぁ!」
「ふん」
腕に巻いた装置で弾き返すと白井の脳が激しく揺さぶられた。
「ぎぃぃ.....ああああ」
「馬鹿だね。君も......音が跳ね返るのに。サソリも死んだし、さっさと諦めたら?」
俯せに頭を抑えてもがき苦しむ白井に白ゼツが腹部を強く蹴った。
「がは......だ、黙りなさいですわ......」
鉄パイプを杖代わりにして立ち上がろうとする白井の凄みに一瞬だけ白ゼツは目を見開いた。
「サソリは......かなりしぶといですわよ......貴方の思惑なんか簡単に滅ぼしますわ」
いつだってそうだった
不利な状況をひっくり返して勝利してきたのもサソリの高い分析能力だった
今、白井に出来るのは唯一つ
「どんなに言われましても......ぜぇぇったい諦めませんわよ!」
「あっそ」
白ゼツは静かに装置を振り上げた。
攻撃が当たる瞬間に白井の耳にはダイレクトにあの不協和音が鳴り響き、白井は意識を失うと頭から白く光る糸が伸びて白ゼツと繋がる。
『何ヲシテイル?』
黒ゼツからの連絡に白ゼツは倒れた白井の背中をわざと踏み付けるように歩き出した。
「いやー、ちょっとね。やはり幻想月読の効果が無い人も居るみたいだね」
『......グダグタ言ッテナイデサッサト来イ!』
「あはは。丁度良い能力を手に入れたからね」
白ゼツは立ち止まると学園都市全てを感知能力の範囲に指定して座標演算を始めた。
空間移動(テレポート)!!
白ゼツは静かに風景を置き去りにして黒ゼツの元に一瞬で移動して行った。
彼らの術ではなく白井から奪い取った術で......
サソリ......何をしてますの?
またヘマをしたんですの?
わたくし......信じていますから
最後の最後まで
少しだけ休みます......のよ