とある科学の傀儡師(エクスマキナ)   作:平井純諍

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第37話 盗撮

常盤台中学水泳部

御坂達とプール掃除をし終えたため、心機一転の練習だ。

久しぶりの練習ということもあるが気合いが入る。

更に、毎日最高気温更新のニュースを聞いて、蒸せ返るような都市全体のコンクリートジャングルには、火の掛かったフライパンに閉じ込めらているような暑さを日に日に強く感じる。

エアコンが効いた部屋から出たくなくなり、人間としてダメになりそうな危うさが出てくる。

 

湾内も本格的な暑さにフラフラと倒れてしまいそうになりながら、待望のプールを静かに待ち望んでいた。

しかし、水泳部の活動が始まってしまえば、憧れのサソリに会う時間にも制限が出てしまうため一人悶々と悩んでしまう。

暑さ回避のプールか

燃え上がる愛に生きるか

中学生の恋心は揺れている。

 

今日は、クロールでの競技を行なっており、湾内は自分のタイムを少しでも縮めるために懸命に腕を上げ、降ろす。

いつもと違い鬼気迫る表情で力強く、水面を切り裂き、前へと身体を押し進めていく。

ストップウォッチを持った記録係もハイペースな湾内のタイムに力が入る。

「凄いですわ!良いタイムですわよ!湾内さん」

「はい!」

息継ぎも完璧に行い、お手本のようなフォームに水泳部のメンバーも各々の練習を止めて、湾内の泳ぎに注目が集まる。

 

スタート位置である飛び込み台からクロールを開始、端壁をターンすると飛び込み台に戻る。

水泳には余計な力を入れてしまうとかえって身体が固くなり、思うように進まなくなってしまう。

水の抵抗を減らし、流れ抜けていく流れを阻害しないように手の動き、足の動き、腰の位置などを総合的に考えなければ難しい競技である。

 

スピードを維持したまま最後の10メートルに差し掛かる。動かし続けた筋肉が疲労を訴えてくる、陸上とは違い酸素をいつでもたくさん吸える訳ではないので酸欠にも近くなる。

早く着いて、しっかり酸素を吸いたいという欲求に焦りが出てパニックになるが、ここで早く行こうと力を入れてはダメだ。

先ほどのペースを維持したまま、どちらかの手が台に触れるまで流れていくような感覚で前に進めていく。

 

パシッと飛び込み台に手が辺り、久しぶりに底に足を付けて、息を荒くしながら周りを見渡す。

静かになるプール内でみんなが湾内に視線を集中させている。

ストップウォッチを持った記録係が慌てて、湾内が立っているコーナーの台の前に来ると膝をついて、やや興奮気味にストップウォッチの数字を見せた。

「凄いですわ湾内さん!自己記録を二秒も更新するなんて」

 

信じられないような表情を浮かべてストップウォッチの数字を見ていたが、段々と実感が湧いてきたのか、嬉しそうにプールの中でぴょんぴょんと跳ねた。

「何か秘密の特訓でも致しましたの?」

「いえ、今日は調子が良かったからですわ」

プールから上がって、濡れた身体にタオルを被せる。

身体は疲れているが、自己記録更新ということで心地よい疲労感だ。

 

「もしかして、噂の彼氏が出来たからですの?」

タオルで顔を拭いていると、そんな質問が飛んできてしまい、湾内は顔を朱色に染めて頬に手を当てる。

「そ、そんなことはありませんわ......でも彼氏......」

ドキドキと水泳とは違う拍動が濃くなり、顔が綻んでしまう。

 

サソリさんが、わたくしの彼氏なら

わたくしは、サソリさんの彼女ですの?

 

幸せそうに妄想する。

サソリさんの隣に立ちまして、おデートをしまして、伝説のカップルドリンクを一緒に飲みまして......

 

そこで、湾内は自分の体型を上から見下ろした。

スクール水着の上から自分の身体のラインが出ているが、あまりスタイル良しとは言えない。

どちらかと言えば幼児体型かもしれない。

 

テレビのインタビューで殿方が女性の気になるポイント特集を偶然観た時に

『女性の身体で気になる場所はどこですか?』

『やっぱ、なんだかんだ言って胸を見ちゃいますよね。あ、この子大きなーとか。大きい胸の人にはついつい視線が行ってしまいますね』

 

『脚ですかね。細くて長い脚なら自然と』

 

『くびれたウエストかな。くびれていると健康的な感じがして安心しますね。夏場でへそを出している女性には目が向いてしまいます』

 

インタビューに答える殿方の話に湾内は少しだけ落ち込んでしまう。

モデル雑誌を買って、参考にしてみるが自分との差に愕然として、自信を失ってしまう。

やはり、サソリさんもわたくしよりもプロポーションがよろしい方が良いのでしょうか?

 

もう少しスタイルが良くなりたいですわ

サソリさんが思わず、見てしまうくらいに

このへにゃへにゃの体型じゃなくてもっと大人の女性の体型になりまして、サソリさんに見てもらいたいですわ

 

一人プールサイドで落ち込んだと思えば、腕を上に上げて決意を固める湾内。

そこへ、ぞろぞろと記録更新したことで注目が集まり、同級生や先輩が湾内と話をしようと集まってきた。

しかし、そこは思春期の女性。話の話題に上がるのは色恋沙汰だ。

 

「わ、湾内さんに彼氏が」

「どんな殿方ですの?」

「何処で知り合いましたの?」

「デートはしましたの?」

矢継ぎ早に質問を繰り出してきて、湾内も必死に真面目に答えようと頑張っている。

「いつも格好良い方ですわ。わたくしが困っている時に助けに来てくれましたわ」

まるで自分のことのように誇らしげに胸を張りながら答える湾内。

「良いですわね~。一度お会いしてみたいですわ」

「わたくしも最近会えなくて寂しいですわ。時間が合いませんの」

涙を拭くように肩に掛けていたタオルで顔全体を拭いた。

「あらあら、おかわいそうに。近い内にきっと会えますわから、気を落とさずに」

「ありがとうございますわ」

 

すっかり人気者になってしまった湾内に、友人の泡浮を嬉しいような寂しいような感じで湾内の様子を見ていた。

「引っ込み思案だった湾内さんが、あそこまで積極的に、サソリさんの存在が大きいですわね」

軽く拍手をした。

湾内に気付かれないようにそっと、ゆっくりと......

 

常盤台が所有するプールには、水泳のための施設に加え、能力者の能力を測定する場としても使われており、四方全てに壁があり仕切られていた。

その壁は衝撃吸収や防音に加えて、女生徒を不審な輩から守るために結構な厚みの壁である。

 

常盤台は名門のお嬢様学校であり、庶民とはかけ離れた世界に住んでいる。

一部のマニアには、そういう本物のお嬢様の隠し撮り映像や写真が裏で出回り、高額な値段で取引されているとう噂があった。

「数ヶ月準備をして、ようやくカメラのレンズを壁の先に仕掛けることができるにゃ」

眼鏡を掛け、太った男がバックから極小のファイバースコープを取り出して、先日空いたばかりの小さな穴に滑り込ませた。

厚い壁を深夜帯に来ては、少しずつドリルで穴を開けて、巡回の警備員が来たらすぐに隠れる。

いなくなったら、すぐに作業を再開。

ドリルの音を気にして、少しずつ慎重に事を進ませた。

 

「ここまで来るのにどれほど犠牲を払ったことかにゃ......観ていた深夜アニメを泣く泣く切り離しての作業......身を引き裂かれる思いだったにゃ」

 

超機動少女(マジカルパワード)

カナミン

トキワガール

我が家の狸神様

萌え萌え憑き娘......etc

 

全部我慢してきた分が今日から報われるにゃ

この壁の奥にある素晴らしき花園を撮影し、自分で生の常盤台女子中学生を堪能した後に売ってしまえば、犠牲になったアニメのDVDを購入するんだにゃ

「ふふ、笑いが止まらないにゃ!さあて、カメラテストをしてしまえば」

 

ノートパソコンを機動して撮影準備に取り掛かっていると後ろから声を掛けられた。

太った男が居た場所は、雑多な物が置かれた所の陰になっている所で大通りから見えない位置にいる。

「何してんだお前?」

「にゃ?!」

太った男が脂汗を流しながら振り返った。

そこには、赤い髪をした少年が疑心そうに見下ろしている。

「?」

無垢な感じで首を傾げている。

 

にゃにゃ!落ち着くにゃ

まだガキだにゃ

あしらえばお終いだにゃ

 

「あー、悪いにゃが......僕ちんは、これから非常に大切な仕事があるんだにゃ。早くママの所に帰るにゃ。ここで見たことは忘れてくれるにゃら、これを上げるにゃ」

ポケットから暑さでドロドロに溶けたチョコ棒を赤い髪の少年に渡した。

原型を留めていないチョコ棒.......チョコペーストを不快そうに舌打ちする。

赤い髪の少年は、紙袋を持ったまま目の前にある壁を見上げた。

 

この壁の向こうに何かあるのか?

湾内達のチャクラを辿ってきたら、妙な動きをする男が居たから質問したが......

 

「なんにゃ?チョコ棒じゃダメかにゃ......仕方ないにゃ、特製のレアフィギュア(カナミン)を一時間だけ貸してあげるにゃ。これで何処かへ.......!?」

後ろにいたはずの赤い髪の少年がいなくなり、口を半開きにさせながら見渡すと花園へと続く壁の上に上半身を引っ掛けて中を見ていた。

「にゃにゃー!?君は何をしているんだにゃぁぁー!」

「ただ泳いだりしているだけだぞ」

「バレてしまうにゃ!は、早く降りてくるんだにゃ」

「バレる?」

必死にジャンプをして赤い髪の少年の脚を掴もうとするが、普段からの運動不足からから地面から数センチくらいを上下しているだけに留まる。

その内に脂ぎった眼鏡が滑って、地面へとずり落ちてしまった。

「ふぅ、ふぅひぃひぃ!心臓が破裂しそうだにゃ。眼鏡がにゃいとな、何も見えぬ」

地面に四つん這いになりながら呼吸を整えていく。額からポタポタ滝のような汗が溢れて流れ出していた。

 

初めて見る奇怪な生物にサソリは、壁の上から眉間に皺を寄せて見下ろした。

「変な奴だな。さて、さっさと用件を済ますか」

壁の上から見知った顔がいないか、辺りを窺うように見渡した。

「さ、サソリさん?」

下方から声が聴こえて、視線を向けると泡浮がポカンとした様子で見上げていた。

「ああ、お前か......よっと」

サソリは、壁に手を弾くように力を入れると腹部を軸にしながら回転しながら、足からプールサイドに音も立てずに着地した。

「どうかしましたの?」

「湾内はいるか?」

「湾内さんなら、あちらに......でもお話しをしていますので」

「そうか、よし。じゃあ、これを湾内に渡してくれ」

サソリは、脇に抱えていた紙袋を泡浮に手渡した。

渡された泡浮は、「?」と疑問を浮かべながら大きめの紙袋を上から見たり、横から見たりしている。

「なんですの?」

「湾内が落としたものらしい。入り口で見張りがいたから渡そうとしたら、居眠りしてやがったからここまで来た。はあー」

 

サソリは、外套の胸元をパタパタを広げたり閉じたりして空気の流れを作りだして少しでも通風性を良くしようとしている。

「その恰好暑いですわよね?」

「暑過ぎて何もする気が起きん」

「よろしけばプールに入っていきます?」

泡浮は、暑がるサソリをプールへと促したが

「いいや......もう行くから」

「えっ!?湾内さんに会われないですの?」

「会ったら面倒な事になりそうだからな、じゃあな」

頭をふらつかせながら、壁に手を置いて伸びをする。

「ん?」

サソリが何かに気が付いて、壁の一部分を指先で叩いた。

「どうかしましたの?」

サソリの行動を不思議に思った泡浮が訊いた。

「何かあるな」

「少し見せて貰ってもよいですの?」

よく見ればガラスの球体のような物が壁にはまり込んでいる。

触れば球体感が一層強くなる。

「もしかしたら、カメラではありませんか?」

「カメラ?これか?」

サソリが携帯電話を取り出した。

「それもそうですわ......でも、なぜこちらに、どなたが?」

「......そういや、この壁の向こう側に変な奴が居たが」

「!?そ、その方が犯人ですわよ。どうしましたか?」

「別に何しているか分からなかったから、ほっといたが」

「ええええー!まだ近くにいますから、お願いしますわ」

「?分かった」

イマイチ、要領を得ないサソリだったが壁を蹴り上がりながら、先ほどの太った男がいた場所を見下ろすが、機材がそのままの形で放置されていて、男は既に逃げていた。

 

「しょうがねーか」

サソリは、先ほどの男が放っていた微弱なチャクラを追って、一瞬で建物の上に上がり辿る。

 

 

眼鏡を掛け、太った男は交差点で息を病気的な程に荒く息をしながら、呻き声をあげていた。

「ぶぅ、ぶぅ、ぜぇぜぇ......ま、まさかあの子供が常盤台の子と知り合いだったにゃんて、おかげで余計な体力を使ってしまったにゃ」

歩行者信号が青に切り替わり、疲労困憊の脚で熱せられたアスファルトを踏み締めていく。

熱せられた鉄板のようだ。

 

「早く、僕ちんのアパートに戻ってエネルギーを補充しないとマズイにゃ、あの子供許さないにゃ」

袖口で汗を拭りながら、道を曲がると男の弾力抜群のお腹に何かが辺り、黒い影がひっくり帰った。

「痛ったー。あ、すみません!大丈夫ですか?」

黒髪をした、活発そうな少女が尻餅をついていた。

ボーダーの袖に、ボーダーのズボン下にスカートを履いている。

ニコッと笑顔を見せながら、両手でお詫びのポーズをする。

「ごめんなさい!急いでますので」

少女は、氷を張りながらスケートのように道路を滑走していく。

 

太った男は、その様子を呆然と眺めていた。

「天使だにゃ......ついに僕ちんだけの天使を見つけたにゃ」

曲がり角から始まる恋。

アニメや漫画ではよくある展開だにゃ

 

太った男は、トキメク心が抑えきれなくなり、少女が滑走して行った道へ戻り出した。

 

 

太った盗撮男を追っていたサソリは、通りで急ブレーキを掛けた。

「あ?方向転換したか?反応が弱すぎてよく分からんな。えっと」

感知タイプではないサソリは、集中してみるものの、あまり高位能力者ではないようで探り出すのに苦労しているようだ。

 

「サソリー!?」

御坂がビルの上から飛び降りてきた。

「何してんのこんな所で?湾内さんにちゃんと渡した?」

「渡したよ(湾内にではなく)。なんかカメラが仕掛けられていたみたいで、仕掛けた奴を追跡している」

「盗撮ってこと?あたし黒子に連絡してみるわ」

携帯電話を取り出して、黒子に電話を掛けようとすると、サソリの眼が急激に変わり出し、万華鏡写輪眼を映し出す。

「見つけた」

サソリは、眼から渦を作り出して自分の身体を一点に凝縮させて、その場から消えてしまった。

「うそ......」

携帯電話を握りしめたまま、サソリがいた座標位置からしばし目を離すことが出来なかった。

黒子のテレポートも使えるの?

本格的に戦ったらマズイかも......

 

御坂は、サソリの底知れぬ能力の高さに軽く冷や汗を流した。

 

 

「はあはあ、天使ちゃんは足が速いにゃ.....でもそこも萌えのポイントになるによ」

必死に腕を動かしているが、もはや普通の人の歩きと変わらない速度で走っている。

もはや、天使の姿は遥か先に行ってしまい太った男の視界から完全に消え失せてしまった。

「スタイル良さそうだからリリナちゃんのコスプレをさせてみたいにゃ」

中々、自分勝手の妄想をして、ニヤニヤと笑っていると、目の前の空間が渦を作り出して、三次元方向に先ほどの赤い髪の少年が姿を現した。

「全く......手間かけさせやがって」

「にゃにゃ!なんでどうしてにゃ?」

何処かの戦隊ヒーローのように腕を前に出して構えるが、威圧感が全くない。

「こ、こうにゃったら......必殺スティングブレイド!」

とただの遅い手刀をサソリに向けて振り下ろした。

「......」

サソリは表情を崩さずに、太った男の手刀を片手で受け止めると軽々と一本背負いをして、太った男を硬いコンクリートに叩きつけた。

「うぎゃっ!」

呻き声を上げると、太った男は目を回して気絶してしまった。道に大の字に寝転がっている。

「これで終わりか?」

期待はずれのような捕獲にサソリは、物足りないように指をパキパキと鳴らした。

 

******

 

常盤台のプールでは、盗撮用のカメラが発見された事から水泳部の活動が休止となり、警備の人や水泳部の顧問が来て対応を話し合っていた。

「この穴からカメラのレンズを仕掛けたみたいですね」

「まさか、こんな事になるなんて......犯人は逃走中という事ですか」

壁からカメラの位置を探し、反対側に回り込んで盗撮用とされている機材を押収していく。

万が一、生徒の映像があっては大変だ。

盗撮を受けてしまったというショックを緩和するためのメンタルヘルスも行わなければならない。

 

水泳部はひとまず、各自で持ってきた大きめのタオルを掛けて身体の露出を減らしている。

もしかしたら、更衣室にも隠しカメラが仕掛けられているかもしれないからだ。

全ての確認が済むまで待機を余儀なくされる。

 

「ええええー!サソリさんが来たんですの!?」

ピンクの花柄のタオルに身を包んだ湾内がプールサイドにあるベンチに腰掛けながら泡浮の話を聞いて驚愕していた。

「な、なんでわたくしに言ってくださらなかったんですの?」

「いえ、サソリさんも用事があるようでしたのでして」

「そんなですわ......」

ガックリと肩を落として、気落ちする。

 

「もしかしまして、湾内さんの彼氏が来たんですの?」

同級生の子が湾内の隣に座りながら、訊いてきた。

「そうみたいですわ......会いたかったですわ!」

ギュッとタオルを握りしめて、身体のガードを固くする。

「それでその殿方はどちらに?」

「盗撮をしていた方を捕まえに行きましたわ」

泡浮のその発言に湾内は、フワフワしま髪がイヌの耳のようにピクピク動いて、頭を持ち上げた。

「サソリさんは、わたくしの為に捕まえに?」

「きっとそうですわよ」

湾内の表情がパァーと明るくなった。

鼻歌まで歌い始める。

「嬉しいですわ。サソリさん」

幸せそうに身体を揺らしている湾内に、隣に座っている同級生は、自然と穏やかな気持ちになって、落ち着いた。

 

湾内さんがこんなに会うのを楽しみにしているなんて、一体どんな方なのでしょうか?

 

自然と顔が綻ぶのを感じた。

 

すると、突如として何もない空間から眼鏡を掛け、太った男が光る糸で縛られながら湾内達の前に出現した。

その後に、同じように一点から拡張された世界へ赤い髪のサソリも現れる。

 

「弱すぎて話にならんな。捕まえてきたぞ」

「............」

何らかの能力により不意に出現した赤い髪のサソリがその場は騒然とした。

「?」

サソリは首を巡らすと、倒れている太った男を片腕で持ち上げると泡浮の前に持ってきた。

「これでいいか?じゃあな」

「あ、はい」

ドスンと男を置くと、さっさとその場から立ち去ろうとするサソリだったが

「サソリさん!」

「んげ!?」

タオルに身を隠した湾内がキラキラとした瞳でサソリを見上げていた。

サソリの右腕をがっちり両腕で掴むと絡めていく。

「サソリさん!ありがとうございますわ」

スリスリと嬉しそうに肩に擦り寄ってくる湾内にサソリは、顔を直視しないように反対側の斜め上を眺める。

 

こういう事になるから

さっさと帰りたかったんだよ

 

サソリは抱きつかれている湾内のタオルの下に何やら水に濡れているような感触が腕から伝わった。

「お前、その下どうなってんだ?」

「タオルの下ですの?水着ですのよ」

腕から手を離してピラッとタオルを観音開きにして学校指定のスクール水着をサソリに見せ付けた。

ビクッと身体を強ばらせて、視線をズラした。

「それは、あまり見せない方が良いんじゃねーの......」

「サソリさんだったら構いませんわ」

顔を赤くして、頬に手を当てている。

「あ、そうか」

 

水着か......そういえば

 

「泡浮、湾内に渡したか?」

サソリがさっき渡した紙袋の事を訊いた。

「いえ、着替えが終わりましたら渡そうかと思っていましたわ。では、サソリさんが居ますからサソリさんにお願いしますわ」

と泡浮が自分のバッグの中から紙袋を取り出して、サソリに渡した。

「えっ!?......オレがやるのかよ」

渡された紙袋を不機嫌そうに受け取る。

「何ですの?サソリさん?」

湾内が期待に満ちた表情でサソリの顔と見覚えのある紙袋を交互に見た。

 

「えっと......前にお前が買った奴だろ。落ちていたから」

土埃がついた紙袋を湾内に渡すと、不思議そうな顔をして中身を開けて、上から覗き込んだ。

不良に襲われた時に落としてしまったセパレートタイプの水着がそのままの状態で入っていた。

 

「あ......」

諦めていた水着をサソリが持って来てくれたことに湾内は、身体をブルブルと震わせた。

「?!」

湾内の不可解な挙動にサソリは、少しずつ距離を取って行こうとするが

「サソリさぁぁぁぁん!!ありがとうございますわ!大好きですわ」

両腕を一杯に広げて、サソリの首根っこに抱きつくと猫のようにサソリの首元に甘えるようにスリスリと自分の頬を滑らせた。

 

「だああー、お前、離れろ!」

「嫌ですわ!最近ちっとも会いに来てくれませんので、わたくしとても寂しかったですわ」

凄まじい力でサソリを締め上げてくる湾内に、サソリはバランスを崩して尻餅をついてしまう。

湾内はそれでもお構いなしだ。

 

「あれが湾内さんの大切な殿方ですの!」

「あんなに積極的な湾内さんを初めてみましたわ」

水泳部のメンバーがサソリと湾内のアツアツぶりに直視出来ずにそれぞれの方向を見ている。

 

水泳部の顧問が戸惑いながらも、教師としてのあるべき行為を遵守するように二人に近づいた。

「何をしているのです。若い男女が神聖な学び舎でなんと不埒な!早く離れなさい」

とサソリの頭を叩く。

「オレに言うな!コイツに言えよ」

サソリの胸元に抱きついている湾内の頭を指差した。

「我が校の生徒を誑かしている君に責任がある!」

「知るか、早く離れろよ!」

腕を使って、湾内を引き剥がそうとするが湾内の力は弱まる所か更に強く抱きしめてくる。

「サソリさん!サソリさん!」

確かめて楽しむように呟きながらサソリの身体に密着してくる。

 

明らか場違い感が拭い去れない警備員は、ダウンしている盗撮容疑者の確保に移ることにした。

 

「あのー、そこで倒れている男性を確保しても良いですか。ちょっと色々確かめないといけないので」

「い、良いですよ。早く運んでしまいましょう

顧問がそういうなり、倒れている太った男を立たせて、二人掛かりで容疑者を部屋に運び込んでいく。

 

プールには湾内や泡浮を始めとした水泳部にサソリがいるだけの状態となった。

 

そこへ、壁が氷に覆われるように張り出すと勢い良く、佐天が滑りながら壁を伝って地面から垂直に飛び上がってプールサイドに着地した。

キョロキョロと見渡すとタオルを着込んだスクール水着の人達と泡浮、サソリを押し倒している湾内が視界に入った。

 

「もう、湾内さんに渡しちゃいました?」

「はい、渡してましたわ」

泡浮が答えた。

「遅かったー!一番の見所を見過ごしたわ!」

悔しそうに両腕を叩いて、氷を発生させる。

力無く立ち上がりながら、湾内に抱きつかれているサソリを見下ろした。

「良いわよねサソリ......楽しそうで」

「これが楽しそうに見えるか?」

頭を掻きながら戸惑っているようだ。

 


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