pso2仮想戦記二年前の戦争   作:オラニエ公ジャン・バルジャン

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34話 第36ブラックホール宙域会戦

第一首都、ヴィサンチ・ノープル。惑星全体が古風なゴシック調の街並みが広がる大陸型惑星である。ダーク・ヒューマンの母星である。その周りを赤黒いネガフォトンが覆っているが、その中身は美しい星である。その中央に立つ巨大な宮殿こそが生き長らえた深遠なる闇を隠す柩である。宮殿の名は永遠鬱宮である。

 

その廊下を歩く一人の老将が居た。かれこそがディートリッヒ元帥である。バルトハルトの師であり、ダーク・ヒューマンの中で最も最古参の戦士であり指揮官である。ディートリッヒはアウグスト軍との一進一退の戦況を打破しなければならないと強い意志を持って居た。先日、フランシス艦隊の合流に伴い20万隻にも及ぶ戦力がアウグストの手に渡った。

 

少しずつではあるもののアウグスト軍がジワジワと数の不利を埋めてきていた。もし戦力差が五分になって仕舞えば勝ち目がないのはこちら側である事をディートリッヒは理解していた。

 

ディートリッヒ

(現戦況を打破するためにも近日中に大会戦をやる必要がある、敵が増えうちに。貴族達はやる気満々だが、実際戦うとなると不安要素が大きすぎる。労せず敵に出血を強いる必要がある。となれば格好の戦場が必要だが…。)

 

ディートリッヒは宮殿内の住まいに戻ると長い間共に過ごした妻に上着を渡すと会話を交わす事なく、玄関から離れ、娘と孫にも顔を見せず、戦死した娘婿の写真に敬礼を送る事なく、自室に籠もった。

 

そして自室の星域図を広げては丸め、広げては丸めを繰り返した。そして一枚の星域に目を向けた。彼にはこの星域で戦う事でアウグスト軍に被害を負わせる事が出来ると確信した。そして直ぐに意見書を書いた。

 

翌日、アインツヴェルン候にその意見書を、多くの貴族の前で手渡した。

 

アインツヴェルン

『第36ブラックホール宙域で敵を迎え撃つと言いたいのですね?ディートリッヒ元帥。』

 

ディートリッヒ

『左様。この宙域は片方に巨大ブラックホール、もう片方には広大かつ小型艦でも航行困難なアステロイド帯。一種の回廊の様な場所になっております。我が軍も敵軍もこの僅かに空いたこの狭く細い道で戦わないと行けません。

 

更にこの宙域は特殊な磁場が流れていてレーザーやミサイルも長距離をまともに飛びません。つまり至近距離での撃ち合いになります。至近距離の白兵戦と艦載機による格闘戦。現状我が方の方が数が多いので、数に劣るアウグスト軍は損害を負えば負う程、戦闘継続に支障が出ますので我が方に有利な体制を作る事が出来ます。』

 

貴族

『おお…』

 

貴族

『成る程…数に劣る彼奴等は一隻でも戦力が惜しい。)

 

貴族

『近接戦で、尚且つ制限のある場合ならあの小僧も奇策は使えまい。』

 

ディートリッヒ

『アインツヴェルン候、創造主様の御裁可を。』

 

アインツヴェルン

『私は、主に全権を委託されている。直ちに取り掛かり、あの苔頭の首を我ら貴族の手で掲げよう‼︎』

 

貴族達は雄叫びを挙げた。必ずかの苔頭を倒すと…

 

 

その頃、イラストリアス作戦室

 

アウグストは諸将を集めて、軍議を開いていた。

 

 

アウグスト

『苔頭を倒せ!首を切り落とせ!などと先程言った事も踏まえて、遠吠えでも吠えている事だろうよ。36番ブラックホールを奴らの墓場にすると言うのならその通りにしてやるまでよ。』

 

フランシス

『然し近距離戦になれば不利なのは十中八九我々ですね。ディートリッヒ老人はやはり我々にとっては強敵となる御仁だった様です。』

 

クラウゼウィッツ

『せめてバルトハルトを捕まえていれば良かったが…』

 

シューマッハ

『グッ…。』

 

ゲオルグ

『確かにバルトハルトを逃したのは痛い。だが奴が勇者たる所以は我々にはそう簡単には下らぬと言う所だ。むしろ今回の戦い、決して我らが終始不利に立たせられるとは限らない。卿らも分かっているだろう。』

 

アウグスト

『その通りだ。フランチェスカ。お前の艦隊は特殊装備を受け取り後方に待機せよ。レオポルドは最前衛を私と交代しろ。その他編成は今まで通りだ。』

 

レオポルド

『最前衛を御前がなさるのですか⁉︎敵の砲火を真っ向から受ける事に成りますぞ!』

 

アウグスト

『そこが肝心なのだ。貴族共は私を討ち取ろうと我先にと来るはずだそこにこそ活路がある。』

 

フランシス

(アウグストは自分こそが敵の狙いである事を分かっているからこそ敢えて危険の中に身を投じようとしている。アウグストは欲しているんだ。自分を満足させることのできる強敵を…そして自分を追い詰めるに値する状況に立たされたから気分が高揚しているのだ。)『シュヴァーベン候。私もレオポルド提督と共に前衛に就きとうございます。どうか御裁可を…。』

 

アウグストは口元に微笑を浮かべるとそのまま頷いた。

内心、アウグストは自分の近くに信頼の置ける配下を置いておくことで自身と兵を安心させたかったのだ。兵達はレオポルドの勇猛果敢な振る舞いで鼓舞されるが、アウグストの場合200年来の親友が背中を支えてくれる程心強いものは無かった。戦の達人といえど、虚無の具現体…存在そのものが暗黒を象徴するブラックホールが自分の真横にあると言う状況に恐怖を覚えない訳が無かったのだ。

 

翌日

 

アウグスト軍総艦艇数約26万、アインツヴェルン軍総艦艇数約36万(内ダーカー艦は約4万)両軍共に6割に及ぶ戦力が第36ブラックホール宙域に布陣した。

先鋒、アウグスト艦隊(フランシス・オーヴェルニュ上級大将、ヤン・ザムエルスキ大将直属戦隊二千五百隻臨時編入。 )35000隻。次鋒レオポルド、シューマッハ艦隊30,000隻×2その他1万隻×2。中堅フランチェスカ、ゲオルグ艦隊30000隻×2。後衛シャルチアン・ヴォン・ペテルブルク男爵(貴族内でアウグスト派についた僅かな貴族の代表。ダーク・ヒューマン内では著名な兵法家としてフランシス・オーヴェルニュに三顧の礼で迎え入れられた。今年で62になる。)麾下60,000隻。最後衛クラウゼウィッツ艦隊20,000隻。

 

アウグスト軍先鋒は総勢約35,000隻。対する貴族軍はディートリッヒ老人麾下25,000隻である。数の上で勝る貴族軍が敢えて数に劣る編成を取った理由は実に単純明快であった。

 

ディートリッヒ

『突っかかっては困るからのぉ…。』

 

事実、アウグスト艦隊は数でこそ勝るものの…

 

アウグスト

『う、動きにくい…これ程とは…俺もまだ未熟。こんな子供でも分かる愚行をやってしまうとは。』

 

この狭い通路に35,000の大軍は不似合いであり、寧ろ、この回廊によく入れたもの当時の人々は思っただろう。とにかくこの狭い回廊での身動きを取れなくなったアウグストは仕方なく戦力を後方に回しつつ慎重に距離を詰めることにした。だがそれこそディートリッヒの狙いでもあった。

 

ディートリッヒ

『敵が玉突きになったな。全艦急速前進‼︎主砲斉射‼︎撃って撃って撃ちまくれ‼︎』

 

ディートリッヒ麾下25,000はアウグスト35,000に襲い掛かる。襲い掛かられたアウグスト軍は大混乱に陥る。更に主君の危機と、レオポルド提督らの艦隊の一部部隊が回廊内に侵入。退路を塞いでしまう。

 

ザムエルスキ

『皆落ち着け‼︎これは敵の策だ‼︎取り乱してはならん‼︎』

 

フランシス

『艦隊を再編‼︎戦艦は最前線に移動!駆逐艦と砲艦の盾になれ!駆逐艦と砲艦は中距離より敵艦載機と水雷戦隊の突入を防げ‼︎白兵戦用意‼︎艦載機隊は発艦できない、全艦対空監視を厳にしろ‼︎決して御前に近づけてはならん‼︎』

 

アウグスト

『狼狽えるな‼︎かえって好都合よ‼︎退路は絶たれたならば進むのみ‼︎全艦前進‼︎敵は我らが死兵になったと気づいてはいない‼︎』

 

ディートリッヒ

『…不味いな。敵は退路絶たれたとみて死兵と化した様だな。後続部隊の準備を急げ。白兵戦用意。』

(此処までは予想通り。貴族の小倅どもに邪魔されぬ内に手を打てるか否かに勝敗は掛かっている。)

 

アウグスト

『艦長‼︎あの敵戦艦に接舷できるか?手始めにあの艦を血祭りにあげる!』

 

シィファール・オゼス艦長

『閣下!旗艦がそんな前方に出ては指揮や統制が…』

 

アウグスト

『もはや策も陣も乱れた!だが敵も同じ。ディートリッヒめ…貴族どもを下がらせたな。ヤケに統制が取れてると思ったら…だが時間の問題よ。手に取るように分かるぞお前の焦りが!ディートリッヒ老人さえ退ければ後は弱兵‼︎皆‼︎ここは切り抜けるぞ‼︎』

 

帝国軍将兵

『オオオオオオオオオオオォォォォ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

旗艦イラストリアスの突進を見た他の艦艇はそれに鼓舞され、おもいおもいの敵艦に接岸した。そして両軍による白兵戦が開始した。

 

ディートリッヒは自らの予想を上回る事態に狼狽する事なく、ただ戦場を見つめていた。彼の真の狙いはアウグスト麾下の諸将の出血を強いることであり、やがてくる決戦を有利に運ぶための戦いであった。だが、アウグスト自らの出陣は想定外であった。だがディートリッヒはこの状況すらもまるで織り込み済みだったのか、目的を変換し、敵の大将の始末に掛かった。ディートリッヒの描いたようには行かずともこの短時間でアウグスト軍に与えた損害は多大なものになった。

 

ディートリッヒ軍25000に対し、体制を立て直したアウグスト軍24000が追い詰められた獣の如く食らいついていた。この短時間で九千も失ったのはアウグストにとって人生初の経験であった。

 

アウグスト

『…これ以上はやらせん!甲冑を持て!我も出る!』

 

イラストリアスは敵の戦艦に接岸した。ハッチが開くと二千人強の装甲擲弾兵が武器を持って整列しており、その先頭に全身漆黒の鎧をつけ、一振りのカタナを持ったアウグストが立っていた。

 

抜刀!アウグストは床を強く蹴って、真空の宇宙に飛び出した。兵達もそれに続く!敵艦に乗り移ると、5、6人の兵士がいきなりアウグストに襲い掛かった。

 

アウグスト

『桜蓮弾(サクラレンダン)‼︎』

 

カタナのフォトンアーツ(ダーク・ヒューマンでは単純に剣技と呼ばれる。)200年来の洗練されたら動きで繰り出したアウグストの周りには多数の肉片が舞った。

 

アウグストは駆けながら、手に届く敵を斬り捨てていった。アウグストに続く装甲擲弾兵達も己が主君の戦いに感服しつつも、害そうとする敵に容赦なく戦斧を振り下ろした。敵艦の中は地獄絵図となった。

 

アウグスト達はイラストリアスに戻ると、また別の艦に乗り込み、同じように白兵戦を繰り広げて行った。

 

しかし、アウグストの奮戦虚しく、ディートリッヒ軍の優勢は変わらなかった。徹底した狭い戦場での立ち回りにアウグスト軍は、振り回され続け、次鋒のレオポルド、シューマッハ艦隊もまた、ディートリッヒの匠な用兵の前では手も足も出ず、もはや、退くアウグストの盾になる事しか出来なかった。

 

戦いはディートリッヒの優勢に終わるかと思われたが、クラウゼウィッツは秘策を用意していた。後衛のペテルブルク男爵麾下60,000隻になんとアステロイドに大穴を開けさせ、その穴からディートリッヒ老人を急襲した。

 

クラウゼウィッツはもしもの対策として、バルトハルト提督の旗艦と同型の艦数隻を連れてきており、もしもの時はこのアステロイドベルトを貫通させようと考えていた。艦隊旗艦級戦艦といえどたった五隻であれば、星域の領内ギリギリに沿って、アステロイドを後方に出る事は可能であり、回廊内の大混戦により、回廊の外に気を向ける暇が無くなっていたので、60,000隻を延々と迂回させるだけの時間も発生していたのである。

 

ディートリッヒ老は不利を悟ると、残存の兵と後方に待機していた兵を纏め、撤退した。

アウグスト軍は勝利を収めた型になったが、その損害はディートリッヒ軍が負った被害の二倍から三倍に及ぶものになってしまっていた。アウグスト軍の未来に影が覆い被ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 


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