眞魚教の教会が建つ小高い丘のふもとの小道で、
一〇分ほど前、美耶子はケルブと共にこの道を通り、北の田堀地区へと向かっていた。その途中、農作業をしていた屍人に見つかってしまい、襲われたのだ。ケルブは美耶子を護るべく戦い、喉元に咬みついて屍人を倒した、しかし、自らも相手の
美耶子は泣き続ける。物心ついた頃からずっと一緒にいたケルブ。十年以上、ケルブと共に生きてきた。美耶子にとってケルブは飼い犬ではなく、数少ない友達の一人、いや、唯一の家族と言っていい存在だった。
砂利を踏む音が聞こえた。誰かが近づいてくる。屍人か、あるいは村人か。どちらにしても、美耶子は逃げなければいけない。だが、もう、その気力は残っていなかった。ケルブがいなければ、美耶子は逃げることができない。ケルブがいたからこそ、ここまで逃げることができたのだ。ケルブを失った今、美耶子は、屍人に襲われるか村人に連れ戻されるかのどちらかしかないのだ。
だが――。
「……ねえ、君。大丈夫?」
優しい声だった。村人でも、もちろん、屍人でもないようである。声には聞き覚えがあった。昨日の朝、眞魚岩のある広場で会った、余所者の少年だ。
少年は、美耶子を気づかうような口調で話す。「なんかさ、この村、今ちょっと大変なことになってるみたいなんだよね。俺もよく判らないんだけど、さっき君を襲ったような危ないヤツらが、いっぱい、ウロウロしてるんだ。だから、ここにいると危険だから、行こう」
美耶子はケルブの身体を抱いたまま泣き続ける。ここが危険だということは判っている。それでも、ケルブのそばを離れたくなかった。
「気持ちは判るけどさ……その……」少年は、言いにくいことを言う口調で続ける。「その犬、もう、死んでるみたいだし」
美耶子は顔を上げる。もう、ケルブは死んでいる。判っていたことだったが、そのことを告げられ、現実なんだと思い知らされた気分になった。悲しみと怒りが込み上げてくる。それを拳に込め、少年の胸に打ち付けた。何度も、何度も、打ちつけた。
「ご……ごめん……ごめんね……」
謝る少年。この少年は悪くない。それでも謝る。
美耶子は、やり場のない怒りを、悲しみを、拳に込め、何度も少年に打ち付ける。そうすることしかできなかった。
少年は、ただ、されるがままに、美耶子の悲しみを、受け止めていた。