SIREN(サイレン)/小説   作:ドラ麦茶

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第七十四話 八尾比沙子 いんふぇるの 第三日/二十三時二十九分五十六秒

 神の元に駆け付けた八尾比沙子が見たものは、眞魚岩と、傷つき、地面にうなだれている神と、その神に向かって光り輝く焔薙を振り上げる須田恭也だった。

 

「や――やめ――」

 

 比沙子が、声を上げるより前に。

 

 恭也は、獣の咆哮と共に、刀を振り下ろした。

 

 刃は、神の首を、堕とした。

 

「……いやああぁぁ!!」

 

 比沙子は、悲鳴を上げた。

 

 信じられない。

 

 信じたくない。

 

 神が。

 

 ようやくよみがえった、もうひとりの私が。

 

 いま、その小さな命を、失った。

 

 比沙子は、目の前の現実が信じられなくて、それを否定したくて。

 

 ただ、悲鳴を上げ続けた。

 

 比沙子の、黒く美しかった髪が、急速に色を失い、燃え尽きた灰のような色になった。

 

 その姿は、まるで老女のようだった。

 

 比沙子は、叫び続けた

 

 

 

 

 

 

 やがて――。

 

 

 

 

 

 

 恭也が去った常世に、老女と化した比沙子は、一人、立っていた。

 

 神はもういない。地面を覆っていた月下奇人の花は枯れ、空は、また闇に覆われている。

 

 比沙子の足元には、恭也によって堕とされた神の首が転がっている。

 

 それを拾い、胸に抱く。

 

 比沙子は、歩いた。

 

 

 

 

 

 

 どこへ向かっているのかは判らない。ただ。

 

 ――この首を……届けなければ。

 

 そのような想いだけが、胸にあった。

 

 地面が揺れている。冷たい風が吹き渡り、枯れ落ちた月下奇人の花びらが、葉が、舞い上がる。揺れはさらに大きくなる。大地が引き裂かれた。亀裂は地を這う無数の蛇のように広がっていく。大地だけでなく、空も、世界も、引き裂かれていく。

 

 主を失った常世が、崩壊し始めた。

 

 比沙子は、かつて赤い池があった場所に来た。すでに水は無い。池の底には、石の台座が敷かれていた。

 

 その上に、比沙子は倒れ込んだ。

 

 胸に、神の首を抱き。

 

 ――届けなければ。

 

 胸に、強い意志を抱き。

 

 大地は引き裂かれ。

 

 比沙子は神の首と共に、地の底に落ちて行った。

 

 常世の地の底は、眞魚教の経典では『奈落』と呼ばれていた。

 

 

 

 ――――。

 

 

 

 奈落の底で。

 

 

 

 ――私は諦めない。

 

 

 

 八尾比沙子の意志は、目覚めた。

 

 

 

 神はまだ、よみがえる。

 

 儀式は、まだ続けられる。

 

 私の世界では、失敗したけれど。

 

 まだ、望みはあるんだ。

 

 そう――。

 

 私が、この首を届ければ。

 

 この首を必要としている、別の世界の私に届ければ。

 

 儀式は、続けられる。

 

 たとえ、またそこで失敗しようとも。

 

 何度でも、首を届ければいい。

 

 必要としている、全ての場所に。

 

 ――そうだ。

 

 それが、私の使命。

 

 儀式に失敗した私が、神のためにできる、最後のこと。

 

 私は、首を届けよう。

 

 必要としている、全ての世界に届けよう。

 

 この命が尽きるまで、ずっと――。

 

 

 

 

 

 


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