竹内多聞は謎の声に導かれるまま、暗い小道を進んでいた。道は緩やかな登りで、丘の上へと続いている。舗装はされていない砂利道だ。
……この……道は……?
多聞の古い記憶がよみがえってくる。
懐かしい……とても懐かしい道だ。何度も通った。朝、この道を通って学校へ行った。学校が終わると、この道を通って遊びに行った。そして夕方になれば、この道を通って、家に帰る。
「……多聞……」
多聞を呼ぶ声は、もう、はっきりと聞こえる。懐かしい――そして、ずっと探していた、愛する人たちの声。
道の先に、古い木造の民家が見えてきた。
そうだ……覚えている。
開け閉めするたびやかましい音を上げる玄関の引き戸も、そのそばに置かれている黄色い小さな自転車も、水の溜まった小さなバケツも、庭にたくさん置かれた鉢植えも、秋になるとたくさん実がなる柿の木も。
玄関のそばに掲げられた、『竹内』という古い表札も。
すべてが、古い記憶のままだった。
家の中の明かりは点いていた。
多聞は、玄関を開けた。
二階に続く階段と、台所へ続く廊下。そして、すぐ側には居間の襖がある。
多聞は襖を開けた。
「多聞、おかえり」
父が、微笑んでいた。
「お帰りなさい、多聞」
母が、優しく迎えてくれた。
二十七年前の土砂災害に飲み込まれ、消息を絶った父と母。
あの日、まだ幼かった多聞は。
泣きながら、崩壊した村をさ迷っていた。
パジャマ姿のまま。
裸足のまま。
お父さんとお母さんを探し続けた。
どんなに泣いて、どんなにお父さんとお母さんを呼んでも。
だれも、答えてくれない。
闇の中で、ずっと一人だった。朝が来るまでほんの数時間だったが、幼い多聞にとっては、永遠とも思える孤独な時間だった。
あの日の孤独は、ずっと続いていたのかもしれない。
災害救助隊に救出され、病院へと運ばれ、親戚の家に引き取り先が決まっても。
多聞は、まだ闇の中をさ迷っていた。
一人で、ずっと。
時々、目を閉じると、父と母の姿が見える時がある。
多聞を呼んでいた。
しかし、手を伸ばすといつも消える。
また、一人で闇の中にいる。
おじさんおばさんに話しても、それは夢だ、と、言われた。
多聞は夢だと思わなかった。いつか父と母に会えると信じ、闇の中をさまよい続けた。大人になった今まで、ずっと。
その、多聞の目の前に。
探し求めた、父と母の姿がある。
父と母に手を伸ばした。
今度は――消えない。
二人は多聞の手を取り、そして、優しく抱きしめてくれる。
――お父さん……お母さん……。
多聞は、父の腕と、母の胸に抱かれ、泣いた。
ずっと会いたかった両親。ずっと帰りたかった場所。
多聞は、ようやく。
望んでいたものを、手に入れることができた。