SIREN(サイレン)/小説   作:ドラ麦茶

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第七十二話 竹内多聞 大字粗戸/竹内家 第三日/二十三時五十六分三十六秒

 竹内多聞は謎の声に導かれるまま、暗い小道を進んでいた。道は緩やかな登りで、丘の上へと続いている。舗装はされていない砂利道だ。

 

 ……この……道は……?

 

 多聞の古い記憶がよみがえってくる。

 

 懐かしい……とても懐かしい道だ。何度も通った。朝、この道を通って学校へ行った。学校が終わると、この道を通って遊びに行った。そして夕方になれば、この道を通って、家に帰る。

 

「……多聞……」

 

 多聞を呼ぶ声は、もう、はっきりと聞こえる。懐かしい――そして、ずっと探していた、愛する人たちの声。

 

 道の先に、古い木造の民家が見えてきた。

 

 そうだ……覚えている。

 

 開け閉めするたびやかましい音を上げる玄関の引き戸も、そのそばに置かれている黄色い小さな自転車も、水の溜まった小さなバケツも、庭にたくさん置かれた鉢植えも、秋になるとたくさん実がなる柿の木も。

 

 玄関のそばに掲げられた、『竹内』という古い表札も。

 

 すべてが、古い記憶のままだった。

 

 家の中の明かりは点いていた。

 

 多聞は、玄関を開けた。

 

 二階に続く階段と、台所へ続く廊下。そして、すぐ側には居間の襖がある。 

 

 多聞は襖を開けた。

 

「多聞、おかえり」

 

 父が、微笑んでいた。

 

「お帰りなさい、多聞」

 

 母が、優しく迎えてくれた。

 

 二十七年前の土砂災害に飲み込まれ、消息を絶った父と母。

 

 あの日、まだ幼かった多聞は。

 

 泣きながら、崩壊した村をさ迷っていた。

 

 パジャマ姿のまま。

 

 裸足のまま。

 

 お父さんとお母さんを探し続けた。

 

 どんなに泣いて、どんなにお父さんとお母さんを呼んでも。

 

 だれも、答えてくれない。

 

 闇の中で、ずっと一人だった。朝が来るまでほんの数時間だったが、幼い多聞にとっては、永遠とも思える孤独な時間だった。

 

 あの日の孤独は、ずっと続いていたのかもしれない。

 

 災害救助隊に救出され、病院へと運ばれ、親戚の家に引き取り先が決まっても。

 

 多聞は、まだ闇の中をさ迷っていた。

 

 一人で、ずっと。

 

 時々、目を閉じると、父と母の姿が見える時がある。

 

 多聞を呼んでいた。

 

 しかし、手を伸ばすといつも消える。

 

 また、一人で闇の中にいる。

 

 おじさんおばさんに話しても、それは夢だ、と、言われた。

 

 多聞は夢だと思わなかった。いつか父と母に会えると信じ、闇の中をさまよい続けた。大人になった今まで、ずっと。

 

 その、多聞の目の前に。

 

 探し求めた、父と母の姿がある。

 

 父と母に手を伸ばした。

 

 今度は――消えない。

 

 二人は多聞の手を取り、そして、優しく抱きしめてくれる。

 

 ――お父さん……お母さん……。

 

 多聞は、父の腕と、母の胸に抱かれ、泣いた。

 

 ずっと会いたかった両親。ずっと帰りたかった場所。

 

 多聞は、ようやく。

 

 望んでいたものを、手に入れることができた。

 

 

 

 

 

 


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