SIREN(サイレン)/小説   作:ドラ麦茶

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第六十七話 安野依子 屍人ノ巣/第一層付近 第三日/十八時〇八分五十七秒

 村に、サイレンが鳴り響く――。

 

 

 

 

 

 

 安野依子は焦っていた。もうすぐ、ここら辺一帯は大変なことになる。合石岳に向かった求導師先生が、ダムを破壊しようとしているのだ。この屍人の巣は眞魚川に沿うように造られてあり、ダムが破壊されたら大量の水が押し寄せて来るだろう。こんな違法建築の建物など、あっという間に流されてしまう。早く安全な場所に避難しなければ。しかし、竹内先生が見つからない。視界ジャックの能力で近くにいることは判っているのだが、通路があまりにも入り組んでおり、思い通りの方向へ進めない。右へ行ってもすぐに左に折れ曲がり、階段を上がったかと思うとすぐに下り、結局行き止まりにたどり着く。そんなことを何度も繰り返していた。さすがに腹が立ってきたので、拾った金属バットで壁を壊しながら最短距離で進むことにした。ヘタをすればすぐに巣ごと倒壊してしまいそうだが、どうせすぐに水が押し寄せるから同じことだ。

 

 何枚もの壁をぶち抜き、角を曲がったところで、ようやく先生を見つけた。週末に飲み屋を何軒もはしごしたガード下のサラリーマンのように、通路の隅で苦しそうにうずくまっている。

 

「あ! いた!! 先生! 大変です!!」手を振り、走って行く。

 

 竹内が顔を上げた。目を大きく見開き、驚いたような顔をした後、悔やむように顔を伏せ、拳を握って床を叩く。かと思うと、今度は嬉しそうな顔になり、鉄パイプを持って立ち上がった。何やってんだアイツは。早く逃げないと危ないというのに。

 

 ――ん?

 

 安野は立ち止まる。

 

 竹内の顔色が悪い。ちょっと体調がすぐれないとか、呑みすぎて吐きそうとか、そういったレベルではなく、生気を感じない深い灰色――これまで何度も見てきた、屍人の肌の色だ。目から血の涙は流していないが、それも時間の問題だろう。ああ、先生。ついに屍人さんになってしまったんですね。かわいそうに。この先、彼はどうなるだろう? 違法建築士になって巣を増築し続けるのだろうか? それとも、羽根屍人さんになってヘタクソな銃を撃ち続けるのだろうか? どちらにしても、先生が充実した屍人ライフを送れることを、陰ながら祈っています。でも、お別れ前に、メガネを人質に取られた恨みを晴らさせてもらいますね。安心してください。痛みは一瞬ですし、すぐに復活しますから。安野はバットを強く握りしめた。

 

 背後で、怪鳥のような鳴き声が聞こえた。聞き覚えのある鳴き声。ヤバイ。神様が来るよ。直感的に悟る安野。逃げなくては。周囲を見回すが、逃げ場はない。ならば、さっき覚えたばかりの新スキルを発動しよう。安野はバットを振り上げ、力いっぱい床を叩いた。三度叩くと床が抜け、下の階層に落ちた。よし。もう、先生のことは放っておこう。どうせメガネを人質にとるような外道だ。どうなろうと知ったことではない。今は、自分の命とメガネを護ることが大事だ。

 

 その場から逃げようとした安野だったが。

 

 カタカタと地面が揺れる。最初は小さな揺れだったが、すぐに立っていられないほど大きくなり、そして、巣全体が崩れるほどの強さとなった。

 

 ――タイムタイム! 求導師先生、まだ早いです!!

 

 安野は待ったをかけたが、もう遅い。

 

 壁を突き破り、大量の赤い水が押し寄せる。

 

 安野は、瓦礫と共に濁流に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 


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