SIREN(サイレン)/小説   作:ドラ麦茶

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第六十六話 竹内多聞 屍人ノ巣/第一層付近 第三日/十八時〇九分〇六秒

 村に、サイレンが鳴り響く――。

 

 

 

 屍人の巣の浅い場所で、竹内多聞は通路にうずくまり、苦しんでいた。サイレンが鳴り響いている。南の海へ行かなければならない、赤い海に身を沈めなければならない――サイレンの誘惑は、もはや耐えがたいものとなっていた。あと少し、あの水が体内に入れば、私は屍人と化すだろう。私にはもう、よみがえった神と、八尾比沙子を止めることはできないかもしれない。巣の中枢へ向かった須田恭也に託すしかない。

 

 ――私が人としての意思を保っている間に、どうか。

 

 苦しみに耐えながら、祈る竹内。

 

「あ! いた!! 先生! 大変です!!」

 

 なじみのある声がした。教え子の安野だろう。私と同じくらい赤い水を浴びているはずなのに、なぜあんなに元気なのだろうか。竹内は苦笑いし、顔を上げた。

 

「――――!!」

 

 息を飲む竹内。

 

 細い通路の向こうから、手を振りながら、安野が走って来る。

 

 左手に、金属バットを持っていた。

 

 その手は、血の通っていない、くすんだ灰色で。

 

 顔も、同じ色をしていた。

 

 血の涙は流していない。だが、それも時間の問題だろう。

 

 ああ、なんということだ――。

 

 安野が……屍人となってしまった……。

 

 悔やむ竹内。

 

 村に安野を連れて来るべきではなった。大学では変人扱いされている私を何故か慕い、今回の調査に無理矢理同行してきた。だが、殴ってでも、置いて来るべきだった。私のせいで、可愛い教え子を――いや、うるさいだけでなんの可愛げも無いが――こんなことに巻き込んでしまった。うるさいヤツだったが、優秀な教え子だった。めんどくさいヤツだったが、頼りになる助手だった。許せ、安野。今はせめて、私の手で葬ってやろう。鉄パイプを握りしめて立ち上がる竹内。ああ、これで、ようやく静かな日常が戻って来る。研究にも集中できる。なぽりんグッズの収集もコソコソしないですむ。なんとバラ色の日々だろう。

 

 安野が立ち止まった。キョロキョロと、周囲を窺っている。やがてバットを振り上げ、地面に叩きつけた。その衝撃で床が抜け、安野は下の階層へ落ちて行った。

 

 ……何をやっとるんだアイツは。屍人と化しても、ワケが判らんことをするヤツだ。

 

 ――と。

 

 安野が消えた通路の奥から、何か向かって来る。宙を飛んでいる。羽根屍人ではない。人よりも数倍大きい身体。その身体は半透明で、内部が透けて見える。飛んではいるが、背中に羽は生えていない。まるで空中を泳ぐように飛ぶ、異形の者。

 

『神』だ。

 

 神は竹内の頭上で静止すると、品定めでもするかのように、じっくりと竹内を見る。

 

 後退りする竹内。神を倒すことが竹内の目的だが、鉄パイプごときで何ができるだろう。だが、やるしかないのか。

 

 何かが壊れるような音がした。最初は遠くで聞こえていたその音は、どんどん近づいて来る。同時に、地面が揺れる。小さかった揺れがどんどん大きくなり、地響きとともに、巣の全体が揺さぶられ、立っていられないほどのものになる。なんだ? 何が起こっている!?

 

 次の瞬間。

 

 巣の壁を突き破り、大量の赤い水が流れ込んできた。

 

 竹内と、そして、神の身体をも飲み込む。

 

 赤い水は巣を丸ごと破壊するほどの大きな流れとなり、海へと向かって行く。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 神は、赤い水の流れから脱出した。

 

 その瞬間、天から降り注ぐ光が、神の身体を焼く。

 

 神は、炎に包まれ、悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 


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