複雑に入り組んだ屍人の巣の一角で、須田恭也は通路の隅に座り込み、途方に暮れていた。これからどうしたらいいのか判らない。
美耶子を探さなければいけない――それは判っている。
美耶子は死んでいない、生きている。常に、その存在を感じる。だが、どこにもいない。どこをどう探せばいいのかも判らない。ひょっとしたら、生きていると感じるのは自分の思い込みで、本当は、もう死んでいるのだろうか。
巣の中枢、赤い石の上で燃えていた炎が、脳裏をよぎる。
やはり、あのとき燃えていたのは美耶子だったのだろうか? 神を呼び出すために、生贄に捧げられたのだろうか?
俺は、どうしたらいいんだ……。
誰かが近づいてくる。屍人ではない。眞魚教の黒い法服を着ていた。
「――また会ったな」
現れた男は抑揚のない声で言った。八尾比沙子に拘束された時、一緒にいた男だ。確か、眞魚教の求導師だったはずだ。あの時は呆然自失で立つことすらままならない状態だったが、今は、しっかりした足取りだ。
恭也は男を睨んだ。眞魚教の求導師ということは、美耶子を神の生贄に捧げようとしたヤツらの指導者ということになる。大学講師の竹内は、求導師はただのお飾りで、全ての原因は求導女の八尾比沙子にある、と言っていた。恐らくそれは正しいのだろうが、それでも、この男を許す気にはなれない。
恭也の敵意に気付いたのか、求導師は小さく笑った。「そう睨むな。いい物をやろうと思って来たんだ」
「いい物?」
求導師は小さな人形を投げてよこした。土をこねて焼き上げた人形で、身体に盾の紋様がある。随分と古い物のようだ。似たような物を、歴史の教科書で見たことがある。土偶というヤツだろう。
「不死なる者を無に返すことができる神の武器だそうだ。
恭也は顔を上げた。「不死なる者を、無に返す?」
「ああ。その代わり、大きな副作用もあるらしいが……まあ、今の君には関係ない。気にせず使え」
もう一度人形を見る恭也。どう見てもただの古い土人形で、武器には見えない。
「全部消し去れよ。神代美耶子と、そう約束したんだろう?」
求導師の言葉に、恭也は再び顔を上げた。なぜ、そのことを知っているのだろう? 確かに、美耶子からそう言われたが、あれは、夢ではなかったのか?
求導師は、「じゃあな」と言って背を向けた。
「どこへ行くんですか?」問いかける恭也。
求導師は振り返り、恭也の目を真っ直ぐに見た。「この村を救うために、私は、私のやるべきことをやる。それだけだ」
求導師は、力強い足取りで去って行った。
あの男は敵であるはずなのに、敵の気がしない。恭也を見る目に、「村を救う」、という、強い意志を感じた。さっきまでとはまるで別人だ。いったい、何があったのだろう?