村に、サイレンが鳴り響く――。
大字粗戸を流れる眞魚川そばの大通りで、牧野慶は空を見上げ、立ちつくしていた。南の空がまぶしく光っている。山間にある羽生蛇村ではまだ日が昇る時間ではないし、そもそも日が昇る方向ではない。光は一本の柱となり、空へと向かって伸びていく。それは、海から現れて天へ昇る龍を思わせた。
――あれはまさか、
理尾や丹とは、眞魚教の聖典・
伝承の通り、光の柱からは闇よりも黒い雲が生まれ、それが、徐々に村を覆っていた。
この光の柱は、羽生蛇村に古くから伝わる現象だ。地上の明るい光が空中の氷層に反射して起こる現象、という科学的な見方をする者もいるが、多くの村人は聖典を信じ、村を災いが襲う前兆現象だと思っている。前回この現象が確認されたのは二十七年前だ。そして、その数日後、村は大きな土砂災害に見舞われた。
牧野は、崩れ落ちるように膝をついた。
村が災いに襲われる前兆――伝承は間違いない。理尾や丹は、神迎えの儀式が失敗したことを意味しているのだ。
儀式をやり直すため、逃げ出した神代美耶子と、姿を消した八尾比沙子を探していた。儀式をやり直せば、村を元に戻すことができる――その可能性を信じていたのだが。
もう、全てが遅い。村を元に戻すことはできない。
そう――自分は、父と同じように、儀式に失敗したのだ。
父の最期の姿を思い出す。
二十七年前、神迎えの儀式に失敗し、村に災いを招いた父は、その責任を問われ、後継者である慶を十二歳まで育てると、礼拝堂で首を吊り、自ら命を絶った。
天井からぶら下がる父の姿は、今も脳裏に焼き付いて消えない。
自分も、いつか儀式を行わなければならない。
自分も、儀式に失敗するかもしれない。
自分も、父のようになるのかもしれない。
求導師として生きることを余儀なくされた日から、牧野はずっと怯えていた。村人が自分に寄せる期待が怖かった。神代の使いが教会に来るのを恐れていた。このような重圧とは縁のない双子の弟が羨ましかった。
――大丈夫……大丈夫よ。
どんな時も慈愛に満ちた笑顔で優しく包み込んでくれる八尾比沙子だけが、心の救いだった。
……ああ、八尾さん私はどうしたら……八尾さん……。
牧野は立ち上がり、八尾比沙子の姿を求め、フラフラと歩き始めた。