村に、サイレンが鳴り響く――。
鳴り響くサイレンの音で目を覚ました志村は、一瞬、自分の置かれている状況が判らなかった。道路の真ん中だった。目覚めるのに適した場所ではない。酒に酔って道の真ん中で眠ってしまったのだろうか? いや、若いころにはそういうこともあったが、今はもう、そんなことはない。酒をやめたわけではない。ただ、二十七年前の事故で家族を失って以来、志村は、どんなに酒を呑んでも酔うことができなくなっていた。
ゆっくりと立ち上がる。周囲は暗いが、不思議と、明かりが無い状態でもはっきりと見える。月は出ていない。それだけでなく、強い雨が降っており、空は厚い雲に覆われていた。
道路の先を見た。橋が、崩れ落ちていた。
そして、その先には、広大な赤い海が広がっている。
それで思い出した。
自分は、余所者の女をこの蛭ノ塚に連れて来た後、銃で頭を撃ち抜いたはずだ。
後頭部を触ってみる。手のひらに固まりかけた血が付いたが、傷は無い。傷が治ったのだろうか? 今は赤い水の影響からか、治癒能力が向上している。多少の傷ならすぐに治るが、頭を撃ち抜いても治るとは思えない。
服の裾で手のひらに付いた血を拭った。
肌の色が、血の気を失った深い緑色をしていた。まるで、屍人のようだ。
――――。
そういうことか――全てを悟る。
志村は笑った。笑うしかできなかった。
化物にならないために自分の頭を撃ち抜いたはずだった。それが、結果として自分を化物にしてしまったのだ。
そう。結局、逃れられない運命だったのだ。
海の向こうからサイレンの音が聞こえる。
生きていたころは不快でしかなかったその音が、今は心地よい。まるで、美しい歌声のようだ。
猟銃は、志村のすぐそばに落ちていた。頭を撃ち抜いてからずいぶん経つはずだ。誰かに持ち去られなかったのは幸いだった。あるいは、これも運命なのか。猟銃を拾う志村。また、お前の世話になりそうだ。
その足は、自然と北へ向かう。
村からは逃れられない。運命からは逃れられない。そのことがよく判った。ならば、自分が帰る場所は、ひとつしかない。
合石岳だ。
志村は山で産まれ、山で育ち、山と共に生きてきた。屍人として生きていくのが運命ならば、山で生きていくしかない。
だが、それもいつまで続くかは判らない。
今はまだ意識がはっきりしているが、そう長くない間に、他の屍人たちと同じように、本能のまま動くようになるだろう。
そして、サイレンに誘われて海に身を沈め、さらなる化物になる。
それが判っていても、いや、判っているからこそ、志村は山へ向かう。
どうせ逃れられぬ運命ならば、せめて意識のあるうちは、山で過ごしたい。
志村は、その場を後にした。