SIREN(サイレン)/小説   作:ドラ麦茶

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第三十八話 志村晃 蛇ノ塚/県道333号線 第二日/〇時十一分二十六秒

 村に、サイレンが鳴り響く――。

 

 

 

 

 

 

 鳴り響くサイレンの音で目を覚ました志村は、一瞬、自分の置かれている状況が判らなかった。道路の真ん中だった。目覚めるのに適した場所ではない。酒に酔って道の真ん中で眠ってしまったのだろうか? いや、若いころにはそういうこともあったが、今はもう、そんなことはない。酒をやめたわけではない。ただ、二十七年前の事故で家族を失って以来、志村は、どんなに酒を呑んでも酔うことができなくなっていた。

 

 ゆっくりと立ち上がる。周囲は暗いが、不思議と、明かりが無い状態でもはっきりと見える。月は出ていない。それだけでなく、強い雨が降っており、空は厚い雲に覆われていた。

 

 道路の先を見た。橋が、崩れ落ちていた。

 

 そして、その先には、広大な赤い海が広がっている。

 

 それで思い出した。

 

 自分は、余所者の女をこの蛭ノ塚に連れて来た後、銃で頭を撃ち抜いたはずだ。

 

 後頭部を触ってみる。手のひらに固まりかけた血が付いたが、傷は無い。傷が治ったのだろうか? 今は赤い水の影響からか、治癒能力が向上している。多少の傷ならすぐに治るが、頭を撃ち抜いても治るとは思えない。

 

 服の裾で手のひらに付いた血を拭った。

 

 肌の色が、血の気を失った深い緑色をしていた。まるで、屍人のようだ。

 

 ――――。

 

 そういうことか――全てを悟る。

 

 志村は笑った。笑うしかできなかった。

 

 化物にならないために自分の頭を撃ち抜いたはずだった。それが、結果として自分を化物にしてしまったのだ。

 

 そう。結局、逃れられない運命だったのだ。

 

 海の向こうからサイレンの音が聞こえる。

 

 生きていたころは不快でしかなかったその音が、今は心地よい。まるで、美しい歌声のようだ。

 

 猟銃は、志村のすぐそばに落ちていた。頭を撃ち抜いてからずいぶん経つはずだ。誰かに持ち去られなかったのは幸いだった。あるいは、これも運命なのか。猟銃を拾う志村。また、お前の世話になりそうだ。

 

 その足は、自然と北へ向かう。

 

 村からは逃れられない。運命からは逃れられない。そのことがよく判った。ならば、自分が帰る場所は、ひとつしかない。

 

 合石岳だ。

 

 志村は山で産まれ、山で育ち、山と共に生きてきた。屍人として生きていくのが運命ならば、山で生きていくしかない。

 

 だが、それもいつまで続くかは判らない。

 

 今はまだ意識がはっきりしているが、そう長くない間に、他の屍人たちと同じように、本能のまま動くようになるだろう。

 

 そして、サイレンに誘われて海に身を沈め、さらなる化物になる。

 

 それが判っていても、いや、判っているからこそ、志村は山へ向かう。

 

 どうせ逃れられぬ運命ならば、せめて意識のあるうちは、山で過ごしたい。

 

 志村は、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 


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