SIREN(サイレン)/小説   作:ドラ麦茶

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第三十五話 恩田美奈 宮田医院/第一病棟診察室 第二日/〇時十七分二十八秒

 村に、サイレンが鳴り響く――。

 

 

 

 

 

 

 宮田医院第一病棟の診察室で、恩田理沙は、サイレンの音を聞きながら窓の外を眺めていた。屍人と化した姉を宮田が撃退してから一時間以上経った。屍人の後を追った宮田は、まだ戻らない。

 

 姉を救ってください――屍人を追う宮田に向かって、理沙はそうお願いをした。救う、とは、美奈を今の苦しみから解放させてあげることだ。あのような醜い姿となり、苦しむ姉を見るのは心が痛んだ。宮田先生ならば、美奈を苦しみから解き放つことができるだろう。

 

「求導師様、これで良かったんですよね……」

 

 理沙は窓の外を見つめたまま、求導師の牧野慶に訊いた。

 

「良かった、とは?」

 

「姉は、屍人になって苦しんでいた。宮田先生なら、姉を苦しみから救ってくれますよね」

 

「そう……だね……」

 

 牧野の返事は歯切れが悪い。いっそ、気休めでもいいから「大丈夫」と言い切ってくれれば、理沙の気持ちも少しは楽になるのに。

 

 だが、仕方ないだろう。屍人を苦しみから救う方法は、牧野にも判らないのだ。理沙にできることは、宮田を信じて待つことだけだった。

 

「理沙さん。もう遅いから、少し休んだ方が――」

 

 がつん! という音がして。

 

 小さなうめき声と共に、牧野が床に倒れる音がした。

 

 驚いて振り返る理沙。

 

 部屋の中に、屍人と化した美奈がいた。

 

 両手に大きなシャベルを持っている。それで、牧野を殴ったようだ。

 

 美奈は、意識を失った牧野には興味を示さなかった。ただ、理沙を見つめている。

 

「――理沙」

 

 近づいてくる。

 

「お姉ちゃん……やめて……」

 

 後退りする理沙。背中に壁が当たる。逃げ場はない。

 

「理沙」

 

 姉が呼び掛けて来る。また一歩近づく。

 

 殺される――そう思った。どうにかして逃げなければ。

 

 だが美奈は、シャベルを投げ捨てた。殺す気など無い――そう言っているかのように。

 

 近づいてくる美奈。目の前に立った。逃れられない。

 

《理沙――》

 

 姉の声が、頭の中に直接響いた。

 

 姉が、いくつものこぶが垂れ下がった醜い顔を、理沙の顔に近づける。

 

 その瞬間――。

 

 

 

 ――寂しい。

 

 

 

 美奈の感情が流れ込んできた。

 

 同時に。

 

 いくつもの思い出が、浮かんでは消えていく。

 

 両親に抱かれる双子の赤ちゃんが見える。あれは、生まれたばかりのあたしたちだろうか?

 

 ランドセルを背負い、手を繋いで走る姿が見える。小学校へ向かっているのだろうか?

 

 こたつに隣り合って座り、勉強している姿が見える。中学のテスト前だろうか?

 

 憧れの先輩を遠くから見つめる姿が見える。高校の部活の時だろうか?

 

 電車に乗り、旅立つ理沙を、ホームから見送る美奈が見える。就職が決まった時だろうか?

 

 たくさんの情景が見え、消えていく。美奈の――いや、姉と自分の、二人の人生。

 

 そして――。

 

 宮田先生が、両手を伸ばす姿が見える。

 

 その、手が。

 

 美奈の首に触れる。

 

 先生の手に、徐々に、力が込められてゆく。

 

 苦しい。息ができない。

 

 先生は、手を離さない。

 

 やがて――。

 

 

 

 

 

 

 ――――。

 

 ――ああ、そうか。

 

 そうだったんだね、お姉ちゃん。

 

 やっと、判った。

 

 お姉ちゃんは、苦しんでなんていなかったんだ。

 

 ただ、寂しかっただけなんだ。

 

 ただ、先生を探していただけなんだ。

 

 あたしに、その寂しさを、判ってほしかっただけなんだ。

 

 ゴメンね、お姉ちゃん。あたし、双子の妹なのに、そんなことにも気付けなかったんだ。

 

 

 

 理沙は――。

 

 

 

 知らず、涙を流していた。

 

 

 

 

 

 


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