SIREN(サイレン)/小説   作:ドラ麦茶

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第二十四話 竹内多聞 大字粗戸/竹内家 一九七六年/二十三時五十九分五十六秒

 一九七六年八月二日の深夜、竹内多聞は家の居間で夏休みの宿題をしていた。小学一年生の多聞にとって、普段はとっくに寝ている時間だったが、その日は、両親から起きているように言われた。夜になってから非常に強い雨が降り続けており、大雨洪水警報が出ているのだ。テレビのニュースでそのことを知った両親は、避難すべきかどうかをずっと相談している。竹内家がある大字粗戸は眞魚川の近くにあり、近年、被害こそそれほど大きくは無いものの、小規模な洪水が多発している。そのため、先日、蛇ノ首谷の北にあるダム・眞魚川水門の改修工事が行われることも決定していた。

 

 雨は勢いを増すばかりだが、役場、警察、消防、どこからも避難の指示は出ていない。本来ならば指示がなくてもすぐに避難すべきなのだが、それをためらってしまうのには理由があった。数日前、役場から八月二日の夜は外出しないようにとの通達があったのだ。村の有力者である神代家が、なにやら祭事を行うらしい。村で神代家の言うことは絶対であり、逆らうわけにはいかない。しかし、災害警報が出ているとなれば話は別だろう。早く避難しないと、取り返しがつかないことになるかもしれないのだ。

 

 不安そうな表情の両親に対し、多聞は内心ワクワクしていた。こんなに夜遅くまで起きていても親から怒られないのは珍しいし、台風が来るとなんとなくワクワクするものである。時計を見る。ちょうど、深夜〇時を回ったところだった。

 

 ――と。

 

 机が、カタカタと揺れ始めた。

 

 最初、父親が貧乏ゆすりでもしているのかと思ったが。

 

 揺れは机だけでなく、テレビ、タンス、本棚も揺れている。家全体が――いや、村全体が揺れているのだ。

 

 地震だ。

 

 揺れはどんどん大きくなり、座っていることすらできないほどになった。タンスや本棚が倒れ、家が軋み、傾いていく。父親が何かを叫び、母親は多聞をかばうように抱きしめた。

 

 

 

      ☆

 

 

 

 それからのことは、多聞自身よく覚えていない。

 

 

 

 気が付くと、多聞は一人、土砂と瓦礫に埋もれた村を、はだしで歩いていた。

 

 泣きながら父と母を呼ぶが、応える者はいなかった。それだけは、今でもよく覚えている。三十七歳になった今でも、よく夢に見る。

 

 

 

 多聞は、村の消防団員によって救出された。

 

 

 

 この日発生した土砂災害は、大字粗戸だけでなく、大字波羅宿、田堀、比良境など、多数の地域に及んだ。

 

 警察・消防は自衛隊とも協力し、被災地での救助活動に臨んだが、生存者は多聞一人だけだった。

 

 

 

      ☆

 

 

 

 ――そして、二十七年の時が流れた。

 

 

 

 

 

 


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