SIREN(サイレン)/小説   作:ドラ麦茶

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第十五話 牧野慶 刈割/不入谷教会 数日前/十六時四十五分二十一秒

「――宮田(みやた)です。神代(かじろ)の使いで参りました」

 

 眞魚教の総本山・不入谷教会に、宮田医院の院長・宮田(みやた)司郎(しろう)が訪れたのは、村にサイレンが鳴り響く数日前のことだった。求導師の牧野慶は、求導女の八尾比沙子と共に、宮田を迎えた。

 

 宮田は大事そうに封書を取り出すと、牧野へ差し出した。牧野は封書を受け取り、裏を確認する。神代の家紋印で封をされている。確かに、神代家からのものだった。

 

「受け取りました」牧野は、まるで儀式のように、封書を両手で持ち、小さく掲げた。

 

 神代家とは、羽生蛇村で最も権力のある一族である。その家系は眞魚教よりも古く、村に伝わる古文書によると、一三〇〇年前の天武時代に、神代の祖先がこの地を切り開いたことが村の始まりとされている。眞魚教を作ったのも神代家の祖先だ。来訪神を迎え入れたのが神代家だったと言われているが、これには諸説あり、逆に来訪神を怒らせてしまったため、許しを請うために奉った、という説もある。現在眞魚教の求導師の立場は神代家から牧野の家系に移ったが、今でも教会に強い影響力を持っている。

 

 丁寧に封を開ける牧野。悪い予感がする。神代家から教会に使いが来るのは珍しいことではないが、大抵は、海送りなどの祭事や村の行政に関する知らせなどである。それほど重要な用事ではなく、神代家のお手伝いが使いとしてやって来る場合がほとんどだ。今回のように、宮田医院の院長が神代の使いで来るなど異例のことだ。宮田医院は村にある唯一の病院で、院長である宮田司郎もまた、村の有力者の一人である。

 

 牧野は封書を開けた。

 

 

 

『嫁入りの儀の御印が下りたこと、御伝え申す。神迎えの支度、つつがなきよう。』

 

 

 

 手紙には、短く、そう書かれてあった。

 

 どくん、と、大きく心臓が鳴った。とうとう、儀式を行う時が来たのだ。身体が震えてくる。

 

 だが、それを悟られぬよう、無表情で宮田を見た。「御当主に、承りましたとお伝えください」

 

「かしこまりました。では」

 

 宮田は深く頭を下げ、教会から去ろうとする。

 

 しかし、玄関のドアを開けたところで、牧野たちを振り返った。

 

「――二十七年ぶりになりますね」

 

 静かな声で言った。

 

 その表情には、何の感情も宿っていないように見えた。だが牧野には、宮田が自分のことを笑っているように思えて仕方が無かった。

 

 ――お前に、儀式を成功させることができるのか?

 

 そう言われているような気がした。いや、気のせいではない。牧野には、宮田がそう思っているという確信があった。

 

 牧野と宮田は、お互いを見つめ合う。

 

 そこには、同じ顔があった。

 

 牧野と宮田の二人は、服装と髪型が違うだけで、同じ顔、同じ背丈、同じ声をしていた。

 

 今は別に暮らし、別の姓を名乗っているが、二人は、双子の兄弟である。

 

 二十七年前、二人は吉村という家に産まれたが、同年に発生した土砂災害の影響で、跡取りを求めていた不入谷教会と宮田医院の後継者に、それぞれ選ばれた。

 

 一卵性双生児であり、もともと二人は、ひとつの存在だった、二十七年間異なる環境で育った今でも、それは変わらない。だから、牧野には宮田が考えていることが手に取るように判る。同じように、宮田にも牧野が考えていることが判るはずだった。

 

 だから、宮田は笑っている。

 

 牧野はずっと、神迎えの儀式が行われる日が来ることを恐れていた。宮田には、それが判るのだ。だから、笑っている。儀式を成功させることなどできない。そう思っているのが、牧野には判る。

 

「――ご成功をお祈りしております」

 

 宮田は、挑発するような口調で言った。いや、そう聞こえたのは牧野だけだろう。そばにいる比沙子には、言葉通り、儀式の成功を心より祈っているように聞こえたはずだ。

 

 二人を残し、宮田は教会から去った。

 

 

 

 

 

 

 牧野は、比沙子の胸に顔をうずめ、泣いた。

 

 ついに、この時が来た。

 

 神代の娘を、神の花嫁として捧げる儀式。

 

 この儀式は、二十七年前にも行われた。儀式を取り仕切ったのは、先代の求導師――牧野慶の養父にあたる者だ。

 

 だが、儀式は失敗した。

 

 村は災いに襲われ、多くの命が失われた。

 

 父は、その責任に苦悩し、災害から十二年後、自ら命を絶った。

 

 もし、今回も儀式に失敗すれば、自分も、父のように――。

 

 怖い。

 

 求導師として生きていくこととなった日から、覚悟はしていたはずだった。

 

 だが、実際にその日を迎えると、その恐ろしさに震えが止まらない。

 

 私は、父のようにはなりたくない。

 

 牧野は泣く。

 

 比沙子の胸に顔をうずめ、まるで子供のように、泣いた。

 

「……大丈夫……大丈夫よ。あたしが、そばで見ているから……」

 

 比沙子は、ただ優しく微笑み、牧野の頭を撫でていた。

 

 

 

 

 

 


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