鬼神西住   作:友爪

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逸見ィ!! 誕生日おめでとう!!
あと遅れてごめん!!


鬼神西住と親衛隊長4

 その日の目覚めは悪かった。

 昨夜はセットしなかった筈の、携帯電話のアラーム音が鳴っている。

 重戦車の様に低く唸って、布団の中から手を伸ばし、叩き壊してやろうかと画面を睨むと、それが目覚まし音ではなく、電話の呼び出し音である事にようやく気が付いた。

 

 陸の、家族からだ。

 携帯を耳に当てると、此方が何か言う前に「エリカ、誕生日おめでとう!」と鼓膜を破る様な大声が響いた。それからも色々と大声で捲し立てるので、喜ぶ間も無く、割り込む隙も無い。

 

 遂には「母さん、うるさい」と、親に言いたくもない事を言う羽目になった。

 すると母も徐々に沈静化して、改めて「おめでとう」とか「元気でやってるの」とか他愛も無い事を話した。

 

 私は終始適当に相槌を打っていただけだったけれど、一通り話し終えると、母は最後に「ありがとう、エリカ」と優しく言って通話を終えた。

 自分の何に対して感謝されたのか、皆目分からなかった。

 

 沈黙した携帯電話の画面を見ると、メールが一通届いていた。送り主は(バカ)と表示されていた。

 内容は『誕生日おめ』と、面倒臭さが透けて見える様であったが、一応『ありがと』と返しておいた。返信は勿論来なかった。

 姉妹なんてものは、それで十分なのだ。

 これ以上は、鬱陶しいだけ。

 

 今日は期末試験後の休みで、予定も無い。果たすべき責務は全て果たしたので、再びベッドに沈もうと試みた。

 がしかし、健康的な生活習慣が染み付いた身体は朝食を望み、頭は冴える一方だった。

 珍しく戦車道の練習も無い日だというのに、結局は定刻通りに起きてしまった。

 

 仕方無しに朝食を済ませ、制服を着込み、髪を梳いていると、行き先も決めていない癖に何処かに出かけるつもりでいた事に気が付いた。

 家にこもっているのは別に嫌いじゃないのに、何故そんな行動をしているのか、自分で自分の説明がつかなかった。

 

 妙な違和感を感じながら、銀の腕輪に手を伸ばす。『血盟こそ我が名誉(Meine Ehre heißt Klan)』と彫られたそれを装着するのに、未だ一片の迷いも感じなかった。

 

 ◆

 

 家を出ても、やはり何処に行くでもなく、学園艦上をぶらついているうちに昼になった。食料を求めて入った馴染みのコンビニできょろきょろしていると、店員に怪訝な目で見られたので、慌てて買い物を済ませて出た。

 

 その後はコンビニのビニール袋をぶら下げて、休む事無く巡回している通学バスで学校に向かった。

 足の向くままに任せていたら、戦車のガレージに辿り着いてしまった。誰も居らず、ガレージの扉には鍵が掛かっている。当然だ。黒森峰戦車道部においては、休息も訓練の一部なのだから。

 むしろ何で私は休んでいないのか。

 

 職員室にまで鍵を借りに行くと、先生に変な目で見られていたたまれなかった。

 逃げる様にガレージに転がり込んだ私は、独りで愛車のティーガーIIを眺めながら食事を取ったが、戦車は何のおかずにもなりはしなかった。

 

 胃が満たされた後は、備品の手入れをする訳でもなく、戦車の周囲を歩き回ってみたり、射撃訓練場をうろうろしてみたり、空っぽになった副隊長室の扉を開け閉めしてみたり──とにかく実のない行為を繰り返し、そのうちに日が暮れてしまった。

 

 一体私は何をしているのだろうか?

 

 傍から見れば……否、自分をして奇行(・・)としか言いようの無い行為に貴重な休日を費やし、残ったのは疲労と虚無感だけだ。

 例え狂ってしまったと指差されても仕方がないではないか──

 

 自覚した途端、急に肩が重くなって、失意のうちに学校を去る事にした。

 帰りのバスの中では、やはり独りで、一番後ろの広い席に座った。

 夕日が横から射し込み、世界の全てを朱に染めている。ふと窓の外に目をやると、海に沈みゆく太陽が見えた。

 

「ああ」

 

 それが理由も無く悲しい光に見えて、私はらしくもなく涙ぐんだ。涙が一筋流れて、慌ててそれを拭いた。

 こんな女々しい感傷は、逸見エリカに似合わない。ロマンチストって柄でもないだろう。

 心底自分が気色悪い。

 夕日が眩しいと言うのなら、今すぐ目を閉じてしまえば良いと分かっている。

 

 けれど、どうして。

 私はそれを、ずっと眺めていたいと思ってしまったのだ。

 

 ◆

 

 バスを降りて、私はとある場所に向かっていた。

 今度は確固たる意志を持って、足を動かしている。

 あの場所で夕日を見たい──正直まだ気色悪かったけれど、そう思ってしまったものは仕方無い。一度決めたのならば四の五の言わずに行動あるのみ、理由なんてどうでもいい。

 私はそれ以上何も考えない様にして、ひたすら足を動かした。

 

 海沿いの閑静な高台に、ぽつんとあるベンチ。

 ほとんど人が訪れず、物思いに沈みたい時には丁度いい──何て言えば聞こえは良いが、要は誰も寄り付かない朽ちかけの腰掛けだ。

 思い入れがあるでも、頻繁に通っている訳でもない。ただ見聞きして知っているだけだ。

 普通の女子高生なら、制服で座ろうだなんて気には絶対にならないだろう。

 

 だが、今日の私は普通ではない。

 奇行と言うなら今更だ。

 とにかく私は、何があろうとその場所に座ると心に決めた。これを撤回してしまっては、本気で私が私でなくなってしまう気分すらしていた。

 我ながら訳が分からない。

 今日一日、謎の原動力に突き動かされてここまで来た。きっと今回も徒労で終わるだろう。しかし、そのことで怒りは欠片も無い。

 何故だか、少し悲しいだけだ。

 

 私は早足で高台を登った。

 一日中歩き回って、くたびれた足に喝を入れながらずんずん登った。

 そして勢い良く高台を登りきった時、海から水平に射し込む陽光が目を灼いた。思わず手で顔を覆い、細めた目を徐々に開くと、ベンチに人影がある事に気が付いた。

 

 逆光で真っ黒に見える人影に、しかし、私は確信があった。

 みっともなく駆け出したくなる気持ちを必死に抑え、少しでも格好をつけようとする私は滑稽だろう。最早格好なんてつくものでもないのに。

 けれどそんなのもう、どうでも良い。

 私は歩いて、近付いて、そして──

 

「エリカ」

 

 黒い影は、振り向かずに私を呼んだ。

 私が抱いた確信は、向こうにも通じていた。

 

「みほ」

 

 その名を口にするだけで、全ての徒労が帳消しになる気がした。

 私は暫しその気持ちを噛み締めていて、みほが「座って」と言うまで立ちっぱなしだった。

 私はみほの隣に、少し間を開けて座った。古いベンチが、今にも壊れそうに軋む。

 

「遅いよ、エリカ」

「待っててなんて、言ってないわ」

「私に会いたいかなあって思ったんだけれど」

「どうしてそんな事が分かるの」

「エリカは分かりやすいから」

「残念ね。見当違いよ」

「違うの?」

「的外れも甚だしいわ」

「じゃあ、どうして此処に」

 

 反射的に否定したは良いものの、咄嗟に言葉が出てこない。

 私は何かそれらしい理由を考えたが、今日一日の己の奇行が頭によぎると、実は全く彼女の言った通りであって、言い逃れは不可能であるように思えた。

 自覚すると急に頬が熱くなってきた。

 そんな、そんな事のために私は、狂ってしまっていたのか。畜生、何て事だ──

 

「夕日。夕日を見に来たのよ」

「……あはっ」

「なによ」

「だって夕日、夕日だって。あははっ、エリカが夕日を」

「なっ、別に良いじゃない。私だって女子なんだから」

「女子」

 

 みほはくつくつ笑うばかりで、真剣に捉えてくれなかった(実際言い訳なのだが)。しかし、良く考えれば、私の発言は悪い冗談も良い所だ。

 恥ずかしくて反論する気も起きず、ただ黙ってそっぽを向いた。せめて見に来たのが夕日で良かった。赤くなっているだろう頬は、隠してくれるだろうから。

 

「ごめんごめん。そうだよね。偶にはこうして見るのも、良いよね」

 

 神妙な顔を作って、みほは一応謝ってくれたが、頬の熱が引くまで顔を見る事が出来なかった。知ってか知らずか、みほもじっと待っていてくれた。こういう所が、本当にありがたい(絶対に言わないけれど)。

 私は話題を変えるべく話し出した。

 

「そんな事より、期末試験はどうだった」

「うーん、まあまあ」

「あなたの『まあまあ』は信用出来ないわ……」

「そっちはどうだったの」

「被害甚大ね」

「駄目だよ。文武両道が戦車道部の部訓なんだから」

「この時期やる事が多過ぎるのよ。先輩たちがこの前卒業したばかりで、その引き継ぎも終わらないのに勉強なんてしてる暇が無かったわ」

「言い訳だね」

「そうよ」

 

 先輩たちは本当に最後の最後まで面倒を見てくれた。去年の全国大会で十連覇を飾ったというのに、それでも後輩を心配して、教える事は全て教えてくれた。

 私たちは、その恩に報いなければならない。

 

「でも本当に大変なのはこれからよ、みほ。先輩たちが居なくなったからには、全体的な練度も下がる。今年の全国大会を制するには、隊員を徹底的に叩き直さないと」

「そうだね」

「親衛隊も放っては置けないわ。新入生も入ってくるし、更に規模を拡張して、今までとは違う教育方針を決めなくちゃならないわ。これからは、私たちも先輩(・・)になるんだから」

「うん」

「あなたも今年からは本格的に立場が固まるわ。もう誰にも揺るがせない副隊長として、皆をまとめて──」

「エリカ」

 

 みほは私の話を遮って、言った。その声には有無を言わせぬ決意めいた響きがあった。

 夕日が黒い海に沈みかけた、その時だった。

 

 

「転校が決まったよ」

 

 

 私は、硬直した。

 最も聞きたくない事を、最も言って欲しくない人から聞いた気がした。

 辛うじて、声を絞り出す。

 

「今、何を、言ったの」

「今日正式に破門されたんだ。私はもう『西住流』を名乗るのは許されないんだって」

「分からない」

「大洗女子学園っていう学校に行くの。戦車道は、やってない学校。だから、今年全国大会に出るのも──」

「分からないわっ!」

 

 私は立ち上がって叫んだ。

 みほの言っている事が一つも理解出来なかった。

 

「その件は部の皆で嘆願して許してもらったじゃない、それなのにどうして、今更っ!」

「……お母さんは、許していなかったんだよ。ううん、許すつもりなんて最初から無かったんだと思う」

「大洗って何処よ、九州!?」

「茨城県」

「知らないわ」

「関東だよ」

「知らないっ!」

 

 耳を塞ぐ私に、みほは困った様に首を傾げた。

 私は、自分ばかりが取り乱して、当の本人が冷静でいる事に一番腹が立った。

 みほの胸ぐらを掴んで無理矢理立たせる。驚く程に抵抗が無くて、またそれが私の怒りを誘った。

 

「あなたはそれで良いの。この黒森峰女学園を、故郷を捨てろって言われているのよ!?」

「離してよ」

「それどころか、西住流の名前までっ。あなたは今まで戦車道に命を賭けていたんじゃないの。何時の日か『正調西住流』を復活させるって言ってたでしょ!?」

「言った」

「だったら泣きなさいよ、喚きなさいよ。何でそんなに冷静でいられるの。悔しいのなら、悲しいのなら、此処に残りたいって母親にぶつければ良いじゃないっ!」

「無駄だよ」

「どうしてやらないうちから分かるのっ!?」

 

 私はみほの襟首を掴んだまま揺さぶった。

 何もかもに絶望した様な渇いた目は、私の憧れる西住みほという人間に、余りにも似つかわしくないと感じた。

 みほにだけは、そんな目をして欲しくなかったのに。

 

「エリカ、今日は誕生日だよね」

 

 みほは不気味な程の無表情で言った。

 何度も何度も首を揺さぶっているうちに、遂には陽が沈み、朱に代わり闇が世界を支配していた。

 

「それに何の関係が──」

「電話はもらった?」

「え……」

「前に、私の時(・・・)に教えてくれたよね。誕生日は毎年家族から電話をもらうって。それで、お母さんとは何を話したの? 仲が悪いっていう姉さんからも、連絡くらいはもらったのかな?」

「う、あ」

「良いよね、エリカ」

 

 私は堪らず手を離して、立っていられずに、その場に崩れた。

 覗いてしまった。

 みほの渇いた瞳の奥に巣食ったなにか(・・・)──それを覗いて見えたのは、悲しみでもなく、憎悪でもなく──荒れ狂う嫉妬(・・)だった。

 

 とても、その顔を見れはしなかった。

 みほに『敵』だと認識された時でさえ目を逸らさず、正面から立ち向かった私だというのに、今の弱った彼女を見る事に耐えられなかった。

 

 私は幾千の敵を恐れない。

 例え最後の一輛になって、絶望に追い詰められ、強大な力に脅かされようとも、私は迷い無く進んでゆく事が出来るだろう。

 己の道を貫き通した、その果てのものを恐れ、歩みを止めるぐらいならば死んだ方がましだ。

 

 だが、何という事か。

 たった独りの、哀れな子供(・・・・・)を直視する勇気を持たなかった!

 

 みほの言う様に、産みの親から電話をもらった時に、私が何を思ったか。この世に一人の姉に返事を返す時に何を感じていたか。

 私は、ひたすら面倒臭い(・・・・)と思っていた。

 独りの子供がどれだけ求めても、得られない絆をぞんざいに扱ったんだ。

 

 みほは見抜いているんだ。

 私は、分かりやすいから。

 その無意識が、どれだけこの子を傷付けてきたのだろうか。

 

 私は西住みほという戦車乗りを理解しているつもりでいた。尊敬する副隊長、理性の人間、恐ろしい化物──そして無二の親友。

 それら全ての面を間違いなく知っていた。

 しかし、何もかもを奪われて、最後に残った見るに耐えない姿は知らなかった。

 

 罪の意識に押し潰されそうになりながら、私は涙を落とした。

 みほが泣かないから、代わりに私が泣いたのだ。

 

「嗚呼、どうして。あなただけが全てを失わなければならないの。どうして、あの人たちは何もかもを奪っていくの──」

 

 独りの少女をこんなにしたのは誰だ、瞳の奥の化物を育てたのは誰だ、泣かさなくしたのは誰だ!

 誰もかも(・・・・)だ。勿論、私すらもその一端だ。

 誰も気付いてあげなかった。ひたすら目前の化物をおぞましいと忌み嫌い、自分の罪など全く存じなかった。この子の必死の叫びに、嘆きに、延々と耳を塞ぎ続けてきた。

 今のみほを作り上げたのは、この世の全て──この世の全てが、彼女を望まなかった(・・・・・・)のだ。

 嗚呼、あの人たちがほんの少しでも、この子を見てあげたなら、きっと。

 

「私ね、お母さんに言われたよ」

 

 平伏した私の頭上に、無機質な声が投げ掛けられた。私は顔を上げたが、辺りは余りに暗く、既にみほは背を向けていた。

 

「転校先は何処に行けば良いんですかって聞いたの。そしたらね『何処でも良い』だって。『何処へでも好きな所へ行け』って言うんだよ。それで本当に良いんですかって聞いたら『良い』って──」

 

 みほは、その場から歩いて、海への落下を防止する柵にもたれると、渇いた笑いを浮かべて言った。

 無機質な声は、僅かに掠れていた。言葉を喉から押し出すのが、難しい様だった。

 

「何処でも同じだよ。此処じゃないなら、私の育った故郷じゃないなら、西住の家が無いなら、仲間が居ないなら、戦車道も出来ないなら──あなたが居ない(・・・・・・・)のなら!」

 

 みほは顔に両手を当てて、暗い海に向かって叫んだ。誰に向けた訳でもない、独りきりの叫びだった。

 

「なのに言われたんだ『何処でも良い』って。何処でも良い訳がないでしょ。私は……私は、ずっと此処に居たのに。ずっと此処に居たかったのに。私は、何の為に──」

 

 最後は海に消え入るように、声は無くなった。その後に言うべき言葉すら、失ってしまった様だった。

 みほは顔に両手を当てたまま、私に振り向いた。

 

「エリカ、やっぱり私は正しかった(・・・・・)。西住流は、もう駄目だ。許容の歪みを越している。誰かが正さなくちゃならない。最後の不安要素(・・・・)も奪われた。今、ようやく分かったよ」

 

 みほは手を退かし、私を真っ直ぐ見た。

 その目には、最早嫉妬は映っておらず、新たな煉獄の炎が灯っていた。

 私の知らない人間になってしまった気がした。

 

「失ったものは取り返す、手に入らないのならもう要らない。だから私は今度こそ、正しい闘争(・・・・・)を始めよう。私は西住流を救う! どれだけ時間を費やそうと、必ず成し遂げてみせる。その為になら敵を滅ぼし、己を殺す。例え毛の一本、心の欠片に至るまで、この心身を惜しみはしない。大義を回復し、正しい『道』を歩く!」

 

 新たな生きる指針を得た様に、熱い熱意を込めて、みほはそれを宣言した。身体に活力が漲り、生命力が迸っている。今まで以上の強い意志を、全身から感じた。

 また一つ、みほは強くなったのだと確信した。

 

 私は、涙が止まらなかった。

 何故なら、その気高い意志が、不退転の強さが、みほにとって無価値(・・・)であると感じてしまったからだ──そして、それをみほに伝える事が、どうしても出来なかったからだ。

 

「エリカ、約束して」

 

 みほは、伏した私の手を強く取って立ち上げた。

 

「私は此処を去ってゆく。その後で、どんな敵が現れても畏れず、黒森峰(なかま)と共に闘って。例え傍に居なくても、無謀にも勇敢に立ち向かう、あなたはあなたで在って欲しい──私の好きな、逸見エリカ(・・・・・)で在って欲しい。そうでなければ、私は居なくなる事が出来ないよ」

 

 私はみほの手を力の限り握り返した。

 涙でぐしゃぐしゃになりながら、それでも心の限りを尽くして約束した。

 

「約束するわ。私は闘う、命の限り。どんな敵も粉砕してみせる。私が私で在る為に。あなたが好いてくれた、私で在る為に。私は、絶対に西住みほを忘れない!」

「……エリカ、エリカ。私の、たった一人の」

 

 最早、言葉は要らなかった。

 真っ暗な世界の中で、私たちは何も言わずに抱擁した。

 私は泣いた、みほは泣かなかった。

 

 みほは去ってゆく。

 私は残る。

 我々は、離れてゆく。

 

 私は、抱き合った温もりを感じながら、密かに誓った。何時か、何時の日か、私はみほを取り返す。やられたままでは、決して終わらせない。そんなの私が許さない。

 血盟こそ我が名誉(Meine Ehre heißt Klan)

 みほが独りきりで闘う様に、私も独りで闘い抜いてみせる。邪魔しようと試むならば、何人たりとも粉砕してやる。

 

 身体が一体化してしまう程に強く抱き合って、みほは私の耳元で静かに言った。

 

「お誕生日おめでとう。此処に居てくれて本当にありがとう、エリカ」

 

 鈍い私はやっと気が付いた。

 そうか、私の母親は、そういう想いで──




誕生日くらい逸見が笑顔になると思った……?



君は何を言っているんだね?

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